Infoseek 楽天

「文化遺産」として見直される昭和の都電。「アニメの聖地」や「渋沢ゆかりの地」などに残る都電の今を追う

日刊SPA! 2024年10月2日 8時51分

 21世紀に唯一残る都電・都電荒川線。荒川線は東京で最後に残った都電の2つの系統を1974年に1路線に再編して誕生したもので、今年(2024年)で50周年を迎える。
 近年は新型車両の導入も進み、すっかり「21世紀のエコな交通機関」といった様相の荒川線であるが、実はその沿線の様々な場所に、都電全盛期に活躍した「昭和の都電」が保存されていることをご存知だろうか。

 都電の都心撤退から約半世紀。かつては都内各地で見られた都電全盛期の保存車も、老朽化や再開発などによって撤去が相次いでおり、今となっては非常に貴重な存在だ。今回は都電荒川線・三ノ輪橋電停からスタートして、都電荒川線沿線に保存されている6両の都電に会いに出かけてみた。

◆荒川区立あらかわ遊園/6152号(荒川遊園地前)

 最初に降りたのは荒川遊園地前電停。ここは言うまでもなく遊園地「あらかわ遊園」の最寄り電停となっており、夏休みなどは多くの子供たちで賑わいを見せる。

 そのあらかわ遊園の入口に保存されているのが6000形6152号。6152号は1949年製で、都電最多となる290両が製造された6000形最後の生き残りとして荒川線でも活躍したが、2001年に廃車。その後、2003年からあらかわ遊園で保存されている。

 6152号は今回紹介する6両のなかでは唯一21世紀まで走っていた車両であるが、すでに廃車から23年が経過。しかも、文化施設などではなく遊園地での屋外保存であるものの、屋根が設置されており外装は比較的綺麗な状態だ。

 現在は1950年代まで都電の標準色だった緑とクリーム色に塗られており(ただし実際よりも色が濃く、ナンバー表記のフォントも少し異なる)、2022年からは「カフェ193」(いっきゅうさん=ライトが一球であることから)として営業中。もちろん車内に入ることもできる。車内は店舗として利用するために一部シートなどが撤去されており、都電の吊り革を模した「つりわパン」や都電グッズなども販売されている。

◆実は東京23区では唯一の存在

 実はあらかわ遊園はかつて荒川線の前身である王子電気軌道が経営していた。現在のあらかわ遊園は荒川区営であるが、こうした本格的な「公営遊園地」は全国的にも珍しく、東京23区では唯一の存在となっている。アトラクションも200円程度で乗れるものがほとんどなので、都電めぐりのついでに入園してみては。

◆東京都交通局 都電おもいで広場/5501号・7504号(荒川車庫前)

 唯一となった都電の基地「荒川車庫」。ここには3両の昭和の都電が保存されており、2007年に開設された敷地内の展示施設「都電おもいで広場」に展示されているものは土・日・祝日に車内に入ることができる。

 都電おもいで広場で保存・公開されている車両は5501号と7504号の2両だ。

 そのうち5500形5501号は1954年に製造され、1967年に廃車となった車両。5500形はアメリカの高性能路面電車「PCCカー」の技術を導入して製造されたものだった。

 戦後の都電を支える新世代電車として期待されたものの、他車と操作方法が異なるため運転しづらいうえに故障が多く、また東京の狭い街を走るにはこれほどの高性能は必要ないとして、のちに在来車に近い性能・操作性に改造された経緯がある。

 都電の花形として中央通りを走る1系統(上野-銀座-品川)専用車として活躍したのち、1967年の1系統の廃止とともに廃車、その後は上野公園で保存されたものの荒廃したため1989年に荒川車庫に移設され、2007年に都電おもいで広場で公開されることとなった。

 5501号の車内は現役当時とはかなり異なる状態で、都電の部品やヘッドマークなどの展示がおこなわれているほか、荒川線のシミュレーターも設置。また、南側の運転台のみ特徴的な「PCCカー」独特のペダル式運転台も復元されている。

◆「学園号」の愛称が付けられた7504号

 もう1台の7500形7504号は1962年に製造された車両。もともと7500形は東京オリンピック・パラリンピック(1964年)の開催に備えて造られたもので、それゆえ当初は全車両が都心エリア(渋谷・六本木など)を担当する青山車庫に所属していた。

 古い都電といえば正面にヘッドライトが付いている姿が思い起こされるが、この7500形は経費削減のためバスや自動車の部品を多用しており、それゆえ2つ目となった。1978年にワンマン化改造、末期は荒川線で通勤通学ラッシュ輸送専用になったことから「学園号」の愛称が付けられ、1990年代末に運用停止となったのち2001年に廃車。

 2007年から5501号とともに都電おもいで広場で公開されている。こちらの車内は廃車された当時の様子が復元されている。今では珍しくなった木張りの車内を歩いて、木の床独特の音と油の匂いを感じながら都電全盛期に想いを馳せてみて欲しい。

◆東京都交通局 都電荒川車庫/6086号(荒川車庫前)

 都電荒川車庫にはもう1台、昭和の都電がそのままの姿で保存されている。それは6000形6086号。この車両は1949年に製造されて戦後の復興を支え、23区内ほとんどの車庫を渡り歩いたのち1978年に荒川車庫で廃車、その後は個人が保存していたものだ。

 一度は解体が検討されたというものの、鉄道博物館学芸員の故・岸由一郎氏らの尽力により2008年に荒川車庫に里帰りし、現在は車庫公開日など不定期に公開されている。保存車両は運搬するだけでも多額の費用と手間がかかることもあり、このように個人が遠方で保存していた都電が車庫に「里帰り」したのはこの6086号が唯一だ。

