なぜ老人は逆に走るのか--? 今年8月15日に69歳男性が栃木県内の高速道路を逆走し、自身を含め2人が死亡。さらに8月30日には80代男性がなんと33キロにわたって高速道路(愛知県・岐阜県)を逆走。こういった逆走老人による常人には信じがたい事故が連日のように世間を賑わせている。
NEXCOの発表によると2023年に起こった高速道路の逆走は224件。なんと2日に1度は逆走が起こっている計算だ。そして、その7割は65歳以上の高齢者によるものだという。高齢者はなぜ逆走をしてしまうのか?
『運転免許認知機能検査模擬テスト2025年版』の刊行にあたって協力を仰いだNPO法人 高齢者安全運転支援研究会に逆走のメカニズムと対策を聞いた。
◆高齢者の逆走運転はなぜ起こるのか?
「逆走の原因としては、まず心身の能力の衰えがあります。加齢とともに脳の処理能力や判断力のスピードは落ちていきます。そして、視力や空間視野、ハンドルや足元の操作の正確性や速度も低下していきます。
そして逆走が発生しやすいポイントは高速道路の出入口やインター付近。現に逆走の6割がICやJCTで発生しています。ここは車線も複雑で標識の数も多く、多くの高齢者にとっては、まさに“鬼門”なのです」(以下、すべてNPO法人 高齢者安全運転支援研究会)
◆衰えに「無自覚」であることが危険
こういった複雑な“鬼門”を前に老人は翻弄され、出口に突っ込んでいったり、目的方向を見失いパニック状態となり、本線道路を文字通り東奔西走してしまう。
「加齢による能力の低下は誰にでも起こる自然なことなので、仕方ありません。だからこそ自らの能力の低下を客観的に把握し、能力に応じた無理のない運転を心がけていれば、安全な運転寿命を伸ばしていくことは可能です。
しかし問題なのは、この衰えに対し『無自覚』であったり、自分の能力を『過信』してしまうことなのです」
◆危険な“逆走高齢者”の特徴とは?
「自身の能力低下に自覚がないということは当然、運転においての危機感も希薄です。本来従うべき交通標識も平気で見落としがちですし、周囲の違和感にもなかなか気づくことができません。
それどころか、そもそも認知能力自体に問題があり、いま自分がどこを走っているかすら自覚がない状況も多く見受けられます。現に2023年の逆走運転において、約30%の事案では『逆走をしているという認識がない』という調査結果が出ています」
逆走者の3割が、最後まで自分が逆走していることに気づかない……。とんでもないことが高速道路で起こっている。
◆根拠のない能力の過信やプライドの穴にはまってしまう高齢者
「また、高齢者にありがちなのが『今まで大丈夫だったから今後も間違えることはない』『高齢者の能力は低下するが、自分だけは例外である』といった、根拠のない能力の過信やプライドの高さに由来する認識のバイアスです。
実際にそんな全能者が存在するはずもなく、現実では加齢によって能力は低下していき、当然のようにミスも多くなっていきます。
しかし、過信やプライドの穴にはまってしまった高齢ドライバーはミスをしてもミスを決して認められず、開き直ってミス自体がまるでなかったようにふるまったり、言い訳をして取り繕ったりする行動に走ってしまいがちなんです。
そうすると、最初は些細なミスでも放置することで大きな事故につながってしまったり、取り繕う時間が長ければ長くなるほど被害も甚大になってしまいます」
また噂によると、なかには逆走後も悪びれず「標識がわかりづらい」などとクレームをつける「逆走逆ギレ老人」も存在するらしい。
高齢者でなくとも逆走は若い人にでも起こりうることであり、実際には日ごろから安全で適切な運転を心がける優良高齢ドライバー諸兄も数多くいるなか、こういった刹那的な危険老人が悪目立ちしてしまうのは非常に残念なことである。
◆逆走ドライバーに遭遇したら、どう対処すればよいのか?
そういった逆走に、われわれはどう対処すればよいのかだろうか?
「前方から逆走車が走行してきたら、パニックにならず落ち着いて避けてください。高速道路のすれ違いは相当なスピード感です。そして、回避後は通報を心がけたいのですが、運転中の携帯操作は危険ですので、同乗者からの110番通報か、安全なパーキングエリアからの110番通報、もしくは非常電話での通報をお願いしたいです」
◆逆走ドライバーに対しての社会的な試み
こういった逆走に対して、行政などはどんな対策を講じているのだろうか。また、今後どんな対策が必要になってくるのだろうか。
「国土交通省やNEXCOなどは逆走防止のために何年も前からICやJCT周りの各種交通表示を『逆走禁止』『とまれ! 逆走です』といったものにするなどの改善を試みていて、一定の効果が認められています。
しかし、交通表示はただ数が多ければよいというわけではありません。高齢者にわかりやすいシンプルな交通表示を確立するのは、非常に困難なことです。
しかも、標識に書いてあることを自分事だと認識できるかどうかにも問題もあります。例えば、逆走中の高齢ドライバーが「逆走中」という標識を見ても『ほう、この辺りは逆走するやつがいるんだな』ぐらいの認識で終わってしまう恐れも十分に考えられるのです。怖いことですが……」
◆逆走や事故を防ぐ効果的な対策とは?
