―[貧困東大生・布施川天馬]―
2024年9月10日の夕方、全東大生へ東京大学本部から一通のお知らせが届きました。タイトルは「授業料改定案及び学生支援の拡充案の公表にあたって」。
今年の春から世間を騒がせた「東大学費値上げ問題」ですが、当局は多くの学生が学内から離れる夏休み期間中のゲリラ告知を選びました。従来の53万5800円から2割値上げして、64万2960円になる見込み。
形だけとはいえ総長対話も行われ、「東大は学生の声を聴く姿勢を形式的ながらも持っている」と思った矢先の出来事でした。夏休み期間中、事前告知なしでいきなり発表するやり方からは、「学生を切り捨てた」と見られても仕方ないでしょう。
学費値上げの瞬間を生きる現役東大生たちの本音をお伝えします。
◆東京大学の上京受験者数が減る可能性
東京大学入学者の、関東圏出身率は年々上昇しています。SAPIXの「東大研究室」にある「東大入試出身地別合格者数の推移」を見ると、2004年には全体の49%だった関東圏出身者の割合は、2023年には59%に上昇しています。
多くの地域では、合格者数は年々減少傾向にあり、東大の「東京の大学」化が一層進行する結果に。
ネックとなる要因の一つはやはり、地価の高い東京での一人暮らしコストでしょう。都内では安い地域でも家賃7万円から。他の道府県と比べ、固定費がかさみます。これに加えて、学費が年間10万円も上がったなら、さらに上京受験者数は減るでしょう。
東京大学では、「ダイバーシティ&インクルージョン宣言」という多様性確保の声明を出していますが、全く逆行する措置を講じているように見えます。
◆学費値上げは地方創成につながる?
もちろん、東大生側も猛反発。様々な環境から東大を目指す受験生たちの受験意欲を削ぐ決定であるとして、デモが起きています。ただし、これは東大当事者側の理屈であり、もう少し視野を広げると、違った結論が出るかもしれません。
「地方から東大合格」と聞くと、つい「日本の将来を担う人材がまた一人増えた」と聞こえますが、これは都会側の理屈です。地方からすれば、「東京大学に合格するような優秀な人材が、東京に流出してしまう」と捉えられます。
逆を言えば、今回の学費値上げによって地方の優秀な学生たちが地元に留まるようになれば、国全体としては損をするかもしれませんが、各地方では局所的に人材の質が高まり、間接的な地方創成に繋がっていく可能性も見えるでしょう。
東京大学が世間から嫌われ役を買ったことで、「学費の高い東大なんか行かないで、地元の○○大に進学しよう」と考える学生が増えれば、その分だけ地方大学の入学者も増え、財政が潤うかもしれません。
ですが、これらはすべて「東大以外の国公立が値上げしない」ことが前提の話。私は今回の値上げを、「あまり人気がない国公立大学が学費値上げを敢行しやすくするためのファーストペンギン役」を東大が買って出たものだとにらんでいます。
もしそうなのであれば、先ほど述べたような地方大のアドバンテージは消え失せる。どちらかというと、この可能性のほうが大きそうです。
◆授業料一部免除は根本的な解決にはならない
東大当局は、今回の学費値上げに際して「世帯年収に応じた経済的支援の拡充」を約束しました。具体的には、従来は世帯年収400万円以下の世帯が対象であった授業料一部減免の対象を、600万~900万世帯まで広げます。
とはいえ、これが根本的な解決にならないことは明らか。私も授業料免除を当初申請していましたが、多数の書類を用意せねばならず、一か所でも不備があればやり直しになりました。
世帯年収に関する質問などは親と綿密にコミュニケーションをとる必要が生じ、仕事で疲れ切った両親に余計な負担もかかります。さらに、多数の生涯を乗り越えて申請を行っても、免除が確定するまでは、余計なストレスをおわなくてはいけません。
◆現役東大生の声
今回の学費値上げについて、東大生から意見を募りました。多くの「反対」意見の中にいくらか「賛成」の声も上がりました。
反対意見の主な論旨は
「ますます富裕層しかいなくなってしまう」。
「国立大学から『安い』メリットを取り除くべきではない」。
一方で、賛成意見は
「世界的に学費が安い東大は、研究費も少ない。結果的に研究力低下の一因になっているのは否めない」
「頑張って東大に来たのに、設備がしょぼくてガッカリしたのは確か。次世代にそういう思いをさせたくはない」
立場は違えど、どれも、後輩となる未来の東大生たちを案じての一言でした。
今回、学費値上げを敢行した背景には、国立大学の金欠があります。年々、国立大学運営交付金は減少しており、平成16年度から比べると1,000億円以上も減額されている。
すなわち、東大が学費値上げを強行せざるを得なくなった背景には、国が教育に投資しなくなったことが大きく影響しているのです。
確かに、教育はすぐに結果が出る分野ではありません。ですが、次世代への質のいい教育の提供こそが、国力を上昇させる道なのではないでしょうか。教育予算を減額したしわ寄せが、現役世代にかかっています。今こそ、大人が立ち上がるべきなのではないでしょうか。
【布施川天馬】
1997年生まれ。世帯年収300万円台の家庭に生まれながらも、効率的な勉強法を自ら編み出し、東大合格を果たす。著書に最小限のコストで最大の成果を出すためのノウハウを体系化した著書『東大式節約勉強法』、膨大な範囲と量の受験勉強をする中で気がついた「コスパを極限まで高める時間の使い方」を解説した『東大式時間術』がある。株式会社カルペ・ディエムにて、講師として、お金と時間をかけない「省エネ」スタイルの勉強法を学生たちに伝えている。(Xアカウント:@Temma_Fusegawa)
―[貧困東大生・布施川天馬]―
2024年9月10日の夕方、全東大生へ東京大学本部から一通のお知らせが届きました。タイトルは「授業料改定案及び学生支援の拡充案の公表にあたって」。
今年の春から世間を騒がせた「東大学費値上げ問題」ですが、当局は多くの学生が学内から離れる夏休み期間中のゲリラ告知を選びました。従来の53万5800円から2割値上げして、64万2960円になる見込み。
形だけとはいえ総長対話も行われ、「東大は学生の声を聴く姿勢を形式的ながらも持っている」と思った矢先の出来事でした。夏休み期間中、事前告知なしでいきなり発表するやり方からは、「学生を切り捨てた」と見られても仕方ないでしょう。
学費値上げの瞬間を生きる現役東大生たちの本音をお伝えします。
◆東京大学の上京受験者数が減る可能性
東京大学入学者の、関東圏出身率は年々上昇しています。SAPIXの「東大研究室」にある「東大入試出身地別合格者数の推移」を見ると、2004年には全体の49%だった関東圏出身者の割合は、2023年には59%に上昇しています。
多くの地域では、合格者数は年々減少傾向にあり、東大の「東京の大学」化が一層進行する結果に。
ネックとなる要因の一つはやはり、地価の高い東京での一人暮らしコストでしょう。都内では安い地域でも家賃7万円から。他の道府県と比べ、固定費がかさみます。これに加えて、学費が年間10万円も上がったなら、さらに上京受験者数は減るでしょう。
東京大学では、「ダイバーシティ&インクルージョン宣言」という多様性確保の声明を出していますが、全く逆行する措置を講じているように見えます。
◆学費値上げは地方創成につながる?
