サッカー日本代表のFIFAワールドカップ26アジア最終予選がスタート。日本はその初戦で中国代表に7-0と完勝を収め、上々のスタートを切った。欧州のトップリーグで主力を張る選手たちが格の違いを見せつけたが、なかでも三笘薫(ブライトン=イングランドプレミアリーグ)のドリブル突破は圧巻だった。相手が2人で寄せて来ようと関係ない。左サイドから縦へ、中へ突破し幾度となく好機を演出した。今夜日本時間の25:00から行われるアウェイでの対バーレーン代表戦でも、彼のプレーが突破口となるだろう。三笘のドリブルは、なぜわかっていても止められないのか。試合後の本人のコメントから、その秘密を探る。
◆今やそのドリブルは紛れもなくワールドクラス
三笘はこの日、左WBとして先発し、後半17分まで出場。1ゴール1アシストと結果を残したが、目を見張ったのがやはりその世界レベルのドリブルだ。左サイドのタッチライン際でパスを受けると、対面のDFを幾度となく抜き去り決定機を創出した。
三笘は世界最高峰・イングランドプレミアリーグでも指折りのアタッカーだ。所属のブライトンでも、そのドリブル突破は大きな武器となっている。圧倒的なスピードや体幹の強さが、彼のプレーを下支えしている。
しかし、ただ速いだけでは相手DFに対応されてしまう。三笘が日頃プレーしているプレミアリーグともなればなおさらだ。では、三笘の圧倒的な突破力の肝はどこにあるのか。スピード、体幹といった要素以外に注目したいのが、その類まれな“キャンセル力”だ。
◆駆け引きで優位に立つキャンセル力
左サイドのタッチライン際でパスを受けた三笘がまず狙うのは、対面の右SBの裏のスペースだ。持ち前のスピードで縦突破できれば、相手GKとDFラインの間を狙った左足クロスや右足アウトでのラストパス、あるいはドリブルでさらにサイドをえぐってからのマイナスのラストパスなど、大きなチャンスを演出することができる。
だが、対面の相手もプロである。三笘の特徴も頭に入れた上で、当然縦への突破を一番に警戒してくる。ここで効力を発揮するのが、上記のキャンセル力だ。
「ドリブルしているときは、ボールだけでなく相手DFの動きを常に見ています。自分が運ぼうとしたコースに足を出してくるとわかれば、(自分の足が)ボールに触れる直前に(当初イメージしていたタッチを)キャンセルして別の場所にボールを動かします」(三笘薫)
中国戦でも、この「キャンセル」は無数に行われていた。むしろドリブル時はボールタッチする度にキャンセルを繰り返していると言ってもいい。1タッチ1タッチ、ボールを動かしながら対面のDFの所作を読み取り、瞬間的な判断で常に逆、逆を取って抜いていく。対応するDFとしては必死についていくものの「だんだん抜かれていく」ようなイメージだ。
中国戦の前半42分、相手DF2人に寄せられながらも縦に突破していったシーンはその典型だ。最初に横から寄せてきた20番シェ・ウェンノンに対しては入れ替わるようにカットインする……と見せ掛けてキャンセルして縦へ。続いて立ちはだかった15番のヤン・ゼシャンに対しても、一瞬スピードを緩めてグッと中に切り込む体勢に入っておきながら、ヤンがそれを読んでやや重心が内側寄りになったのを見逃さず、瞬時にキャンセルしてやはり縦へ突破。完全に抜き切るには至らなかったが、ラストパスを供給するには相手より半身分でも前に出てパスコースが作れれば十分だ。ニアに走り込んだ守田英正へ左足で低く速いクロスを送り込み、チャンスを演出した。
◆キャンセルドリブルの究極系・後出しエラシコ
以前、三笘が報道ステーション(テレビ朝日系)のスポーツコーナーに出演し、実際にピッチで自らのドリブルを実演解説したことがあった。DF役として対峙した元サッカー日本代表DF内田篤人氏は、その駆け引きについて「後出しじゃんけん」と表現した。DFの動きに応じて三笘が後出しでタッチを変えてくるので、守備側が常に後手を踏んでしまうという意味だ。現役時代、クリスティアーノ・ロナウドら世界最高峰のアタッカーともマッチアップしてきた経験を持つ内田氏も「すごいわ」と脱帽するほかなかった。
