世の中には読んだほうがいい本がたくさんある。もちろん読まなくていい本だってたくさんある。でもその数の多さに選びきれず、もしくは目に留めず、心の糧を取りこぼしてしまうのはあまりにもったいない。そこで当欄では、書店で働く現場の人々が今おすすめの新刊を毎週紹介する。本を読まなくても死にはしない。でも本を読んで生きるのは悪くない。ここが人と本との出会いの場になりますように。
「地球防衛隊X」は混迷する令和の今だからこそ産み落とされた猛毒を孕んだコミックだ。
警視庁採用試験にトップ合格を果たした主人公・大和孝一は、同時に地球防衛隊に配属される。地球にはさまざまな星から異星人がやってきている。大和は、これら地球外生命体(外生体)の存在を公にはしていない政府が秘密裏に組織した地球防衛隊の一員として、外生体を捕らえることこそが平和を守る自らの使命だと思っていた。“彼女”に会うまでは……。
「大和孝一さん あなたは……何から日本を守りたいの?」
正義に燃える心の奥底で昏い感情を抱えていた大和が出会った彼女。それは、右腕の触手がヒトを搦め、栄養を絞り出し、不要な部分を黒い塊にして排出する地球外生命体トランスン星人(トランスン星人は電磁波でやり取りするため名を持たない。電磁波を日本語風に言うとピロリロリン。日本女性風に命名するならピロ子かロリ子……からの仮称ピロ子)。大和はピロ子から、心の奥底を見透かすかのような提案を受ける。
「私が無能を喰ってあげましょうか?」
不況、少子化、汚職、裏金。国の内側に巣食う、法で裁けない理不尽な悪。そして老害。それらに対して、口にするのも憚られる負の感情を抱く大和は、彼女の圧倒的な暴力を駆使し、正義の名のもとに老害らを排除してゆく。そんな殺戮行為はネットを中心に神隠し現象“X”と呼ばれ、注目を集めるようになる。だが、地球防衛隊特別対策室の室長に着任したハーバード大卒の官僚エリート・信濃みなとは、大和ら隊員を前に、こう告げる。
「捜査員の中にXの内通者がいる可能性があります」
息詰まる頭脳戦、迫る捜査の手、大和の信じる正義は遂行されるのか……? ハードなストーリーとDEATH NOTEチックな展開にシニカルな要素も含んだ最先端近未来SFハードアクション漫画。これがデビュー作となる新人作家・龍茶文十(りゅうちゃあやと)による本作は、この秋必読だ。
「大変申し訳ございません。はい、ごもっともですはい、本当に申し訳ございません」
ある日立ち寄った書店ではあぐんだ声で店員が応対している。買い物がてらに聞き及ぶ限りでも明らかに理不尽なクレームに店内全体が嫌な空気に包まれる。コロナ禍以降、頻繁に目にする光景であり、サービス業全般の諸兄共通認識であるカスハラ案件。そこはノブレス・オブリュージュ(身分・地位の高い者にはそれ相応の果たすべき社会的責任と義務がある)とは無縁の世界。
昔は良かったなんて老害を撒き散らすつもりはない。世界が変わったのか。それとも自分が変質したのか。書店員歴34年。そこそこに経験を積んで、今の書店に店長としてやって来た。それなのに、アルバイトが言う。
「(シフトもう少し入ってくれないかなぁ……)は? 部活とバイトなら部活優先でしょ? そりゃそうでしょ!」
「(出勤時間、過ぎてますけど……)あ、LINEの返事書いてから店に出ます」
平然と笑顔で話す彼らは異質な存在であっても、彼らからすればこちらが異質であり、お互いが歩み寄るにも対話するにも越えなければいけないハードルや法律が立ち塞がる。経験則から注意した。ただそのことこそが、いわゆる老害なんじゃないのかと気づき、背すじが凍る。
「老害を殺せ」――おおっぴら口には出せない猛毒を現代に投下したコミック『地球防衛隊X』。その先行きがどうなるのかは誰にも想像がつかない。やり場のない憤りを抱える俺の目の前にピロ子が現れてくれないかと夢想する。
評者/柳下博幸
