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「IQは68〜75程度だった」“境界知能”の23歳女性が“人に裏切られても”挑戦し続ける理由

日刊SPA! 2024年8月20日 15時54分

 境界知能と呼ばれる人々がいる。具体的には、知能指数(IQ)が70以上85未満の人たちだ。一般に、IQ70未満の場合は知的障害とされ、必要な支援につながることが多い。だが境界知能の場合、学生時代などに学習面などにおいてかなりの苦労をするものの、健常者と同じ学級にいるため、「怠け者」「バカ」などと蔑みの対象になることがあるという。
 現在、とある企業の倉庫で働きながら、境界知能当事者としてYouTubeチャンネルを開設しているえりかん氏(23歳)への取材を通して、その苦悩と不安に迫る。

◆「努力が足りない」と叱責されたことも

 NHK『ケーキの切れない非行少年』などへの出演経験もあり、メディア露出も多いえりかん氏もやはり、学習において比較的初期に躓いている。

「小学生の頃から、自分だけが努力をしても学習成果が出ないことは悩みでした。教師のなかには『(点数が悪いのは)努力が足りないからだ』と叱責してくる人もいて、自分を責めたこともあります。毎日3、4時間勉強しても人並みの点数が取れないため、気が滅入ってしまいました。社会人になった今でも、スーパーなどで1個あたりの商品をどちらが得か比べるなどの計算が素早くできません」

◆ハブられてしまった学生時代

 思春期になると、ワンテンポ遅いえりかん氏に対して、周囲は厳しくなっていった。

「一例ですが、部活動でペアを組んでやるものなどは、組んでくれる人が誰もいなくて独りぼっちだったりしましたね。いわゆる“ハブ”という状態です。学生生活を一言でいえば、浮いていたと思います。浮いている人間はどう扱われても文句が言えないような空気感があって、好意を寄せていた相手のことを級友に話したら、それが数日後には広まっていたこともあります。思い返すと、当時は『生きていてもいいことがないなぁ』といつも考えていました」

 周囲との“ずれ”を意識しながら、さりとてそれを是正する術を持たないことに焦る日々。えりかん氏は不登校になり、通信制の高校へ進学した。

 驚くのは、えりかん氏自身が境界知能であることを知ったのがつい数年前だということだ。

「これまでお話してきた通り、常に学習面において悩みは抱えていたものの、知能指数を調べることはしなかったんです。もしかすると自分には学習障害があるのかもしれないと思って、いくつか書籍を買って読んだこともあります。しかしある日、勇気を出して受診することを決めました。さまざまなテストを受けましたが、概ね数値は68〜75程度だったと思います」

◆「撮影後にホテルに泊まろう」と誘われ…

 現在、えりかん氏はYouTubeなどで自らの状況を発信している。最も嬉しいのは、多くの視聴者からリアクションをもらえることだと語る。

「同じ状況にいる人たち、あるいは境界知能を初めて知ったという健常者からの温かいコメントが届くことが多いです。学生時代に冷たい視線を受けていた身としては、直接の知り合いではなくても、世の中の人たちの優しい心根に触れ、励まされる思いです」

 だが美しい話ばかりではない。人に知られる存在になれば、当然、危険も伴う。

「あるYouTuberの方とコラボをさせていただく話が持ち上がったことがありました。私はその人のチャンネルを以前から見ていて、好ましく思っていたため、非常に楽しみにしていました。撮影そのものは滞りなく進み、次回の動画も撮ろうということでその場は別れました。

 次回撮影の打ち合わせを電話でしていた際、『次回は、撮影後にホテルに泊まろう』と誘われたんです。動画製作者として尊敬する方でしたが、下心を察知した私は、丁重にお断りをしました。するとその翌日、何度も何度もその方が電話をしてきて、延々と罵倒されたのです。これまではとても優しかったのですが、怒号のなかには『これだから境界知能は!』というような侮蔑もあって、『本当はそういう風に下に見ていたんだなぁ』と悲しくなりました。私は対等なコラボができたと思っていたけれど、相手からそう思われていなかったという事実に深く傷ついたんです」

◆それでも発信を続ける理由は…

 恐怖体験を経たあとも、変わらず各種SNSを通じて世の中に発信をしている。傷つく可能性がありながら発信を続けるのはなぜか。

「世の中にはさまざまな人がいて、こちらの善意を利用してくる人もいるのだということを学びました。ただそれでも、私は多くの人に励まされてきたから、私の発信で救われる人がひとりでもいるなら、続けたいなと思っています。知能指数が平均よりもだいぶ低いことは不安が多いですが、それによって世の中が嫌いになったり、やりたいことに挑戦するのを留まるほうが、私にとっては辛いんです」

 えりかん氏の視線は常に前に向かってまっすぐ注がれている。人に裏切られ、騙されても、厭世的になって斜に構える素振りすら見せない。

 偏差値、年収、フォロワー数――自分にまとわりつくあらゆる数字を誇ろうとする人間が多い中で、その凹みすら開示するあけすけさで応援される彼女の軽やかさに、数値化できない真の強さを感じる。

<取材・文/黒島暁生>

【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki

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