なりたい夢があっても食っていけるかわからない。そんな狭間で多くの人が道に迷う。カルト的人気を誇る漫画『国民クイズ(作画)』や『バカとゴッホ』などの作品で知られる漫画家・加藤伸吉さん(58歳)は、今年から生活保護を受給して生活している。それでも漫画という道を選んだことに後悔はないと語る、その理由とは――。
◆生活スペースは「半分以下」に
「部屋、本当に汚いよ。シャレにならないくらい。いいの?」
連絡がつながらず、自宅にダメ元で伺うと、突然の訪問に戸惑いながらも部屋へ通してくれた。加藤さんは、都内の下町にある生家で、一人でひっそり暮らしている。
「1年前にね、この家に戻ってきたんだ。居候していた仕事仲間のところを追い出されたから、行く当てもないから仕方なく。『家に帰ったら負けだ!』と思って出ていったのが30年前。いろんな記憶が蘇ってきて嫌だね。ここでね、おとんとおかんと妹と、4人で暮らしていたわけよ」
3LDKの自宅は、ゴミや壊れた家具家電が散乱し、生活スペースは半分以下になっていた。酒のせいで家具家電に八つ当たりし、朝にごみを出すのも億劫になってしまったのが原因だという。
◆父ちゃんはここで孤独死した
リビングのダイニングテーブルの上には、母親の遺骨が置いてあった。
「母ちゃんが3年前の2021年に死んで、父ちゃんはその前に死んだ。いつだったかな。居間の真ん中でミイラ状態で出てきて、孤独死だね。異臭がするから近所の人が通報して、警察から連絡がきて発覚した。飯食わないで自殺同然だったと思う。部屋に遺体のシミがあったから、自分でホームセンターで材料を買って床板を交換したんだよ」
ちぎれた写真の欠片を見せて、こう続ける。
「これが父ちゃんね。写真はムカついて破っちゃった。確執あったから。母ちゃんを殴る暴力オヤジ。年取っても夫婦二人で住んでたけど、母ちゃんがあるとき、暴力に耐えられなくて逃げ出したんだ。だけどさ、確執があったとはいえ、ここにいると家族が仲良かったときを思い出してしまうよね。
母ちゃんはそこの台所で料理してて、父ちゃんが帰ってくると、妹と一緒にプロレスごっこしたりして。いつだったか、テーブルで父ちゃんとスーパーで買った寿司を二人で食ったんだよね。それが、ここで家族で過ごした最後の思い出。戻ってきた当初は、そういう情景が亡霊がいるかのように浮かんできてしんどかった。最近、やっと落ち着いてきたわ」
◆電気代も払えず、生活保護を受給
そんな加藤さんだが、昨年2月から生活保護を受給しているという。受給額は7万円。
「生活保護はやっぱりね、抵抗があったよ。負け組じゃないかって。でも友達に『抵抗を感じている場合じゃないよ』って言われて、これが俺の現実なんだってわかった。実際、もうシャレにならない状況だったから。電気とガスは一年くらい通ってなかったし、夜は単三電池式のランタンを点けて生活して、シャワーは冷水で。水だけは死守したけども」
生活保護の受給前は、ブックオフに本やCDを売って、日銭を稼いでいた。
「毎日、馬鹿みたいにブックオフ通って、売っても200~300円とか、二束三文にしかならないよ。大事なスティーリー・ダンっていうアメリカのロックバンドのアルバムアナログも売っちまって。でも1800円ももらえたから、うれしかったなー。地元のタメくらいの不良おっさんと河原で酒を飲みながら『今日なんぼ売れたんだ?』って話したりして。そのおじさんも生活保護者になってたわ。
メシは、フードバンクを利用したりしてね。あと、働いたりもしたよ。生活保護もらいに役所に行ったら、暮らし相談室の人に『まずハローワークいこう』と。かったるいなと思いながら、タワマンのゴミ清掃のバイトやったけど、6日でやめた。漫画の取材だと思ってがんばろうと思ったんだけど、体がついていかなかったわ。帰ってきたら倒れるように寝てた」
◆劇中画を担当するも「引き受けるんじゃなかった」
直近の大きい仕事は、1年前。実際の障害者殺傷事件を題材にした原作の映画『月』で、劇中画を担当した。植松聖死刑囚にあたる、磯村勇斗さんが演じる青年が描く絵だ。植松聖死刑囚は、絵が得意だったことで知られる。
