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『アド街』が30年目に突入。「徹底的に話を聞きまくる」姿勢が“愛され続ける秘訣”か

日刊SPA! 2024年8月17日 15時51分

 今年で放送開始30年目を迎える人気情報バラエティ番組『出没!アド街ック天国』(テレビ東京系/以下、アド街)。1995年から番組を企画・制作する制作プロダクション・ハウフルスの堀江昭子ディレクターに、制作秘話や変わりゆく街を取材するうえでの苦労などを聞いた。
◆取り上げる街は「最低でも2週間は下見」

 まず、気になるのは、どれくらいの期間で1本あたりの放送分を取材して、放送に至っているのかということ。

「番組には7~8人のディレクターがいて、1人のディレクターと2人のADが1本まるまる担当します。最低でも2週間は下見。そこから街の方にお話を聞いて、ロケの許可取りなどをして、ロケをさせていただき、編集作業。1番組を作るに当たって、最初から最後まで2カ月かかります。いろいろなエリアで今日下見をしているチームもあれば、取材に入っているチームもあれば、編集をしているチームもあります」(以下、堀江昭子ディレクター)

 街の情報を収集するとき、ディレクターによってやり方はさまざまだというが、例えば、商店街の会長さんや街の顔役などに挨拶に行き、話を聞いてから下見をスタートしたり、八百屋さんなどでリンゴを買ったついでに話をしたり、お客さんとして美容室で髪を切ってもらいながら話を聞いたりなど、とにかく徹底的に話を聞きまくるという。街の良さやシンボリックなもの、大好きな店、熱意を注いでいるお祭りなど、どれくらいの熱量で街の人がそれぞれのスポットを愛しているかを調べていくのだ。

「他の番組だと、番組終了時のクレジットで何人ものディレクターの名前が載るのが多いのですが、アド街は、ディレクターの名前は基本1人です。少し特殊なのですが、1人のディレクターがひとつの街を歩いて調べないと、目線がブレてしまうんです。1人のディレクターの感性で作らないと、その街の魅力が出ない。複数のディレクターで作るとどうしても伝えたいことがボケてしまいますので」

◆放送開始時からやり方は変わらない

 放送開始時からこのやり方で1本分の番組を作り続けている。8人のディレクターが持ち回りで毎週土曜日の放送を担当する。2カ月に1回は担当した番組の放送があり、その後また2カ月をかけて新しい街を取材して、放送にこぎつけているのだ。

 そして、番組を制作するうえで一番苦労するのは、現場のロケだという。街の情報をふんだんに盛り込んだ充実した内容だというのは、番組を見たことのある視聴者なら十分承知だろうが、ロケの日数は他の番組のディレクターから驚かれるぐらいボリュームがある。

「ロケだけで11~12日はかかります。時間がかかりすぎていて、時代にあっていないのかもしれません。長年携わっているカメラマンも職人気質の人が多いし、各ディレクターもレストランの料理を美味しそうに撮る、街の人を魅力的に見せる、ということにこだわる。お店の人には申し訳ない時もいっぱいあります」

◆一番多く取り上げた街は?

 では、この30年で、一番多く取り上げた街はどこなのか――。

「新宿や横浜界隈は多いですね。テーマやエリアを少し変えて取り上げるので、最多がどこなのかは何とも言い難いです。セレクトする街はスタッフみんなで決めるのですが、ディレクターが『先日プライベートでこの街に行ったら面白そうだったからやってみたい』と言って決まる場合もありますし、この時期にはこの祭りがあるからやろうということで決まる場合も。単純に地図を見て、行ったことがない街、この辺りならできるかなと、取り上げてみることもあります」

 取り上げる街のエリアについて、例えば麻布十番なら、街の人が「ここはもう麻布十番とは言えないよ」という場所は組み込まないようにしているそう。地元の人が「これくらいはいいんじゃない?」「ここまで含めても大丈夫」と言えば、範囲を広げることもあるが――。

「神田と日本橋は土地としては隣接していますが、ごちゃまぜにはしません。両方とも街の名前に誇りがあり、それぞれ違う魅力を持った、歴史ある街だからです。他にも歴史と伝統がある街は、より気を付けるようにしています」

◆再開発で街の個性がなくなる昨今、アド街も試練の時…

 メジャーな街からあまり知られていないような街まで、取り上げる街もさまざまだが、街の人に話を聞いている下見段階で、「こんな何もない街、なんで来るの?」「ベスト20も取り上げるスポットあるの?」などと言われることもあるそう。

