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“劣悪な環境”でも退院したがらない患者たち…精神科病院で働くソーシャルワーカーが目の当たりにした実態

日刊SPA! 2024年10月1日 8時51分

◆精神科病院のソーシャルワーカーを直撃
精神障害者や精神科病院は怖い。そういう思いを抱える人も多いのではないか。精神科病院のソーシャルワーカーとして働いて、4年目の奥井さん(仮名・44歳)に話を聞いた。

奥井さんは奈良県で生まれ育った。高校卒業後、難病のお父さんの介護のために、旧ヘルパー2級の資格を取った。資格を取った奥井さんは、実務経験を身に着けるために、高齢者向けデイサービス事業所に勤務するかたわら、休みの日は訪問介護のヘルパーとして働くハードワーカーだった。

「かけもちしたのは、利用者さんの家での様子、通所先での様子のどちらも知りたかったからです。在宅のとき、デイサービスに通っているときでは、別の顔がありました」

お父さんの介護は、結局、最期に関われただけだった。だが、奥井さんはオールマイティーに対応できる介護職を目指し、仕事にまい進した。

介護付き有料老人ホームでの3年の実務経験を経て、介護福祉士の資格を取り、ヘルパー事業所の責任者となった。その後、働きながら、福祉系大学に通い、社会福祉士と精神保健福祉士(PSW)の資格も取る。

◆精神科病院の保護室に父を入れて後悔していた家族

そんな奥井さんに転機が訪れたのは、40歳の時だった。

「居宅介護支援事業所でケアマネジャーをしていた時に、精神疾患の症状が出て、面倒を見切れなくなった父親を、精神科病院に医療保護入院させた家族がいました。精神科病院では、急性期には、保護室に入ります。その姿を見て、家族が後悔していたんです。買い物に行くと言って、病院に連れて行ったのは私でした」

その件がきっかけで、精神科病院はどんな場所なのか興味がわき、老人介護の世界から、精神医療の世界へと転身する。

◆精神科病院への入院形態は5種類

奥井さんが入職したのは、たまたま、関東某市にある、地域でも「最後の砦」といわれる精神科病院だった。定員100人以下の小規模病院だったという。ソーシャルワーカーとして、半分は行政から、3分の1は地域のケアマネジャーから、残りが家族から、精神疾患や障害者の入院相談に乗ることとなる。

①任意入院:患者の同意がある、いわゆる普通の入院。
②措置入院:精神保健指定医2人以上の診察が必要で、自傷・他害の恐れがある場合に適用される。3番目の緊急措置入院もだが、入院の必要性を決める権限は都道府県知事にある。
③緊急措置入院:緊急の場合なので、精神保健指定医1人の診察で可能。その代わり、自傷・他害の恐れが著しく高い場合に限られる。入院期間は72時間(3日間)以内で、権限は都道府県知事にある。
④医療保護入院:精神保健指定医1人による診察が必要。そして、家族のうち、いずれかの者が同意している必要がある。
⑤応急入院:家族等の同意が得られない場合に適用される。家族にも本人にも、同意を得られないという段階で、ある程度、どういう状況なのか想像ができる。
(厚生労働省 医療保護入院制度について より引用)

精神科入院経路も上記のように様々なものがある。それぞれ、このプロセスを経て、入院に至る。

「私が働いていた精神科病院では、任意入院はほとんどいませんでした。年齢層は、10代~80代までと幅広かったのですが、医療保護入院がほとんどでした。入院患者は、重度の統合失調症の方が7割。他の3割は、双極性障害・自閉症・知的障害の人たちでした」

◆初めて目の当たりにした精神科病院の実態

「医療保護入院の場合、ほとんどの患者は車椅子で運ばれてきます。暴れる人も多いので、すまきにされて、民間救急で運ばれてくる人もいます。暴れる人は、男性看護師が多い日に入院してもらいます」

診察室で男性看護師たちが待ち受け、暴れる患者を5人がかりで押さえ、腕に鎮静剤を注射する。身体拘束は人道的な観点より、撤廃する病院も増えているが、奥井さんの勤務先ではまだ身体拘束をしている。

「一般的には5点拘束をします。酷い時は、それに首・肩も拘束します。患者さん自身や職員を守るためです」

入職そうそう、奥井さんはショッキングな光景に遭遇する。

「常に人手が足りないので、おむつ交換ができず、シーツが排泄物でまっ茶色になっている高齢者男性を見て、かわいそうだと思いました。保護室で自殺もありました。ドアノブに隠し持っていた靴紐をかけて自殺をした人がいました。自殺者が出て、まだ息がある時は、人手もないので救急車を呼びます。パーテーションの向こう側で蘇生措置を行っているのに、入院患者は夕飯の時間なので晩ご飯を食べていて驚きました」

