2022年7月、宮城県仙台市内で営業していた、飲食チェーン「大阪王将」のフランチャイズ店舗の「仙台中田店(現在は閉店)」で「ナメクジ」などが大量発生していると元従業員の男がSNSに投稿し、「内部告発」として話題になった。
その後、ナメクジが大量発生していた事実はないのにSNSで拡散し、業務を妨害したなどとして、仙台地検は元従業員の圓谷晴臣被告人(25)を偽計業務妨害の罪などで起訴。今年4月から仙台地裁(須田雄一裁判官)で開かれている裁判は、5回の公判を経て、まもなく判決をむかえる。
筆者は、初公判から裁判を追った。一連の公判を通じて、近時のSNSで世間をにぎわす“暴露”の危うさが浮き彫りとなった。
◆話題になった告発者が逮捕された理由
2022年7月、事件の発端となった“ナメクジ大量発生”の投稿は瞬く間に拡散され、世間を賑わすことに。被告人は記者会見を開くなどしていた。
そして今年2月、被告人の逮捕報道を受けて、Xには「内部告発で逮捕された人、アレ告発内容事実だったのになぜ」「大阪王将ナメクジ事件。内部告発して逮捕とかありえない」といった、被告人を擁護するポストが多く見うけられた。
これに対して、運営会社も「湿気の多い季節に外部からの侵入があった」と認めて謝罪。「大阪王将」は運営会社とのフランチャイズ契約を解除し、閉店する事態となってしまったのだ。
その約1年半後の今年3月、仙台地検は被告人を偽計業務妨害などの罪で起訴。起訴内容は、同店舗内でナメクジが大量に発生している事実も、料理に混入させた事実もないのに、事実であるかのように装ってTwitter(現X)に複数回にわたり投稿して、運営会社を一時休業に陥らせるなどの業務を妨害したというものである。
今年4月に開かれた初公判で被告人は、ナメクジが大量に発生していたことは事実だとして、起訴内容の一部を否認した。
◆被告人が犯した“最大のミス”
さらに検察側は、初公判の冒頭陳述で被告人の動機について次のように指摘した。
「被告人は、2022年4月頃から被害店舗で勤務をしており、食器洗いや調理を担当していた。かねてより、労働環境や店長への不満が溜まっていたところ、同年7月に店長から勤務態度を注意され、憤慨して退職。被告人は会社などへ復讐をするために誇張した事実をTwitterに投稿し、炎上させて業務を妨害させようと考えた」
検察側は、被告人の動機を「復讐心」であって、善意の告発ではないと判断。弁護側も動機について、悪意であることは争っていない。また、偽計業務妨害の罪などの適用についても、正当な方法を用いた告発ではないと認めている。
「『偽計』にはウソをつくことだけではなく、たとえ投稿が事実であっても社会通念上許されない手段で告発したことも含むと考えています。本件の告発方法はSNS上であり、度が過ぎているため『偽計』の成立は認めます。ただ、起訴内容で読み上げられたウソとされる投稿については、被告人はウソをついていないと考えています」(弁護人への取材から)
要するに、被告人の主張は「ウソ」をついていないものの、偽計業務妨害罪は認めている。罪を認めざるを得ないのには、「勇気ある告発」と評価された被告人が犯してしまった最大の「ミス」があったのだ。
もっとも、適切な手段を用いれば告発者は保護される。現に、被告人を擁護する声の中には、「公益通報者保護制度」を指摘するものも多い。「公益通報」とは、事業者の法令違反行為を知った従業員が組織内の通報窓口や行政機関などに通報することであり、通報者に対しては解雇や減給、損害賠償請求などの不利益な取扱いを禁止する制度である。
ただし、被告人は保護対象外なのだ。告発の動機は「復讐心」と認められ、悪意が前提。そして、被告人の犯した最大の「ミス」は通報先がSNSだったこと。「公益通報」の要件として、通報先が「事業者内部」や「権限を有する行政機関」などと定められているが、被告人はSNSに投稿して不特定多数に晒してしまったのだ。
適切な行政機関に通報すればよかったのだが、被告人の告発の動機が「復讐心」から社会に拡散されやすいSNSを選んでしまったのだろう。
◆「SNS告発投稿」の危険性
昨今のSNSへの投稿には危険がはらんでいると、Xで約20万人以上のフォロワーを有するA氏は語る。
「ここ数年のSNSは、無法地帯化しているといえます。何か投稿すれば、それを揚げ足取りのように誹謗して拡散する。SNSは社会に発信する力がとても強いので、一言の発信でも命がけです……」
そして、この発信力を用いた“告発投稿”も後を絶たない。当然、本件のように「公益通報」にはならないため、告発投稿が発覚して会社を解雇されたとしても、解雇の不当性が認められずに有効となってしまう。さらにはSNSを用いると、告発の手段の相当性を欠くという理由から、告発者として十分な保護を受けられないまま「逮捕」という形も十分にあり得てしまうのだ。
本件も当初は、「威力業務妨害罪」で逮捕されており、SNSに投稿したことが営業妨害をさせた「威力」と判断されたものと思われる。その後、検察側はナメクジの大量発生はウソだということが立証できると判断し、「偽計業務妨害罪」で起訴となったのだろう。
◆“悪の拡散”が逮捕の要因に?
