お金、好奇心、承認欲求……セクシー女優になる「理由」に比べ、セクシー女優を辞めた「その後」は、あまり大きく語られることはない。2020年、早稲田大学在学中にデビューして話題を呼んだ「渡辺まお」こと神野藍(25歳)。
現在は“文筆家”として活動しているが、「書くこと」で自分を見つめ直してきた。セクシー女優を引退して約2年、それは「自分の過去を許す時間だった」と言うが……。(記事は全3回の3回目)
◆神野藍が見つけた「一番気持ちいいこと」
「正社員の仕事に並行して、去年から今年にかけて1年間、Webメディアでエッセイを連載していました。毎週木曜日に編集さんに原稿を送っていたので、連載期間中、週の前半は予定を一切入れませんでした。連載が終わった今、久々に平日の自由を味わってます(笑)」
連載のタイトルは『私をほどく』。毎週金曜日に更新されるエピソードは、単なる「元セクシー女優のアダルト業界裏話」に留まらず、神野自身の体験を現在の視点で振り返る内省的な内容も多い。
「書いている間は、どこまでも自分のことを見つめ直しましたね。自分という人間が何を思って、どんな衝動で突き動かされて生きてきたのか……そんなことも言葉にできるようになりました。
この1年間書き続けて気づいたのが、『書いているときが一番気持ちいい』ということ。これまで性行為が一番気持ちいい行為だと信じて疑わなかったんですけど、今の私には性行為よりも『書くエクスタシー』のほうが大きい。それに気づいたとき『ああ、セクシー女優をやめて良かったな』って思えたんです。
セクシー女優になって失ったものはたくさんあるけど、こうやって進むことで新しく出会えるものもたくさんあることを実感しました」
◆辞めたい気持ちは突然に。撮影中「心がポッキリ折れた」
「やめて良かった」と語る神野。引退に至るまでの心境をあらためて今、振り返る。
「セクシー女優になって1年半ぐらいで、だいぶ心が折れ始めていて。もちろん、だからといってすぐに『辞めよう』とは決意できなかった。
企画単体になって1年すぎた頃かな。とある現場で突然、『あ、もう無理』と思ったんです。その日は現場のムードも険悪で『今日はもうギャラいらないから、今すぐ帰りたい!』と思っちゃったんですよね。前の日までは普通に仕事ができていたのに、心がポッキリ折れちゃった。そこから『あ、これ以上、続けたところで、お金以外の対価は得られないな』と思って引退を意識するようになりました」
やがて神野は2021年11月、SNSで休業を宣言した。
「自分にとって“セクシー女優”は本当に必要不可欠なものなのか、一度お休みをして考えたいと思ったんです。休業期間中、もう自分の中には『セクシー女優に戻りたい』という気持ちが残っていないことに気づいて、引退を決意しました」
セクシー女優になって3度目の春、2022年3月に早稲田大学を卒業。その3か月後、神野はアダルト業界を引退した。
◆傷つきを認め、「過去を許す」2年間だった
引退後の2年間を振り返って神野は「自分の過去を許す時間だった」と語る。
「これまで無我夢中で走り続けていたせいか、自分自身にきちんと向き合えていないことも多かった。けれど、こうやって書き続けることで『あ、あのときってこんな風に自分は傷ついていたんだな』と発見することも少なくありませんでした」
自分の内なる傷を認めることは、痛みを伴う作業だ。かわいそうと思われたくない、被害を認めたくない、弱い存在と思われたくない……弱さを認めることを嫌がる気持ちは、「ウィークネス・フォビア(弱さ嫌悪)」と呼ばれる。
「自分の傷を認めるって、なんだか負けた気になるじゃないですか。ずっと何かと闘っていたし、『負けたくない』という思いが強かったから。でも書いていくうちに傷ついている自分を認めて、ひとつずつ乗り越えられたように思えます。
やっぱり最終的に自分を救えるのは自分しかいないと思うんです。それを誰かに求めてしまった瞬間にその関係性っていびつになってしまうから。特に私の場合、他の人があまり経験していないことで悩んでいるので、それを他人に丸投げして考えてもらっても、なんの解決にもならないし」
傷つきを認めた神野の言葉は、迷いがなかった。
◆出演作品を「消したい」と考える本当の理由
神野が「渡辺まお」だったのは、およそ2年間。2年という時間は、長い人生でみればごくわずかな期間だが、そこで残した映像記録は半永久的に出回ることになる。
現役時代の作品について神野は「削除することを考えている」と明かす。アダルト業界には販売から5年経った出演作品は、女優本人が申請すれば販売や配信の使用を停止できる、“5年ルール”があるからだ。
