みなさんは現在、お口の中に何本の歯があり、将来的に何本の歯があれば十分に物が食べられ、お話ができ、笑顔で満足に暮らせると思いますか?
日本では“8020”が推奨されています。平成元年から厚生労働省と日本歯科医師会の“8020運動”によって、「80歳になっても20本以上自分の歯を保とう」といわれているのです。
厚生労働省のHPには、どの性・年齢層でも自分の歯が20本以上残っている人の咀嚼状況が良好であることを示した国民健康・栄養調査の記録も載っています。
インプラントや入れ歯など、なくなった歯の代わりとして装着できるものもありますが、長い目で見れば、やはり自分の生まれ持った歯に敵うものはないのが現状でしょう。
では、80年間生活をしていて20本の歯が残っていれば、みなさんのQOL(生活の質)は確実に守られるのでしょうか?
私たち予防歯科を推奨する歯科医師の間では、じつは“8020”に疑問の声が上がっています。そこには、意外な落とし穴があるのです。今回は“8020”をみなさんにも見直してほしいと思います。
◆“8020”の落とし穴「健康ではない歯も含まれる」
歯科医院では、いらっしゃった患者さんの歯の本数の確認も行います。通常、大人の歯は28本あります。そこに親知らずが4本加われば32本です。
“8020”では20本歯が残っていたら達成となるのですが、この歯のカウントは健康な歯の本数だけではありません。
例えば、当院にいらっしゃった患者さんで、歯の頭の部分がなくなり、根っこの部分のみとなった歯が何本か見られました。
こうした根っこのみ残っている歯は、肝心の“噛む”のに機能していません。しかし、根っこのみの歯も“残っている歯の本数”としてカウントされてしまうのです。そのため、この患者さんもギリギリではありますが、 “8020”の達成者なのです。
ただ、みなさんから見て、この状態で満足に食べられると思いますか?この患者さんの来院理由は「食べ物が噛めない」でした。
◆噛むのに機能しない歯を残しても “8020”を達成してしまう
次の患者さんも“8020”達成の患者さんです。
歯は全体的に歯周病に罹り、歯を支える骨が溶けているため歯茎も下がり、歯は伸びている印象です。歯自体は残っているものの、噛むと歯が痛いため、食べ物が噛みづらく、特に前歯部分では噛みちぎることができない状態です。また、上の奥歯は歯の根元で割れており、機能していない状態でした。
こうして満足に物が噛めない状態でも、都道府県によっては8020達成者の表彰が行われています。なんだか純粋に喜べないですよね。
◆歯の健康のためには“8020”よりも“keep28”を目標に
患者さんの中には歯がどんな状態でも保存に努めてほしいという声が多々聞かれます。これは20本の歯を残さなくてはいけないという思いからです。
また、「いま歯を抜いたらあと何本の歯が残りますか? 8020までセーフですか?」といった質問をいただくこともあります。
しかし、噛むのに機能せず、抜くしかない状態の歯を多く残して8020を達成しても、みなさんのQOLは向上しない、20本あればセーフではない、ということがおわかりいただけたのではないでしょうか。
“8020”は決して8本の歯を失っていいという意味ではないのです。歯を1本失うことでドミノ倒しのように次々と歯を失うリスクを抱えています。
当院にいらっしゃった患者さんで、お口の中に20本の歯が残っており“8020”を達成している状態ではありますが、残っている歯もほとんどが歯周病の影響で揺れてきており、入れ歯を支えている歯も痛みが出てきていました。
みなさんは、このようなお口の状態で80歳を迎えたいでしょうか。きっと誰しもが生まれ持った自分の歯がしっかりと揃っている状態で、歯ごたえのあるものを最後まで自分の歯で噛み締めたいと思うはずです。
生まれ持った自分の目や耳、手足の指を失いたくないのと同じように、歯も1本も失ってはいけないのです。予防を推奨する歯科医師たちは、“8020”ではなく、生まれ持った健康な歯を28本一生涯保つことを目標とした “keep28”を掲げています。
これは高い目標ではありません。みなさんも今日から自分の歯を守るために、毎日の歯磨きの見直しや歯医者での検診、正しい生活習慣への改善など、歯の疾患予防を行うための健康意識を高めて生活してみましょう。
<文/野尻真里>
【野尻真里】
一般診療と訪問診療を行いながら、予防歯科の啓発・普及に取り組んでいる歯科医師です。「一生涯、生まれ持った自分の歯で健康にかつ笑顔で暮らせる社会の実現」を目標にメディアで発信をしています。X(旧Twitter):@nojirimari
日本では“8020”が推奨されています。平成元年から厚生労働省と日本歯科医師会の“8020運動”によって、「80歳になっても20本以上自分の歯を保とう」といわれているのです。
厚生労働省のHPには、どの性・年齢層でも自分の歯が20本以上残っている人の咀嚼状況が良好であることを示した国民健康・栄養調査の記録も載っています。
インプラントや入れ歯など、なくなった歯の代わりとして装着できるものもありますが、長い目で見れば、やはり自分の生まれ持った歯に敵うものはないのが現状でしょう。
では、80年間生活をしていて20本の歯が残っていれば、みなさんのQOL(生活の質)は確実に守られるのでしょうか?
