閉塞感の漂う現代で仕事やお金のことなど、将来の不安や悩みは尽きないものだ。“表社会”で答えが見つからないならば、“裏社会”ではどうか——。
『ヒットを生む技術 小規模出版社の編集者が“大当たり”を連発できる理由』(鉄人社)が話題の草下シンヤさん(46歳)は、この出版不況の中で、社員数15人以下の小規模出版社ながら累計発行部数として2000万部以上の書籍を手掛けた敏腕編集者・作家である。それも裏社会のことなど、他の編集者では手が出せないようなヤバい本ばかりなのだ。
今回は、草下さんが裏社会の取材を通じて得た気づきから“表社会を生きるヒント”を紹介する。(記事は全2回の2回目)
◆「担任の先生が人を殺して逮捕された」普通の少年時代から一転
小学校低学年までの草下さんは「地元は田舎なので、一輪車をこいだり、山を走りまわってアケビを取って食べたり、楽しく遊んでいた」という。
いたって“普通”の少年時代を過ごしていたはずが、なぜ裏社会に興味を持つようになったのか。
「小学4年生のとき、先生が殺人を犯して捕まりました。いちばんやってはいけないことを、聖職者である先生がやってしまったわけです。大人に対する不信感が強くなり、常識を疑ってかかるようになりました。『何でも見てやろう』というか、社会全体の構造を、自分の目で確かめたくなったんです」
構造を知るべく、生徒会、応援団、非行少年グループ……と、様々なコミュニティで活躍したそうだ。その後、上京して出版業界で働くことになった草下さん。次に「何でも見てやろう」と選んだ先は、裏社会だった。
◆不安への対処法「分からないことを考えて疲れちゃうのがいちばんよくない」
裏社会の取材は「相手が映像を残されることを嫌うので、基本的に対面」だという。素朴な疑問として、社会の裏側にいる得体の知れない人と直接会うことは怖くないのだろうか。
「昔は怖かったですが、今は怖くないです。『話を聞いて欲しい』という人間に、話を聞きに行くわけですから。
でも、脅されることはありましたよ。『今、お前の家の近くから見ているぞ』とか、『親しい人が事故に遭わないといいな』と不安にさせるようなことを遠回しに言ってくるなんてよくあることですね。
トラブルが起きて呼び出されても、逃げません。編集長という責任ある立場で、頼れる上司もいない。自分がやるしかなかったんです」
しかし、過去にはヒヤッとすることもあったのだとか……。
「『お前をさらう計画があったけど、流れたから安心しろよ』と言われました。あのときはさすがに『嫌だなぁ』と思いましたね。あと、半グレ関係の内容の件で、片腕を失うぐらいの覚悟をして会いに行ったこともあります」
そんな出来事が続けば、悪い未来が頭をよぎって、気が気ではなくなってしまいそう。不安に対処するコツは「本当にやられるときは、何も言わずに襲われるはず。起こり得ないことは勝手に想像しない」ことだと語る。
「分からないことを考えて疲れちゃうのがいちばんよくない。それが相手の狙いだったりします。脅迫をしてくる人は、理不尽な要求をのませようとしていることが多い。だから、きちんと見極める必要があります。
僕のしたことによって、相手に実害があったのか? メンツをつぶしたのか? 虚偽のことを書いていたのか? そのような過失があった場合は、まっすぐな話になるんです。そのときはしっかりと、相手の目を見て対応します」
◆「お金を持つことで生まれる不幸もある」
裏社会の取材では、脅しだけでなく、甘い話もありそうだ。賄賂など、お金をもらえるなどの誘惑はあったのだろうか。
「ありましたが、絶対に受けませんでした。変に借りを作ると、後になってひどい目にあうと思っているので。過去に500万円くらいの高級時計をくれると言ってきた人もいましたが、すぐ断りました。
お金って、怖いですよ。それで命を落とした人間がいっぱいいます。お金が欲しくておかしくなる人も、持っておかしくなる人も、たくさん見てきました」
お金を持っておかしくなる、とは具体的にはどういうことか。
「お金を持つと『失いたくない』という気持ちから、ケチになりますよね。騙しにくる人が多いので、他人に猜疑心もわくようになります。さらに『セキュリティは大丈夫か?』という不安にも襲われてしまう。お金を持つと、自由になるどころか、逆に心配ごとが増える人が多い印象があります。
もちろん、お金がなければ、不幸を避けられなかったり、不自由したりします。でも、『何もなければ狙われない』という安心感はありますよね。お金を持つことで生まれる不幸もあることは、知っておいた方がいいですよ」
