日本人のリタイア後の移住先として人気のタイ。しかし、以前と比べると物価は上昇しており、首都・バンコクの家賃は場所によっては東京よりも高いと言われている。“安く暮らしたい”と移住の夢を叶えたものの、生活に苦しむ人も少なくない。
もはや昔のように海外移住&リタイアは、夢のまた夢なのだろうか……。
そのような状況においてタイで生活していくために、日本である程度のキャリアを積んでから退職し、スキルを活かして日系企業で“現地採用”として働くという方法がある。
今回は、妻と共に9年前からタイのビーチリゾートであるパタヤに移住し、リタイアを目指して生活を送る篠崎貴弘さん(仮名・50歳)に話を聞いた。
◆タイの“現地採用”で働きながら夢のリタイア生活を目指す
篠崎さんはタイのパタヤに住みながら、隣接するラヨーン県で日系製造メーカーのSEとして働いている。同僚の駐在員たちは、日本人街として知られるシラチャの社宅で暮らしているが、篠崎さんがパタヤへの移住を考え始めたきっかけは何だったのだろうか。
「日本で働いていた頃は大手製造メーカーで管理職をしていました。その際に、会社の海外工場の立ち上げのため、パタヤがあるチョンブリー県に1ヶ月間、出向することになりました。そのときに、温暖な気候や物価の安さ、タイ人の親しみやすさに触れ、漠然と『タイに住んでみたい』と考えるようになったのです」
ただし、当時まだ33歳だった篠崎さんには、タイに移住するための十分な資金がなかった。日本人がタイに移住する方法としては、起業するか、現地採用として働くしかない。しかし、現地採用の給料は最低でも5万バーツ(当時のレートで約17万円程度)からのスタートであった。当時の篠崎さんのキャリアでは、現地採用として働いても、妻と二人で生活するには十分な収入ではなかった。
「そこで、自分のキャリアを伸ばしてから、タイの企業で働こうと考えたんです。そう決めてからは、まずタイでの転職を実現するために語学の勉強をしました。2年間、独学で英語を必死に勉強した結果、TOEICのスコアは280点から600点台まで上げることができました。
最初はバンコクでの就職も考えていました。製造業に入る前はIT企業に勤務していたのですが、バンコクには自分のスキルを活かせる企業が見つからなかったんです。そこで、ITスキルを活かせる工場勤務も視野に入れてエリアを広げたところ、日系企業の現地採用としての入社が決まりました」
入社時の月収は11万バーツ(当時のレートで約38万9千円)。この額は、現地採用であっても、工場長や事業部長といったGM(General Manager)と同等、またはそれ以上のポジションの相場である。バンコクで妻と一緒に暮らすには十分な額の気もするが、会社に近いパタヤを選んだことで生活費を大幅に節約できたという。
「パタヤはビーチリゾートでありながら、バンコクからもそれほど遠くなく、空港からのアクセスも良いんです。また、欧米人の滞在者が多いため、洋食のレストランもたくさんあるところに惹かれました。
また、バンコクに比べて物価が安いのも魅力です。パタヤに住み始めた最初の2年間は、『タウンハウス』と呼ばれる集合住宅で暮らしていました。広さは150平米の2階建てで、家賃は2万バーツ(当時のレートで6万〜7万円)。そのため、2年後にはコンドミニアムを購入することができました」
◆パタヤは日本やバンコクに比べると生活費が安い
現在、篠崎さんが住んでいるのはパタヤの中心地からほど近いコンドミニアムだ。広さは65平米で、2017年の価格は330万バーツ(当時のレートで約1089万円)だったと話す。
「今は家賃がかからないので、生活費は妻と2人で月5万バーツ(約21万円)ほどです。昼は会社の社員食堂を利用しており、1食あたり30バーツ(約120円)で、家では基本的に自炊しています。毎週末、外に飲みに行ってもこの程度なので、日本やバンコクと比べるとやはり安いですね。ただし、移住当初に比べるとパタヤの物価も上がっていると感じます」