精神科病院には、自殺予防の観点から、カーテンはついていない。若い人の6人部屋で、困ったのは、性の問題だという。

「朝になると、夜中に自慰行為をした人の匂いが部屋にこもるので、クサい、と喧嘩になります。本人と話して、どこで自慰をするか話し合ったことがあります。閉鎖病棟なので、窓もちょっとしか開かない。トイレでやるしかないのですが、集中できないなど、苦労をしていました」

そんな劣悪とも思える環境だが、入院患者は退院したがらない。

◆入院した患者はそれでも退院したくない

「65歳以上になると、老人ホームに入るように促すのですが、居心地がいいから嫌だという人が多いです。外の世界に出たくないから入院することを、『社会的入院』というのですが、長い人で35年入院していました。それだけ社会に出ると、偏見や差別があるし、服薬を継続するのが難しいんです。内臓疾患で転院が必要となっても、受け入れ先の病院はなかなか見つかりません。これは大きな社会問題です」

重度の統合失調症の患者は、薬を飲んでも、なおかつ幻覚や妄想などの症状が完全に消えない人もいる。

「そういう人たちは妄想の中で生きています。入院中は自分で薬を飲んで、飲み切るかを見届けるのですが、1人で暮らせた人は見たことがありません」

◆厚生労働省の「地域包括ケアシステム」に思うこと

厚生労働省は人道的な観点というよりも、財政的な問題から、精神科病院に入院している患者を障害者向けグループホームや、訪問看護事業所を利用し、1人暮らしをさせるなどして、地域に移行させる政策をとっている。

「社会的入院をしている人も、閉鎖病棟での暮らしは制約が多いです。本来であれば、地域で受け入れられて暮らせるのが一番だと思います」

実際に、奥井さんの元には、障害者向けグループホームの営業がくる。精神科病院から患者の受け入れをすると加算がつくなど、ホーム側にもメリットがあるからだ。だが、現実には、グループホームごとに精神障害者への理解度に差がある。酷いところだと、ものの3ヵ月で症状が悪化し、病院に逆戻りしてくるケースもあるという。

「地域での受け入れは、病気や障害の特性を知っていれば可能です。地域住民や施設スタッフの理解があるという環境が整っていれば、できると思います」

◆精神障害は怖いというのは当たり前

「精神障害や精神疾患の患者さんを怖いと思うのは、当たり前だと思います。電車で叫んでいる人がいても、なぜ叫んでいるか理解できなかったら怖いですよね。偏見があること自体が悪いことだと思いません。差別や偏見は『知らない』ことから起こります。だから、知って欲しいと思います」

奥井さん自身も、実習の際に、患者を目の前にして、どう接していいか分からず、戸惑い・恐怖した。だが、それも、疾患や障害への理解が進むうちになくなっていった。

「若い人の、自立したいという思いは、すごいものがあります。統合失調症の若い患者さんでしたが、頓服薬を飲みながら、『奥井さん、これでいいんですか?』と障害年金の申請書類を3ケ月かけて書いた人がいました。分かろうとしてくれたら、本人たちも私も嬉しいです。色々な陽性症状があります。だけど、泣いたり・大声を出したり、丸裸でぶつかってくる姿は人として純粋だと思います」

地域での受け入れには、偏見や疾患・障害への無理解があり、障害者施設を建てるとなると反対運動が起こることも珍しくない。

「私は、精神疾患・障害の人に環境に慣れてもらって、それでもダメなら薬の処方を考えればいいと思っています。私が勤務する病院の医師たちも、そういう方針です」

差別や偏見は悪いものではない。そう言われると、精神疾患・障害者と関わるハードルが少し下がるのではないだろうか。精神障害・疾患の人たちを地域で受け入れるために、私たちができることは、まだまだありそうだ。

<取材・文/田口ゆう>

【田口ゆう】
ライター。webサイト「あいである広場」の編集長でもあり、社会的マイノリティ(障がい者、ひきこもり、性的マイノリティ、少数民族など)とその支援者や家族たちの生の声を取材し、お役立ち情報を発信している。著書に『認知症が見る世界 現役ヘルパーが描く介護現場の真実』(原作、吉田美紀子・漫画、バンブーコミックス エッセイセレクション)がある。X(旧ツイッター):@Thepowerofdive1

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