◆オアシスの再結成にファン熱狂
イギリスのロックバンド、オアシスが再結成してコンサートツアーを行うと8月27日にバンドの公式Xで発表しました。ノエルとリアムのギャラガー兄弟の不仲で2009年に解散を宣言して以来、15年ぶりの“和解”に音楽ファンが沸いています。
イギリスとアイルランドで行われるツアーのチケットは10時間でソールドアウト。購入希望者が殺到し価格が高騰してしまった状況をイギリス政府も問題視するほどの社会現象になっているのです。
オアシスは1994年のデビューから世間を騒がせてきました。ファーストアルバム『Definitely Maybe』は発売した週に全英チャート1位を獲得。そして翌95年のセカンドアルバム『(What’s the Story)Morning Glory?』でワールドワイドな人気を得ます。現在までに2200万枚以上のセールスを記録し、人気を不動のものにしました。
その一方で度重なる兄弟喧嘩と問題発言で取り上げられることもしばしば。良くも悪くも、オアシスがメディアをジャックしているという時代があったのです。
しかし、オアシスはゴシップ的な興味だけでスターになったわけではありません。ブラー、パルプ、スウェードなどイギリスの同時代のバンドと比較しても段違いの盛り上がり方です。
◆いまも人びとを熱狂させる理由とは?
デビューから30年経ったいまも人びとを熱狂させる理由はどこにあるのでしょうか? 彼らの音楽から考えてみたいと思います。
かつて、スタジオでノエル・ギャラガーとブラーのデーモン・アルバーンの姿を見たポール・マッカートニーが「ここにいるのはリトルビートル(筆者註・ビートルズもどきの意)ばかりだな」と皮肉を言ったことがあるそうです。
これは当時隆盛を極めた“ブリットポップ”という音楽スタイルを揶揄したもの。ポールからすれば、“何も新しいことをやっていないじゃないか”と言いたかったのですね。
この発言に象徴されるように、オアシスの音楽は決して斬新なものではありませんでした。ギターは簡単なコードをかき鳴らし、無骨なリズムがズンドコズンドコ繰り返される。永遠の初心者のようにたどたどしくギターソロを弾くノエル。リスナーを驚かせるような編曲上のアイデアも何一つありません。
しかし、この洗いざらしのシンプルさが、逆に新鮮に受け入れられました。演奏は下手くそ、中流階級出身者のようにハイセンスな文化資本もない。唯一の武器は、みんなで歌えるメロディを書けることでした。
◆オアシスが他のバンドと一線を画す要素
90年代は、社会の閉塞感を陰鬱なサウンドで体現したアメリカのグランジロックや、センスと手際の良さで様々なジャンルをまとめたミクスチャーロックやアートロックなど、多くの個性豊かなバンドが活躍する時代でした。しかし、高度な音楽性を追求していくなかで抜け落ちてしまったものがある。それが、歌えるメロディだったのです。
見ず知らずの人間同士をつなぎ合わせる大合唱。この音楽への原始的な情熱を掻き立てる力こそ、オアシスが他のバンドと一線を画す要素なのです。
「Don’t Look Back In Anger」、「Wonderwall」、「Whatever」、「Live Forever」、「Champagne Supernova」、「Morning Glory」などなど。これほどまでに歌える曲を持つバンドは他にあるでしょうか?
そして、この歌えるメロディを鍛えたものこそが演奏力の限界です。上記のヒット曲は、あるコードフォームを覚えればどれも弾けてしまいます。G、Eマイナー、C、D。基本的にこの4つを覚えていれば誰でも演奏することができます。オアシスのヒット曲は、ギターの基礎中の基礎から生まれたのですね。ギターのネックに取り付けるカポタストという便利な道具を使ってキーを変えれば、オアシスの代表曲はすべてカバーできるでしょう。
◆能力の限界を逆手に取って最大の長所に
凝った和音によってアクセントをつけられないので、必然的にメロディの重要度が増します。言葉の持つリズムを最大限に生かしたメロディのデザインで曲の骨格を表していく以外の戦い方がない。ノエル・ギャラガーのソングライティングは、この一点突破にかけたのです。
これは、「White Christmas」や「God Bless America」などで知られる20世紀のアメリカを代表する作曲家、アーヴィング・バーリンに通じるところがあるのではないでしょうか。バーリンもまたピアノの演奏が上手ではなかったので、黒鍵を含む和音を弾くことができませんでした。そこで黒鍵を押さなくてもキーを変えられる特別な器具を取り付けることで、バリエーションをつけられるようになったといいます。
ノエル、バーリン、どちらも能力の限界を逆手に取って最大の長所としたメロディメーカーなのです。良いメロディはトレンドや時代を超えて生き残ります。1994年と1995年のオアシスは、まさにそれを成し遂げました。
今回の報道以降、解散から15年経ってもファンの熱量が衰えていないことに驚かされます。オアシス再結成は決してノスタルジアではありません。
歌の力は、したたかに生き続けるのです。
文/石黒隆之
【石黒隆之】
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。Twitter: @TakayukiIshigu4
イギリスのロックバンド、オアシスが再結成してコンサートツアーを行うと8月27日にバンドの公式Xで発表しました。ノエルとリアムのギャラガー兄弟の不仲で2009年に解散を宣言して以来、15年ぶりの“和解”に音楽ファンが沸いています。
イギリスとアイルランドで行われるツアーのチケットは10時間でソールドアウト。購入希望者が殺到し価格が高騰してしまった状況をイギリス政府も問題視するほどの社会現象になっているのです。
オアシスは1994年のデビューから世間を騒がせてきました。ファーストアルバム『Definitely Maybe』は発売した週に全英チャート1位を獲得。そして翌95年のセカンドアルバム『(What’s the Story)Morning Glory?』でワールドワイドな人気を得ます。現在までに2200万枚以上のセールスを記録し、人気を不動のものにしました。
その一方で度重なる兄弟喧嘩と問題発言で取り上げられることもしばしば。良くも悪くも、オアシスがメディアをジャックしているという時代があったのです。
しかし、オアシスはゴシップ的な興味だけでスターになったわけではありません。ブラー、パルプ、スウェードなどイギリスの同時代のバンドと比較しても段違いの盛り上がり方です。
◆いまも人びとを熱狂させる理由とは?
