運転代行やホスト、YouTuberなど、副業をしていた消防士が行政処分を受けたというニュースを時折目にする。公務員として安定した職に就いているにもかかわらず、なぜ彼らはリスクを冒してまで副業に手を出すのだろうか。
今回は、30歳で消防士を辞め、現在は家業を継いでいるAさんにその裏側を聞いた。ちなみに、Aさんの元同僚にも副業が発覚して懲戒処分を受けた者がいるという。
◆新卒の給料は19万「家賃と光熱費を払うので精一杯」
「大卒1年目の給料は19万円、高卒の同僚は16万円でしたよ」とAさんは振り返る。
総務省が発表した「令和3年4月1日地方公務員給与実態調査結果」によると、全国の消防士の大卒の給料は約21万円、高卒は約18万円。物価高騰が続く中、家賃や光熱費の支払いで手一杯で、趣味や娯楽にお金を使う余裕はないという現実がある。そうした背景があるとするなら、副業に手を出したい気持ちは理解できる。だが、地方公務員法では「営利目的での仕事や私企業の経営は原則禁止」と定められている。
「『任命権者(一般的には市町村の長)から許可を得ない限り、報酬を受ける業務には従事してはならない』という法律です。ただし、任命権者の許可があれば、副業や兼業が認められることもあります。でも、僕の同僚で、副業を許可されたという話は聞いたことありません。みんなお金がなくて、30歳近くでも実家に住んでいる人もかなりいました」
自治体ごとに基準は異なるが、投資や不動産など一部の副業は認められていることもある。例えば、小規模な不動産投資や、先祖が営んでいた農業を継ぐことが許可されるケースもある。
◆「同僚による匿名の通報」で発覚することが多い
ただし、必ずしも許可が下りるとは限らず、自治体によっては非常に厳しい基準が設けられている。そのため、規則の範囲外で副業を行う者が後を絶たないが、発覚すれば一大事だ。
2022年には和歌山市でゲーム実況を配信していた消防士が減給10分の1(1か月)、2023年には前橋市でホストクラブで働いていた消防士が停職3カ月の懲戒処分を受けた。
「副業が発覚するのは、住民税の増加がきっかけであることが多いですが、実際には同僚が匿名で通報することも少なくありません」
◆副業がバレるリスクは高まっている
副業を始めた人は羽振りが良くなり、趣味にお金を使うようになる。それを見た同僚が「なぜお金に余裕があるのか」と問いただし、つい「実は副業をしているんだ」と口を滑らせてしまうこともある。
「副業がバレた同僚の多くは、こうした経緯で処分を受けていました。お金に余裕がある人を見て嫉妬する気持ちも分かりますね(笑)。副業の内容によって処分の重さは変わりますが、居づらくなって退職する人も少なくありませんでした。僕は、副業する勇気も、それを告発する勇気もありませんでしたけど」
実は、消防士の副業は昔からこっそり行われていたとAさんは言う。
「40代、50代の上司と飲みに行くと、『若い頃は、知り合いの居酒屋で皿洗いのバイトをして、現金で手渡ししてもらっていた』という話をよく聞いていました。今は副業に対するルールが厳しくなって、昔とは状況が違うのだと思います」
SNSの投稿や、録音データを使って証拠を集めることも容易になっており、副業がバレるリスクは高まっているのだ。
◆消防士が「次のキャリア」を見つけるのは難しい
Aさんによると、副業をする背景には「将来のキャリアへの不安」もあるという。
「僕は元々、家業を継ぐつもりはなかったんです。地元で憧れていた先輩が消防士になったので、自然と同じ道に進みました。でも、大学時代の友人が転職してキャリアアップしているのを見て、自分には他の職業で活かせるスキルがあまりないことに気づきました。家業なら経営や採用にも関われると思い、30歳になったタイミングで継ぐことを決めました」
退職後、元同僚たちからも転職の相談が相次いだ。
「LINEで10人くらいから『実は転職を考えている』と相談がありました。話を聞いてみると、『お前の会社で採用してもらえないか』『転職サイトに登録しても、書類選考でなかなか通らない』という話が多かったです。みんな辞めたがっているけれど、その先のキャリアを切り拓くのはなかなか難しいのだと実感しました」
◆退職金は2000万円超え。家や車のローンも通りやすいが…
一方、消防士として働く上での大きな魅力として「約2000万円の退職金」と「社会的な信頼度」がある。
退職金は退職理由や勤続年数、退職時の給与などによって決まる。Aさんの上司たちは、定年退職でほとんど2000万円以上を受け取っていたという。公務員という信頼性のおかげで、家や車のローンも組みやすいというメリットもある。ただ、消費者金融も通りやすいので、多額の借金を抱えてしまうケースも。
「消防士の仕事はやりがいがありますが、将来の経済的な不安はつきまといます。副業に対するルールが少しでも柔軟になれば、モチベーションを保って働けるかもしれませんね」とAさんは語った。
<取材・文/橋本岬>
【橋本 岬】
