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話題のドラマ『錦糸町パラダイス』に地元民が感じた本気。物語の背後に透ける“現実の事件”

日刊SPA! 2024年8月16日 15時51分

はじめまして、錦糸町生まれ、錦糸町育ちのライターのあおきゆうすけと申します。
某夜ふかし系テレビ番組の街頭インタビューなどでよくいじられていたように錦糸町は、数え切れないほどの呑み屋と“夜のお店”、パチンコ屋と馬券売り場、おまけにサウナまでが勢揃いした、おじさんたちにとってのパラダイスというイメージで語られてきました。

それが近年、錦糸公園の近くに超高層マンションとショッピングモールができ、おとなり押上(同じ墨田区)にスカイツリーができ、駅前の楽天地ビルにPARCOが開業したことで、若者や女性やファミリー層、そして観光客も集まる明るく華やかな街に生まれ変わりつつあります。馬券をスマートフォンで手軽に購入できるようになってからは、日曜日に大行列を作っていたおじさんたちも、だいぶまばらになりました。

と、ここまで読まれた方は「なんだ、しょうもないライターの地元PR記事か」とブラウザバックしたくなったかもしれませんが、もうちょっとだけお待ちください! こうして良い方向に発展しつつも一抹の寂しさを感じるなんとも言えない心境を、機微に触れるストーリーと個性的なキャスト陣で見事にすくい上げる、これまで錦糸町に無関心だった方にもぜひご覧いただきたいドラマが、現在テレビ東京で放送されているのです。しかも、俳優・柄本時生の初プロデュース作として話題にもなっている!

その名は「錦糸町パラダイス〜渋谷から一本〜」。当初タイトルを見たとき、偏屈な地元民である私は、最近なにかと注目されやすい錦糸町の“名前を借りた”だけのドラマだとつい思ってしまいました。しかし、友人に勧められて軽い気持ちで観てみた結果、まったくそうではないことがわかり、いまでは毎週金曜の放送を楽しみにしています。

◆地元民が感じた「錦パラ」の本気

ドラマの中には「リアルフィクション」という架空の映像制作会社が出てくるのですが、まさにこの社名どおり、物語は錦糸町の「リアル」な部分を巧妙に「フィクション」にして織り交ぜながら、大きな事件が起こりそうな終盤に向けてゆっくりと進んでいきます。地元民からすると、このさじ加減がまず絶妙です。
ただ、それなりに地元のことを知っている人間が、現実の出来事と照らし合わせながらこのドラマを観るのと、すべてをフィクションとして観るのとでは楽しみ方の“質”がだいぶ変わってくると思います。というのも、「リアル」な部分をどのように描くかが物語そのものの方向性に関わっていて、今後の展開をさまざまに想像させるからです。

というわけでこの記事では、これまでとくに錦糸町に関心がなかった方にもその「追体験」をしていただけるような解説を書こうと思います。もちろん、本記事をご覧いただいたあとに第1話から視聴していただいても充分に楽しめると思います。過去の放送はLeminoとU-NEXTで全話配信されているほか、TVerで第1〜3話と最新話が、さらにはYouTubeの「テレ東公式 ドラマチャンネル」で第1話が期間限定で公開されているので、試しにご覧いただきやすい環境だと思います。

◆物語の背後に「リアル」が透ける冒頭2話がまずおもしろい

ドラマの大枠としては、錦糸町に生まれ育った主人公3人(賀来賢人、柄本時生、落合モトキ)が自分たちで営む清掃会社「整理整頓」を中心に、依頼先の会社で起きた事件や行きつけの飲食店での人間模様が群像劇として描かれます。

それに並行して“裏の主人公”の岡田将生演じるルポライター・坂田蒼(こちらも錦糸町生まれ)が、地元で起こったほの暗い事件を映像に残し、それをQRコードにして街中に貼り付けるという特殊な方法で「暴いて」いきます。この坂田が暴く事件が、錦糸町で実際に起こった事件を連想させるように、重ね合わせるように組み立てられているのが見どころのひとつとなっています。

