Infoseek 楽天

「全校生徒18人」の高校が“レゲエ風の校歌”を採用したワケ。生徒は「異常なほど盛り上がっていた」

日刊SPA! 2024年8月19日 8時52分

第106回全国高校野球選手権大会予選の和歌山県大会。1回戦で私立和歌山南陵高校(以下、南陵高校)が勝利すると、球場にJ-POPのような曲調の校歌が流れだした。泥だらけのユニフォームに坊主頭で並ぶ選手たちの姿とのギャップに「校歌がめちゃくちゃレゲエw」「これが令和の校歌か」「よく承認されたな」とSNSは大盛り上がり。斬新すぎる“レゲエ校歌”はどのようにして作られたのか、作詞作曲をつとめたアーティスト3組を直撃した。
◆ボロボロだった学校を「立て直したい」

きっかけは、同校の理事長と作詞を担当したレゲエアーティスト横川翔氏の繋がりから。

「僕が今の理事長の甲斐(三樹彦)さんと7年くらい前に知りあっていて、『理事長になったら校歌を作って欲しい』とずっと言ってもらっていました。学校に色々と問題があって、甲斐さんはその問題を解決したいという思いをずっと持っていたんです」(横川翔氏)

実は南陵高校、教員への給与や公共料金の不払い、セクハラやパワハラ、生徒への暴力などの多くの問題を抱え、経営が破綻していた。

これに対し行政は、同校の生徒募集を停止させていたため、在校生徒は3年生のみ。さらに、学校への不信感や劣悪な環境から多くの生徒が転校し、全校生徒はわずか18人となっていた。

こうした状況を立て直すべく、前経営陣を一掃し甲斐氏が新理事長に就任。今年4月に新たなスタートをきったばかりの高校だったのだ。

「理事長は前からレゲエを校歌にしたいという気持ちがあったみたいです。大きく壊れてしまった状態の学校を修復するのは難しいので、突拍子のないことでも思い切ってやることで立て直したい思いがあったようです」(横川翔氏)

◆理事長のみならず、父兄も喜んでいた

まったく新しい風を吹き込みたいという新理事長の思いが横川に伝わり、彼が共に活動して来たアーティスト「WARSAN」氏と「INFINITY16」氏の2組に声をかける。横川と同じく作詞を担当したWARSAN氏は、曲の成り立ちを次のように話す。

「まず、僕が(校歌を作曲した)INFINITY16さんと一緒に出した『一歩前へ』という曲があるんです。その曲を横川が聞いて、同じ音を使って『泥だらけのスニーカー』という曲を作りました」(WARSAN氏)

実はレゲエの世界には「同じ音を使う」という文化があるという。INFINITY16氏に解説をしてもらった。

「ワンウェイスタイルと言って、同じトラック(カラオケ)を使って別のアーティストが別の曲として歌うというのは、レゲエの文化としてあるんですよ。なので、もとの2曲と校歌は同じトラックを使っています」(INFINITY16氏)

理事長と制作者の思いは合致しても、学校ともなれば多くの関係者が存在する。新しい校歌に反対する意見はなかったのか。

「学校で、校歌の発表ライブをしたんですが、理事長だけじゃなくて、他の先生も父兄の方も、それに地域の方もものすごく喜んでくれました」(WARSAN氏)

◆生徒たちは「異常なほど盛り上がっていた」

なにより、生徒の反応が印象的だったとINFINITY16氏。

「生徒たちは、異常なほど無邪気に飛び跳ねて盛り上がってくれましたよ。田舎にある学校なので、ライブハウスやクラブの文化に触れたことない子ばかりですからね。未知のものに初めて触れた、キラキラした表情が忘れられません」(INFINITY16氏)

理事長を通じて、これまでの学校の歩みを感じて来た横川も、ライブでの反応には気持ちが揺さぶられたという。

「学校側のいろいろな問題があって、同級生や一緒に戦って来た部活の仲間もどんどん転校していなくなるなかで残った18人なので絆も強く感じました」(横川翔氏)

◆「否定的なコメント」に対して思うこと

そんな校歌が、全国的に脚光を浴びた高校野球の和歌山県予選。球場に校歌が流れた瞬間、彼らはライブに出演していたというが……。

「出番が終わってSNSをみたら、ものすごい量のメンションが来ていて何事かと思いました(笑)」(横川翔氏)

その多くが、斬新なレゲエ校歌に好意的なリアクションだったという。しかし、否定的な見方をするコメントも混ざっていた。

「一部では『こんなのレゲエじゃない』という声もありました。裏打ちのリズムがレゲエというイメージがあると思いますが、この校歌は裏打ちではないので。でも、僕もジャマイカでレゲエを学んで日本に戻って来ましたが、今回の曲は製作のスタイルも含めて、レゲエ要素はバッチリ入ってますよ」(INFINITY16氏)

さらには、伝統的な校歌のイメージからかけ離れていることから「こんなの校歌じゃない」という意見も。しかし、WARSAN氏の言葉からは校歌を制作した3組が見ているのは、別の地平だということが伝わってくる。

「外から何を言われても別にいいんです。僕たちは、学校と何より子供たちのために作ったので、彼らが笑顔になってくれているから、それで十分なんですよ」(WARSAN氏)

◆球場で校歌が流れて「こみあげるものがあった」

野球部の1回戦勝利は、南陵高校と校歌の存在を全国に知らしめた。続く2回戦、敗れはしたものの、3人とも球場に駆けつけて応援をしたという。

「やっぱり、めちゃくちゃ気持ちが入りましたね。試合に負けた子供たちの悔し涙を見たときは、3人でめちゃくちゃ泣きました」(横川翔氏)

「対戦相手は選手も応援団もたくさんいるのに、『こいつら、たった12人のチームで戦ってるんだ』ということを目の当たりにすると、胸が熱くなりますよね」(INFINITY16氏)

「2回の攻撃の前にそれぞれの校歌が流れるんですが、実際に球場で流れているのを聞いて、改めてこみあげるものがありましたね」(WASAN氏)

◆野球部は2回戦で敗退してしまったものの…

残念ながら野球部は2回戦敗退に終わったものの、バスケ部は地方予選を勝ち抜きインターハイ出場を決めた。彼らもまた、寮の食事提供もままならず実家から送られてくる食料で空腹を満たしたりするなど、ずさんな経営の煽りを受けて来た生徒たちだ。

「バスケは5人でやる競技なのに、メンバーが6人しかいないんですよ。それで勝ち抜いていったパワーは本当にすごいです」(INFINITY16氏)

大人の事情によって大切な青春時代に傷をつけられたと感じても仕方のない状況。それでも生徒たちの笑顔は輝きを失わず、校歌の歌詞にあるように「一歩前へ」と進もうとしている。そんな彼らの思い出のなかには、このレゲエ校歌が青春の記憶として流れ続けるだろう。

<取材・文/Mr.tsubaking>

【Mr.tsubaking】
Boogie the マッハモータースのドラマーとして、NHK「大!天才てれびくん」の主題歌を担当し、サエキけんぞうや野宮真貴らのバックバンドも務める。またBS朝日「世界の名画」をはじめ、放送作家としても活動し、Webサイト「世界の美術館」での美術コラムやニュースサイト「TABLO」での珍スポット連載を執筆。そのほか、旅行会社などで仏像解説も。

この記事の関連ニュース