実際に草下さんには、資産額や年収の目標がないのだという。
「僕はお金に執着がないんです。お金にとらわれない方がいいですよ。いくら稼ぐとか貯めたとか、人生はそれだけじゃない。僕がお金を使うとしたら、飲み会くらいです。僕にお金がなくなったら、みんなで自腹で飲むだけですし、それで飲みたくないと言うんだったら、そもそもタダ酒を飲みたいから僕と付き合っていたってだけのことですよね。
キャバクラに行くのも先輩に連れていかれるのが年に一度あるかないかですね。仮に行くことがあってもキャストと連絡先を交換することはありません。自分からは『ボッタクリキャッチについていってみよう』という企画で行ったくらいで、まず行きません。知人からキャバクラに誘われても『ごめんね、俺は行かないんだ。みんなで行ってきて』と言っています(笑)」
◆幸せとは「日常の中にある、安心と信頼だ」
ここまで達観している人間は、なかなかいないだろう。
「欲望って、“瞬間最大風速”を求めるんです。例えば、薬物は“幸せの前借り”と言われています。やってるときは楽しいけど、薬が抜けた後はメンタル的にしんどいので。若い頃はすぐにリカバリーできるけど、年を取ってくると辛くなってきます。『今までの幸せを取り戻そう』と、薬の量を増やしてドツボにはまっていく……。
僕も若い頃は『もっと楽しいもの』を求めて、薬物のような欲望ばかり求めていました。でも、20代前半ぐらいで終わりましたね」
草下さんは「幸せ」とは何なのか、気づいたことが大きいという。
「幸せとは、激しくて鋭い“欲望”を叶え続けることじゃない。実は日常の中にある、安心と信頼なんです」
そして、若い頃にさんざん欲望に触れてきた経験から「学生時代に遊びたくても遊べなかった人は、注意した方がいい」と警鐘を鳴らす。
「そういう人の中には、40歳や50歳になって時間やお金に余裕ができて、若い頃に得られなかった“欲望”を取り戻そうとして、おかしくなる人がいるんです。本当なら、年齢に合わせて欲望の方向を変えていかないといけないのに……。
だから、若い頃に遊んでおいた方がいいですよ。欲望は年齢とともに変化していきますが、年相応の欲望に向き合って、うまくバランスをとる練習をしていきましょう。そうすれば、無理なく死んでいけるんじゃないかな」
◆「誰かの生きる希望になれるかも」
草下さんは現在、46歳。
「自分は残りの人生であと何ができるのかなって、考えるようになりました」
その欲望は現在、“創作”に向いているという。連載漫画関係の仕事は9本になりそうで、忙しくなりそうだと話す。これには、ある事件もモチベーションになっているのだとか……。
「先日、女子高生2人組が飛び降り自殺をしたんです。片方の子は僕が編集として携わっているSNS漫画『地元最高!』のファンで、そのコラボグッズが欲しいとSNSに投稿していました。その投稿から数日後に亡くなったんです。若い読者が亡くなってしまうことにショックを受けましたね。
そのとき、思ったんです。例えば、漫画がクライマックスの展開だったり、アニメ化や映画化が決まっていて公開前だったりしたら、『もう1週間だけ生きてみようかな』と、生きる希望を与えることができたんじゃないかと」
草下さんは「もちろん、これは僕の勝手な想像ですし、亡くなった方の本当の気持ちは分かりませんが……」と前置きした上でこう続けた。
「実は僕も、小学4年生の“あの日”から高校生くらいまで、ずっと空虚な生活を送っていました。『何でも見てやろう』と学校の構造を見ても、やっぱり実感が伴わなかった。僕が生きてこれたのは、本などの創作物を読んだり、書いたりしてきたからです。
自分の中に生きる希望やエネルギーが持てない人も、世の中にはいると思います。でも、『好きな作品の続きを見たい』といったように、自分の外に生きる希望を持てることってありますよね。
だから、『ひょっとしたら誰かの生きる希望になれるかも』というのをモチベーションに、自分の欲望が向いている創作を続けるつもりです」
——生きるヒントだけでなく、生きる希望も与えてくれる。そんな草下さんの今後の活躍に目が離せない。
<取材・文/綾部まと、編集・撮影/藤井厚年>
【綾部まと】
ライター、作家。主に金融や恋愛について執筆。メガバンク法人営業・経済メディアで働いた経験から、金融女子の観点で記事を寄稿。趣味はサウナ。X(旧Twitter):@yel_ranunculus、note:@happymother