たとえば、第1話から第2話にかけては、主人公たちとは対照的におしゃれな街・青山に生まれ育った3人が起業し、錦糸町にオフィスを構え音楽アプリを制作・運営していたスタートアップ企業が、補助金を不正受給していたことが発覚し、解散するまでの様子が描かれます。この事件を明るみにしたのが坂田で、退去するオフィスの清掃業務を請け負ったのが「整理整頓」です。

このエピソードには、モデルにしたと思われる実際の事件と、確実にモデルにしている実在の人物、2つの錦糸町的要素が関わっています。

まず事件のほうですが、「補助金の不正受給」と聞いて地元民としてすぐにピンと来たのが、2022年の「北斎麦酒」の事件です。ここ数年、地元の魅力を活かしたクラフトビールが日本全国で登場していますが、墨田区でも、浮世絵で有名な葛飾北斎の名を冠したクラフトビールが2020年に誕生し、前述した楽天地ビルに醸造所ができたことが話題になりました。ビール好きな私にとってはうれしい出来事でした。

ただ、2020年といえばまさに、コロナ禍の最初の年で飲食業界が大打撃を受けました。この年に醸造を開始した北斎麦酒もそうとう経営が厳しかったと思います。そして2022年に、コロナ禍に関わる助成金や協力金を北斎麦酒工房株式会社が不正受給していたことが報じられました。今年2024年1月には破産手続きが開始されたこともメディアで取り上げられています。

ガラス張りで大通りからよく見えたピカピカな醸造所はまさに錦糸町の「新しい風」という雰囲気だったので、私にとってもこの事件はショッキングでした。ただ、ドラマでも描かれているように、メンバーにどれだけスキルや情熱があっても、社会的な状況などでうまくいかないことは往々にしてあると思います(もちろん、どのような理由でも不正受給が肯定されることはありません)。

この事件に関しては、錦糸町の住民にとってはあまり言及されたくないことかもしれません。劇中でも、明確にそうとわかる形で描かれているわけではありません。しかし、このドラマ全体が、「綺麗事」だけではない人間や街の両面性を慎重に、丁寧に描いているので、そうとうに取材や調査をしたうえで制作しているのだろうと、長く錦糸町に住む私には感じられました。賀来賢人演じる主人公の大助自身も、後ろめたいと感じている「ある過去」を抱え続けながら、同時に「掃除屋」という過去を清算するような職を営んでいることが、この両面性を象徴しているように感じられます。

◆登場人物と同姓同名の人物がモデルになっていた!

次の「実在の人物」というのは、問題となった音楽アプリ制作会社の社長、浅香航大演じる「能光順」(たくみ・こうじゅん)です。この会社の事業は最終的に別会社に譲渡されるのですが、社長の能は会社の事業とは別に、引き受け手のいなかった「錦糸町フェス」という音楽イベントの運営を有志で引き受けることになります。もともと会社も、音楽に対する熱い思いから設立したものでした。

錦糸町で音楽フェスといえば、毎年10月に開催される「すみだストリートジャズフェスティバル」というイベントがあります。2010年に始まって年々規模を拡大し、いまでは錦糸町を代表するイベントのひとつとなっています。

この「すみジャズ」を立ち上げたのがまさに、「たくみ・こうじゅん」さんです。漢字はドラマとは微妙に異なり「能厚準」ですが、めずらしいお名前で読み方がまったく同じということで、さすがにご本人に取材をしているようです。

ただし、実在の能さんはもちろん、企業の不正に関わったことは一切ありません。あくまで「錦糸町の音楽フェスの立ち上げ」という部分だけがモデルになっています。また、じつは私も、行き着けの焼き鳥屋で能さんと一度だけお話ししたことがありますが、ドラマの「能」のように気取ったところのまったくない、良い意味で“錦糸町らしい”気さくな方でした。

