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サントリー「翠」が最初から缶を出さなかったワケ。「絶対に譲れなかった“棚”の確保と“売れる自信”」

日刊SPA! 2024年8月30日 8時52分

居酒屋で注文するお酒の中で不動の人気はビールやハイボール、レモンサワーといったソーダ割りのお酒だろう。
基本的にどんな料理やおつまみとも合わせやすく、“定番の食中酒”として根付いているが、ハイボールやレモンサワーに続く「第3のソーダ割り」としてジンソーダの普及に努めているのがサントリーだ。

「翠(SUI)」の登場は2020年3月。700ml入りの瓶タイプを発売すると、当初の販売計画を上回る売り上げを記録し、2022年3月には350ml/500ml入りの缶タイプ「翠ジンソーダ缶」を市場へ投入したことで、2023年の翠ブランド全体の販売金額が新発売時の2020年に比べ、約10倍の規模に成長した。

サントリーが新市場の開拓を狙って「ジン」カテゴリーに着目した理由や、ジンソーダの定番化に向けた取り組みについて、サントリー株式会社 スピリッツ本部 リキュール・スピリッツ部 課長の草薙信彦さんに話を聞いた。

◆今までになかった「ジンのソーダ割り」が宅飲み需要を捉える

サントリーは1936年から80年以上にわたって、国産ジンを大阪工場で製造している。そこで培われたものづくりの技術や知見に加えて、世界のジン市場拡大の潮流が高まっていたことから、「食中酒の新たな提案として、ジンソーダに商機を感じた」と話す。

「2017年に発売した国産プレミアムジン『ROKU(六)』は、カクテル需要が高く、グローバルブランドとして非常に高い評価をいただいています。一方で、日本ではジントニックやジンバックといったジンを使ったカクテルは、バーやクラブで飲むお酒というイメージが強く、飲食店で飲むお酒としては浸透していませんでした。

そこで、ジンにハイボールやレモンサワーのようなソーダ割で気軽に飲めるお酒としての可能性を見出し、『翠』の開発に着手したのです」(草薙さん、以下同)

消費者の認識を「バーで飲むお酒」から「食事に合わせて飲む日常酒」へと変容させ、ジンのソーダ割を定着させていく。このような目標を立て、2020年3月に翠の瓶タイプを発売。

当初は居酒屋などを中心に拡販を狙ったが、同時期に訪れたコロナ禍の影響で営業開拓ができずに苦戦を強いられたという。

「翠の発売当時は瓶だけでしたので、コロナ禍のタイミングで居酒屋が営業していない状態では、ブランドとお客様との接点が作れずに苦労しました。ただ、ジンソーダという飲み方自体の新しさはあったため、幸いにもスーパーや小売といった流通先の反応が良く、翠のために大きな売り場で展開いただいたことで、順調なスタートを切ることができました」

◆自信を持って売れる状態になるまで缶を出さなかった

加えて、メッセンジャーを起用したテレビCMを放映し、「それはまだ、流行っていない。」というキャッチフレーズが大きな反響を呼んだことで認知度も一気に高まった。

しかし、消費者目線からすると、ジンソーダを飲むために、いきなり瓶から買うのはハードルが高い。翠は瓶タイプの商品を市場に出してから2年かけて缶タイプの商品を発売したが、その理由について草薙さんは「失敗できないからこそ、手応えを感じてから缶タイプを出したかった」と語る。

「瓶タイプのみだと、お客様が手に取りづらいと思っていたので、早く缶タイプを出したい気持ちは当然ありました。ですが、まずはしっかりと飲食店を中心に認知を上げていき、ジンソーダがお客様の頭の中で『どこかで飲んだことがある』と想起される状況を作りたいと考えました。

特に缶商品は、売り場の棚の商品改廃で競合他社との配荷争いが激しく、中途半端に出しても初めから売れなかった場合は棚落ち(商品が売り場から外されること)してしまいます。そのため、『これなら売れる』という自信を得たタイミングでないと、缶タイプは発売できないと考えていました」

