27日、自民党総裁選が行われ、石破茂氏が決戦投票の末、新総裁に選出された。過去最多の立候補者にメディアではさまざまな予測が飛び交ったが、今回の結果に「それほど意外な結果ではない」と憲政史研究家の倉山満氏は分析する(以下、倉山満氏による寄稿)。
◆「国民人気と党内人気の合計」が総裁選の勝者を決める
自民党総裁選挙とは、内閣総理大臣を決める選挙である。総理大臣は衆議院の首班指名で決まるが、衆議院選挙をやれば常に自民党が勝つので、首班指名では自民党総裁が必ず勝つ。だから自民党総裁選挙は総理大臣を決める選挙だ。
今回、史上最多の9人が立候補。「先が読めない」と多くの人が困っていたが、『週刊SPA!』で私の連載「言論ストロングスタイル」をお読みいただいた方には、それほど意外な結果ではないのではないか。
私は二つの理論を解説し続けた。
一つめの理論は、「真・青木率」。一般に言われる「青木率」とは、参議院で実力者だった青木幹雄元官房長官が唱えたとされる。すなわち、「内閣支持率と与党支持率の合計が50を切ると内閣は危険水域」だそうだが、その二つ、比例する。それに、竹下登内閣や森喜朗内閣は、50どころか内閣支持率が消費税率を下回りそうだったが、誰も引きずりおろせなかった。本当に、青木幹雄ほどの人がこんな頓珍漢な説を唱えたのか、疑問に思っている。
そこで私は「真・青木率」を提唱した。すなわち、「国民人気と党内人気の合計」が総裁選の勝者を決める。国民人気とは、国政選挙に勝てる人気のこと。党内人気とは、仲間の国会議員の信頼のこと。この二つは矛盾する。
◆「選挙で戦えるか」が自民党のすべて
自民党は選挙に負けるとなると、党内でよってたかって、人気のない総理大臣を引きずりおろす。また、日頃はどんなに嫌いな奴でも総理に据える。そして従う。
たとえば、当時の菅義偉首相は総選挙直前、『菅おろし』の動きが一斉に広がり、抗しきれず退陣した。ところがその直後の総裁選では、「戦い相手の立憲民主党代表が枝野幸男ならば、わざわざ河野太郎にしなくても」と岸田文雄が当選した。
今回もそう。「岸田じゃ選挙を戦えない」との声に、岸田首相は電撃的に退陣表明。岸田首相の、ある種の奇襲効果で、政局は大混乱になった。
だから「真・青木率」の第一法則は国民人気、第二法則は党内人気。
これは自民党総裁選のルールとも対応する。国会議員の他に党員も投票権を持つ。100万人の党員票は、国会議員368人と同じ票数に割られる。この736人の奪い合いだ。自民党の党員は「少し政治に関心が高い普通の人」だ。国民世論を反映する。
◆国民人気だけでは足りない「決選投票」
抜け出したのは、小泉進次郎・石破茂・高市早苗。普段なら、およそ総裁候補になれるような人たちではないが、「選挙に負けるかも」となると、第一法則が発動する。最も国民人気が高い小泉進次郎氏が抜け出し、石破・高市が追う展開となった。
しかし小泉氏は、あまりに若すぎた。討論会での発言も不安定で「これで総理大臣が務まるのか」と不安を与えるには十分だった。急失速。
石破・高市が猛追、小泉も離されまいと「三強」の状態となった。他の候補は、もはや「通行人」の扱い。
ただし、あまりに候補者が多すぎて、誰もが決定打を欠く。自民党総裁選は、1回目の投票で過半数を得る候補がいないと、上位2位で決選投票を行う。そこで、議員同士の合従連衡がカギとなる。
ここで第二法則が発動する。三人の間で議員票の奪い合いが激化、他の候補も決選ではどの候補に乗るか、五里霧中・暗中模索・百鬼夜行。権謀術策が繰り広げられた。
◆派閥を解消すると真の派閥抗争が激化する
そこで二つ目の理論である。自民党が派閥解消を言い出したら、真の派閥抗争が激化する。事実した。『週刊SPA!』の連載では、他にもアクターを紹介したが、真の派閥の領袖は三人だと紹介してきた。すなわち、麻生太郎元首相、菅義偉前首相、岸田文雄現首相である。
この中で、もっともはやく旗幟を鮮明にしたのは菅前首相。小泉進次郎氏の応援を表明したが、石破茂氏との接近も囁かれていた。