「今っていろんな性犯罪のニュースが取り沙汰されていますけど、加害者が犯罪行為に至るまでの間に、なんらかの“きっかけ”が絶対にあると思うんです。もしも自分の作品がそのきっかけのひとつになってしまったら。それによって深く傷つく被害者がいたとしたら。そう考えると、とてつもない嫌悪感があるんです」
性犯罪に至らなくても、「潮吹きは快感の証」などの“演出”を真に受ける一部の男性たちもいる。その結果的に女性の体を傷つけてしまうことに神野は苦慮し、SNSで苦言を呈したことを過去のインタビューで語っていた。
「自分が生み出した作品になんの責任も取らないのはイヤなんですよね。もちろん削除依頼をしたら、そこで私の責任がなくなるわけではありません。けれどせめて自分ができることはしておこうと思うんです。自分の裸が消費され続けないためにも、自分の人生をもっと広げるためにも、 過去の自分を守るためにも」
アダルトコンテンツが性犯罪の抑制になるか、引き金になるか。これについては今もなお議論が尽きない。一方で性犯罪を連想させる性表現をしない、出演者を不当に搾取しない「エシカルポルノ(倫理的ポルノ)」という概念が、欧米では広まりを見せている。要は「フィクションならなんでもあり」ではないのだ。
演者みずからの責務を果たすために「消す」ことを選ぶ——神野の選択が問いかける意義は深い。
◆傷と向き合い、自分を「ほどく」ために書き続ける
「これからも書くことを続けていきたいですね。連載していたエッセイは近々、本にまとめる予定です」
すっかり冷めた唐揚げを頬ばり、朗らかな表情で神野は語る。取材場所のカラオケボックスには、利用時間終了10分前を告げるアラーム音が静かに鳴っていた。
「こうやって書いていけるのも、現役時代から何もいわずに隣にいてくれる友達や周囲の人たちのおかげ。私、本当に人には恵まれているんです。
仕事柄、どうしても家にこもりがちになってしまうけど、最近はなるべく外に出かけようと思って運転にも挑戦しています。大学時代はコロナで旅行もできなかったから、いずれ海外にも行ってみたいですね。
最近は友達に勧められた恋愛リアリティーショーにもハマってるんですよ。でも私自身、恋愛はダメなんですよね〜(苦笑)。これは今後の課題かな!」
自分をほどき、過去を許し、手放す──そのためにも神野は書き続ける。
<取材・文/アケミン、撮影/藤井厚年>
【アケミン】
週刊SPA!をはじめエンタメからビジネスまで執筆。Twitter :@AkeMin_desu
―[神野藍]―
現在は“文筆家”として活動しているが、「書くこと」で自分を見つめ直してきた。セクシー女優を引退して約2年、それは「自分の過去を許す時間だった」と言うが……。(記事は全3回の3回目)
◆神野藍が見つけた「一番気持ちいいこと」
「正社員の仕事に並行して、去年から今年にかけて1年間、Webメディアでエッセイを連載していました。毎週木曜日に編集さんに原稿を送っていたので、連載期間中、週の前半は予定を一切入れませんでした。連載が終わった今、久々に平日の自由を味わってます(笑)」
連載のタイトルは『私をほどく』。毎週金曜日に更新されるエピソードは、単なる「元セクシー女優のアダルト業界裏話」に留まらず、神野自身の体験を現在の視点で振り返る内省的な内容も多い。
「書いている間は、どこまでも自分のことを見つめ直しましたね。自分という人間が何を思って、どんな衝動で突き動かされて生きてきたのか……そんなことも言葉にできるようになりました。
この1年間書き続けて気づいたのが、『書いているときが一番気持ちいい』ということ。これまで性行為が一番気持ちいい行為だと信じて疑わなかったんですけど、今の私には性行為よりも『書くエクスタシー』のほうが大きい。それに気づいたとき『ああ、セクシー女優をやめて良かったな』って思えたんです。
セクシー女優になって失ったものはたくさんあるけど、こうやって進むことで新しく出会えるものもたくさんあることを実感しました」
◆辞めたい気持ちは突然に。撮影中「心がポッキリ折れた」
「やめて良かった」と語る神野。引退に至るまでの心境をあらためて今、振り返る。
「セクシー女優になって1年半ぐらいで、だいぶ心が折れ始めていて。もちろん、だからといってすぐに『辞めよう』とは決意できなかった。
企画単体になって1年すぎた頃かな。とある現場で突然、『あ、もう無理』と思ったんです。その日は現場のムードも険悪で『今日はもうギャラいらないから、今すぐ帰りたい!』と思っちゃったんですよね。前の日までは普通に仕事ができていたのに、心がポッキリ折れちゃった。そこから『あ、これ以上、続けたところで、お金以外の対価は得られないな』と思って引退を意識するようになりました」