三笘には、そんなキャンセルドリブルの究極系とも言える技がある。後出しで発動するアウト→インのタッチだ。
皆さんは「エラシコ」と呼ばれるプレーをご存知だろうか。ポルトガル語で「輪ゴム」を意味するフェイントで、足の外側→内側の順に素早く「トトン」というリズムでボールを弾き突破する技だ。古くはセルジオ越後氏が開発し、1970年代に活躍した元ブラジル代表No.10ロベルト・リベリーノに授けたのが起源で(リベリーノがかつてブラジルのテレビ番組内でそのように語った)、04年に同じくブラジル代表No.10ロナウジーニョ・ガウーショがナイキ社のCMで披露したことで、日本のサッカーファンの間でも一躍脚光を浴びた。ロナウジーニョは公式戦でも度々使用していたほか、ウィリアンやドウグラス・コスタら、後のブラジル代表アタッカーたちにも得意とする選手は多い。
三笘が得意とする技も、ブラジル人たちがよく使うエラシコと同様アウト→インの順にボールを動かす。しかし、三笘のそれはロナウジーニョらが行うエラシコとは性質が少々異なる。ロナウジーニョらが行うエラシコはボールを利き足の斜め前方に置き、ある程度決め打ちで行われることが多い(※とはいえ、キレとスピードがあるので止めるのは困難だ)。一方三笘の技は、右足で縦に運ぼうとして相手DFがそのコースに足を出してきた瞬間、自らの右足がボールに触れる直前にタッチを急遽アウトに変更し、真横かもしくは斜め後方にスライド。体から遠ざかるボールを同じ右足のインサイドで引っ掛け、相手と入れ替わるように突破していくのだ。
この技はJ1・川崎フロンターレ所属時にも何度か発動されていたが、イングランドプレミアリーグでも見事相手DFを抜き去ることに成功している。昨年8月12日に行われた昨季のプレミアリーグ開幕戦(三笘のデビュー戦)、対ルートン・タウン。1-0のリードで迎えた後半24分、PK獲得につながったラストパスの直前のシーンだ。
左サイドのライン際で味方からのパスを受けた三笘は、左足インサイドで縦方向にトラップ。ルートン・タウンの45番アルフィー・ダウティーがやや遅れて縦へのコースを遮断しにきたのを見て急遽進行方向を変え、見事完璧に入れ替わってみせた。
「サイドでボールを持ったら常に、まず対面のDFの裏のスペースを狙うことを意識しています。相手を見て、右足で縦に運べるならそのまま突破しますが、それに相手が反応してきているのがわかったら、瞬間的にキャンセルして中にボールを運びます。相手との距離感や相手の寄せ方などを最後まで見るのが大事です」(三笘薫)
最初からアウト→インでタッチしようと決めているのではなく、相手の動きに応じてプレーを変更。“結果的にエラシコっぽくなる”ということのようだ。後出しで突破するコースを変えられてしまうので、対応するDFとしては非常に厄介だ。一か八かで飛び込んではダウティーのように逆を取られてしまうので、極力先に動かないようギリギリの我慢比べをしなければならない。かと言って、ジリジリと睨み合って足が止まったところから突如加速されても、そのスピードに付いていくのは容易ではない。いずれにしても、相手DFから見れば一筋縄ではいかない相手だ。
このように、イメージしていたプレーを直前で変更する、あるいは守備側がそう仕向けるといった駆け引きは、プロのレベルでは至る所で行われている。だが、三笘のようにボールに触れる直前まで相手の動きを見極められ、そして実際に頭に浮かんだ瞬間的なアイディアの通りにプレーを変更できてしまうほど高い技術を持った選手は、決して多くはない。世界最高峰のリーグに行ってもなおそれが体現できているという事実が、三笘薫という選手の次元の高さを物語っているだろう。
今夜のバーレーン戦では、一体どんなプレーを披露してくれるだろうか。その1タッチごとの駆け引き、そして後出しで逆を取るドリブルにぜひご注目いただきたい。
取材・文/福田 悠 撮影/藤田真郷
【福田悠】
