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「やばい」「えぐい」は正しい日本語なのか? 今さら聞けない意味と語源を言語学者に聞く

日刊SPA! 2024年8月22日 15時53分

どんなものにも誕生の瞬間がある。それは、私たちが普段使っている言葉も同様のこと。例えば、多くの人が何気なく使っている「やばい」という言葉は、若者言葉のようにも感じられるが、そのルーツは意外にも古く、さらに意外な場所から誕生していた。
あまりに日常的で、深く考えることのなかった「やばい」という言葉の歴史と変遷。そして今や「やばい」から置きかわりつつある「えぐい」という言葉について、専門家に解説してもらった。

◆明治時代に「やば」が「やばい」に

辞書によれば「やばい」の意味として「不都合である」「危険である」などの記載がある。例えば、スポーツ観戦をしていて応援しているチームがピンチ(危険・不都合)の局面を迎えれば「やばい」と感じたり、時には声に出したりするだろう。このように今では一般化した言葉だが、かつては“一部界隈”で使われていた言葉だったと、国立国語研究所・准教授の新野直哉氏は話す。

「『日本国語大辞典』の『やば』『やばい』の項でも確認できますが、江戸時代に『やば』という語があり、明治時代にそれが形容詞化した『やばい』が使われ始めるという経緯を辿っているようです」(新野直哉氏)

◆「やば」は牢屋の看守のこと

まず、若者言葉のイメージも強い「やばい」の元になる言葉が、江戸時代から使われていたことが驚きだ。また、この「やば」という言葉は牢屋の看守のことを意味していたという。

この点について、二松学舎大学の文学部教授・島田泰子氏は次のように補足する。

「江戸時代の歌舞伎や滑稽本に『やばな(こと)』という表現が出てくるので、『やば』が当時から使われていたのは間違いありません。明治25年(1892年)刊行の『日本隠語集』には、形容詞化した『やばい』が何度も登場します。悪事がバレそう、とか、巡回が頻繁だ(から、犯行をやりづらい)とか、そんな意味でよく使われていたようです。この書物は、捜査や取り調べの必要上から犯罪者特有の言葉遣いを集めたもの。載っているのは、説明がないと部外者には通じない、身内限定の言葉ばかり。つまり、『やばい』は、当時の反社的なやばい人たちの間で使われていた『集団語』だったのですね」(島田泰子教授)

◆「やばい美味しい」は正しい使い方なのか?

由来からしても、ネガティブな意味として「やばい」が使われてきたことはイメージがつく。それが昨今、「やばい美味しい」「やばいかっこいい」などポジティブな形容詞をブーストする役割も帯びてきている。この変化についても新野氏に聞いた。

「2004年8月13・20日号の『週刊朝日』に、『『やばい』はすごくよいだって!? 今どき言葉の不思議』という題の記事があり、若者言葉では『やばい』を〈すごく良い〉という意味で使う、と書いてあるので、この時点ですでに肯定的な意味で使われていたことがわかります。また、2015年7月29日の朝日新聞の記事でも『ヤバい』が取り上げられ、似た例として『すごい』という言葉が元々は『ぞっとするほど恐ろしい』という意味だったものが、肯定的な意味も含めて程度の大きいことを示すように変化していると書かれていますね」(新野直哉氏)

そのうえで新野氏は、やばいという言葉が「悪い意味からいい意味になった」という論調も見られるが、それは適切ではないとしている。

「変化の仕方としては『危険だ』という意味から、『いい・悪いに関係なく、程度がはなはだしい。インパクトが強く感情を揺さぶられるほどである』になったとするのが適切だと考えます」(新野直哉氏)

◆「えぐい」も、もともとはネガティブな意味合い

そんな「やばい」という言葉が、若い世代を中心に「えぐい」に置き換えられているのを見聞きする機会が増えてきたように感じることはないだろうか。

昨年開催された野球の世界大会WBC。その練習中の大谷翔平選手の打球を見て、当時22歳だった万波中正選手(北海道日本ハム)が「えぐい! これはえぐい!」と感動していたシーンは、テレビでも多く放送されたことからも、流行り言葉のようにも感じられる。

しかし、こちらも「やばい」と同じく、もともとはネガティブな意味合いの言葉であったと、前出の島田氏。

「元々、『えぐい』は味覚に関する語で、苦みにも似た、毒性が含まれているというサインとしての危険信号を表すものでした。そこから『やり口がえぐい(やり方が非人道的)』といったように、ネガテイブな意味で使われていました」

◆「えぐい」は40年以上前にも流行していた

では、危険性や否定的な意味を持っていた「えぐい」は、いつ頃から肯定的な意味でも用いられるようになったのか。

「実はちょっと複雑なんです。この言葉は、1981年にテレビの風邪薬CMで使われ、そこから『やばい』と同様、良くも悪くも程度がはなはだしい、インパクトが強いということをあらわす流行語になりました」(新野直哉氏)

なんと、えぐいのポジティブな使い方での流行は、今回が最初ではないというのだ。とはいえ、その流行が継続はせず肯定的な意味での用例は下火となった。それがなぜ、最近になって再燃したのか。そこには、強調に用いられる言葉の特性があるようで……。

「『やばい』が多用されるようになって年月が経ち、使い古された感じが出てきて以前のようなインパクトがなくなってきたので、より新鮮でインパクトのある語として『えぐい』が使われるようになったのではないかと思います。今使っている若い層は、以前流行したということは知りませんからね」(新野直哉氏)

「やばい」という言葉のやばい歴史、そしてやばいに取って代わりつつある「えぐい」という言葉の意外な過去。言葉は生き物だとよく言われるが、その変化を辿ると面白い。さて、「えぐい」の先に登場するのは、一体どんな言葉なのだろうか。

<取材・文/Mr.tsubaking>

【Mr.tsubaking】
Boogie the マッハモータースのドラマーとして、NHK「大!天才てれびくん」の主題歌を担当し、サエキけんぞうや野宮真貴らのバックバンドも務める。またBS朝日「世界の名画」をはじめ、放送作家としても活動し、Webサイト「世界の美術館」での美術コラムやニュースサイト「TABLO」での珍スポット連載を執筆。そのほか、旅行会社などで仏像解説も。

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