さらに、A氏は「Xがソーシャルメディアとして無法地帯化せずにいれば、今回の件も警察や検察側の対応は変わったのでないだろうか」と指摘する。特に本件では、他の利用者らが告発投稿を引用して、大阪王将を誹謗中傷するものが目立った。しまいには、運営会社や系列店舗にまで迷惑電話が多数かかってきたという。
このように、一連の投稿を引用し誹謗中傷する“悪の拡散”がされずに、「ナメクジの発生」という事実だけが広まったとしたら、はたして逮捕まで至ったのだろうか。「SNSの利用する側も、改めてこの事件から見直す必要があるのではないか」とA氏はしめくくった。
◆検察側は懲役1年6か月を求刑
9月27日の第5回公判で論告・弁論が行われた。検察側は被告人が労働環境や店長への不満から復讐しようとした動機について、身勝手で短絡的だと指摘。仙台中田店が閉店に追い込まれてしまったことや、本件投稿が広く拡散されたことなど、結果が重大だとして、懲役1年6か月を求刑した。
一方で、弁護側はナメクジの大量発生は事実だと主張。これまでの公判で明らかとなった、被告人の壮絶な生い立ちなどから、SNSが唯一信頼のできる存在だったことなどを強調して、寛大な判決を求めた。
“話題の告発者”から一転、被告人になった今回の事件。裁判で、SNSに蔓延る“告発投稿”の危うさ、そしてSNSを利用する人たちの“使い方”の課題も浮き彫りとなった。
判決は、10月24日午前9時40分から予定されている。
取材・文/学生傍聴人
【学生傍聴人】
2002年生まれ、都内某私立大に在籍中の現役学生。趣味は御神輿を担ぐこと。高校生の頃から裁判傍聴にハマり、傍聴歴6年、傍聴総数900件以上。有名事件から万引き事件、民事裁判など幅広く傍聴する雑食系マニア。その他、裁判記録の閲覧や行政文書の開示請求も行っている。
その後、ナメクジが大量発生していた事実はないのにSNSで拡散し、業務を妨害したなどとして、仙台地検は元従業員の圓谷晴臣被告人(25)を偽計業務妨害の罪などで起訴。今年4月から仙台地裁(須田雄一裁判官)で開かれている裁判は、5回の公判を経て、まもなく判決をむかえる。
筆者は、初公判から裁判を追った。一連の公判を通じて、近時のSNSで世間をにぎわす“暴露”の危うさが浮き彫りとなった。
◆話題になった告発者が逮捕された理由
2022年7月、事件の発端となった“ナメクジ大量発生”の投稿は瞬く間に拡散され、世間を賑わすことに。被告人は記者会見を開くなどしていた。
そして今年2月、被告人の逮捕報道を受けて、Xには「内部告発で逮捕された人、アレ告発内容事実だったのになぜ」「大阪王将ナメクジ事件。内部告発して逮捕とかありえない」といった、被告人を擁護するポストが多く見うけられた。
これに対して、運営会社も「湿気の多い季節に外部からの侵入があった」と認めて謝罪。「大阪王将」は運営会社とのフランチャイズ契約を解除し、閉店する事態となってしまったのだ。
その約1年半後の今年3月、仙台地検は被告人を偽計業務妨害などの罪で起訴。起訴内容は、同店舗内でナメクジが大量に発生している事実も、料理に混入させた事実もないのに、事実であるかのように装ってTwitter(現X)に複数回にわたり投稿して、運営会社を一時休業に陥らせるなどの業務を妨害したというものである。
今年4月に開かれた初公判で被告人は、ナメクジが大量に発生していたことは事実だとして、起訴内容の一部を否認した。
◆被告人が犯した“最大のミス”
さらに検察側は、初公判の冒頭陳述で被告人の動機について次のように指摘した。
「被告人は、2022年4月頃から被害店舗で勤務をしており、食器洗いや調理を担当していた。かねてより、労働環境や店長への不満が溜まっていたところ、同年7月に店長から勤務態度を注意され、憤慨して退職。被告人は会社などへ復讐をするために誇張した事実をTwitterに投稿し、炎上させて業務を妨害させようと考えた」
検察側は、被告人の動機を「復讐心」であって、善意の告発ではないと判断。弁護側も動機について、悪意であることは争っていない。また、偽計業務妨害の罪などの適用についても、正当な方法を用いた告発ではないと認めている。