麻生元首相は投票日前日になり、高市氏を応援すると決めたとの報道が流れた。
岸田首相も投票日当日に、石破応援すると決めたとの報道が流れた。
基本的に、この流れで当日の投票は読み解ける。
◆小泉では太刀打ちできない。高市では危うい
第1回投票では、
高市氏が大健闘。議員票72、党員票109
石破氏は2位を死守。議員票46、党員票108
小泉氏はそれでも猛追、議員票75、党員票61
3位以下の議員票の争奪が決戦となった。
結局、岸田系の票は石破氏に流れ、逆転。これには立憲の代表が野田佳彦氏になったのも大きかろう。「小泉では太刀打ちできない。高市では危うい」の声が広まった。
野田氏の演説や討論が特に優れているとも思わないが、そういうイメージが広がっている事実が重要だ。
かくして、石破氏の逆転勝利となった。
◆野田氏の失笑人事、石破氏は如何に
ところで、国民はなぜ岸田首相が辞めたのか、覚えているだろうか。「政治とカネ」の問題である。あれ、庶民がやったら脱税である。それを組織的長期的に。総裁選でメディアジャックして、すっかり忘れさせた。
さて、石破新首相の支持率が余程低くない限り、早期に衆議院総選挙が行われるだろう。国民に審判の機会が与えられる。
真・青木率は、政権の命運も決める。国民がどのような選択を行うかが問われるが、まずは人事を見てからだ。
戦いは人事をやり切るまでだ。戦場で勝って人事で失敗して破滅した人物など、歴史上星の数ほどいる。野田氏は既に失笑を買っているが、石破氏は如何に?
【倉山 満】
1973年、香川県生まれ。救国シンクタンク理事長兼所長。中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程修了。在学中から’15年まで、国士舘大学日本政教研究所非常勤職員を務める。現在は、「倉山塾」塾長、ネット放送局「チャンネルくらら」などを主宰。著書に『13歳からの「くにまもり」』など多数。ベストセラー「嘘だらけシリーズ」の最新作『嘘だらけの日本古代史』(扶桑社新書)が発売中
―[倉山満の政局速報]―
◆「国民人気と党内人気の合計」が総裁選の勝者を決める
自民党総裁選挙とは、内閣総理大臣を決める選挙である。総理大臣は衆議院の首班指名で決まるが、衆議院選挙をやれば常に自民党が勝つので、首班指名では自民党総裁が必ず勝つ。だから自民党総裁選挙は総理大臣を決める選挙だ。
今回、史上最多の9人が立候補。「先が読めない」と多くの人が困っていたが、『週刊SPA!』で私の連載「言論ストロングスタイル」をお読みいただいた方には、それほど意外な結果ではないのではないか。
私は二つの理論を解説し続けた。
一つめの理論は、「真・青木率」。一般に言われる「青木率」とは、参議院で実力者だった青木幹雄元官房長官が唱えたとされる。すなわち、「内閣支持率と与党支持率の合計が50を切ると内閣は危険水域」だそうだが、その二つ、比例する。それに、竹下登内閣や森喜朗内閣は、50どころか内閣支持率が消費税率を下回りそうだったが、誰も引きずりおろせなかった。本当に、青木幹雄ほどの人がこんな頓珍漢な説を唱えたのか、疑問に思っている。
そこで私は「真・青木率」を提唱した。すなわち、「国民人気と党内人気の合計」が総裁選の勝者を決める。国民人気とは、国政選挙に勝てる人気のこと。党内人気とは、仲間の国会議員の信頼のこと。この二つは矛盾する。
◆「選挙で戦えるか」が自民党のすべて
自民党は選挙に負けるとなると、党内でよってたかって、人気のない総理大臣を引きずりおろす。また、日頃はどんなに嫌いな奴でも総理に据える。そして従う。
たとえば、当時の菅義偉首相は総選挙直前、『菅おろし』の動きが一斉に広がり、抗しきれず退陣した。ところがその直後の総裁選では、「戦い相手の立憲民主党代表が枝野幸男ならば、わざわざ河野太郎にしなくても」と岸田文雄が当選した。