もちろん、東大生側も猛反発。様々な環境から東大を目指す受験生たちの受験意欲を削ぐ決定であるとして、デモが起きています。ただし、これは東大当事者側の理屈であり、もう少し視野を広げると、違った結論が出るかもしれません。
「地方から東大合格」と聞くと、つい「日本の将来を担う人材がまた一人増えた」と聞こえますが、これは都会側の理屈です。地方からすれば、「東京大学に合格するような優秀な人材が、東京に流出してしまう」と捉えられます。
逆を言えば、今回の学費値上げによって地方の優秀な学生たちが地元に留まるようになれば、国全体としては損をするかもしれませんが、各地方では局所的に人材の質が高まり、間接的な地方創成に繋がっていく可能性も見えるでしょう。
東京大学が世間から嫌われ役を買ったことで、「学費の高い東大なんか行かないで、地元の○○大に進学しよう」と考える学生が増えれば、その分だけ地方大学の入学者も増え、財政が潤うかもしれません。
ですが、これらはすべて「東大以外の国公立が値上げしない」ことが前提の話。私は今回の値上げを、「あまり人気がない国公立大学が学費値上げを敢行しやすくするためのファーストペンギン役」を東大が買って出たものだとにらんでいます。
もしそうなのであれば、先ほど述べたような地方大のアドバンテージは消え失せる。どちらかというと、この可能性のほうが大きそうです。
◆授業料一部免除は根本的な解決にはならない
東大当局は、今回の学費値上げに際して「世帯年収に応じた経済的支援の拡充」を約束しました。具体的には、従来は世帯年収400万円以下の世帯が対象であった授業料一部減免の対象を、600万~900万世帯まで広げます。
とはいえ、これが根本的な解決にならないことは明らか。私も授業料免除を当初申請していましたが、多数の書類を用意せねばならず、一か所でも不備があればやり直しになりました。
世帯年収に関する質問などは親と綿密にコミュニケーションをとる必要が生じ、仕事で疲れ切った両親に余計な負担もかかります。さらに、多数の生涯を乗り越えて申請を行っても、免除が確定するまでは、余計なストレスをおわなくてはいけません。
◆現役東大生の声
今回の学費値上げについて、東大生から意見を募りました。多くの「反対」意見の中にいくらか「賛成」の声も上がりました。
反対意見の主な論旨は
「ますます富裕層しかいなくなってしまう」。
「国立大学から『安い』メリットを取り除くべきではない」。
一方で、賛成意見は
「世界的に学費が安い東大は、研究費も少ない。結果的に研究力低下の一因になっているのは否めない」
「頑張って東大に来たのに、設備がしょぼくてガッカリしたのは確か。次世代にそういう思いをさせたくはない」
立場は違えど、どれも、後輩となる未来の東大生たちを案じての一言でした。
今回、学費値上げを敢行した背景には、国立大学の金欠があります。年々、国立大学運営交付金は減少しており、平成16年度から比べると1,000億円以上も減額されている。
すなわち、東大が学費値上げを強行せざるを得なくなった背景には、国が教育に投資しなくなったことが大きく影響しているのです。
確かに、教育はすぐに結果が出る分野ではありません。ですが、次世代への質のいい教育の提供こそが、国力を上昇させる道なのではないでしょうか。教育予算を減額したしわ寄せが、現役世代にかかっています。今こそ、大人が立ち上がるべきなのではないでしょうか。
【布施川天馬】
1997年生まれ。世帯年収300万円台の家庭に生まれながらも、効率的な勉強法を自ら編み出し、東大合格を果たす。著書に最小限のコストで最大の成果を出すためのノウハウを体系化した著書『東大式節約勉強法』、膨大な範囲と量の受験勉強をする中で気がついた「コスパを極限まで高める時間の使い方」を解説した『東大式時間術』がある。株式会社カルペ・ディエムにて、講師として、お金と時間をかけない「省エネ」スタイルの勉強法を学生たちに伝えている。(Xアカウント:@Temma_Fusegawa)
―[貧困東大生・布施川天馬]―