「いままで映画に携わったときは、告知してたけど、今回はあんまり胸を張ってやりましたって言えなかったよね。久しぶりの仕事でありがたかったけど、作業しているときは、引き受けるんじゃなかったって思った。頼まれた仕事とはいえ、やっぱり拒否感があったから。
植松(死刑囚)が書いた絵とか大嫌いだし。いろいろ資料をもらいましたけど、これを真似して描くのは絶対嫌だった。一番マネしたくなかったのは、ブッダみたいな宗教家もどきの画。なにも信仰もないのに、宗教画を迂闊に描くのは冒涜だよなって。
あと印象に残っているのは、顔の目ん玉が崩れるようなやつ。わざと狙ってんだろうけど、生理的に嫌いです。最終的には、犯人に憑依するんじゃなくて、いかにいい絵を描くことだけに集中してやりました。模造紙3枚分の大きい絵と紙芝居を書いて、3か月かかったかな。
ただ、植松の絵は下手ではない。線とかちゃんとしてますよね。ある種、頭のいい絵だと思うんですけどね。責任能力のある人の絵だと思いますよ。もしかしたら裏事情を知らなかったら、拒否感はなかったかもね。
磯村勇斗さんが絵を描いているシーンは、俺の動きを真似してくれて。俺が使ってたホワイト(修正ペン)で点を打ったり、テイッシュペーパーでたたいたり。作品を見るまでは、事件の犯人像しかないから、しんどかったんですね。でも、見たら考えさせられるいい作品でしたよ。植松が俺の絵を見たら? 僕より上手いって言うんじゃないですか。さすがって」
◆煙草があるから外に出たいと思える
家賃はかからないため、生活保護費は食費や水道光熱費にあて、最低限の生活は取り戻した。いま一日をどんなふうに過ごしているのだろうか。
「一日、ほぼ散歩してます。朝10時に目がさめて、どこでタバコ吸おうかなって考える。俺、持論があって、煙草は健康にいいってこと。煙草があるから外に出たいと思えるし、ニコチンを全身に回らせると、脳が冴えた感じがするんだよな。煙草は一日1.5箱。お気に入りの場所とか、ここで吸ったことないなって場所を探して、お昼にスーパーで弁当を買って食べて、また午後に散歩して、夜用の弁当を探しに隣町まで行く。地元にも同じスーパーあるじゃんって思うんだけど(笑)。でも、ここで買ったっていうのがいいんだよね」
◆鬱にならないための“秘策”は…
そんな加藤さんの日頃の楽しみは「歩きながらぶつぶつ言うこと」だとか。
「わざと聞こえるように。馬鹿だ、変な人って思われても、それを覚悟でやってるよ。ペットショップの犬に話しかけたりね。これやっていると、人と話すきっかけになることもあるんだよ。しゃべるリズムつけてんの。話してないと気が落ちるし、鬱防止で」
人の目よりも自分のメンタルを気にかけるのは、40代の時に一度、鬱を患ったことがあるからだ。
「仕事を干されかけて、隔月の雑誌に30枚の原稿を描いてたとき。『惑星スタコラ』っていう複雑で重い内容の作品でさ。ここできめないと終わっちゃうぞ、負けちゃうぞって。俺はここにいるぞってねっちりした濃密な絵を描いてたら、鬱が始まっちゃった。5巻目とかスカスカで絵が描けなくなった。心理が出たね。漫画はドキュメンタリーですよ。
俺、ヒット作ないから。ずっと“知る人ぞ知る”って言われてきたよね。俺はサブカルにもなれなかった。ガロの根本(敬)さんみたいには、真似しようと思っても無理だったもん。
最高年収は400万円くらいかなー。生活保護になろうが、漫画家をやっててよかったよ。友達の漫画家が言ってたの。『俺たちって、ペンと紙で紙幣をつくってるんすよ。原稿って、ニセ札なんです』って。そうだよな、それってすごいことだよなって。自分で紙幣をつくれるんだから、あきらめちゃいけないよね。若い子にもどんどん漫画家になってほしいよ」
現在は、某大手漫画雑誌から、読み切り漫画の依頼がきているという。今年中に発表されれば、約9年ぶりの新作だ。人と話すのに飢えているのだろう。話は続き、時刻は23時半を過ぎていた。筆者は帰るタイミングをうかがっていたが……。
「俺、明日、誕生日なんだよ」
終電は諦めた。日付が変わる瞬間をカウントダウンして、拍手でささやかなお祝いをした。「58歳の抱負は?」と聞くと、加藤さんは煙草をプカプカふかせながら「健康!」と答えた。