休日はビーチ沿いのカフェを巡ったり、まとまった休みを取ってプーケットで趣味のマリンスポーツに没頭するなど、働きながらタイでの生活を楽しんでいるという。
◆「満員電車に揺られるストレスがない」
現地採用として働く中で、何か苦労することはあるのだろうか。
「出勤と退勤の際には会社の送迎があるので、日本で働いていた頃のように満員電車に揺られるストレスがないのが良いですね。大変なのはタイ人の部下をまとめることです。現地採用の場合、駐在員とは違い、語学学校の授業料が会社から支給されないんです。
そのため、タイに移住してからは自費でタイ語スクールに通って勉強しました。今ではタイ語検定4級を取得し、業務や日常会話には問題ありません。ただ、複雑な指示や日本人のような言い回しはタイ人には伝わらないので、できるだけシンプルに伝えるように心がけています。人間関係においては、SEで専門職なので、駐在員と比べると気楽な面もありますね」
◆あと5年ぐらい働いてリタイアしたい
最後に、今後の人生プランについても聞いた。
「日本に帰るつもりはないですね。タイでは定年退職の年齢に関する規定はありませんが、社会保険の年金給付が55歳以降からなので、その頃にリタイアしたいと考えています。あと5年ぐらいは働いて、それ以降はパタヤで自分の趣味を楽しみながらのんびり暮らしたいですね」
日本で働いて定年退職後にタイ移住を考える場合、いざ定年を迎えた頃には健康面などの理由でスムーズにいかないことも少なくない。篠崎さんのようにリタイアを見据えて先に移住し、現地で働きながら馴染んでいくという方法もアリなのかもしれない。
<取材・文/カワノアユミ>
【カワノアユミ】
東京都出身。20代を歌舞伎町で過ごす、元キャバ嬢ライター。現在は夜の街を取材する傍ら、キャバ嬢たちの恋愛模様を調査する。アジアの日本人キャバクラに潜入就職した著書『底辺キャバ嬢、アジアでナンバー1になる』(イーストプレス)が発売中。X(旧Twitter):@ayumikawano
もはや昔のように海外移住&リタイアは、夢のまた夢なのだろうか……。
そのような状況においてタイで生活していくために、日本である程度のキャリアを積んでから退職し、スキルを活かして日系企業で“現地採用”として働くという方法がある。
今回は、妻と共に9年前からタイのビーチリゾートであるパタヤに移住し、リタイアを目指して生活を送る篠崎貴弘さん(仮名・50歳)に話を聞いた。
◆タイの“現地採用”で働きながら夢のリタイア生活を目指す
篠崎さんはタイのパタヤに住みながら、隣接するラヨーン県で日系製造メーカーのSEとして働いている。同僚の駐在員たちは、日本人街として知られるシラチャの社宅で暮らしているが、篠崎さんがパタヤへの移住を考え始めたきっかけは何だったのだろうか。
「日本で働いていた頃は大手製造メーカーで管理職をしていました。その際に、会社の海外工場の立ち上げのため、パタヤがあるチョンブリー県に1ヶ月間、出向することになりました。そのときに、温暖な気候や物価の安さ、タイ人の親しみやすさに触れ、漠然と『タイに住んでみたい』と考えるようになったのです」
ただし、当時まだ33歳だった篠崎さんには、タイに移住するための十分な資金がなかった。日本人がタイに移住する方法としては、起業するか、現地採用として働くしかない。しかし、現地採用の給料は最低でも5万バーツ(当時のレートで約17万円程度)からのスタートであった。当時の篠崎さんのキャリアでは、現地採用として働いても、妻と二人で生活するには十分な収入ではなかった。
「そこで、自分のキャリアを伸ばしてから、タイの企業で働こうと考えたんです。そう決めてからは、まずタイでの転職を実現するために語学の勉強をしました。2年間、独学で英語を必死に勉強した結果、TOEICのスコアは280点から600点台まで上げることができました。
