中小企業コンサルタントの不破聡と申します。大企業から中小企業まで幅広く経営支援を行った経験を活かし、「有名企業の知られざる一面」を掘り下げてお伝えしていきます。
2023年3月期に2桁増収となった味の素が、その後も堅調に業績を拡大しています。2024年3月期に売上高と本業での利益を表す事業利益は過去最高を更新。今期も増収増益を予想しています。好調の主要因は、主力商品である調味料・食品の値上げ。
味の素は賃上げにも積極的であり、調味料トップメーカーとして進むべき方向性の一つを示しているように見えます。
◆売上高1兆1000億円台の停滞感を突破
2024年4-6月の売上高は、前年同期間比7.7%増の3655億円、事業利益は同0.5%増の430億円でした。今期は通期の売上高を前期比6.1%増の1兆5270億円、事業利益を同7.0%増の1580億円と予想しています。
通期予想に対する進捗率は、売上高が23.9%で、事業利益が27.3%。売上の進捗がやや弱含んでいるように感じます。しかし、2024年3月期の同期間における通期実績への進捗率は23.6%。6%もの増収を見込んでいる今期計画達成に向けて好調なスタートを切ったと言えるでしょう。
味の素は調味料や食品、冷凍食品が売上高のおよそ8割、事業利益の6割程度を占めています。2024年3月期は、日本国内における調味料や加工食品の単価が5%上昇。販売数量はほぼ横ばいだったため、売上も5%アップしました。海外は単価が6%上がり、数量が3%増加したため、売上は9%高まっています。
インフレによる原材料高という悪材料があり、国内では80億円の利益下押し要因になっているものの、値上げ効果によって92億円押し返しました。
◆買い控えを恐れず値上げを断行
味の素は2022年6月に味の素、10月にアジシオなどの調味料の値上げを実施。2023年1月に主力商品である味の素を再度値上げしました。その後もマヨネーズやだしパック、業務用コンソメなどの価格改定を実施しています。
2024年1月に藤江太郎社長が日本経済新聞のインタビュー(「日本は安すぎ、値上げはもう謝らない 味の素社長の決意」)に応じ、「日本はあらゆる価格が安すぎる」「値上げしたら謝るのは世界で日本企業ぐらいだ」と強気の発言をしたことが話題となりました。
この発言を裏付けるように、味の素は2024年にも中華調味料「Cook Do」などの家庭用・業務用調味料の価格を5~16%も引き上げるなど、度重なる値上げを行いました。
消費者の間では値上げ疲れも叫ばれるようになっており、強気の値上げ攻勢は、買い控えを引き起こす懸念があります。しかし、2024年4-6月の国内の調味料は単価増に加えて数量も増加しています。
◆結局「料理に欠かせないアイテムの一つ」
味の素という調味料は、推進派と反対派で終わりなき論争が交わされることで有名。人気の料理研究家・リュウジ氏が味の素を愛用しており、Xではそのことに対して過激な言葉を投げかけられることもしばしば。しかし、度重なる値上げをしても買い控えが起こっていない味の素の業績を見る限り、料理に欠かせないアイテムの一つとして、多くの人に支持されている様子がわかります。
価格改定効果で好業績を叩き出すのは、デフレを脱しつつある今の日本を象徴する出来事。この好機をいかにして会社の成長に生かすかが、中長期的な成長を左右するポイントとなるでしょう。
その点、味の素は得られた利益を巧みに活用している様子がわかります。稼いだ利益を研究開発とマーケティング、人件費に多く割いているためです。
◆稼いだ利益を成長への投資や賃金へと還元
2024年3月期は、主に海外向け調味料・食品の単価アップの影響で、277億円の事業利益の押し上げ効果が働きました。一方、マーケティングと研究開発費が120億円増加。そのコストを含む販管費の増加が291億円の下押し要因となっています。主に値上げによって得られた利益を、成長に向けた投資に回しているのです。
味の素は、海外の広告費をブランドへの投資と定めています。
タイで販売する調味料「RosDee」は、シェア80%を占めており、すでに圧倒的な認知を獲得しています。それにも関わらず、2024年3月期は更に1.4%シェアを伸ばしました。70%のシェアを握るブラジルの「Sazon」も1.1%拡大しています。
味の素は巧みなマーケティングによって、すでに圧倒的なシェアを占めるエリアにおいてさえ、単価増と販売数量増の両方を成し遂げているのです。
◆「成長事業への投資」にも積極的
味の素は現在、ヘルスケア領域の強化を進めています。メディカルフード、再生医療用培地、核酸医薬などです。特に再生医療分野への投資を積極化しています。京都大学iPS細胞研究所と再生医療に必要な培地の共同研究を行っていました。その中で、iPS細胞の増殖や分化に欠かせない「StemFit」の開発に成功しています。
再生医療が本格化すれば、培地も需要が増大する可能性があるのです。味の素は半導体の製造に欠かせない絶縁材を提供していることが知られていますが、医療の分野でも活躍が期待されています。
従業員への還元にも積極的。2024年3月に開催された春季労使交渉において、ベースアップ1万4000円に対して一発満額回答。2年連続で1人当たり6%相当、平均2.1万円以上の賃上げを実現しました。
経団連によると、大企業の2024年春季労使交渉の賃上げ率は5.58%。2023年は3.92%でした。2年連続で6%の賃上げを行った味の素は、大企業の中でも賃上げ率が高い水準を維持しています。
会社の成長や人材への投資を加速している味の素の経営姿勢を見ると、強気の値上げ発言をした社長の真意が見えてきます。
<TEXT/不破聡>
【不破聡】
フリーライター。大企業から中小企業まで幅広く経営支援を行った経験を活かし、経済や金融に関連する記事を執筆中。得意領域は外食、ホテル、映画・ゲームなどエンターテインメント業界