今回もそう。「岸田じゃ選挙を戦えない」との声に、岸田首相は電撃的に退陣表明。岸田首相の、ある種の奇襲効果で、政局は大混乱になった。
だから「真・青木率」の第一法則は国民人気、第二法則は党内人気。
これは自民党総裁選のルールとも対応する。国会議員の他に党員も投票権を持つ。100万人の党員票は、国会議員368人と同じ票数に割られる。この736人の奪い合いだ。自民党の党員は「少し政治に関心が高い普通の人」だ。国民世論を反映する。
◆国民人気だけでは足りない「決選投票」
抜け出したのは、小泉進次郎・石破茂・高市早苗。普段なら、およそ総裁候補になれるような人たちではないが、「選挙に負けるかも」となると、第一法則が発動する。最も国民人気が高い小泉進次郎氏が抜け出し、石破・高市が追う展開となった。
しかし小泉氏は、あまりに若すぎた。討論会での発言も不安定で「これで総理大臣が務まるのか」と不安を与えるには十分だった。急失速。
石破・高市が猛追、小泉も離されまいと「三強」の状態となった。他の候補は、もはや「通行人」の扱い。
ただし、あまりに候補者が多すぎて、誰もが決定打を欠く。自民党総裁選は、1回目の投票で過半数を得る候補がいないと、上位2位で決選投票を行う。そこで、議員同士の合従連衡がカギとなる。
ここで第二法則が発動する。三人の間で議員票の奪い合いが激化、他の候補も決選ではどの候補に乗るか、五里霧中・暗中模索・百鬼夜行。権謀術策が繰り広げられた。
◆派閥を解消すると真の派閥抗争が激化する
そこで二つ目の理論である。自民党が派閥解消を言い出したら、真の派閥抗争が激化する。事実した。『週刊SPA!』の連載では、他にもアクターを紹介したが、真の派閥の領袖は三人だと紹介してきた。すなわち、麻生太郎元首相、菅義偉前首相、岸田文雄現首相である。
この中で、もっともはやく旗幟を鮮明にしたのは菅前首相。小泉進次郎氏の応援を表明したが、石破茂氏との接近も囁かれていた。
麻生元首相は投票日前日になり、高市氏を応援すると決めたとの報道が流れた。
岸田首相も投票日当日に、石破応援すると決めたとの報道が流れた。
基本的に、この流れで当日の投票は読み解ける。
◆小泉では太刀打ちできない。高市では危うい
第1回投票では、
高市氏が大健闘。議員票72、党員票109
石破氏は2位を死守。議員票46、党員票108
小泉氏はそれでも猛追、議員票75、党員票61
3位以下の議員票の争奪が決戦となった。
結局、岸田系の票は石破氏に流れ、逆転。これには立憲の代表が野田佳彦氏になったのも大きかろう。「小泉では太刀打ちできない。高市では危うい」の声が広まった。
野田氏の演説や討論が特に優れているとも思わないが、そういうイメージが広がっている事実が重要だ。
かくして、石破氏の逆転勝利となった。
◆野田氏の失笑人事、石破氏は如何に
ところで、国民はなぜ岸田首相が辞めたのか、覚えているだろうか。「政治とカネ」の問題である。あれ、庶民がやったら脱税である。それを組織的長期的に。総裁選でメディアジャックして、すっかり忘れさせた。
さて、石破新首相の支持率が余程低くない限り、早期に衆議院総選挙が行われるだろう。国民に審判の機会が与えられる。
真・青木率は、政権の命運も決める。国民がどのような選択を行うかが問われるが、まずは人事を見てからだ。
戦いは人事をやり切るまでだ。戦場で勝って人事で失敗して破滅した人物など、歴史上星の数ほどいる。野田氏は既に失笑を買っているが、石破氏は如何に?
【倉山 満】
1973年、香川県生まれ。救国シンクタンク理事長兼所長。中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程修了。在学中から’15年まで、国士舘大学日本政教研究所非常勤職員を務める。現在は、「倉山塾」塾長、ネット放送局「チャンネルくらら」などを主宰。著書に『13歳からの「くにまもり」』など多数。ベストセラー「嘘だらけシリーズ」の最新作『嘘だらけの日本古代史』(扶桑社新書)が発売中
―[倉山満の政局速報]―