フリーライターとして雑誌、Webメディアに寄稿。サッカー、フットサル、芸能を中心に執筆する傍ら、MC業もこなす。2020年からABEMA Fリーグ中継(フットサル)の実況も務め、毎シーズン50試合以上を担当。2022年からはJ3·SC相模原のスタジアムMCも務めている。自身もフットサルの現役競技者で、東京都フットサルリーグ1部DREAM futsal parkでゴレイロとしてプレー(@yu_fukuda1129)
◆今やそのドリブルは紛れもなくワールドクラス
三笘はこの日、左WBとして先発し、後半17分まで出場。1ゴール1アシストと結果を残したが、目を見張ったのがやはりその世界レベルのドリブルだ。左サイドのタッチライン際でパスを受けると、対面のDFを幾度となく抜き去り決定機を創出した。
三笘は世界最高峰・イングランドプレミアリーグでも指折りのアタッカーだ。所属のブライトンでも、そのドリブル突破は大きな武器となっている。圧倒的なスピードや体幹の強さが、彼のプレーを下支えしている。
しかし、ただ速いだけでは相手DFに対応されてしまう。三笘が日頃プレーしているプレミアリーグともなればなおさらだ。では、三笘の圧倒的な突破力の肝はどこにあるのか。スピード、体幹といった要素以外に注目したいのが、その類まれな“キャンセル力”だ。
◆駆け引きで優位に立つキャンセル力
左サイドのタッチライン際でパスを受けた三笘がまず狙うのは、対面の右SBの裏のスペースだ。持ち前のスピードで縦突破できれば、相手GKとDFラインの間を狙った左足クロスや右足アウトでのラストパス、あるいはドリブルでさらにサイドをえぐってからのマイナスのラストパスなど、大きなチャンスを演出することができる。
だが、対面の相手もプロである。三笘の特徴も頭に入れた上で、当然縦への突破を一番に警戒してくる。ここで効力を発揮するのが、上記のキャンセル力だ。
「ドリブルしているときは、ボールだけでなく相手DFの動きを常に見ています。自分が運ぼうとしたコースに足を出してくるとわかれば、(自分の足が)ボールに触れる直前に(当初イメージしていたタッチを)キャンセルして別の場所にボールを動かします」(三笘薫)
中国戦でも、この「キャンセル」は無数に行われていた。むしろドリブル時はボールタッチする度にキャンセルを繰り返していると言ってもいい。1タッチ1タッチ、ボールを動かしながら対面のDFの所作を読み取り、瞬間的な判断で常に逆、逆を取って抜いていく。対応するDFとしては必死についていくものの「だんだん抜かれていく」ようなイメージだ。
中国戦の前半42分、相手DF2人に寄せられながらも縦に突破していったシーンはその典型だ。最初に横から寄せてきた20番シェ・ウェンノンに対しては入れ替わるようにカットインする……と見せ掛けてキャンセルして縦へ。続いて立ちはだかった15番のヤン・ゼシャンに対しても、一瞬スピードを緩めてグッと中に切り込む体勢に入っておきながら、ヤンがそれを読んでやや重心が内側寄りになったのを見逃さず、瞬時にキャンセルしてやはり縦へ突破。完全に抜き切るには至らなかったが、ラストパスを供給するには相手より半身分でも前に出てパスコースが作れれば十分だ。ニアに走り込んだ守田英正へ左足で低く速いクロスを送り込み、チャンスを演出した。
◆キャンセルドリブルの究極系・後出しエラシコ
以前、三笘が報道ステーション(テレビ朝日系)のスポーツコーナーに出演し、実際にピッチで自らのドリブルを実演解説したことがあった。DF役として対峙した元サッカー日本代表DF内田篤人氏は、その駆け引きについて「後出しじゃんけん」と表現した。DFの動きに応じて三笘が後出しでタッチを変えてくるので、守備側が常に後手を踏んでしまうという意味だ。現役時代、クリスティアーノ・ロナウドら世界最高峰のアタッカーともマッチアップしてきた経験を持つ内田氏も「すごいわ」と脱帽するほかなかった。
三笘には、そんなキャンセルドリブルの究極系とも言える技がある。後出しで発動するアウト→インのタッチだ。
