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外国人旅行者が“子供の頃から憧れていた”日本で「感動したこと/残念に感じたこと」

日刊SPA! 2024年10月2日 8時53分

インバウンド需要に沸いている日本。観光地はもちろん、大きな都市ではどこに行っても外国人の姿が目に入ってくるが、日本に住み、インフレ&物価高の影響を大きく受けている日本人からすると「日本の何がそんなに良いのか?」と疑問に思ってしまうだろう。
そこで、すこし日本にゆかりのある外国人に「日本の印象」を聞くことで、我々が忘れかけていた日本の素晴らしさに改めて気づくことができるかもしれない。

ブラジル北東部に位置する常夏の街・フォルタレーザ在住のハファエル・ヒベイロさん(38歳)は、子供の頃から憧れていた日本を、昨年12月から28日間にわたって初めて訪れた。

10都県を巡る旅行を事前に1年半かけて計画。羽田空港到着後に新幹線で真っ先に向かったのは広島県のマツダミュージアムだった。

ヒベイロさんはカーマニアなのだろうか?

「マツダのサバンナRX-7をどうしても実際に見たかったんです。なぜって特撮ヒーローのジャスピオンが乗っていたからなんです!」

そう、ヒベイロさんはガチな特撮ヒーローおたくなのだ。

◆地球の反対側で日本の特撮ヒーローがブームに

ヒベイロさんが2歳だった1988年にブラジルで放送が開始された「巨獣特捜ジャスピオン」は、後に続く特撮ドラマ放送の大ブームの先駆けとして、地上波で何度も再放送された。そのため、現在30代半ばから40代のブラジル人の多くが、子供時代に夢中になった経験があるのだ。

ジャスピオンのほか、「世界忍者戦ジライヤ」「仮面ライダーBLACK」など日本以上にブラジルで高い人気を誇った作品は少なくない。

「サバンナRX-7は、『仮面ライダーBLACK RX』『大戦隊ゴーグルファイブ』『バトルフィーバーJ』などにも登場しました」とヒベイロさんの特撮ドラマに関する知識は底が知れない。

マツダは特撮ドラマの制作に車体を数多く提供してきた。番組エンドロールに表記された同社ロゴマークは、少年時代のヒベイロさんの脳裏にしっかりと刻まれたそうだ。広島では、原爆投下の惨劇を今に伝える平和記念公園にも足を運んだ。

◆オーバーツーリズムとは無縁の足取り

東京スカイツリーや浅草寺、京都の仏閣や大阪の道頓堀といった一般的な外国人観光客がまず先に目指しそうなスポットには目もくれず、ヒベイロさんは特撮の聖地巡礼を主な目的に10都県を巡った。

フォルタレーザ市の私立学校で、英語教師を務めるヒベイロさんにとって一人旅で困ることは少なく、外国人対象のJR特別乗車券「ジャパンレールパス」が、各地への鉄道網を利用するうえでいかに便利であるか。ただただ、感心したという。

「横浜はロケ地として数多くの特撮ドラマが撮影されてきました。みなとみらい駅で下車して周りを見渡すと、ドラマで見たことがあるビルをいくつも確認できました」

まず訪れたのは、駅前の横浜美術館だった。

特撮ヒーローの展示があったのかと思えば、「『特警ウインスペクター』の番組オープニング映像で映っていたので、その場に立ちたかった」とのこと。

入館せず、次に訪れたのは、横浜の中でも特撮の聖地として名高い横浜赤レンガ倉庫だ。

名称の通り赤レンガの外装が美しい旧保税倉庫は、1971年放送の「仮面ライダー」のころから特撮ドラマのロケ地に選ばれてきた場所だ。「特警ウインスペクター」ほか「時空戦士スピルバン」「太陽戦隊サンバルカン」などブラジルでも地上波放送されて人気を博した番組でしばしば登場したため、当地の特撮おたく界隈でもよく知られている。

現在、横浜赤レンガ倉庫は文化・商業施設として営業しているが、観光客が殺到するスポットではないため、ヒベイロさんが訪れた年の瀬の平日午前中に外国人は見かけなかったという。彼のような一味違う訪問者は疎んじられるオーバーツーリズムと無縁だ。

◆各地での撮影禁止にがっかり

ふだんは学校に勤務しているヒベイロさんは、動画の編集と公開に追われるYouTuberではない。それでもブラジルで特撮ドラマの同志を増やしたい心意気を携えて各地で動画の撮影を行った。

「残念だったのが多くの施設やイベントで『撮影お断り』だったことです」

東京ドームシティに見に行った「王様戦隊キングオージャーショー」でも撮影できず、イベント専属のカメラマンが撮った写真を購入するしかなかった。

ブラジルではコンサートや展覧会など多くのイベントでスマートフォンでの撮影が許可、黙認されている。InstagramやYouTubeなどで情報が迅速かつ広範に拡散される時代にあって、映像や写真の撮影を規制するよりも、逆に許可することでアーティストやイベントを世界に広めるべきなのでは?とヒベイロさんは語る。

