作務衣姿に丁寧な所作、テンポの良い独特の言い回しとともに完成した料理を、おいしそうに味わう姿——。
ほかにはない新しいスタイルが話題となり、現在YouTubeチャンネル登録者数120万人を誇るけんた食堂さん。動画の総再生数は8億回を超え、世間を賑わせている。
けんた食堂として初の著書『うちめし道』の発売が決定した彼に、そのユニークな経歴やインターネットでの発信を始めた理由をたっぷり語ってもらった。
◆「バズるために奇をてらう気はまったくない」
——けんた食堂さんの動画は、「いつまででも見ていられる」、「見るだけで幸せな気分になれる」とハマる人が続出していますね。そこには、凛とした雰囲気のなか、食へのこだわり、料理へのあくなき探求心が感じられます。
けんた食堂さん(以下、けんたさん):僕、ユーチューバーではあるんですが、バズるために奇をてらったことをしようっていう気はまったくないんです。料理に対して、素材をできるかぎりいじらず、リスペクトすることを一番に考えているので。
せっかく僕の目の前にやってきてくれた素材を、最高においしく調理して食べることが礼儀なんじゃないかなと思ってやっているだけなんです。だからそこに僕なりのアイデアが加わる場合もあるけれど、ベーシックを大切にしていますね。
——逆にそこが新鮮だったりもします。そして、ものすごく楽しそうに料理されているところも。料理に対するこの姿勢は、どこで培われたのですか?
けんたさん:父方の祖母と父の影響が大きかったと思いますね。祖母は、コロッケなんかのハイカラな料理をサクッと作れる人で、食べる楽しさはもちろん作る楽しさも教えてもらいました。
父も祖母に似て料理好きで酒飲みでもあったので、その日飲む酒に合ったつまみを自分でパパっと作っていたのをずっと目にしていたんです。
実家は漁港のすぐそばで、その日獲れた活きのいいものしか手に入らないという恵まれた環境にあったので、魚介に関しては自然に目利き力が身についた気がしますね。
しかも子どもの頃、父親が連れて行ってくれたのは遊園地や水族館みたいなところではなく、「市場」ばっかり(笑)。魚卸のおっちゃんから「ほれ、食え」って、口に放り込まれたカツオを噛みしめながら市場内を歩いていました。いまでもあの光景は忘れられないですね。そんなわけで、食に関してはコアだったんです。
◆自分用のメモがYouTube発信のきっかけ
——食に関する英才教育を受けてこられたわけですね。それでご自身も料理の道へと進まれたんですね?
けんたさん:実は料理人として働いた経験はないんですよ。仕事は仕事として別のことをしていまして。酒を飲むようになってから親父と同じく、つまみを自分で作るようになって料理に目覚めはしましたが、あくまでも個人的に作っていただけなんです。
――それは意外でした。現在のように、本格的に料理に取り組むようになったきっかけは?
けんたさん:19年前、娘が生まれたのが契機でした。父親として娘になにをしてあげられるだろうと考えたとき、出た答えが「おいしい料理で心と体を満たしてあげたい」だったんですね。
以来、僕が家庭の料理担当になりました。それで毎日のレシピの記録をwebサイト上に掲載するようになったんですよ。紙にメモしただけだと無くしちゃうじゃないですか(笑)。
だから、最初は自分のためだけに、調味料の配合や、うまくいった理由、コツみたいなものをwebサイトに記録していただけでした。
それがなぜか大勢の人に見ていただけるようになって、ブログという形で長らく続き、「けんた食堂」の下地ができたというわけなんです。2018年の終わりに、ブログから動画の世界に本格的に移行して今に至ります。
——最初は「暮らしの記録」の意味合いが強かったんですね。
けんたさん:そうですね。ただ、いまは記録というよりは、自分の経験から得た「おいしさ」や「料理の楽しさ」を多くの人に伝えたいという想いのほうが強いかな。
日々の料理に真剣に取り組んできたからつかめてきた、「アレとコレの組み合わせは一見斬新だけれど、ほらやっぱりおいしいね!」の感覚をみんなで共有できたらいいなというか。
もちろん僕は今でも料理担当で、家族の食事を3食作っていますし、毎日だしもひいています。
◆“けんた食堂構文”はどのように生まれたのか
——ところで、「整える」「〜〜するのが経済」「〜〜したって構わない」など、動画で流れるけんたさんのナレーションやつぶやきも、“けんた食堂構文”と呼ばれ、人気を博しています。
けんたさん:あれはもう、まったくの「素」ですね。実は僕、自分のこもった声がずっとコンプレックスだったんです。動画を作る際、人工的な声を入れることもできるじゃないですか。
でも、自分の作る料理に正直でありたいし、修正なしのライブ感を大切にするために、盛りつけるところまでしっかり入れ込みたいと決めたわけですから、自分の声も入れてやらなきゃいかんよなって。
それで、料理中のつぶやきをそのまま入れた結果、ありがたいことに人気になっているみたいで、嬉しいですね。
——つぶやきながら料理されることに驚きました。
けんたさん:あれ、ふつうはしゃべりながら料理しないんですか? 僕、素材相手に「おっ、これはいいぞ」みたいに思ったことをつい口にしてしまうんですが、みなさんも同じだと思っていました(笑)。
そういえば、だいぶ前ですが、子どもの幼稚園のママ友さんがスーパーの奥のほうの売り場から僕がつぶやいている声が聞こえて「あ、けんたさんがいるな」ってわかったとよく言われていたんですよ。食材を手にとっては「これは安いぞ」とか「旨そうだわ」ってよくつぶやいていたらしく…(笑)。
◆一人で全部完結させるから、意味がある
——「けんた食堂」での発信を始めて、変化はありましたか?