『ヒットを生む技術 小規模出版社の編集者が“大当たり”を連発できる理由』(鉄人社)が話題の草下シンヤさん(46歳)は、この出版不況の中で、社員数15人以下の小規模出版社ながら累計発行部数として2000万部以上の書籍を手掛けた敏腕編集者・作家である。それも裏社会のことなど、他の編集者では手が出せないようなヤバい本ばかりなのだ。
今回は、草下さんが裏社会の取材を通じて得た気づきから“表社会を生きるヒント”を紹介する。(記事は全2回の2回目)
◆「担任の先生が人を殺して逮捕された」普通の少年時代から一転
小学校低学年までの草下さんは「地元は田舎なので、一輪車をこいだり、山を走りまわってアケビを取って食べたり、楽しく遊んでいた」という。
いたって“普通”の少年時代を過ごしていたはずが、なぜ裏社会に興味を持つようになったのか。
「小学4年生のとき、先生が殺人を犯して捕まりました。いちばんやってはいけないことを、聖職者である先生がやってしまったわけです。大人に対する不信感が強くなり、常識を疑ってかかるようになりました。『何でも見てやろう』というか、社会全体の構造を、自分の目で確かめたくなったんです」
構造を知るべく、生徒会、応援団、非行少年グループ……と、様々なコミュニティで活躍したそうだ。その後、上京して出版業界で働くことになった草下さん。次に「何でも見てやろう」と選んだ先は、裏社会だった。
◆不安への対処法「分からないことを考えて疲れちゃうのがいちばんよくない」
裏社会の取材は「相手が映像を残されることを嫌うので、基本的に対面」だという。素朴な疑問として、社会の裏側にいる得体の知れない人と直接会うことは怖くないのだろうか。
「昔は怖かったですが、今は怖くないです。『話を聞いて欲しい』という人間に、話を聞きに行くわけですから。
でも、脅されることはありましたよ。『今、お前の家の近くから見ているぞ』とか、『親しい人が事故に遭わないといいな』と不安にさせるようなことを遠回しに言ってくるなんてよくあることですね。
トラブルが起きて呼び出されても、逃げません。編集長という責任ある立場で、頼れる上司もいない。自分がやるしかなかったんです」
しかし、過去にはヒヤッとすることもあったのだとか……。
「『お前をさらう計画があったけど、流れたから安心しろよ』と言われました。あのときはさすがに『嫌だなぁ』と思いましたね。あと、半グレ関係の内容の件で、片腕を失うぐらいの覚悟をして会いに行ったこともあります」
そんな出来事が続けば、悪い未来が頭をよぎって、気が気ではなくなってしまいそう。不安に対処するコツは「本当にやられるときは、何も言わずに襲われるはず。起こり得ないことは勝手に想像しない」ことだと語る。
「分からないことを考えて疲れちゃうのがいちばんよくない。それが相手の狙いだったりします。脅迫をしてくる人は、理不尽な要求をのませようとしていることが多い。だから、きちんと見極める必要があります。
僕のしたことによって、相手に実害があったのか? メンツをつぶしたのか? 虚偽のことを書いていたのか? そのような過失があった場合は、まっすぐな話になるんです。そのときはしっかりと、相手の目を見て対応します」
◆「お金を持つことで生まれる不幸もある」
裏社会の取材では、脅しだけでなく、甘い話もありそうだ。賄賂など、お金をもらえるなどの誘惑はあったのだろうか。
「ありましたが、絶対に受けませんでした。変に借りを作ると、後になってひどい目にあうと思っているので。過去に500万円くらいの高級時計をくれると言ってきた人もいましたが、すぐ断りました。
お金って、怖いですよ。それで命を落とした人間がいっぱいいます。お金が欲しくておかしくなる人も、持っておかしくなる人も、たくさん見てきました」
お金を持っておかしくなる、とは具体的にはどういうことか。
「お金を持つと『失いたくない』という気持ちから、ケチになりますよね。騙しにくる人が多いので、他人に猜疑心もわくようになります。さらに『セキュリティは大丈夫か?』という不安にも襲われてしまう。お金を持つと、自由になるどころか、逆に心配ごとが増える人が多い印象があります。
もちろん、お金がなければ、不幸を避けられなかったり、不自由したりします。でも、『何もなければ狙われない』という安心感はありますよね。お金を持つことで生まれる不幸もあることは、知っておいた方がいいですよ」
