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「こんなに売れないとは…」クルマのサブスクKINTOが“苦境の初年度”を乗り越えて「10万人に選ばれる」まで

日刊SPA! 2024年9月6日 8時52分

 近年、クルマとの付き合い方は多様化が進んでいる。クルマの利用頻度やライフスタイルに応じて「マイカー購入」や「カーリース」、「カーシェア」など、さまざまな選択肢がある。
 そんななか、購入でもシェアでもなく、新しいクルマの持ち方として注目されるのが、クルマのサブスクリプション(以下 サブスク)だ。

◆「KINTO」のサブスク累計申込数は10万件を突破

 2019年にサービスを開始したトヨタのKINTOは、クルマのサブスク市場における牽引役として事業を拡大しており、サブスク累計申込数は10万件を突破している。

 KINTOをきっかけに「ファーストカー(人生で最初に乗る車のこと)」を持つ若年層に主に支持されており、サービス利用者の4割が20〜30代を占めているという。

 同サービスを運営する株式会社KINTO マーケティング企画部 部長の曽根原由梨さんへKINTOの現在地やクルマのサブスクの未来について話を伺った。

◆自動車業界における長年の“商慣習”に切り込みたかった

 2010年代後半は、自動車業界における「100年に1度の大変革期」が叫ばれ、既存のクルマのあり方や売り方などを変えていくことが求められた時代だった。

 トヨタも「自動車を作る会社」から「モビリティカンパニー」への変革を目指し、新たなビジネスモデルの確立やものづくりの進化に取り組むことを掲げたのだ。

 その一環で生まれたのがKINTOである。背景にあるのは「長年の商慣習からの脱却」だ。

 家電業界では、各メーカーの町の電気屋さんから家電量販店、Amazon等のEコマースに売り場が広がった。しかし、自動車業界では売り場が販売店しかなく、値段についても交渉するという商慣習が続いており、KINTO代表の小寺氏はそこに課題意識を感じていたという。

 その課題を解決するために「インターネットを介した新しいクルマの販売」を考えていくうちに、クルマのサブスクに着目したというわけだ。

「レンタカーやカーシェアの領域では、グループ内のトヨタレンタリースがサービス展開していました。このような状況で、インターネットを通じていろんなお客様にクルマの持ち方を提供する際に、カーシェアでも所有でもない第3の選択肢としてクルマのサブスクを考えて始めたのがKINTOになっています。

 クルマの販売だと、数百万円単位のお金を払っていただかないといけないですし、全国統一の価格で出すためにはサブスクのビジネスモデルが一番フィットしました」(曽根原さん、以下同)

◆立ち上げ当初は「こんなに売れないとは思わなかった」

 だが、2019年2月にKINTOを立ち上げ、クルマのサブスク事業に参入したものの、初年度の申し込み台数は1,200件程度にとどまった。

「こんなに売れないとは思わなかった」

 曽根原さんは当時の苦労を次のように語る。

「『まだクルマ買ってるんですか?』というキャッチフレーズを掲げた奇抜なテレビCMを打って話題喚起を狙いましたが、当初は日に数件の申し込みしかありませんでした。事業を始める前にイメージしていたものとのギャップをすごく感じていましたね。

 やはり、クルマのサブスクが新しい形態ゆえにお客様も怖くて申し込みづらく、販売店で働く現場のスタッフからの理解を得られないと売り上げが伸びないのを痛感しました」

◆失敗を恐れない新規事業の発想と実行力が成長の鍵になる

 そこで行った企業努力が「高速でPDCAを回すサービス改善」と「連続的なサービス拡充」の2つだ。

 ユーザーの要望や意見、潜在的なニーズを汲み取り、モビリティプラットフォームとしての付加価値を増やしていくために、新サービスを“矢継ぎ早”にリリースしてきたと曽根原さんは述べる。

「失敗したらやめる。良さそうだったら続ける。このような方針のもと、さまざまな新規事業を発表してきました。取り扱い車種の拡大や法人受付の開始、サブスク契約期間中に新しいトヨタ車に乗り換え可能な『のりかえGO』、契約者様向け優待メニューもある『モビリティマーケット』、純正オプションを販売店で後付けできる『KINTO FACTORY』など、3年間で9つの施策を実施しています。

 社長の小寺がアイデアマンで、何かの拍子に事業のアイデアやシーズが思い浮かぶと、新規事業の候補案としてストックしているんです。今でも20~30個くらいの事業アイデアがあって、事業性があればプロジェクト化していきます」