皆さんは「エラシコ」と呼ばれるプレーをご存知だろうか。ポルトガル語で「輪ゴム」を意味するフェイントで、足の外側→内側の順に素早く「トトン」というリズムでボールを弾き突破する技だ。古くはセルジオ越後氏が開発し、1970年代に活躍した元ブラジル代表No.10ロベルト・リベリーノに授けたのが起源で(リベリーノがかつてブラジルのテレビ番組内でそのように語った)、04年に同じくブラジル代表No.10ロナウジーニョ・ガウーショがナイキ社のCMで披露したことで、日本のサッカーファンの間でも一躍脚光を浴びた。ロナウジーニョは公式戦でも度々使用していたほか、ウィリアンやドウグラス・コスタら、後のブラジル代表アタッカーたちにも得意とする選手は多い。
三笘が得意とする技も、ブラジル人たちがよく使うエラシコと同様アウト→インの順にボールを動かす。しかし、三笘のそれはロナウジーニョらが行うエラシコとは性質が少々異なる。ロナウジーニョらが行うエラシコはボールを利き足の斜め前方に置き、ある程度決め打ちで行われることが多い(※とはいえ、キレとスピードがあるので止めるのは困難だ)。一方三笘の技は、右足で縦に運ぼうとして相手DFがそのコースに足を出してきた瞬間、自らの右足がボールに触れる直前にタッチを急遽アウトに変更し、真横かもしくは斜め後方にスライド。体から遠ざかるボールを同じ右足のインサイドで引っ掛け、相手と入れ替わるように突破していくのだ。
この技はJ1・川崎フロンターレ所属時にも何度か発動されていたが、イングランドプレミアリーグでも見事相手DFを抜き去ることに成功している。昨年8月12日に行われた昨季のプレミアリーグ開幕戦(三笘のデビュー戦)、対ルートン・タウン。1-0のリードで迎えた後半24分、PK獲得につながったラストパスの直前のシーンだ。
左サイドのライン際で味方からのパスを受けた三笘は、左足インサイドで縦方向にトラップ。ルートン・タウンの45番アルフィー・ダウティーがやや遅れて縦へのコースを遮断しにきたのを見て急遽進行方向を変え、見事完璧に入れ替わってみせた。
「サイドでボールを持ったら常に、まず対面のDFの裏のスペースを狙うことを意識しています。相手を見て、右足で縦に運べるならそのまま突破しますが、それに相手が反応してきているのがわかったら、瞬間的にキャンセルして中にボールを運びます。相手との距離感や相手の寄せ方などを最後まで見るのが大事です」(三笘薫)
最初からアウト→インでタッチしようと決めているのではなく、相手の動きに応じてプレーを変更。“結果的にエラシコっぽくなる”ということのようだ。後出しで突破するコースを変えられてしまうので、対応するDFとしては非常に厄介だ。一か八かで飛び込んではダウティーのように逆を取られてしまうので、極力先に動かないようギリギリの我慢比べをしなければならない。かと言って、ジリジリと睨み合って足が止まったところから突如加速されても、そのスピードに付いていくのは容易ではない。いずれにしても、相手DFから見れば一筋縄ではいかない相手だ。
このように、イメージしていたプレーを直前で変更する、あるいは守備側がそう仕向けるといった駆け引きは、プロのレベルでは至る所で行われている。だが、三笘のようにボールに触れる直前まで相手の動きを見極められ、そして実際に頭に浮かんだ瞬間的なアイディアの通りにプレーを変更できてしまうほど高い技術を持った選手は、決して多くはない。世界最高峰のリーグに行ってもなおそれが体現できているという事実が、三笘薫という選手の次元の高さを物語っているだろう。
今夜のバーレーン戦では、一体どんなプレーを披露してくれるだろうか。その1タッチごとの駆け引き、そして後出しで逆を取るドリブルにぜひご注目いただきたい。
取材・文/福田 悠 撮影/藤田真郷
【福田悠】
フリーライターとして雑誌、Webメディアに寄稿。サッカー、フットサル、芸能を中心に執筆する傍ら、MC業もこなす。2020年からABEMA Fリーグ中継(フットサル)の実況も務め、毎シーズン50試合以上を担当。2022年からはJ3·SC相模原のスタジアムMCも務めている。自身もフットサルの現役競技者で、東京都フットサルリーグ1部DREAM futsal parkでゴレイロとしてプレー(@yu_fukuda1129)