若者の「見えない貧困」が広がっている。旧来型のネカフェを根城にするケースだけでなく、「限界シェアハウス」が増えたことで路上生活をせずともその日暮らしを続けていけるからだ。
人手不足で就職市場は空前の売り手市場と言われているが、若い人材が引手数多な一方で、貧困から抜け出せない若者も多い。そして、彼らの多くは“親ガチャ”を理由に世代を超えた負の連鎖を断ち切れずにいる……。そんな過酷な環境で暮らす若者を徹底取材。「忘れ去られた若者たち」にスポットを当てる。
◆親の借金が原因で失業
三﨑裕翔さん(仮名・24歳)
【現在の状況】路上生活
【主な収入源】ウーバー配達員
【現在の月収】約5万円
「今思うと母から見た私はただのカネヅルだったのかもしれません」
そう語るのは、熊本県の中心市街地でウーバー配達員をしながら路上生活を続ける三﨑裕翔さん(仮名・24歳)。彼の生活拠点と実家はクルマで1時間ほどの距離だが、三﨑さんには“帰れない理由”がある。
「母親から繰り返しカネの無心をされていて……。私が幼い頃に離婚した母はギャンブル依存症の恋人の借金を肩代わりして、数百万円の負債がありました。家計は常に火の車で小学校では給食費を払えず、周囲からは『泥棒』呼ばわり。高校時代は部活もせず、バイト漬けの日々でしたが、時給が低く、どんなに働いても月7万円が限界でした」
それだけ苦労して稼いだバイト代も、全額母の借金返済に消えた。そして高校卒業と同時に地元メーカーにSEとして就職。母から離れたい一心で一人暮らしを始めるが、悲劇はここで終わらない。
「正社員として働きだしたことで母からの金銭の要求もエスカレートして、月収約30万円のうち10万円は渡してました。断ると『こんなに愛して育てたのに!』と癇癪を起こし、一日10件以上“鬼電”をして会社に押しかけてくるんです。4年半勤めた職場にも居づらくなり、会社には書き置きだけを残して夜逃げ同然で地元を飛び出しました」
◆三﨑さんがたどり着いたのは…
やがて三﨑さんがたどり着いたのは大阪市西成区。理由を聞くと「人情に厚いイメージがあったから」と笑う。
「路上生活をしながら日雇い労働をしていましたが、疲労と所持金がじりじりとなくなる恐怖で精神が追い込まれ、うつになってしまって……。その後も“元ヤクザ”にたかられたり、男に睡眠薬を盛られてレイプされかけたり、度重なる困難に心が折れ、結局、地元の熊本に戻りました」
実は三﨑さんはうつを発症したタイミングで一度生活保護を受けたことがあるが、途中で辞退している。
「世の中にはギバーとテイカーの2種類の人間がいますが、ただ周りから受け取るだけの人間にはなりたくない。きちんと自分の手で稼いでお金の重みを知りたいんです」
親ガチャの十字架を背負った三﨑さんが、貧困のループから抜け出せる日は来るのか。
◆親ガチャが起点の負の連鎖
深刻な人手不足が続くなか、若い労働力が引く手あまたの一方で、なぜ、仕事にあぶれ、経済的困窮に陥る若者が出てくるのか――。それには生まれ育った環境が大きく影響しているようだ。少年犯罪や若者の逸脱行動を研究する社会学者の土井隆義教授が話す。
「’00年代初頭に子どもの貧困がクローズアップされましたが、その子どもが大人になったいわゆる『若年貧困2世』が、今の若年貧困の世代にあたります。これは、貧困の連鎖を絶ち切ることがいかに困難かを如実に物語っている」
「若年貧困2世」は、格差社会が産み落とした犠牲者と言っていいだろう。貧しい家庭に生まれたら、教育の機会を十分に与えられず、結果的に高い収入の仕事にありつけない……。そんな世代をまたいだ負の連鎖が、貧困問題の根底に横たわっているからだ。
◆意欲格差を生む“関係格差”と“体験格差”
土井氏によれば、人生を切り開こうという意欲の格差からも負の連鎖が生じるという。
「人格形成の時期において意欲を育む一番の刺激は他者との交流です。学齢期の部活動もその一端を担っている。年齢を越えた交流を得る格好の機会ですが、昨今では経済的理由で部活ができない子どもが増え、結果的に“関係格差”が意欲格差を生んでしまう」
土井氏によれば、“体験格差”もまた意欲格差を生むという。
「遊びや旅行などを通して得られる幼少期からの“体験”の蓄積も、意欲を育む貴重な土壌になります。しかし昨今では、何をして遊ぶにもお金がかかる。体験の機会を十分に得られない子どもは、リアルな世界の刺激に触れて意欲を育む機会を失ってしまう」
一方、ここにきて新たな貧困層が拡大する可能性がある。
「今の日本では、株価や物価の上昇もあり、社会の平均的な人々と比べて相対的に貧しい人々が生まれやすい状況にあるともいえる」(土井氏)
生まれた家庭環境でその後の命運が決まる親ガチャ貧困。子どもが自らの手で悪しき負の連鎖を断ち切る日は来るのか。罪なき若者の犠牲で成り立つ日本の明日はどっちだ。
【社会学者 土井隆義氏】
筑波大学人文社会系教授。専門は社会学、刑事法学。若者の逸脱行動に関する研究を行い、トー横キッズの問題にも詳しい