2023年3月期に2桁増収となった味の素が、その後も堅調に業績を拡大しています。2024年3月期に売上高と本業での利益を表す事業利益は過去最高を更新。今期も増収増益を予想しています。好調の主要因は、主力商品である調味料・食品の値上げ。
味の素は賃上げにも積極的であり、調味料トップメーカーとして進むべき方向性の一つを示しているように見えます。
◆売上高1兆1000億円台の停滞感を突破
2024年4-6月の売上高は、前年同期間比7.7%増の3655億円、事業利益は同0.5%増の430億円でした。今期は通期の売上高を前期比6.1%増の1兆5270億円、事業利益を同7.0%増の1580億円と予想しています。
通期予想に対する進捗率は、売上高が23.9%で、事業利益が27.3%。売上の進捗がやや弱含んでいるように感じます。しかし、2024年3月期の同期間における通期実績への進捗率は23.6%。6%もの増収を見込んでいる今期計画達成に向けて好調なスタートを切ったと言えるでしょう。
味の素は調味料や食品、冷凍食品が売上高のおよそ8割、事業利益の6割程度を占めています。2024年3月期は、日本国内における調味料や加工食品の単価が5%上昇。販売数量はほぼ横ばいだったため、売上も5%アップしました。海外は単価が6%上がり、数量が3%増加したため、売上は9%高まっています。
インフレによる原材料高という悪材料があり、国内では80億円の利益下押し要因になっているものの、値上げ効果によって92億円押し返しました。
◆買い控えを恐れず値上げを断行
味の素は2022年6月に味の素、10月にアジシオなどの調味料の値上げを実施。2023年1月に主力商品である味の素を再度値上げしました。その後もマヨネーズやだしパック、業務用コンソメなどの価格改定を実施しています。
2024年1月に藤江太郎社長が日本経済新聞のインタビュー(「日本は安すぎ、値上げはもう謝らない 味の素社長の決意」)に応じ、「日本はあらゆる価格が安すぎる」「値上げしたら謝るのは世界で日本企業ぐらいだ」と強気の発言をしたことが話題となりました。
この発言を裏付けるように、味の素は2024年にも中華調味料「Cook Do」などの家庭用・業務用調味料の価格を5~16%も引き上げるなど、度重なる値上げを行いました。
消費者の間では値上げ疲れも叫ばれるようになっており、強気の値上げ攻勢は、買い控えを引き起こす懸念があります。しかし、2024年4-6月の国内の調味料は単価増に加えて数量も増加しています。
◆結局「料理に欠かせないアイテムの一つ」
味の素という調味料は、推進派と反対派で終わりなき論争が交わされることで有名。人気の料理研究家・リュウジ氏が味の素を愛用しており、Xではそのことに対して過激な言葉を投げかけられることもしばしば。しかし、度重なる値上げをしても買い控えが起こっていない味の素の業績を見る限り、料理に欠かせないアイテムの一つとして、多くの人に支持されている様子がわかります。
価格改定効果で好業績を叩き出すのは、デフレを脱しつつある今の日本を象徴する出来事。この好機をいかにして会社の成長に生かすかが、中長期的な成長を左右するポイントとなるでしょう。
その点、味の素は得られた利益を巧みに活用している様子がわかります。稼いだ利益を研究開発とマーケティング、人件費に多く割いているためです。
◆稼いだ利益を成長への投資や賃金へと還元
2024年3月期は、主に海外向け調味料・食品の単価アップの影響で、277億円の事業利益の押し上げ効果が働きました。一方、マーケティングと研究開発費が120億円増加。そのコストを含む販管費の増加が291億円の下押し要因となっています。主に値上げによって得られた利益を、成長に向けた投資に回しているのです。
味の素は、海外の広告費をブランドへの投資と定めています。
タイで販売する調味料「RosDee」は、シェア80%を占めており、すでに圧倒的な認知を獲得しています。それにも関わらず、2024年3月期は更に1.4%シェアを伸ばしました。70%のシェアを握るブラジルの「Sazon」も1.1%拡大しています。
味の素は巧みなマーケティングによって、すでに圧倒的なシェアを占めるエリアにおいてさえ、単価増と販売数量増の両方を成し遂げているのです。
◆「成長事業への投資」にも積極的
味の素は現在、ヘルスケア領域の強化を進めています。メディカルフード、再生医療用培地、核酸医薬などです。特に再生医療分野への投資を積極化しています。京都大学iPS細胞研究所と再生医療に必要な培地の共同研究を行っていました。その中で、iPS細胞の増殖や分化に欠かせない「StemFit」の開発に成功しています。
再生医療が本格化すれば、培地も需要が増大する可能性があるのです。味の素は半導体の製造に欠かせない絶縁材を提供していることが知られていますが、医療の分野でも活躍が期待されています。
従業員への還元にも積極的。2024年3月に開催された春季労使交渉において、ベースアップ1万4000円に対して一発満額回答。2年連続で1人当たり6%相当、平均2.1万円以上の賃上げを実現しました。
経団連によると、大企業の2024年春季労使交渉の賃上げ率は5.58%。2023年は3.92%でした。2年連続で6%の賃上げを行った味の素は、大企業の中でも賃上げ率が高い水準を維持しています。
会社の成長や人材への投資を加速している味の素の経営姿勢を見ると、強気の値上げ発言をした社長の真意が見えてきます。
<TEXT/不破聡>
【不破聡】
フリーライター。大企業から中小企業まで幅広く経営支援を行った経験を活かし、経済や金融に関連する記事を執筆中。得意領域は外食、ホテル、映画・ゲームなどエンターテインメント業界