それではどんな対策が効果的なのか?
「海外では限定免許という交通安全の流れがあります。これは『AT限定』と同じ要領で『日中限定(夜間運転禁止)』『一般道限定(高速道路禁止)』『自宅から半径○キロメートル以内』など、高齢者の事故が起こりやすい箇所や時間帯の運転を制限する免許です。
日本でのこういった限定免許の導入の目途はまったくたっていませんが、こういった制限運転を自主的に行うことは、逆走のみならず高齢者の事故を防ぐことに非常に有用です。
『夜や雨天の運転はしない』『高速道路に乗らない』『体調の悪い日は運転をしない』『朝の通学時間は運転しない』などのマイルールを作って、自分の運転能力にあった運転習慣を継続する。こういった制限運転を高齢ドライバーの方やその家族の方には推奨しています」
◆自分自身の運動能力を把握することが大切
運転免許の有無は、とくに車社会である地方の高齢者にとっては死活問題だ。
闇雲に高齢者の自動車運転を危険視するのではなく、高齢ドライバー自身が、自己の運転能力を客観的に把握し、それに合わせた無理のない運転習慣を実践し、運転寿命を伸ばしやすい社会を構築していくのが、逆走防止、ひいては高齢ドライバーの事故削減につながる近道なのではないだろうか。
NPO法人 高齢者安全運転支援研究会
2012年発足。高齢ドライバーの運転に対する考え方、身体能力の変化、認知機能の衰えなどが安全な運転にどの様に影響するかを、実地運転の調査から検証。高齢ドライバーに向けた安全運転の啓蒙や認知機能維持の対策などを通じて、高齢者の安全な運転と高齢運転者の活性化を目指した活動を行っている。研究会の監修した書籍に『長く乗り続けるためのクルマ運転テクニック図鑑』(大泉書店)、『図解「ペダルの踏み間違い」はこれで防ぐ』(講談社)などがある。
<構成/日刊SPA!編集部>
NEXCOの発表によると2023年に起こった高速道路の逆走は224件。なんと2日に1度は逆走が起こっている計算だ。そして、その7割は65歳以上の高齢者によるものだという。高齢者はなぜ逆走をしてしまうのか?
『運転免許認知機能検査模擬テスト2025年版』の刊行にあたって協力を仰いだNPO法人 高齢者安全運転支援研究会に逆走のメカニズムと対策を聞いた。
◆高齢者の逆走運転はなぜ起こるのか?
「逆走の原因としては、まず心身の能力の衰えがあります。加齢とともに脳の処理能力や判断力のスピードは落ちていきます。そして、視力や空間視野、ハンドルや足元の操作の正確性や速度も低下していきます。
そして逆走が発生しやすいポイントは高速道路の出入口やインター付近。現に逆走の6割がICやJCTで発生しています。ここは車線も複雑で標識の数も多く、多くの高齢者にとっては、まさに“鬼門”なのです」(以下、すべてNPO法人 高齢者安全運転支援研究会)
◆衰えに「無自覚」であることが危険
こういった複雑な“鬼門”を前に老人は翻弄され、出口に突っ込んでいったり、目的方向を見失いパニック状態となり、本線道路を文字通り東奔西走してしまう。
「加齢による能力の低下は誰にでも起こる自然なことなので、仕方ありません。だからこそ自らの能力の低下を客観的に把握し、能力に応じた無理のない運転を心がけていれば、安全な運転寿命を伸ばしていくことは可能です。
しかし問題なのは、この衰えに対し『無自覚』であったり、自分の能力を『過信』してしまうことなのです」
◆危険な“逆走高齢者”の特徴とは?