実際に草下さんには、資産額や年収の目標がないのだという。
「僕はお金に執着がないんです。お金にとらわれない方がいいですよ。いくら稼ぐとか貯めたとか、人生はそれだけじゃない。僕がお金を使うとしたら、飲み会くらいです。僕にお金がなくなったら、みんなで自腹で飲むだけですし、それで飲みたくないと言うんだったら、そもそもタダ酒を飲みたいから僕と付き合っていたってだけのことですよね。
キャバクラに行くのも先輩に連れていかれるのが年に一度あるかないかですね。仮に行くことがあってもキャストと連絡先を交換することはありません。自分からは『ボッタクリキャッチについていってみよう』という企画で行ったくらいで、まず行きません。知人からキャバクラに誘われても『ごめんね、俺は行かないんだ。みんなで行ってきて』と言っています(笑)」
◆幸せとは「日常の中にある、安心と信頼だ」
ここまで達観している人間は、なかなかいないだろう。
「欲望って、“瞬間最大風速”を求めるんです。例えば、薬物は“幸せの前借り”と言われています。やってるときは楽しいけど、薬が抜けた後はメンタル的にしんどいので。若い頃はすぐにリカバリーできるけど、年を取ってくると辛くなってきます。『今までの幸せを取り戻そう』と、薬の量を増やしてドツボにはまっていく……。
僕も若い頃は『もっと楽しいもの』を求めて、薬物のような欲望ばかり求めていました。でも、20代前半ぐらいで終わりましたね」
草下さんは「幸せ」とは何なのか、気づいたことが大きいという。
「幸せとは、激しくて鋭い“欲望”を叶え続けることじゃない。実は日常の中にある、安心と信頼なんです」
そして、若い頃にさんざん欲望に触れてきた経験から「学生時代に遊びたくても遊べなかった人は、注意した方がいい」と警鐘を鳴らす。
「そういう人の中には、40歳や50歳になって時間やお金に余裕ができて、若い頃に得られなかった“欲望”を取り戻そうとして、おかしくなる人がいるんです。本当なら、年齢に合わせて欲望の方向を変えていかないといけないのに……。
だから、若い頃に遊んでおいた方がいいですよ。欲望は年齢とともに変化していきますが、年相応の欲望に向き合って、うまくバランスをとる練習をしていきましょう。そうすれば、無理なく死んでいけるんじゃないかな」
◆「誰かの生きる希望になれるかも」
草下さんは現在、46歳。
「自分は残りの人生であと何ができるのかなって、考えるようになりました」
その欲望は現在、“創作”に向いているという。連載漫画関係の仕事は9本になりそうで、忙しくなりそうだと話す。これには、ある事件もモチベーションになっているのだとか……。
「先日、女子高生2人組が飛び降り自殺をしたんです。片方の子は僕が編集として携わっているSNS漫画『地元最高!』のファンで、そのコラボグッズが欲しいとSNSに投稿していました。その投稿から数日後に亡くなったんです。若い読者が亡くなってしまうことにショックを受けましたね。
そのとき、思ったんです。例えば、漫画がクライマックスの展開だったり、アニメ化や映画化が決まっていて公開前だったりしたら、『もう1週間だけ生きてみようかな』と、生きる希望を与えることができたんじゃないかと」
草下さんは「もちろん、これは僕の勝手な想像ですし、亡くなった方の本当の気持ちは分かりませんが……」と前置きした上でこう続けた。
「実は僕も、小学4年生の“あの日”から高校生くらいまで、ずっと空虚な生活を送っていました。『何でも見てやろう』と学校の構造を見ても、やっぱり実感が伴わなかった。僕が生きてこれたのは、本などの創作物を読んだり、書いたりしてきたからです。
自分の中に生きる希望やエネルギーが持てない人も、世の中にはいると思います。でも、『好きな作品の続きを見たい』といったように、自分の外に生きる希望を持てることってありますよね。
だから、『ひょっとしたら誰かの生きる希望になれるかも』というのをモチベーションに、自分の欲望が向いている創作を続けるつもりです」
——生きるヒントだけでなく、生きる希望も与えてくれる。そんな草下さんの今後の活躍に目が離せない。
<取材・文/綾部まと、編集・撮影/藤井厚年>
【綾部まと】
ライター、作家。主に金融や恋愛について執筆。メガバンク法人営業・経済メディアで働いた経験から、金融女子の観点で記事を寄稿。趣味はサウナ。X(旧Twitter):@yel_ranunculus、note:@happymother