けんたさん:「料理に興味なかったけど始めました」という声を結構いただくんですが、そういう感想を聞くとやっててよかったなと思います。
あと、僕はいま長崎に住んでいるんですが、どうしても「情報発信は東京から」という先入観が我々のような地方の人にはあると思うんです。でも実際は全くそんなことなくて、「どれだけ地方に住んでいても、情報を届けることができる」ということを証明できたのが、自分としては嬉しいですね。
——YouTube以外にもInstagramやTikTok、XなどいろんなSNSをやられてますよね。新しいSNSにもどんどん積極的に取り組まれているのが印象的だと思いました。
けんたさん:TikTokは自分では無理と思っていたんですが、完全に子供たちの影響で始めましたね。Instagramは自分の備忘録的に昔から利用していました。
いろいろなSNSをやることで、間違いなく相乗効果があると思います。まずそれぞれのSNSの利用者層が全然違うんですよ。
はじめはYouTubeだけで発信しようと思ってたんです。複数の場所で発信すると、ユーザーがばらけてしまうと思ったので。でもそんなこと全然なくて、SNS同士の流入もあるし、話題にもなりやすいし、いいことばかりでしたね。
ただ、僕、投稿するものに関してはすべてワンオペなんですよ。買い出しから調理、撮影、編集も全部僕一人でやっています。だからこそ、自分らしさが出せるのかなと感じていますが、その分ものすごく忙しいんです(笑)。
——メディアへの露出が増えてお忙しいと思いますが、今後、動画の編集を他の方に任せる予定はあるんですか?
けんたさん:「自分で作ったものを自分で撮って編集する」というスタイルは今後どう転ぼうと、崩すことはないと思います。やっぱりこういうのって、竹細工職人と一緒だと思っていて。一人で全部完結させるから、独特のまとまりが生まれるというふうに考えています。
だからお金をまる儲けしようとは考えていなくて、これからも引き続きこの体制でやっていくつもりです。
◆PDCAサイクルを回して「洗練された料理」を作りたい
——「けんた食堂」としての今後の展望はありますか?
けんたさん:今後も自分でいろんなメニューを作って発信し、実際に作りましたというファンの方の声を聞き、課題点を見つけ、改善してまた発信する……というようなPDCAサイクルを回しながら、料理を洗練していきたいですね。
あとはそろそろスイーツ作りもやっていこうかなとも考えています。発信していないだけで、家では子供たちと結構作っているんですよ。
僕がいま発信しているような料理はアレンジが無限にできますが、スイーツって正確な分量が命だからアレンジのしようがあまりないんですよね。だから今まで動画では手を出さなかったんですけど、情報として誰かの役に立てるのであれば、今後やってみたいなと思いますね。
——信念がブレず男前なのに飾らないところも、けんたさんの料理に通じるところがありますね。「うちめし道」の発売にあたり、こだわったポイントはありますか?