◆ショッカーO野さんと歩いた新宿

訪日の目的は聖地を巡るばかりではなかった。

特撮番組の関係者にインタビューを行い、ブラジルでは得難い真実の情報を確かめるのも目的だった。ヒベイロさんはジャーナリストではない。それでも訪日前にアポが取れた複数の関係者が、英語の通訳者を介した取材に応じてくれたそうだ。

なかでも2023年大晦日に長時間付き合ってくれたショッカーO野さんには感謝しきれないという。芸名を故石ノ森章太郎さんより直々に授かったショッカーO野さんは司会、構成作家、ラジオパーソナリティーあるは特撮番組のスーツアクターなど様々な仕事をこなすマルチタレントだ。

「場所は新宿で」とのショッカーO野さんからのリクエストに応えてレンタルした会議室で、ヒベイロさんはブラジルで出版された特撮ヒーロー辞典を開きながらインタビューした。話が盛り上がるにつれ、二人はときに特撮ヒーローに疎い通訳者を頼らず、専門用語を交わすことで理解し合えたそうだ。

「ところで今晩の年越しの予定は?」

3時間の取材の後にショッカーO野さんにたずねられると、単身、渋谷スクランブル交差点で過ごす予定だと素直に打ち明けた。

「だったら僕と一緒に『慎ちゃんねるのゆく年くる年』に行かない?」と誘われた。それは「仮面ライダーAGITO」「重甲ビーファイター」「救急戦隊ゴーゴーファイブ」などの主題歌を歌った歌手の石原慎一さんの年越しミニコンサートだった。

石原慎一さんはブラジルのアニメフェスで歌った経験があり、ブラジルの特撮ファンの熱量を知っている。「一人だったらいいよ」とショッカーO野さんの直電でヒベイロさんの招待券が用意された。

新宿は横浜に劣らぬ特撮ドラマのロケ地だそうだ。自身が司会を務めるミニコンサートまでの6時間、ショッカーO野さんはヒベイロさんに近辺のロケ地を案内し、夕食を共にしながら特撮裏話を伝授してくれたそうだ。

◆夢のような一夜、ライブ中につい口ずさむと…

ライブイベントは北新宿のカフェ兼ライブハウス「ドルチェ・ヴィータ」で行われた。地下フロアのアットホームな雰囲気の会場だ。

石原慎一さんとゲストの共演での演目はもちろん大半がアニメと特撮の歌。披露された歌のほとんどをヒベイロさんは知っていたそうだ。憧れの日本での降って湧いたような年越しミニライブで、大好きな楽曲を歌手本人が歌うのを聞いて感極まり、ヒベイロさんも自然と歌声を合わせると、隣の女性客が自らの唇に人差し指を縦に当てて、静かに聞き入ることを促されたという。

ブラジルのライブでは好きな曲が演奏されたら自由に歌うのが普通なのに……と文化の違いを感じたそうだ。

ともあれ存分に楽しんだミニライブの後、石原慎一さんといくつか言葉を交わすことができたのは、恒例で行われている花園神社への初詣の際だった。

石原さんから自身の過去のブラジル・サンパウロ公演を見てもらえたかとたずねられると、見たかったが住んでいる街が遠いので……と正直に語った。同じブラジルといえどもヒベイロさんの暮らすフォルタレーザとサンパウロとでは距離が3,100kmと、東京・マニラ間より離れているのだ。

◆辺境の地方都市で孤軍奮闘

人口約1145万人を擁するサンパウロは南アメリカ最大の商業都市だ。ブラジルの文化や経済に関する情報やイベントはこの街に集中している。そんな中心地から遠く離れたフォルタレーザに住むヒベイロさんの近辺で、いま日本の特撮ヒーローに変わらぬ情熱を注いでいる同志はわずかだという。

近年の日本アニメの爆発的な人気にもかかわらず、特撮ヒーローファンが再び増える兆しは伺えない。この度の日本旅行は、愛する特撮ドラマについて、ブラジルにいては解り得ないことを追求するのが主な目的だった。しかし、日本で撮った動画や写真などを独り占めするのではなく、知り得たことや特撮の現在地をブラジルの特撮ドラマ系YouTuberに託してファンの輪を広めたいのだという。

たかが子供向けの特撮ドラマと蔑む人もいるだろう。しかし、こうした草の根で日本文化を広める日本好きの外国人がいることと、ソフトパワーとしての文化の持つ力がいかに日本と各国の相互理解に有益かを認識し、評価すべきだろう。

ヒベイロさんは、再び日本に行ったら今回とはまったく異なる特撮の情報が得られると確信している。具体的な再渡航の計画はないが、ブラジル辺境の地方都市で再び日本を訪れる夢を温めている。

<取材・文/仁尾帯刀(海外書き人クラブ/ブラジル在住)>

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