やがて神野は2021年11月、SNSで休業を宣言した。
「自分にとって“セクシー女優”は本当に必要不可欠なものなのか、一度お休みをして考えたいと思ったんです。休業期間中、もう自分の中には『セクシー女優に戻りたい』という気持ちが残っていないことに気づいて、引退を決意しました」
セクシー女優になって3度目の春、2022年3月に早稲田大学を卒業。その3か月後、神野はアダルト業界を引退した。
◆傷つきを認め、「過去を許す」2年間だった
引退後の2年間を振り返って神野は「自分の過去を許す時間だった」と語る。
「これまで無我夢中で走り続けていたせいか、自分自身にきちんと向き合えていないことも多かった。けれど、こうやって書き続けることで『あ、あのときってこんな風に自分は傷ついていたんだな』と発見することも少なくありませんでした」
自分の内なる傷を認めることは、痛みを伴う作業だ。かわいそうと思われたくない、被害を認めたくない、弱い存在と思われたくない……弱さを認めることを嫌がる気持ちは、「ウィークネス・フォビア(弱さ嫌悪)」と呼ばれる。
「自分の傷を認めるって、なんだか負けた気になるじゃないですか。ずっと何かと闘っていたし、『負けたくない』という思いが強かったから。でも書いていくうちに傷ついている自分を認めて、ひとつずつ乗り越えられたように思えます。
やっぱり最終的に自分を救えるのは自分しかいないと思うんです。それを誰かに求めてしまった瞬間にその関係性っていびつになってしまうから。特に私の場合、他の人があまり経験していないことで悩んでいるので、それを他人に丸投げして考えてもらっても、なんの解決にもならないし」
傷つきを認めた神野の言葉は、迷いがなかった。
◆出演作品を「消したい」と考える本当の理由
神野が「渡辺まお」だったのは、およそ2年間。2年という時間は、長い人生でみればごくわずかな期間だが、そこで残した映像記録は半永久的に出回ることになる。
現役時代の作品について神野は「削除することを考えている」と明かす。アダルト業界には販売から5年経った出演作品は、女優本人が申請すれば販売や配信の使用を停止できる、“5年ルール”があるからだ。
「今っていろんな性犯罪のニュースが取り沙汰されていますけど、加害者が犯罪行為に至るまでの間に、なんらかの“きっかけ”が絶対にあると思うんです。もしも自分の作品がそのきっかけのひとつになってしまったら。それによって深く傷つく被害者がいたとしたら。そう考えると、とてつもない嫌悪感があるんです」
性犯罪に至らなくても、「潮吹きは快感の証」などの“演出”を真に受ける一部の男性たちもいる。その結果的に女性の体を傷つけてしまうことに神野は苦慮し、SNSで苦言を呈したことを過去のインタビューで語っていた。
「自分が生み出した作品になんの責任も取らないのはイヤなんですよね。もちろん削除依頼をしたら、そこで私の責任がなくなるわけではありません。けれどせめて自分ができることはしておこうと思うんです。自分の裸が消費され続けないためにも、自分の人生をもっと広げるためにも、 過去の自分を守るためにも」
アダルトコンテンツが性犯罪の抑制になるか、引き金になるか。これについては今もなお議論が尽きない。一方で性犯罪を連想させる性表現をしない、出演者を不当に搾取しない「エシカルポルノ(倫理的ポルノ)」という概念が、欧米では広まりを見せている。要は「フィクションならなんでもあり」ではないのだ。
演者みずからの責務を果たすために「消す」ことを選ぶ——神野の選択が問いかける意義は深い。
◆傷と向き合い、自分を「ほどく」ために書き続ける
「これからも書くことを続けていきたいですね。連載していたエッセイは近々、本にまとめる予定です」
すっかり冷めた唐揚げを頬ばり、朗らかな表情で神野は語る。取材場所のカラオケボックスには、利用時間終了10分前を告げるアラーム音が静かに鳴っていた。
「こうやって書いていけるのも、現役時代から何もいわずに隣にいてくれる友達や周囲の人たちのおかげ。私、本当に人には恵まれているんです。
仕事柄、どうしても家にこもりがちになってしまうけど、最近はなるべく外に出かけようと思って運転にも挑戦しています。大学時代はコロナで旅行もできなかったから、いずれ海外にも行ってみたいですね。
最近は友達に勧められた恋愛リアリティーショーにもハマってるんですよ。でも私自身、恋愛はダメなんですよね〜(苦笑)。これは今後の課題かな!」
自分をほどき、過去を許し、手放す──そのためにも神野は書き続ける。
<取材・文/アケミン、撮影/藤井厚年>
【アケミン】
週刊SPA!をはじめエンタメからビジネスまで執筆。Twitter :@AkeMin_desu
―[神野藍]―