<取材・文/ツマミ具依>
【ツマミ具依】
企画や体験レポートを好むフリーライター。週1で歌舞伎町のバーに在籍。Twitter:@tsumami_gui_
◆生活スペースは「半分以下」に
「部屋、本当に汚いよ。シャレにならないくらい。いいの?」
連絡がつながらず、自宅にダメ元で伺うと、突然の訪問に戸惑いながらも部屋へ通してくれた。加藤さんは、都内の下町にある生家で、一人でひっそり暮らしている。
「1年前にね、この家に戻ってきたんだ。居候していた仕事仲間のところを追い出されたから、行く当てもないから仕方なく。『家に帰ったら負けだ!』と思って出ていったのが30年前。いろんな記憶が蘇ってきて嫌だね。ここでね、おとんとおかんと妹と、4人で暮らしていたわけよ」
3LDKの自宅は、ゴミや壊れた家具家電が散乱し、生活スペースは半分以下になっていた。酒のせいで家具家電に八つ当たりし、朝にごみを出すのも億劫になってしまったのが原因だという。
◆父ちゃんはここで孤独死した
リビングのダイニングテーブルの上には、母親の遺骨が置いてあった。
「母ちゃんが3年前の2021年に死んで、父ちゃんはその前に死んだ。いつだったかな。居間の真ん中でミイラ状態で出てきて、孤独死だね。異臭がするから近所の人が通報して、警察から連絡がきて発覚した。飯食わないで自殺同然だったと思う。部屋に遺体のシミがあったから、自分でホームセンターで材料を買って床板を交換したんだよ」
ちぎれた写真の欠片を見せて、こう続ける。
「これが父ちゃんね。写真はムカついて破っちゃった。確執あったから。母ちゃんを殴る暴力オヤジ。年取っても夫婦二人で住んでたけど、母ちゃんがあるとき、暴力に耐えられなくて逃げ出したんだ。だけどさ、確執があったとはいえ、ここにいると家族が仲良かったときを思い出してしまうよね。
母ちゃんはそこの台所で料理してて、父ちゃんが帰ってくると、妹と一緒にプロレスごっこしたりして。いつだったか、テーブルで父ちゃんとスーパーで買った寿司を二人で食ったんだよね。それが、ここで家族で過ごした最後の思い出。戻ってきた当初は、そういう情景が亡霊がいるかのように浮かんできてしんどかった。最近、やっと落ち着いてきたわ」
◆電気代も払えず、生活保護を受給
そんな加藤さんだが、昨年2月から生活保護を受給しているという。受給額は7万円。
「生活保護はやっぱりね、抵抗があったよ。負け組じゃないかって。でも友達に『抵抗を感じている場合じゃないよ』って言われて、これが俺の現実なんだってわかった。実際、もうシャレにならない状況だったから。電気とガスは一年くらい通ってなかったし、夜は単三電池式のランタンを点けて生活して、シャワーは冷水で。水だけは死守したけども」
生活保護の受給前は、ブックオフに本やCDを売って、日銭を稼いでいた。
「毎日、馬鹿みたいにブックオフ通って、売っても200~300円とか、二束三文にしかならないよ。大事なスティーリー・ダンっていうアメリカのロックバンドのアルバムアナログも売っちまって。でも1800円ももらえたから、うれしかったなー。地元のタメくらいの不良おっさんと河原で酒を飲みながら『今日なんぼ売れたんだ?』って話したりして。そのおじさんも生活保護者になってたわ。
メシは、フードバンクを利用したりしてね。あと、働いたりもしたよ。生活保護もらいに役所に行ったら、暮らし相談室の人に『まずハローワークいこう』と。かったるいなと思いながら、タワマンのゴミ清掃のバイトやったけど、6日でやめた。漫画の取材だと思ってがんばろうと思ったんだけど、体がついていかなかったわ。帰ってきたら倒れるように寝てた」
◆劇中画を担当するも「引き受けるんじゃなかった」
直近の大きい仕事は、1年前。実際の障害者殺傷事件を題材にした原作の映画『月』で、劇中画を担当した。植松聖死刑囚にあたる、磯村勇斗さんが演じる青年が描く絵だ。植松聖死刑囚は、絵が得意だったことで知られる。
「いままで映画に携わったときは、告知してたけど、今回はあんまり胸を張ってやりましたって言えなかったよね。久しぶりの仕事でありがたかったけど、作業しているときは、引き受けるんじゃなかったって思った。頼まれた仕事とはいえ、やっぱり拒否感があったから。