けんたさん:『うちめし道』は、いまの僕のすべてが詰まった1冊です。だからこそ、折り曲がったページがあったり、しみがついていたりと、とにかく汚ければ汚くしてもらえるほどうれしいですね(笑)。
それだけ、僕のレシピを試して楽しんでいただいた証になるので。まずは作っていただければ、そこからはもう「自分の味」です。作る楽しさ、食べるうれしさ、食べてもらう喜びを、この本でぜひたくさん味わっていただきたいです。
【けんた食堂】
家庭料理探究家。長崎県長崎市在住。料理を祖母に、酒を父に教わる。2005年レシピサイト「ぷちぐる」を立ち上げ、人気に火がつく。現在はYouTube「けんた食堂」を中心に、素材の持ち味をダイレクトに楽しめる調理法をモットーに、奇をてらわない料理を作る日々。
youtube:けんた食堂
X:@yes_oi
Instagram:oi_petit
TikTok:@oi_ken
ほかにはない新しいスタイルが話題となり、現在YouTubeチャンネル登録者数120万人を誇るけんた食堂さん。動画の総再生数は8億回を超え、世間を賑わせている。
けんた食堂として初の著書『うちめし道』の発売が決定した彼に、そのユニークな経歴やインターネットでの発信を始めた理由をたっぷり語ってもらった。
◆「バズるために奇をてらう気はまったくない」
——けんた食堂さんの動画は、「いつまででも見ていられる」、「見るだけで幸せな気分になれる」とハマる人が続出していますね。そこには、凛とした雰囲気のなか、食へのこだわり、料理へのあくなき探求心が感じられます。
けんた食堂さん(以下、けんたさん):僕、ユーチューバーではあるんですが、バズるために奇をてらったことをしようっていう気はまったくないんです。料理に対して、素材をできるかぎりいじらず、リスペクトすることを一番に考えているので。
せっかく僕の目の前にやってきてくれた素材を、最高においしく調理して食べることが礼儀なんじゃないかなと思ってやっているだけなんです。だからそこに僕なりのアイデアが加わる場合もあるけれど、ベーシックを大切にしていますね。
——逆にそこが新鮮だったりもします。そして、ものすごく楽しそうに料理されているところも。料理に対するこの姿勢は、どこで培われたのですか?
けんたさん:父方の祖母と父の影響が大きかったと思いますね。祖母は、コロッケなんかのハイカラな料理をサクッと作れる人で、食べる楽しさはもちろん作る楽しさも教えてもらいました。
父も祖母に似て料理好きで酒飲みでもあったので、その日飲む酒に合ったつまみを自分でパパっと作っていたのをずっと目にしていたんです。
実家は漁港のすぐそばで、その日獲れた活きのいいものしか手に入らないという恵まれた環境にあったので、魚介に関しては自然に目利き力が身についた気がしますね。
しかも子どもの頃、父親が連れて行ってくれたのは遊園地や水族館みたいなところではなく、「市場」ばっかり(笑)。魚卸のおっちゃんから「ほれ、食え」って、口に放り込まれたカツオを噛みしめながら市場内を歩いていました。いまでもあの光景は忘れられないですね。そんなわけで、食に関してはコアだったんです。
◆自分用のメモがYouTube発信のきっかけ
——食に関する英才教育を受けてこられたわけですね。それでご自身も料理の道へと進まれたんですね?
けんたさん:実は料理人として働いた経験はないんですよ。仕事は仕事として別のことをしていまして。酒を飲むようになってから親父と同じく、つまみを自分で作るようになって料理に目覚めはしましたが、あくまでも個人的に作っていただけなんです。
――それは意外でした。現在のように、本格的に料理に取り組むようになったきっかけは?
けんたさん:19年前、娘が生まれたのが契機でした。父親として娘になにをしてあげられるだろうと考えたとき、出た答えが「おいしい料理で心と体を満たしてあげたい」だったんですね。
以来、僕が家庭の料理担当になりました。それで毎日のレシピの記録をwebサイト上に掲載するようになったんですよ。紙にメモしただけだと無くしちゃうじゃないですか(笑)。
だから、最初は自分のためだけに、調味料の配合や、うまくいった理由、コツみたいなものをwebサイトに記録していただけでした。
それがなぜか大勢の人に見ていただけるようになって、ブログという形で長らく続き、「けんた食堂」の下地ができたというわけなんです。2018年の終わりに、ブログから動画の世界に本格的に移行して今に至ります。
——最初は「暮らしの記録」の意味合いが強かったんですね。
けんたさん:そうですね。ただ、いまは記録というよりは、自分の経験から得た「おいしさ」や「料理の楽しさ」を多くの人に伝えたいという想いのほうが強いかな。
日々の料理に真剣に取り組んできたからつかめてきた、「アレとコレの組み合わせは一見斬新だけれど、ほらやっぱりおいしいね!」の感覚をみんなで共有できたらいいなというか。
もちろん僕は今でも料理担当で、家族の食事を3食作っていますし、毎日だしもひいています。
◆“けんた食堂構文”はどのように生まれたのか
——ところで、「整える」「〜〜するのが経済」「〜〜したって構わない」など、動画で流れるけんたさんのナレーションやつぶやきも、“けんた食堂構文”と呼ばれ、人気を博しています。
けんたさん:あれはもう、まったくの「素」ですね。実は僕、自分のこもった声がずっとコンプレックスだったんです。動画を作る際、人工的な声を入れることもできるじゃないですか。
でも、自分の作る料理に正直でありたいし、修正なしのライブ感を大切にするために、盛りつけるところまでしっかり入れ込みたいと決めたわけですから、自分の声も入れてやらなきゃいかんよなって。
それで、料理中のつぶやきをそのまま入れた結果、ありがたいことに人気になっているみたいで、嬉しいですね。
——つぶやきながら料理されることに驚きました。
けんたさん:あれ、ふつうはしゃべりながら料理しないんですか? 僕、素材相手に「おっ、これはいいぞ」みたいに思ったことをつい口にしてしまうんですが、みなさんも同じだと思っていました(笑)。
そういえば、だいぶ前ですが、子どもの幼稚園のママ友さんがスーパーの奥のほうの売り場から僕がつぶやいている声が聞こえて「あ、けんたさんがいるな」ってわかったとよく言われていたんですよ。食材を手にとっては「これは安いぞ」とか「旨そうだわ」ってよくつぶやいていたらしく…(笑)。
◆一人で全部完結させるから、意味がある
——「けんた食堂」での発信を始めて、変化はありましたか?