最初はバンコクでの就職も考えていました。製造業に入る前はIT企業に勤務していたのですが、バンコクには自分のスキルを活かせる企業が見つからなかったんです。そこで、ITスキルを活かせる工場勤務も視野に入れてエリアを広げたところ、日系企業の現地採用としての入社が決まりました」
入社時の月収は11万バーツ(当時のレートで約38万9千円)。この額は、現地採用であっても、工場長や事業部長といったGM(General Manager)と同等、またはそれ以上のポジションの相場である。バンコクで妻と一緒に暮らすには十分な額の気もするが、会社に近いパタヤを選んだことで生活費を大幅に節約できたという。
「パタヤはビーチリゾートでありながら、バンコクからもそれほど遠くなく、空港からのアクセスも良いんです。また、欧米人の滞在者が多いため、洋食のレストランもたくさんあるところに惹かれました。
また、バンコクに比べて物価が安いのも魅力です。パタヤに住み始めた最初の2年間は、『タウンハウス』と呼ばれる集合住宅で暮らしていました。広さは150平米の2階建てで、家賃は2万バーツ(当時のレートで6万〜7万円)。そのため、2年後にはコンドミニアムを購入することができました」
◆パタヤは日本やバンコクに比べると生活費が安い
現在、篠崎さんが住んでいるのはパタヤの中心地からほど近いコンドミニアムだ。広さは65平米で、2017年の価格は330万バーツ(当時のレートで約1089万円)だったと話す。
「今は家賃がかからないので、生活費は妻と2人で月5万バーツ(約21万円)ほどです。昼は会社の社員食堂を利用しており、1食あたり30バーツ(約120円)で、家では基本的に自炊しています。毎週末、外に飲みに行ってもこの程度なので、日本やバンコクと比べるとやはり安いですね。ただし、移住当初に比べるとパタヤの物価も上がっていると感じます」
休日はビーチ沿いのカフェを巡ったり、まとまった休みを取ってプーケットで趣味のマリンスポーツに没頭するなど、働きながらタイでの生活を楽しんでいるという。
◆「満員電車に揺られるストレスがない」
現地採用として働く中で、何か苦労することはあるのだろうか。
「出勤と退勤の際には会社の送迎があるので、日本で働いていた頃のように満員電車に揺られるストレスがないのが良いですね。大変なのはタイ人の部下をまとめることです。現地採用の場合、駐在員とは違い、語学学校の授業料が会社から支給されないんです。
そのため、タイに移住してからは自費でタイ語スクールに通って勉強しました。今ではタイ語検定4級を取得し、業務や日常会話には問題ありません。ただ、複雑な指示や日本人のような言い回しはタイ人には伝わらないので、できるだけシンプルに伝えるように心がけています。人間関係においては、SEで専門職なので、駐在員と比べると気楽な面もありますね」
◆あと5年ぐらい働いてリタイアしたい
最後に、今後の人生プランについても聞いた。
「日本に帰るつもりはないですね。タイでは定年退職の年齢に関する規定はありませんが、社会保険の年金給付が55歳以降からなので、その頃にリタイアしたいと考えています。あと5年ぐらいは働いて、それ以降はパタヤで自分の趣味を楽しみながらのんびり暮らしたいですね」
日本で働いて定年退職後にタイ移住を考える場合、いざ定年を迎えた頃には健康面などの理由でスムーズにいかないことも少なくない。篠崎さんのようにリタイアを見据えて先に移住し、現地で働きながら馴染んでいくという方法もアリなのかもしれない。
<取材・文/カワノアユミ>
【カワノアユミ】
東京都出身。20代を歌舞伎町で過ごす、元キャバ嬢ライター。現在は夜の街を取材する傍ら、キャバ嬢たちの恋愛模様を調査する。アジアの日本人キャバクラに潜入就職した著書『底辺キャバ嬢、アジアでナンバー1になる』(イーストプレス)が発売中。X(旧Twitter):@ayumikawano