IT企業の広報兼フリーライター。元レースクイーン。よく書くテーマはキャリアや女性の働き方など。好きなお酒はレモンサワーです
今回は、30歳で消防士を辞め、現在は家業を継いでいるAさんにその裏側を聞いた。ちなみに、Aさんの元同僚にも副業が発覚して懲戒処分を受けた者がいるという。
◆新卒の給料は19万「家賃と光熱費を払うので精一杯」
「大卒1年目の給料は19万円、高卒の同僚は16万円でしたよ」とAさんは振り返る。
総務省が発表した「令和3年4月1日地方公務員給与実態調査結果」によると、全国の消防士の大卒の給料は約21万円、高卒は約18万円。物価高騰が続く中、家賃や光熱費の支払いで手一杯で、趣味や娯楽にお金を使う余裕はないという現実がある。そうした背景があるとするなら、副業に手を出したい気持ちは理解できる。だが、地方公務員法では「営利目的での仕事や私企業の経営は原則禁止」と定められている。
「『任命権者(一般的には市町村の長)から許可を得ない限り、報酬を受ける業務には従事してはならない』という法律です。ただし、任命権者の許可があれば、副業や兼業が認められることもあります。でも、僕の同僚で、副業を許可されたという話は聞いたことありません。みんなお金がなくて、30歳近くでも実家に住んでいる人もかなりいました」
自治体ごとに基準は異なるが、投資や不動産など一部の副業は認められていることもある。例えば、小規模な不動産投資や、先祖が営んでいた農業を継ぐことが許可されるケースもある。
◆「同僚による匿名の通報」で発覚することが多い
ただし、必ずしも許可が下りるとは限らず、自治体によっては非常に厳しい基準が設けられている。そのため、規則の範囲外で副業を行う者が後を絶たないが、発覚すれば一大事だ。
2022年には和歌山市でゲーム実況を配信していた消防士が減給10分の1(1か月)、2023年には前橋市でホストクラブで働いていた消防士が停職3カ月の懲戒処分を受けた。
「副業が発覚するのは、住民税の増加がきっかけであることが多いですが、実際には同僚が匿名で通報することも少なくありません」
◆副業がバレるリスクは高まっている
副業を始めた人は羽振りが良くなり、趣味にお金を使うようになる。それを見た同僚が「なぜお金に余裕があるのか」と問いただし、つい「実は副業をしているんだ」と口を滑らせてしまうこともある。
「副業がバレた同僚の多くは、こうした経緯で処分を受けていました。お金に余裕がある人を見て嫉妬する気持ちも分かりますね(笑)。副業の内容によって処分の重さは変わりますが、居づらくなって退職する人も少なくありませんでした。僕は、副業する勇気も、それを告発する勇気もありませんでしたけど」
実は、消防士の副業は昔からこっそり行われていたとAさんは言う。
「40代、50代の上司と飲みに行くと、『若い頃は、知り合いの居酒屋で皿洗いのバイトをして、現金で手渡ししてもらっていた』という話をよく聞いていました。今は副業に対するルールが厳しくなって、昔とは状況が違うのだと思います」
SNSの投稿や、録音データを使って証拠を集めることも容易になっており、副業がバレるリスクは高まっているのだ。
◆消防士が「次のキャリア」を見つけるのは難しい
Aさんによると、副業をする背景には「将来のキャリアへの不安」もあるという。
「僕は元々、家業を継ぐつもりはなかったんです。地元で憧れていた先輩が消防士になったので、自然と同じ道に進みました。でも、大学時代の友人が転職してキャリアアップしているのを見て、自分には他の職業で活かせるスキルがあまりないことに気づきました。家業なら経営や採用にも関われると思い、30歳になったタイミングで継ぐことを決めました」
退職後、元同僚たちからも転職の相談が相次いだ。
「LINEで10人くらいから『実は転職を考えている』と相談がありました。話を聞いてみると、『お前の会社で採用してもらえないか』『転職サイトに登録しても、書類選考でなかなか通らない』という話が多かったです。みんな辞めたがっているけれど、その先のキャリアを切り拓くのはなかなか難しいのだと実感しました」
◆退職金は2000万円超え。家や車のローンも通りやすいが…
一方、消防士として働く上での大きな魅力として「約2000万円の退職金」と「社会的な信頼度」がある。
退職金は退職理由や勤続年数、退職時の給与などによって決まる。Aさんの上司たちは、定年退職でほとんど2000万円以上を受け取っていたという。公務員という信頼性のおかげで、家や車のローンも組みやすいというメリットもある。ただ、消費者金融も通りやすいので、多額の借金を抱えてしまうケースも。
「消防士の仕事はやりがいがありますが、将来の経済的な不安はつきまといます。副業に対するルールが少しでも柔軟になれば、モチベーションを保って働けるかもしれませんね」とAさんは語った。
<取材・文/橋本岬>
【橋本 岬】
IT企業の広報兼フリーライター。元レースクイーン。よく書くテーマはキャリアや女性の働き方など。好きなお酒はレモンサワーです