けんたさん:「料理に興味なかったけど始めました」という声を結構いただくんですが、そういう感想を聞くとやっててよかったなと思います。
あと、僕はいま長崎に住んでいるんですが、どうしても「情報発信は東京から」という先入観が我々のような地方の人にはあると思うんです。でも実際は全くそんなことなくて、「どれだけ地方に住んでいても、情報を届けることができる」ということを証明できたのが、自分としては嬉しいですね。
——YouTube以外にもInstagramやTikTok、XなどいろんなSNSをやられてますよね。新しいSNSにもどんどん積極的に取り組まれているのが印象的だと思いました。
けんたさん:TikTokは自分では無理と思っていたんですが、完全に子供たちの影響で始めましたね。Instagramは自分の備忘録的に昔から利用していました。
いろいろなSNSをやることで、間違いなく相乗効果があると思います。まずそれぞれのSNSの利用者層が全然違うんですよ。
はじめはYouTubeだけで発信しようと思ってたんです。複数の場所で発信すると、ユーザーがばらけてしまうと思ったので。でもそんなこと全然なくて、SNS同士の流入もあるし、話題にもなりやすいし、いいことばかりでしたね。
ただ、僕、投稿するものに関してはすべてワンオペなんですよ。買い出しから調理、撮影、編集も全部僕一人でやっています。だからこそ、自分らしさが出せるのかなと感じていますが、その分ものすごく忙しいんです(笑)。
——メディアへの露出が増えてお忙しいと思いますが、今後、動画の編集を他の方に任せる予定はあるんですか?
けんたさん:「自分で作ったものを自分で撮って編集する」というスタイルは今後どう転ぼうと、崩すことはないと思います。やっぱりこういうのって、竹細工職人と一緒だと思っていて。一人で全部完結させるから、独特のまとまりが生まれるというふうに考えています。
だからお金をまる儲けしようとは考えていなくて、これからも引き続きこの体制でやっていくつもりです。
◆PDCAサイクルを回して「洗練された料理」を作りたい
——「けんた食堂」としての今後の展望はありますか?
けんたさん:今後も自分でいろんなメニューを作って発信し、実際に作りましたというファンの方の声を聞き、課題点を見つけ、改善してまた発信する……というようなPDCAサイクルを回しながら、料理を洗練していきたいですね。
あとはそろそろスイーツ作りもやっていこうかなとも考えています。発信していないだけで、家では子供たちと結構作っているんですよ。
僕がいま発信しているような料理はアレンジが無限にできますが、スイーツって正確な分量が命だからアレンジのしようがあまりないんですよね。だから今まで動画では手を出さなかったんですけど、情報として誰かの役に立てるのであれば、今後やってみたいなと思いますね。
——信念がブレず男前なのに飾らないところも、けんたさんの料理に通じるところがありますね。「うちめし道」の発売にあたり、こだわったポイントはありますか?
けんたさん:『うちめし道』は、いまの僕のすべてが詰まった1冊です。だからこそ、折り曲がったページがあったり、しみがついていたりと、とにかく汚ければ汚くしてもらえるほどうれしいですね(笑)。
それだけ、僕のレシピを試して楽しんでいただいた証になるので。まずは作っていただければ、そこからはもう「自分の味」です。作る楽しさ、食べるうれしさ、食べてもらう喜びを、この本でぜひたくさん味わっていただきたいです。
【けんた食堂】
家庭料理探究家。長崎県長崎市在住。料理を祖母に、酒を父に教わる。2005年レシピサイト「ぷちぐる」を立ち上げ、人気に火がつく。現在はYouTube「けんた食堂」を中心に、素材の持ち味をダイレクトに楽しめる調理法をモットーに、奇をてらわない料理を作る日々。
youtube:けんた食堂
X:@yes_oi
Instagram:oi_petit
TikTok:@oi_ken