 6086号は、公開日以外の日でも敷地外から見やすい車庫の一番西寄りの電留線に停車していることが多い。荒川車庫の近くを訪れた際に覗いてみてはどうだろうか。

◆北区立飛鳥山公園/6080号(王子駅前/飛鳥山)

 江戸時代からの桜の名所として、また近年は新一万円札の顔である「渋沢栄一ゆかりの地」としても知られる飛鳥山公園。ここに保存されているのも6000形だ。6000形6080号は1949年に製造され、都心の車庫を渡り歩いたのち末期には先述の6086号とともに荒川車庫に移り1978年に廃車。

 都電の軌道を見下ろす飛鳥山公園の南側に保存されている。飛鳥山公園の南側はかつて渋沢栄一の邸宅などがあった場所。渋沢ゆかりの建物はほとんどが戦災で焼失してしまっているものの、現在も旧渋沢庭園などが残されている。

 6080号は保存後に火災に遭うなどして一時かなり老朽化・荒廃が激しかったが、近年大きな変化が起きた。2020年の修復によって、外装の塗装や表記が現役時代さながらの状態に復元されたのだ。

 外装は綺麗になったといえども、よく見ると窓はなくなっており、車内は吊り革や灯具、都電のシンボルである「ベル」(チンチン電車の由来)などが撤去されシートが木製のベンチに変えられているほか、残念ながら無くなっている部品も目立つ。

 この飛鳥山公園内には「デゴイチ」の愛称でお馴染みの国鉄の蒸気機関車「デゴイチ」D51 853号も保存されている。このデゴイチ、実は1943年に製造されたもので、デザインなどが簡素化された「戦時型」。よく見ると、通常のデゴイチよりもドーム部などが角ばった姿であることが分かる。来園の際には注目して欲しい。

◆豊島区立南大塚公園/6162号(大塚駅前)

 JR大塚駅・都電大塚駅前電停(もしくは東京メトロ新大塚駅)から歩いて数分の場所にある南大塚公園。ここに保存されている車両もやはり6000形で、1949年に製造され、荒川車庫などを経て1971年に禁止堀車庫(現在は丸井錦糸町店)で廃車となった6162号だ。

 この6162号は、アニメ・ゲームなどで展開されるメディアミックス作品「BanG Dream!」(バンドリ!)に登場したことで、作品の「聖地」としても話題となっている。

 アニメのなかでは比較的綺麗な状態で車内に入ることもできた6162号だが、現在は「都電ものしり博物館」という看板が付けられているものの金網に覆われており、永年閉鎖状態に。車外についてもライトや方向幕が埋められるなど部品の脱落が目立つ状態だ。

 2020年に一部修復された6080号に続いて、昨年(2023年)にはこの6162号にも大きな変化が起きた。アニメ・ゲームの舞台として注目を浴びたこともあってか、数十年ぶりに車内に入れるようになったのだ。

 車内は吊り革や灯具、ベルなどが撤去され、シートが木製のベンチに変えられているものの、永年立ち入り禁止となっていたこともあり比較的綺麗な状態。車内に入って、「BanG Dream!」のアニメ2期7話で描かれた「回想シーン」を再現することも可能だ。

 6162号の車内に入れるのは、毎週水曜日の9時から17時まで。なお、車内には照明がないこともあってか、話を伺った関係者によると日が短い11月~3月は公開時間が9時から16時までに短縮される予定で「時間に注意して来て欲しい」とのこと。

◆「文化遺産」として見直されつつある昭和の都電

 6162号の車内公開が再開された2023年には、文京区の不忍通り沿い(本駒込)にある「文京区立神明都電車庫跡公園」でも都電6063号と電動貨車乙2号の大規模修復が行われ、車内公開が再開された。

 両車両ともに木造部分が抜け落ちるなど、老朽化による自然損傷が目立つ車両であったが、修復後は現役さながらの姿となっており、都電が「地域の歴史を伝える文化財」として復元されたことは都電ファン・昭和レトロファンのあいだで話題となった。

 都電の都心撤退から約半世紀。消えてしまった保存車両も多いものの、近年修復・再整備や、再び公開されるようになった車両が増えてきたことは「高度成長期の遺産」が文化財として見直されるようになった証左でもあろう。飛鳥山公園や南大塚公園の都電も、今後本格的に再整備される日が来れば良いのであるが……。

◆昭和の都電が保存されている公園は他にも

 今回は、都電荒川線の沿線で保存されている昭和の都電6両をめぐってみた。23区内では、このほかにも先述した文京区立神明都電車庫跡公園や板橋区立板橋交通公園などにも昭和の都電が保存されている。

 都電は最盛期には200キロメートル以上の路線網があったものの、現在の都電荒川線は全長約12キロメートル。短いながらも他の鉄道路線や都バスと接続する停留所も多く、週末のショートトリップには持ってこいだ。

 一日乗車券もわずか400円。都電荒川線に乗って、昭和の面影を探す旅へと出掛けてみてはどうだろうか。

<取材・写真撮影/若杉優貴>

参考文献:朝日新聞社 編(1973):『世界の鉄道 ’73』朝日新聞社、林順信(1996・1998)『都電が走った街 今昔(1)(2)』JTB日本交通公社出版事業局、林順信・諸川久(1986)『おもいでの都電』保育社

【都市商業研究所】
『都市商業研究所』。Webサイト「都商研ニュース」では、研究員の独自取材や各社のプレスリリースなどを基に、商業とまちづくりに興味がある人に対して「都市」と「商業」の動きを分かりやすく解説している。Twitter:@toshouken

この記事の関連ニュース