 サービスを多角化するのは、新しいモビリティカンパニーのプラットフォーマーとして、サブスク以外にも取り組むべき事業があると捉えているからだ。早期成長を実現するためには「走りながらサービスの品質改善や拡充を繰り返す」ことが重要になってくるわけだ。

◆人生で“最初”と“最後”のクルマをKINTOに

 また、KINTOのメインターゲットとなる若年層へのコミュニケーションもテコ入れを図ってきた。

 企業視点による「新規性やサービス名」を打ち出すのではなく、顧客視点に立った「共感や楽しい世界観」が伝わるように訴求軸を変え、さらにはテレビCMだけではなくYouTubeやTVerでの広告配信を行うなど、若年層へのアプローチも工夫を凝らしてきた。

 こうした取り組みが功を奏し、KINTOを契約するユーザーの増加につながった。現在では、KINTOのユーザーの4割を占めるのが20〜30代となっている。

 クルマに関わる諸経費が月額利用料に全て含まれているため、面倒なことを考えずに家計管理しやすい利便性が、若年層の“ファーストカー需要”を捉えていると言えるだろう。

 また、最新の安全装備を搭載したクルマに乗れることから、シニア層のユーザーも多く、「カスタマーライフサイクルの中で“最初”と“最後”の1台をKINTOが担っている」と曽根原さんは語る。

◆KINTO Unlimitedと専売プリウスが起爆剤に

 こうしたなか、KINTOの契約者数が飛躍的に伸びたのは、2023年12月から開始した「KINTO Unlimited」だ。

 KINTOの基本プランであるKINTO ONEは、クルマの維持に必要な保険やメンテナンスなどの諸経費が“コミコミ”の月額料金体系になっている。

 一方でKINTO Unlimitedの場合は、KINTO ONEのサービスに加えて「クルマの進化=アップグレード」と「クルマの見守り=コネクティッド」というトヨタの先進サービスを追加。

「進化」と「見守り」によってリセールバリュー(クルマの再販価値)を高く保ち、その分を月額利用料の引き下げに充てることで、以前よりもリーズナブルな月額でクルマを提供できるようになった。

「これまでの『新車を売って終わり』というビジネスモデルに、トヨタ自動車は課題意識を持っていました。クルマをお届けした後も付加価値を提供できる新しいクルマの売り方を提案したいというトヨタ自動車の想いがアップグレードを前提とした車づくりを生み、それをお客様と直接つながることのできるサブスクサービスを展開するKINTOを通じて提供したのがKINTO Unlimitedです。

 KINTO Unlimited対象車種には、車両開発の段階からアップグレードサービスに必要な施工作業を想定し、後付けで簡単に部品を装着できる『アップグレードレディ設計』が採用されており、トヨタ自動車の最新の技術が詰め込まれています。特にKINTO専売であるプリウス Uグレードは非常に好評で、サービスの急成長を支える車種となっていますね」

◆KINTOはトヨタにとっての“実験台”。新しいクルマづくりを目指して

 KINTOが目指すのは「トヨタにとっての実験台」だと曽根原さんは抱負を語る。

 サブスクを通じて顧客接点を持つKINTOが、モビリティのプラットフォーマーとして、トヨタの見出す新しいクルマの技術や世界観、サービスを届けていくことが、ひいてはKINTOのさらなる成長の原動力になるわけである。

「今後やっていきたいのは、お客様との接点を増やしていきたいことです。現在は『モビリティキャンプ』というアウトドア系のイベントを定期的に行っていますが、それに限らずにクルマによる移動の喜びや感動が想起されるようなリアルイベントも企画していければと考えています。

 また、実際にクルマのアップグレードしていただいたお客様の数はまだまだ少なく、課題に感じています。キャンペーンを実施するなど、KINTO Unlimitedの素晴らしさをより多くのお客様に身をもって体験いただく取り組みにも力を入れていきます」

 KINTOはトヨタ自動車系列の会社だが、事業への向き合い方はスタートアップと同様の柔軟性や意思決定の早さを感じた。クルマ選びの新しい選択肢として、サブスクは確実に社会に根付いてきていると言えるのではないだろうか。

<取材・文・撮影(人物)古田島大介>

【古田島大介】
1986年生まれ。立教大卒。ビジネス、旅行、イベント、カルチャーなど興味関心の湧く分野を中心に執筆活動を行う。社会のA面B面、メジャーからアンダーまで足を運び、現場で知ることを大切にしている

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