植松(死刑囚)が書いた絵とか大嫌いだし。いろいろ資料をもらいましたけど、これを真似して描くのは絶対嫌だった。一番マネしたくなかったのは、ブッダみたいな宗教家もどきの画。なにも信仰もないのに、宗教画を迂闊に描くのは冒涜だよなって。
あと印象に残っているのは、顔の目ん玉が崩れるようなやつ。わざと狙ってんだろうけど、生理的に嫌いです。最終的には、犯人に憑依するんじゃなくて、いかにいい絵を描くことだけに集中してやりました。模造紙3枚分の大きい絵と紙芝居を書いて、3か月かかったかな。
ただ、植松の絵は下手ではない。線とかちゃんとしてますよね。ある種、頭のいい絵だと思うんですけどね。責任能力のある人の絵だと思いますよ。もしかしたら裏事情を知らなかったら、拒否感はなかったかもね。
磯村勇斗さんが絵を描いているシーンは、俺の動きを真似してくれて。俺が使ってたホワイト(修正ペン)で点を打ったり、テイッシュペーパーでたたいたり。作品を見るまでは、事件の犯人像しかないから、しんどかったんですね。でも、見たら考えさせられるいい作品でしたよ。植松が俺の絵を見たら? 僕より上手いって言うんじゃないですか。さすがって」
◆煙草があるから外に出たいと思える
家賃はかからないため、生活保護費は食費や水道光熱費にあて、最低限の生活は取り戻した。いま一日をどんなふうに過ごしているのだろうか。
「一日、ほぼ散歩してます。朝10時に目がさめて、どこでタバコ吸おうかなって考える。俺、持論があって、煙草は健康にいいってこと。煙草があるから外に出たいと思えるし、ニコチンを全身に回らせると、脳が冴えた感じがするんだよな。煙草は一日1.5箱。お気に入りの場所とか、ここで吸ったことないなって場所を探して、お昼にスーパーで弁当を買って食べて、また午後に散歩して、夜用の弁当を探しに隣町まで行く。地元にも同じスーパーあるじゃんって思うんだけど(笑)。でも、ここで買ったっていうのがいいんだよね」
◆鬱にならないための“秘策”は…
そんな加藤さんの日頃の楽しみは「歩きながらぶつぶつ言うこと」だとか。
「わざと聞こえるように。馬鹿だ、変な人って思われても、それを覚悟でやってるよ。ペットショップの犬に話しかけたりね。これやっていると、人と話すきっかけになることもあるんだよ。しゃべるリズムつけてんの。話してないと気が落ちるし、鬱防止で」
人の目よりも自分のメンタルを気にかけるのは、40代の時に一度、鬱を患ったことがあるからだ。
「仕事を干されかけて、隔月の雑誌に30枚の原稿を描いてたとき。『惑星スタコラ』っていう複雑で重い内容の作品でさ。ここできめないと終わっちゃうぞ、負けちゃうぞって。俺はここにいるぞってねっちりした濃密な絵を描いてたら、鬱が始まっちゃった。5巻目とかスカスカで絵が描けなくなった。心理が出たね。漫画はドキュメンタリーですよ。
俺、ヒット作ないから。ずっと“知る人ぞ知る”って言われてきたよね。俺はサブカルにもなれなかった。ガロの根本(敬)さんみたいには、真似しようと思っても無理だったもん。
最高年収は400万円くらいかなー。生活保護になろうが、漫画家をやっててよかったよ。友達の漫画家が言ってたの。『俺たちって、ペンと紙で紙幣をつくってるんすよ。原稿って、ニセ札なんです』って。そうだよな、それってすごいことだよなって。自分で紙幣をつくれるんだから、あきらめちゃいけないよね。若い子にもどんどん漫画家になってほしいよ」
現在は、某大手漫画雑誌から、読み切り漫画の依頼がきているという。今年中に発表されれば、約9年ぶりの新作だ。人と話すのに飢えているのだろう。話は続き、時刻は23時半を過ぎていた。筆者は帰るタイミングをうかがっていたが……。
「俺、明日、誕生日なんだよ」
終電は諦めた。日付が変わる瞬間をカウントダウンして、拍手でささやかなお祝いをした。「58歳の抱負は?」と聞くと、加藤さんは煙草をプカプカふかせながら「健康!」と答えた。
<取材・文/ツマミ具依>
【ツマミ具依】
企画や体験レポートを好むフリーライター。週1で歌舞伎町のバーに在籍。Twitter:@tsumami_gui_