デビューから30年経ったいまも人びとを熱狂させる理由はどこにあるのでしょうか? 彼らの音楽から考えてみたいと思います。
かつて、スタジオでノエル・ギャラガーとブラーのデーモン・アルバーンの姿を見たポール・マッカートニーが「ここにいるのはリトルビートル(筆者註・ビートルズもどきの意)ばかりだな」と皮肉を言ったことがあるそうです。
これは当時隆盛を極めた“ブリットポップ”という音楽スタイルを揶揄したもの。ポールからすれば、“何も新しいことをやっていないじゃないか”と言いたかったのですね。
この発言に象徴されるように、オアシスの音楽は決して斬新なものではありませんでした。ギターは簡単なコードをかき鳴らし、無骨なリズムがズンドコズンドコ繰り返される。永遠の初心者のようにたどたどしくギターソロを弾くノエル。リスナーを驚かせるような編曲上のアイデアも何一つありません。
しかし、この洗いざらしのシンプルさが、逆に新鮮に受け入れられました。演奏は下手くそ、中流階級出身者のようにハイセンスな文化資本もない。唯一の武器は、みんなで歌えるメロディを書けることでした。
◆オアシスが他のバンドと一線を画す要素
90年代は、社会の閉塞感を陰鬱なサウンドで体現したアメリカのグランジロックや、センスと手際の良さで様々なジャンルをまとめたミクスチャーロックやアートロックなど、多くの個性豊かなバンドが活躍する時代でした。しかし、高度な音楽性を追求していくなかで抜け落ちてしまったものがある。それが、歌えるメロディだったのです。
見ず知らずの人間同士をつなぎ合わせる大合唱。この音楽への原始的な情熱を掻き立てる力こそ、オアシスが他のバンドと一線を画す要素なのです。
「Don’t Look Back In Anger」、「Wonderwall」、「Whatever」、「Live Forever」、「Champagne Supernova」、「Morning Glory」などなど。これほどまでに歌える曲を持つバンドは他にあるでしょうか?
そして、この歌えるメロディを鍛えたものこそが演奏力の限界です。上記のヒット曲は、あるコードフォームを覚えればどれも弾けてしまいます。G、Eマイナー、C、D。基本的にこの4つを覚えていれば誰でも演奏することができます。オアシスのヒット曲は、ギターの基礎中の基礎から生まれたのですね。ギターのネックに取り付けるカポタストという便利な道具を使ってキーを変えれば、オアシスの代表曲はすべてカバーできるでしょう。
◆能力の限界を逆手に取って最大の長所に
凝った和音によってアクセントをつけられないので、必然的にメロディの重要度が増します。言葉の持つリズムを最大限に生かしたメロディのデザインで曲の骨格を表していく以外の戦い方がない。ノエル・ギャラガーのソングライティングは、この一点突破にかけたのです。
これは、「White Christmas」や「God Bless America」などで知られる20世紀のアメリカを代表する作曲家、アーヴィング・バーリンに通じるところがあるのではないでしょうか。バーリンもまたピアノの演奏が上手ではなかったので、黒鍵を含む和音を弾くことができませんでした。そこで黒鍵を押さなくてもキーを変えられる特別な器具を取り付けることで、バリエーションをつけられるようになったといいます。
ノエル、バーリン、どちらも能力の限界を逆手に取って最大の長所としたメロディメーカーなのです。良いメロディはトレンドや時代を超えて生き残ります。1994年と1995年のオアシスは、まさにそれを成し遂げました。
今回の報道以降、解散から15年経ってもファンの熱量が衰えていないことに驚かされます。オアシス再結成は決してノスタルジアではありません。
歌の力は、したたかに生き続けるのです。
文/石黒隆之
【石黒隆之】
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。Twitter: @TakayukiIshigu4