Infoseek 楽天

“看板の下敷きに”車椅子になったアイドルの今。事故から6年、自分を「唯一無二」と思えるようになるまで

日刊SPA! 2024年10月6日 8時54分

人生は、「いつ何が起こるかわからない」と頭では理解していながらも、「明日も同じように続く人生」が、とても貴重であることを忘れて……。しかし、突然の事故によって当たり前の日々が急変することも。
2018年4月、アイドルグループ『仮面女子』のメンバー猪狩ともかさん(32歳)は、都内を歩いている際に強風によって倒れて来た看板の下敷きになり緊急搬送。この事故で脊髄を損傷し、両足に麻痺が残ることになった。

それから6年。現在も仮面女子の一員として車椅子でステージに上がる彼女に当時の想い、そして時間が経って変化した考え方を語ってもらった。

◆数ヶ月で「動くようになる」と思っていたが…

――事故後にすぐ、歩けなくなるということはわかっていたんですか?

猪狩ともか(以下、猪狩):大きな事故に遭ってしまったという自覚はありました。でも、手術翌日に、医師からの説明で「脊髄を損傷していて、今は足が麻痺している。個人差はあるが、感覚が戻る方もいるので、リハビリを頑張りましょう」と言われました。

私はその時まで、脊髄損傷という言葉も、それがどんな症状になるのかも知らなかったので、数ヶ月のリハビリで動くようになるイメージを持っていたんです。

――そこから、この先も動かなくなる事実はどのように知ったのですか?

猪狩:不安なので、やっぱり携帯電話で調べるじゃないですか。「脊髄損傷 治る」とかで検索してヒットしたもの、いろんな方の経験談に目を通しているうちに、「一生車椅子かも」と気づきました。

◆「アイドル活動は続けていけないのかな」と…

――ご両親は、治らないことは先に聞かされていたのですか?

猪狩:わかりませんが、父が救急救命士をやっていたので、私のレントゲン写真を見て悟ったようです。

――変わらず続くはずの明日が、突然立ち消える状況は、計り知れない絶望や不安があったと思います。最初に考えたことは?

猪狩:もうグループもクビになってしまって、アイドル活動は続けていけないのかなと思いました。

――動かない足ではアイドルを続けていけないと感じたということでしょうか?

猪狩:というより、私がどんなに「できる」と言ったとしても、グループや事務所、ファンの皆さんに必要としてもらえないんじゃないかという思いが強かったですね。

◆「車椅子の自分」に対する周囲の反応は…

――実際、メンバーや事務所に「もう体は戻らないかもしれない」と伝えた時は、どんな反応でしたか?

猪狩:事務所の方からは、「車椅子に乗っていても仕事はいくらでもあるから、戻ってきていいんだよ」と言われました。メンバーは「猪狩ちゃんが戻ってくるまで、ステージを守るからね」と言ってくれて救われましたね。

――事故から1か月ほどで、ご自身の状態をSNS上で発信されています。まだ、未来が見えず不安な中だったと思うのですが。すでに、その状態を受け入れられていたのですか?

猪狩:半々というところですかね。事務所やメンバーからの声もあって、車椅子のままでも仮面女子として頑張っていくという気持ちではあったんですが、やっぱり本当にできるのか不安だったというのが本音です。

――SNSで発信してみてファンの方はどんな反応でしたか?

猪狩:「待ってるよ」とたくさんの方が言ってくださって、本当に支えになりました。それがあったからこそ「またステージに戻ろう」と思えましたね。

◆「ごめんね」ではなく「ありがとう」

――それでも、実際に活動に戻るには苦労も多かったと思います。

猪狩:最初は、メンバーもどのように手助けをしたらいいかわからないと感じていたと思います。私も、どうやってヘルプを出したらいいかがわかりませんでした。でも、その解決方法は「一緒の時間をたくさん過ごすこと」だけなんですよね。

例えば、普通の人なら気にならないものでも、床に物や配線があることで、私にとっては動線がないときは「どけてほしい」と、今では自然に伝えられます。メンバーも曲中のフォーメーション移動で、私が物理的に間に合わないことがわかった時に、次のリハーサルまでにフォーメーションの変更を提案してくれたりします。

――それでも、周囲にお願いすることが増えると、申し訳ない気持ちが積もりませんか?

猪狩:それは今もあります。こちらからお願いすることが増えたので、その度に申し訳なく思います。でも、「ごめんね」ではなく「ありがとう」と伝えるように心がけています。

◆「猪狩さんにしかできないことがある」と言われた

――確かに、場の空気もそちらの方が気持ちいいですね。

猪狩:迷惑をかけているという意識がずっとあったんですが、ダンスの先生が「猪狩さんが加わることで新しいパフォーマンスが生まれるよ」と言ってくれて、自信を持てるようになってきましたね。入院していた時にも看護師さんから「仮面女子は、正直言って猪狩さんがいなくても回る。でも、猪狩さんにしかできないことがある」と言ってくれたんです。勇気付けられましたし、今でも思い出す言葉です。

――猪狩さんにしかできないことはなんだと思いますか?