「『偽計』にはウソをつくことだけではなく、たとえ投稿が事実であっても社会通念上許されない手段で告発したことも含むと考えています。本件の告発方法はSNS上であり、度が過ぎているため『偽計』の成立は認めます。ただ、起訴内容で読み上げられたウソとされる投稿については、被告人はウソをついていないと考えています」(弁護人への取材から)
要するに、被告人の主張は「ウソ」をついていないものの、偽計業務妨害罪は認めている。罪を認めざるを得ないのには、「勇気ある告発」と評価された被告人が犯してしまった最大の「ミス」があったのだ。
もっとも、適切な手段を用いれば告発者は保護される。現に、被告人を擁護する声の中には、「公益通報者保護制度」を指摘するものも多い。「公益通報」とは、事業者の法令違反行為を知った従業員が組織内の通報窓口や行政機関などに通報することであり、通報者に対しては解雇や減給、損害賠償請求などの不利益な取扱いを禁止する制度である。
ただし、被告人は保護対象外なのだ。告発の動機は「復讐心」と認められ、悪意が前提。そして、被告人の犯した最大の「ミス」は通報先がSNSだったこと。「公益通報」の要件として、通報先が「事業者内部」や「権限を有する行政機関」などと定められているが、被告人はSNSに投稿して不特定多数に晒してしまったのだ。
適切な行政機関に通報すればよかったのだが、被告人の告発の動機が「復讐心」から社会に拡散されやすいSNSを選んでしまったのだろう。
◆「SNS告発投稿」の危険性
昨今のSNSへの投稿には危険がはらんでいると、Xで約20万人以上のフォロワーを有するA氏は語る。
「ここ数年のSNSは、無法地帯化しているといえます。何か投稿すれば、それを揚げ足取りのように誹謗して拡散する。SNSは社会に発信する力がとても強いので、一言の発信でも命がけです……」
そして、この発信力を用いた“告発投稿”も後を絶たない。当然、本件のように「公益通報」にはならないため、告発投稿が発覚して会社を解雇されたとしても、解雇の不当性が認められずに有効となってしまう。さらにはSNSを用いると、告発の手段の相当性を欠くという理由から、告発者として十分な保護を受けられないまま「逮捕」という形も十分にあり得てしまうのだ。
本件も当初は、「威力業務妨害罪」で逮捕されており、SNSに投稿したことが営業妨害をさせた「威力」と判断されたものと思われる。その後、検察側はナメクジの大量発生はウソだということが立証できると判断し、「偽計業務妨害罪」で起訴となったのだろう。
◆“悪の拡散”が逮捕の要因に?
さらに、A氏は「Xがソーシャルメディアとして無法地帯化せずにいれば、今回の件も警察や検察側の対応は変わったのでないだろうか」と指摘する。特に本件では、他の利用者らが告発投稿を引用して、大阪王将を誹謗中傷するものが目立った。しまいには、運営会社や系列店舗にまで迷惑電話が多数かかってきたという。
このように、一連の投稿を引用し誹謗中傷する“悪の拡散”がされずに、「ナメクジの発生」という事実だけが広まったとしたら、はたして逮捕まで至ったのだろうか。「SNSの利用する側も、改めてこの事件から見直す必要があるのではないか」とA氏はしめくくった。
◆検察側は懲役1年6か月を求刑
9月27日の第5回公判で論告・弁論が行われた。検察側は被告人が労働環境や店長への不満から復讐しようとした動機について、身勝手で短絡的だと指摘。仙台中田店が閉店に追い込まれてしまったことや、本件投稿が広く拡散されたことなど、結果が重大だとして、懲役1年6か月を求刑した。
一方で、弁護側はナメクジの大量発生は事実だと主張。これまでの公判で明らかとなった、被告人の壮絶な生い立ちなどから、SNSが唯一信頼のできる存在だったことなどを強調して、寛大な判決を求めた。
“話題の告発者”から一転、被告人になった今回の事件。裁判で、SNSに蔓延る“告発投稿”の危うさ、そしてSNSを利用する人たちの“使い方”の課題も浮き彫りとなった。
判決は、10月24日午前9時40分から予定されている。
取材・文/学生傍聴人
【学生傍聴人】
2002年生まれ、都内某私立大に在籍中の現役学生。趣味は御神輿を担ぐこと。高校生の頃から裁判傍聴にハマり、傍聴歴6年、傍聴総数900件以上。有名事件から万引き事件、民事裁判など幅広く傍聴する雑食系マニア。その他、裁判記録の閲覧や行政文書の開示請求も行っている。