取材・文/週刊SPA!編集部
―[[親ガチャ貧困]の実態]―
人手不足で就職市場は空前の売り手市場と言われているが、若い人材が引手数多な一方で、貧困から抜け出せない若者も多い。そして、彼らの多くは“親ガチャ”を理由に世代を超えた負の連鎖を断ち切れずにいる……。そんな過酷な環境で暮らす若者を徹底取材。「忘れ去られた若者たち」にスポットを当てる。
◆親の借金が原因で失業
三﨑裕翔さん(仮名・24歳)
【現在の状況】路上生活
【主な収入源】ウーバー配達員
【現在の月収】約5万円
「今思うと母から見た私はただのカネヅルだったのかもしれません」
そう語るのは、熊本県の中心市街地でウーバー配達員をしながら路上生活を続ける三﨑裕翔さん(仮名・24歳)。彼の生活拠点と実家はクルマで1時間ほどの距離だが、三﨑さんには“帰れない理由”がある。
「母親から繰り返しカネの無心をされていて……。私が幼い頃に離婚した母はギャンブル依存症の恋人の借金を肩代わりして、数百万円の負債がありました。家計は常に火の車で小学校では給食費を払えず、周囲からは『泥棒』呼ばわり。高校時代は部活もせず、バイト漬けの日々でしたが、時給が低く、どんなに働いても月7万円が限界でした」
それだけ苦労して稼いだバイト代も、全額母の借金返済に消えた。そして高校卒業と同時に地元メーカーにSEとして就職。母から離れたい一心で一人暮らしを始めるが、悲劇はここで終わらない。
「正社員として働きだしたことで母からの金銭の要求もエスカレートして、月収約30万円のうち10万円は渡してました。断ると『こんなに愛して育てたのに!』と癇癪を起こし、一日10件以上“鬼電”をして会社に押しかけてくるんです。4年半勤めた職場にも居づらくなり、会社には書き置きだけを残して夜逃げ同然で地元を飛び出しました」
◆三﨑さんがたどり着いたのは…
やがて三﨑さんがたどり着いたのは大阪市西成区。理由を聞くと「人情に厚いイメージがあったから」と笑う。
「路上生活をしながら日雇い労働をしていましたが、疲労と所持金がじりじりとなくなる恐怖で精神が追い込まれ、うつになってしまって……。その後も“元ヤクザ”にたかられたり、男に睡眠薬を盛られてレイプされかけたり、度重なる困難に心が折れ、結局、地元の熊本に戻りました」
実は三﨑さんはうつを発症したタイミングで一度生活保護を受けたことがあるが、途中で辞退している。
「世の中にはギバーとテイカーの2種類の人間がいますが、ただ周りから受け取るだけの人間にはなりたくない。きちんと自分の手で稼いでお金の重みを知りたいんです」
親ガチャの十字架を背負った三﨑さんが、貧困のループから抜け出せる日は来るのか。
◆親ガチャが起点の負の連鎖
深刻な人手不足が続くなか、若い労働力が引く手あまたの一方で、なぜ、仕事にあぶれ、経済的困窮に陥る若者が出てくるのか――。それには生まれ育った環境が大きく影響しているようだ。少年犯罪や若者の逸脱行動を研究する社会学者の土井隆義教授が話す。
「’00年代初頭に子どもの貧困がクローズアップされましたが、その子どもが大人になったいわゆる『若年貧困2世』が、今の若年貧困の世代にあたります。これは、貧困の連鎖を絶ち切ることがいかに困難かを如実に物語っている」
「若年貧困2世」は、格差社会が産み落とした犠牲者と言っていいだろう。貧しい家庭に生まれたら、教育の機会を十分に与えられず、結果的に高い収入の仕事にありつけない……。そんな世代をまたいだ負の連鎖が、貧困問題の根底に横たわっているからだ。
◆意欲格差を生む“関係格差”と“体験格差”
土井氏によれば、人生を切り開こうという意欲の格差からも負の連鎖が生じるという。
「人格形成の時期において意欲を育む一番の刺激は他者との交流です。学齢期の部活動もその一端を担っている。年齢を越えた交流を得る格好の機会ですが、昨今では経済的理由で部活ができない子どもが増え、結果的に“関係格差”が意欲格差を生んでしまう」
土井氏によれば、“体験格差”もまた意欲格差を生むという。
「遊びや旅行などを通して得られる幼少期からの“体験”の蓄積も、意欲を育む貴重な土壌になります。しかし昨今では、何をして遊ぶにもお金がかかる。体験の機会を十分に得られない子どもは、リアルな世界の刺激に触れて意欲を育む機会を失ってしまう」
一方、ここにきて新たな貧困層が拡大する可能性がある。
「今の日本では、株価や物価の上昇もあり、社会の平均的な人々と比べて相対的に貧しい人々が生まれやすい状況にあるともいえる」(土井氏)
生まれた家庭環境でその後の命運が決まる親ガチャ貧困。子どもが自らの手で悪しき負の連鎖を断ち切る日は来るのか。罪なき若者の犠牲で成り立つ日本の明日はどっちだ。
【社会学者 土井隆義氏】
筑波大学人文社会系教授。専門は社会学、刑事法学。若者の逸脱行動に関する研究を行い、トー横キッズの問題にも詳しい
取材・文/週刊SPA!編集部
―[[親ガチャ貧困]の実態]―