つまり第1~2話は、錦糸町のリアルな事象を表と裏、または光と影のように組み合わせてできたフィクションだったのです。このような両面的な構成に、MOROHAによる主題歌「燦美歌」が静かに共鳴するのが、またなんとも言えません。

ちなみに、今年の「すみジャズ」は10月19日(土)・20日(日)に開催されることがすでに発表されているので、ドラマを観て興味をもたれた方はぜひチェックしてみてください。全会場無料で、錦糸公園ではたくさんの飲食店が出店するほか、街のあちこちでストリートライブが行われて大賑わいになります。

◆錦糸町ならでの社会問題の描き方がリアル

第3話と第4話では、錦糸町のフィリピンパブの摘発をきっかけに、不法滞在が発覚した母娘のことが描かれます。“夜のお店”の摘発は錦糸町では日常茶飯事で、たとえば昨年には、未成年を勤務させていたことが判明したガールズバーで、午前4時の「摘発劇」が実際に繰り広げられました。

また、親がアジア系外国人で、本人は日本で生まれ育ったという同級生がいる状況も、錦糸町で育った私には納得感のある設定でした。第3~4話のエピソードは特定の事件をモデルにしたわけではないかもしれませんが、錦糸町だからこそリアリティの出る筋立てだと思います。

ドラマに関係する「特別在留許可」は、現在も問題にさらされている方々が多くいるようです。つい1年前の2023年8月には、在留資格のない外国人の子ども約140人に特例として「特別在留許可」が出されることが、「異例の対応」としてニュースになりました。これに関係する方々が錦糸町の南側に多くいるであろうことは、住民として肌感覚で理解できます。

第5話は「仕事と家庭」というもう少し普遍性のある話題でしたが、おそらく第6話以降も“身近な”社会問題にリアルに切り込みながら、それをフィクションに重ね合わせることで、かえって現実を照射するような構成で物語は進んでいくと思います。何か大きな“闇”を抱えていそうなルポライターの坂田も、おそらくこうした文脈で大きな問題提起をすることになるのでしょう。個人的には彼が、しっかり現地に足を運んで取材しているという部分には共感できるところがあり、そうした理念もドラマ制作陣の考えを反映してのものではないかと感じられます。

◆夏と秋こそイベント目白押しの錦糸町に来るチャンス!

そのほか事件だけでなく、かおる(光石研)となみえ(濱田マリ)がDJを務めるラジオ局は、外国人観光客に人気のマリオット系列のホテル「モクシー東京錦糸町」がロケ地に、MEGUMIが女将をしている居酒屋は、ディープなエリアにある炭火焼き居酒屋「力屋」がロケ地になっていて、お客さんとして実際に訪れることができます。大助の恋人の心音(さとうほなみ)が店員をしている喫茶店「デルコッファー」も、錦糸町からやや離れた本所吾妻橋という地区に、そのままの名前で実在します。

ドラマのロケ地の多くは錦糸町南側の限られた地域に集中しているので、気になった方はプチ観光気分でぜひお越しになってみてください! 前述した10月の「すみジャズ」が待ちきれない!という方は、「すみジャズ」よりさらに長い40年ほどの歴史をもつ「すみだ錦糸町河内音頭大盆踊り」(通称「河内音頭」)もおすすめです。毎年8月の最終水・木曜の2日間(今年は28・29日)の夜に、「モクシー」からほど近い竪川親水公園で開催されます。「盆踊り」といっても生唄生演奏をする巨大ステージが特設される音楽フェス的なイベントで、酒類を含む飲食店の出店も多いので、錦糸町の夜のひとときを存分にご堪能いただけると思います。

<取材・文・撮影/あおきゆうすけ>

【あおきゆうすけ】
ギリギリ昭和生まれの下町生まれ下町育ち。酒と温泉と一人旅をこよなく愛す。好きな酒はビールと焼酎とウイスキー。

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