1967年、秋田県生まれ。吉見書店長田店スーパーバイザー兼、某アイスチェーン店長。よく読む本は文芸書からアンダーグラウンドまでジャンルレス。趣味はゴルフ・ラーメン・絵恋ちゃん。
―[書店員の書評]―
「地球防衛隊X」は混迷する令和の今だからこそ産み落とされた猛毒を孕んだコミックだ。
警視庁採用試験にトップ合格を果たした主人公・大和孝一は、同時に地球防衛隊に配属される。地球にはさまざまな星から異星人がやってきている。大和は、これら地球外生命体(外生体)の存在を公にはしていない政府が秘密裏に組織した地球防衛隊の一員として、外生体を捕らえることこそが平和を守る自らの使命だと思っていた。“彼女”に会うまでは……。
「大和孝一さん あなたは……何から日本を守りたいの?」
正義に燃える心の奥底で昏い感情を抱えていた大和が出会った彼女。それは、右腕の触手がヒトを搦め、栄養を絞り出し、不要な部分を黒い塊にして排出する地球外生命体トランスン星人(トランスン星人は電磁波でやり取りするため名を持たない。電磁波を日本語風に言うとピロリロリン。日本女性風に命名するならピロ子かロリ子……からの仮称ピロ子)。大和はピロ子から、心の奥底を見透かすかのような提案を受ける。
「私が無能を喰ってあげましょうか?」
不況、少子化、汚職、裏金。国の内側に巣食う、法で裁けない理不尽な悪。そして老害。それらに対して、口にするのも憚られる負の感情を抱く大和は、彼女の圧倒的な暴力を駆使し、正義の名のもとに老害らを排除してゆく。そんな殺戮行為はネットを中心に神隠し現象“X”と呼ばれ、注目を集めるようになる。だが、地球防衛隊特別対策室の室長に着任したハーバード大卒の官僚エリート・信濃みなとは、大和ら隊員を前に、こう告げる。
「捜査員の中にXの内通者がいる可能性があります」
息詰まる頭脳戦、迫る捜査の手、大和の信じる正義は遂行されるのか……? ハードなストーリーとDEATH NOTEチックな展開にシニカルな要素も含んだ最先端近未来SFハードアクション漫画。これがデビュー作となる新人作家・龍茶文十(りゅうちゃあやと)による本作は、この秋必読だ。
「大変申し訳ございません。はい、ごもっともですはい、本当に申し訳ございません」
ある日立ち寄った書店ではあぐんだ声で店員が応対している。買い物がてらに聞き及ぶ限りでも明らかに理不尽なクレームに店内全体が嫌な空気に包まれる。コロナ禍以降、頻繁に目にする光景であり、サービス業全般の諸兄共通認識であるカスハラ案件。そこはノブレス・オブリュージュ(身分・地位の高い者にはそれ相応の果たすべき社会的責任と義務がある)とは無縁の世界。
昔は良かったなんて老害を撒き散らすつもりはない。世界が変わったのか。それとも自分が変質したのか。書店員歴34年。そこそこに経験を積んで、今の書店に店長としてやって来た。それなのに、アルバイトが言う。
「(シフトもう少し入ってくれないかなぁ……)は? 部活とバイトなら部活優先でしょ? そりゃそうでしょ!」
「(出勤時間、過ぎてますけど……)あ、LINEの返事書いてから店に出ます」
平然と笑顔で話す彼らは異質な存在であっても、彼らからすればこちらが異質であり、お互いが歩み寄るにも対話するにも越えなければいけないハードルや法律が立ち塞がる。経験則から注意した。ただそのことこそが、いわゆる老害なんじゃないのかと気づき、背すじが凍る。
「老害を殺せ」――おおっぴら口には出せない猛毒を現代に投下したコミック『地球防衛隊X』。その先行きがどうなるのかは誰にも想像がつかない。やり場のない憤りを抱える俺の目の前にピロ子が現れてくれないかと夢想する。
評者/柳下博幸
1967年、秋田県生まれ。吉見書店長田店スーパーバイザー兼、某アイスチェーン店長。よく読む本は文芸書からアンダーグラウンドまでジャンルレス。趣味はゴルフ・ラーメン・絵恋ちゃん。
―[書店員の書評]―