私たち予防歯科を推奨する歯科医師の間では、じつは“8020”に疑問の声が上がっています。そこには、意外な落とし穴があるのです。今回は“8020”をみなさんにも見直してほしいと思います。
◆“8020”の落とし穴「健康ではない歯も含まれる」
歯科医院では、いらっしゃった患者さんの歯の本数の確認も行います。通常、大人の歯は28本あります。そこに親知らずが4本加われば32本です。
“8020”では20本歯が残っていたら達成となるのですが、この歯のカウントは健康な歯の本数だけではありません。
例えば、当院にいらっしゃった患者さんで、歯の頭の部分がなくなり、根っこの部分のみとなった歯が何本か見られました。
こうした根っこのみ残っている歯は、肝心の“噛む”のに機能していません。しかし、根っこのみの歯も“残っている歯の本数”としてカウントされてしまうのです。そのため、この患者さんもギリギリではありますが、 “8020”の達成者なのです。
ただ、みなさんから見て、この状態で満足に食べられると思いますか?この患者さんの来院理由は「食べ物が噛めない」でした。
◆噛むのに機能しない歯を残しても “8020”を達成してしまう
次の患者さんも“8020”達成の患者さんです。
歯は全体的に歯周病に罹り、歯を支える骨が溶けているため歯茎も下がり、歯は伸びている印象です。歯自体は残っているものの、噛むと歯が痛いため、食べ物が噛みづらく、特に前歯部分では噛みちぎることができない状態です。また、上の奥歯は歯の根元で割れており、機能していない状態でした。
こうして満足に物が噛めない状態でも、都道府県によっては8020達成者の表彰が行われています。なんだか純粋に喜べないですよね。
◆歯の健康のためには“8020”よりも“keep28”を目標に
患者さんの中には歯がどんな状態でも保存に努めてほしいという声が多々聞かれます。これは20本の歯を残さなくてはいけないという思いからです。
また、「いま歯を抜いたらあと何本の歯が残りますか? 8020までセーフですか?」といった質問をいただくこともあります。
しかし、噛むのに機能せず、抜くしかない状態の歯を多く残して8020を達成しても、みなさんのQOLは向上しない、20本あればセーフではない、ということがおわかりいただけたのではないでしょうか。
“8020”は決して8本の歯を失っていいという意味ではないのです。歯を1本失うことでドミノ倒しのように次々と歯を失うリスクを抱えています。
当院にいらっしゃった患者さんで、お口の中に20本の歯が残っており“8020”を達成している状態ではありますが、残っている歯もほとんどが歯周病の影響で揺れてきており、入れ歯を支えている歯も痛みが出てきていました。
みなさんは、このようなお口の状態で80歳を迎えたいでしょうか。きっと誰しもが生まれ持った自分の歯がしっかりと揃っている状態で、歯ごたえのあるものを最後まで自分の歯で噛み締めたいと思うはずです。
生まれ持った自分の目や耳、手足の指を失いたくないのと同じように、歯も1本も失ってはいけないのです。予防を推奨する歯科医師たちは、“8020”ではなく、生まれ持った健康な歯を28本一生涯保つことを目標とした “keep28”を掲げています。
これは高い目標ではありません。みなさんも今日から自分の歯を守るために、毎日の歯磨きの見直しや歯医者での検診、正しい生活習慣への改善など、歯の疾患予防を行うための健康意識を高めて生活してみましょう。
<文/野尻真里>
【野尻真里】
一般診療と訪問診療を行いながら、予防歯科の啓発・普及に取り組んでいる歯科医師です。「一生涯、生まれ持った自分の歯で健康にかつ笑顔で暮らせる社会の実現」を目標にメディアで発信をしています。X(旧Twitter):@nojirimari