猪狩:車椅子でアイドル活動をしていることは唯一無二だと思います。また、一人ではなくグループでパフォーマンスを行うということは、フォーメーションなども含めて他ではできないことだと思っています。

――猪狩さんがいることで、これまで仮面女子を知らなかった人にもリーチするきっかけにもなっていると思います。

猪狩:ありがとうございます。

◆車椅子になって「変わったこと」と「変わらないこと」

――事故後、歌やパフォーマンスに対しての向き合い方は変わりましたか?

猪狩:意外とそこは変わっていません。車椅子に乗るようになったという「状態」が変わっただけで、思いは同じですね。

――では、生活の中で喜びを感じるポイントが変わったなどありますか?

猪狩:怪我をした直後は、当たり前だったことがこの先もうできないんじゃないかと思いました。例えば、この体でスポーツなんて……とも思いましたが、スキー板に椅子をつけた「チェアスキー」というものがあることを知って。チャレンジした結果、「車椅子でもゲレンデにこれるんだ」と嬉しくなりましたね。それに、小さいことでも嬉しくなれるようになりました。例えば、床に落ちたものが拾えるようになった時は喜びを感じますね。

――自分が体験してみないとわからないことって多いですよね。

猪狩:それまでだったら、坂道になっているなんて考えたこともなかった道が、車椅子になって、すごく大変な坂だったりと気付かされたりすることも多いですね。他にも「この駅は、遠回りしないとエレベーターに乗れないんだ」とか、世の中がどれだけ健常者目線で作られているのかということを痛感しました。

先日、左利きの方と話していた時に、その方が「社会は右利き用にできている」という話をしていました。自動改札のICカードをかざす部分も右にありますし、ハサミも右利き用ばかり売っています。人間って、マイノリティになってみないと気づけないんだなと思いました。

◆SNSでの発信は「とても気を使う」

――ファンに直接届く、SNSの投稿内容も変化はありましたか?

猪狩:事故前は自分のパーソナルな部分を見せる必要はないと思っていました。しかし、障害のことを発信するためには自分の個人的なことや思いを積極的に伝えていった方がいいんだと思うように変わって来ましたね。

――しかし、今の社会で自分の考えを発信をするのはリスクが伴いますよね。

猪狩:伝え方はとても気を使いますね。例えば、電車で車椅子スペースが健常者の方に占領されちゃっていることがよくあります。それを「困った」というより「人がいたけど譲ってもらえてありがたかった」とした方がいいかなと思っています。

――それでもきつい批判が来たことはありますか?

猪狩:最近、リハビリの様子の動画をアップした時ですね。ハーネスで体を吊って歩行の練習をしているものなんですが、それに対して「じゃあ、それで外歩けんのかよ」と言われました。

◆アイドルとしてこの先の人生は?

――今の年齢(32歳)になって思うことはありますか。

猪狩:30歳手前では「結婚どうしよう」と思っていました。アイドルだから、婚活するわけにもいきませんし(笑)。でも、30歳を過ぎてからは結婚だけが幸せじゃないし、自分の幸せをきちんと求めていればいいんだなと思うようになりました。

――体力面に変化は?

猪狩:疲労回復に時間がかかるようになりました(笑)。

先日、ワンマンライブがあって歌いっぱなし踊りっぱなしの2時間半だったんです。翌日は丸一日休みでずっと自宅で休んで、その日の夜もしっかり睡眠をとったんですが、それでも疲れが結構残っているんですよ(笑)。

――対策はしていますか?

猪狩:休みの日は極力指圧を受けるようにしています。個人的には鍼治療よりも指圧が回復の実感を得られるので、お世話になっていますね。

――この先の展望を教えてください。

猪狩:直近の目標は、今年中にXのフォロワー10万人を目指しています(取材時点では約9.1人)。仮面女子の活動に関しては、体力とそれにグループが続く限り頑張りたいと思っていますが、40歳や50歳まで続けているかは、わからないところですね(笑)。そうなると、これからは、動画編集のスキルをあげたり、コメンテーターや司会のお仕事にも挑戦して、いろんな分野に知識と経験を増やして行きたいなと思っています。

=====

事故というあまりにも大きな不運に見舞われながら、その言葉にはエネルギーが感じられる猪狩ともかさん。アイドルといえば若さ前提のイメージもあるが、彼女に限ってはその魅力が増しているように感じる。この先のさらなる活躍にも期待したい。

<取材・文/Mr.tsubaking>

【Mr.tsubaking】
Boogie the マッハモータースのドラマーとして、NHK「大!天才てれびくん」の主題歌を担当し、サエキけんぞうや野宮真貴らのバックバンドも務める。またBS朝日「世界の名画」をはじめ、放送作家としても活動し、Webサイト「世界の美術館」での美術コラムやニュースサイト「TABLO」での珍スポット連載を執筆。そのほか、旅行会社などで仏像解説も。

この記事の関連ニュース