◆飲食店を“メディア化”することで認知度向上につながった

そんななか、飲食店で展開するときに意識したのが「飲食店のメディア化」だと草薙さんは説明する。

翠専用のブランドグラスをお店で使ってもらうほか、翠のポスターを掲示してもらいブランドを露出させることで、ジンソーダを想起させることにつながるわけである。

さらには、品質の高い状態でジンソーダを飲んでもらうための飲食店向けセミナーを開くなど、翠の世界観や良質な飲用体験の創出を徹底したそうだ。

「サントリーでは、実際にお客様に飲用いただくときの品質向上にも力をいれています。翠を取り扱いいただいているお店には『氷をぎっちり入れて、翠とソーダを1:4の割合でゆっくり1回混ぜる』という「おいしい翠ジンソーダのつくり方」を伝えるなど、提供品質向上のフォローを行っているんですよね。お店によって、品質のばらつきが出ないよう、『いかにお客様に美味しく飲んでいただけるか』を意識しています」

こうして2022年3月に翠の缶タイプを発売したところ、2ヵ月で1,400万本出荷という結果に。

各メーカーからさまざまな缶の新製品が登場することから、どうしても埋もれがちになるが、「飲食店でジンソーダを飲んだ体験が下地となり、老若男女問わずに幅広い年代のお客様に購入いただいていた」と草薙さんは述べる。

◆店でも、家でも、缶でもジンを飲む機会を増やしていく

翠は国内ジン市場を切り拓き、さらなる需要拡大へ向けて、「店でも、家でも、缶でも」といった“三位一体”のマーケティング戦略に取り組んでいる。

飲食店の施策は先述した通りだが、スーパーの店頭では翠の瓶と缶を2つ同時に出していく工夫を凝らしているという。

「翠を知らないお客様も、瓶酒で作られていることがわかれば、出自がしっかりしている本物の商品だと認知してもらえるので、瓶と缶をセットで出すのはすごく意味があることだと思っています。

既存のROKUはプレミアム価格帯で初心者は手を出しづらい一方で、翠はジンのハードルを下げて、間口を広げていく役割を持つブランドになっています。ジンソーダの魅力に気づき、ジンをさらに楽しみたいお客様にはROKUを提案していく。このような循環を作れていけたらと考えています」

今後の展開としては、2030年までに国内ジン市場を現在の約2倍となる450億円規模にしていく目標があるという。

その目標を達成するべく、大阪工場の生産能力を高めるための設備投資や、ROKUと翠のブランド認知拡大を図る広告やプロモーションといったマーケティングの強化を進めていくと草薙さんは話す。

「翠に関しては、成長軌道に乗ってはいるものの、まだまだ伸びしろが大きいと感じています。なので、これからも積極的な投資を行い、より多くのお客様に楽しんでいただけるように尽力していくことが重要だと捉えています。

居酒屋などで食事とともにお酒を飲む際に、現状でもビールやハイボール、レモンサワーのニーズは大きいですが、そこにジンソーダも入ることができれば、まだまだ裾野を広げられるポテンシャルはあると見込んでいるので、引き続き翠の魅力が伝わるように訴求をしていきたいですね。今年から新たに、翠の清々しい香りが際立ち、飲み心地の爽快さにこだわった『翠ジンソーダ専用ジョッキ』を導入しました。翠の独自価値である清々しさを表現し、ジョッキの親しみ・定番感を感じつつ、翠らしい品質感を担保するデザインになっています」

ウイスキーや焼酎と比べれば、ジンのお酒はまだまだ存在感が薄いかもしれないが、サントリーにはウイスキー「角瓶」を使った角ハイボールを飲食店に流行らせた過去の成功体験がある。

その成功になぞらえ、ジンの普及に努めることで、ジンソーダも定番のお酒としての地位を築ける可能性も十分にあるのではないだろうか。

<取材・文・撮影(人物)/古田島大介>

【古田島大介】
1986年生まれ。立教大卒。ビジネス、旅行、イベント、カルチャーなど興味関心の湧く分野を中心に執筆活動を行う。社会のA面B面、メジャーからアンダーまで足を運び、現場で知ることを大切にしている

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