「ちょっとマイナーな街を取り上げると『本当によくベスト20も集めたね』とよく言われます。ただ、“灯台下暗し”で、街の人でも知らない場所があったり、地元の人からは重視されていないけれど魅力的な場所があって。その街を外から見ている私たち取材者にとっては、『ここ、すごく素敵じゃない!』というスポットがたくさんあるんですね。地元の人が気づいていない魅力を掘り起こすことも、この番組の使命だと思っています」

 最近では再開発で街の様相もどんどん変わってきている。渋谷や六本木、下北沢など、30年余り番組を制作していくなかで、昔の映像と比較するような回も増えている。

「変わりつつある街を切り取ることも、アド街という番組の性質のひとつですね。寂しいことですが、再開発でどこも同じような街になって、個性がどんどん消えていっているので、そこがアド街の試練でもあります。その街の個性をどう打ち出すか?という事がかつてより難しくなってきていますが、街に住む人、働く人がいる限り、その街の魅力を見つけなければいけないと思います」

◆「取り上げる街にわざわざ行ってくれる」峰竜太さん

 現在の出演者は、「あなたの街の宣伝部長」である司会の井ノ原快彦さん、MCの中原みなみアナウンサー、レギュラーパネリストに峰竜太さん、薬丸裕英さん、山田五郎さんという布陣となっている。毎回、街に関する山田五郎さんの詳しい解説には舌を巻くが、峰さんや薬丸さんもいろいろな街を訪れ、独自の見解を披露してくれるところも、アド街の魅力のひとつだ。

「峰さんは取り上げる街にわざわざ行って、『こんな場所に行ってきた』という話をしてくれます。先日も、暑いなか最低1時間は並ぶラーメン屋に『並んで食べてきたよ』と仰ってくれました。薬丸さんもいろいろな街に行かれていて、全然有名ではない店を知っていたりしますね。五郎さんは全方位で知識がある方ですので、本当に信頼しています」

 1995年の放送開始から2015年までの20年間は、故・愛川欽也さんが司会を務めていた。井ノ原さんに司会が変わっても、2人に共通している「街の人へのリスペクト」が、アド街を好感度の高い番組にしてくれていると堀江ディレクターは言う。

「お二人とも街や街の人へのリスペクトに重きを置いていて、すごく素敵ないい方という共通点があります。そこが変わらなかったからこそ、アド街から視聴者が離れることなく、愛されている番組になったとも思っています。特に井ノ原さんは物事をポジティブに捉える方なので、街の人の色んな人柄を見抜いて、愛情たっぷりなコメントをするので、より街が輝いて見えてきます」

◆アド街が愛され続ける秘訣とは?

 街の情報はインターネットやInstagramやTikTokなどのSNSでも検索することはできる。しかし、街の全体像を把握するには、あまりにピンポイントすぎる。その街の“イマ”の全体像を知るには、アド街という番組が最適だ。

「アド街は『ここなら明日行ってみようかな』と思ってくれる視聴者さんが多いような気がします。そして、私たちも極力その街に行った気持ちになれるように作っています。基本的にはお客さん目線で撮っています。もちろんそれだけでは成立しないので、メリハリを出す撮り方と編集にしています。足が悪くてあまり出歩けないおばあちゃんに『アド街を見ると、行った気になれるから、楽しくて見ている』と言われたことが嬉しかったです」

 最後に、長年続けていく秘訣を教えてもらった。

「私たちがこの30年、変わらず取り組んできたのは、“街の人ファースト”ということ。とはいえ、こちらが至らず街の人にご迷惑をかけたことも、叱られるような事もありました。至らぬ事もありますが『街の人が喜んでくれるものを作ろう』ということに一番の重きを置いてきました。その積み重ねなんだと思います」

 ずっと変わらない良さも、すっかり変わってしまった寂しさもあるのが“街”だ。街の変化は必ずしもネガティブなことばかりではないし、変わっていないと思っても実は少しずつ変わっていることもある。そんなイマの日本のある街を、毎週知れるのがアド街だ。その土地を徹底的に歩き、話を聞いたからこそ作れる愛情たっぷりの番組。これからもいろいろなエリアを紹介し続けてほしい。

<取材・文/高田晶子>

【高田晶子】
1982年、札幌市生まれ。中央大学卒業後から10年間、光文社『女性自身』記者として芸能人や美容・健康分野の取材を担当。2016年独立後、雑誌の取材に加え、写真集や書籍の構成・編集なども担当

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