「自身の能力低下に自覚がないということは当然、運転においての危機感も希薄です。本来従うべき交通標識も平気で見落としがちですし、周囲の違和感にもなかなか気づくことができません。
それどころか、そもそも認知能力自体に問題があり、いま自分がどこを走っているかすら自覚がない状況も多く見受けられます。現に2023年の逆走運転において、約30%の事案では『逆走をしているという認識がない』という調査結果が出ています」
逆走者の3割が、最後まで自分が逆走していることに気づかない……。とんでもないことが高速道路で起こっている。
◆根拠のない能力の過信やプライドの穴にはまってしまう高齢者
「また、高齢者にありがちなのが『今まで大丈夫だったから今後も間違えることはない』『高齢者の能力は低下するが、自分だけは例外である』といった、根拠のない能力の過信やプライドの高さに由来する認識のバイアスです。
実際にそんな全能者が存在するはずもなく、現実では加齢によって能力は低下していき、当然のようにミスも多くなっていきます。
しかし、過信やプライドの穴にはまってしまった高齢ドライバーはミスをしてもミスを決して認められず、開き直ってミス自体がまるでなかったようにふるまったり、言い訳をして取り繕ったりする行動に走ってしまいがちなんです。
そうすると、最初は些細なミスでも放置することで大きな事故につながってしまったり、取り繕う時間が長ければ長くなるほど被害も甚大になってしまいます」
また噂によると、なかには逆走後も悪びれず「標識がわかりづらい」などとクレームをつける「逆走逆ギレ老人」も存在するらしい。
高齢者でなくとも逆走は若い人にでも起こりうることであり、実際には日ごろから安全で適切な運転を心がける優良高齢ドライバー諸兄も数多くいるなか、こういった刹那的な危険老人が悪目立ちしてしまうのは非常に残念なことである。
◆逆走ドライバーに遭遇したら、どう対処すればよいのか?
そういった逆走に、われわれはどう対処すればよいのかだろうか?
「前方から逆走車が走行してきたら、パニックにならず落ち着いて避けてください。高速道路のすれ違いは相当なスピード感です。そして、回避後は通報を心がけたいのですが、運転中の携帯操作は危険ですので、同乗者からの110番通報か、安全なパーキングエリアからの110番通報、もしくは非常電話での通報をお願いしたいです」
◆逆走ドライバーに対しての社会的な試み
こういった逆走に対して、行政などはどんな対策を講じているのだろうか。また、今後どんな対策が必要になってくるのだろうか。
「国土交通省やNEXCOなどは逆走防止のために何年も前からICやJCT周りの各種交通表示を『逆走禁止』『とまれ! 逆走です』といったものにするなどの改善を試みていて、一定の効果が認められています。
しかし、交通表示はただ数が多ければよいというわけではありません。高齢者にわかりやすいシンプルな交通表示を確立するのは、非常に困難なことです。
しかも、標識に書いてあることを自分事だと認識できるかどうかにも問題もあります。例えば、逆走中の高齢ドライバーが「逆走中」という標識を見ても『ほう、この辺りは逆走するやつがいるんだな』ぐらいの認識で終わってしまう恐れも十分に考えられるのです。怖いことですが……」
◆逆走や事故を防ぐ効果的な対策とは?
それではどんな対策が効果的なのか?
「海外では限定免許という交通安全の流れがあります。これは『AT限定』と同じ要領で『日中限定(夜間運転禁止)』『一般道限定(高速道路禁止)』『自宅から半径○キロメートル以内』など、高齢者の事故が起こりやすい箇所や時間帯の運転を制限する免許です。
日本でのこういった限定免許の導入の目途はまったくたっていませんが、こういった制限運転を自主的に行うことは、逆走のみならず高齢者の事故を防ぐことに非常に有用です。
『夜や雨天の運転はしない』『高速道路に乗らない』『体調の悪い日は運転をしない』『朝の通学時間は運転しない』などのマイルールを作って、自分の運転能力にあった運転習慣を継続する。こういった制限運転を高齢ドライバーの方やその家族の方には推奨しています」
◆自分自身の運動能力を把握することが大切
運転免許の有無は、とくに車社会である地方の高齢者にとっては死活問題だ。
闇雲に高齢者の自動車運転を危険視するのではなく、高齢ドライバー自身が、自己の運転能力を客観的に把握し、それに合わせた無理のない運転習慣を実践し、運転寿命を伸ばしやすい社会を構築していくのが、逆走防止、ひいては高齢ドライバーの事故削減につながる近道なのではないだろうか。
NPO法人 高齢者安全運転支援研究会
2012年発足。高齢ドライバーの運転に対する考え方、身体能力の変化、認知機能の衰えなどが安全な運転にどの様に影響するかを、実地運転の調査から検証。高齢ドライバーに向けた安全運転の啓蒙や認知機能維持の対策などを通じて、高齢者の安全な運転と高齢運転者の活性化を目指した活動を行っている。研究会の監修した書籍に『長く乗り続けるためのクルマ運転テクニック図鑑』(大泉書店)、『図解「ペダルの踏み間違い」はこれで防ぐ』(講談社)などがある。
<構成/日刊SPA!編集部>