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現役自衛官が、闇バイトで強盗犯になるまで「クリスマスに遊ぶマネーがほしいです」

日刊SPA! 2024年10月30日 8時47分

「短時間で高収入が得られる」「ホワイト案件」という甘い言葉を信じて、SNSで高額バイト応募したら、いつのまにか特殊詐欺事件、広域強盗事件の実行犯にさせられていた……。
 今年8月以降、いわゆる「闇バイト」による強盗事件が首都圏で相次いでいる。闇バイトに集まる彼らは、なぜいとも簡単に、怪しげな募集文句に騙されて人生を棒に振ってしまうのか?
 それを考える上で、いま再び注目を集めているのは、一連の詐欺・強盗事件「ルフィ事件」である。

 実行犯のうち12人を詳細に取材した『「ルフィ」の子どもたち』(週刊SPA!編集部 特殊詐欺取材班 著)では、彼らの素顔と動機を明らかにしてしている。
 今回は、中桐海知(当時23歳)について見てみよう。現役自衛官だった彼は、なぜ闇バイトに応募してしまったのか?(以下は、『「ルフィ」の子どもたち』から抜粋・再構成したものです)

◆「住所不定、自衛官」逮捕の衝撃

 2022年5月~2023年1月、「ルフィ」「キム」などと名乗る男たちが指示役として暗躍した、通称「ルフィ事件」。実行役のひとり、中桐海知の場合は、ギャンブルによる借金がきっかけだった。

 2023年1月12日、千葉・大網白里市のリサイクル店で起きた強盗致傷事件に関わったとして、翌日の2023年1月13日、中桐は千葉県警によって逮捕された。中桐は逃走用のレンタカーを用意し、実行犯らを現場に運ぶ運転手役を務めていた。
 事件の翌日、中桐がリサイクルショップ近くに放置したままだったレンタカーを回収するために戻ると、千葉県警の捜査員によって身柄を拘束されたという。当初から犯行を認めていて、8月2日、千葉地裁から懲役3年(求刑同5年)の実刑判決を言い渡されている。

 一方、逮捕時に報道された中桐の肩書きは「住所不定、自衛官」。
 彼はこのとき、三重県津市にある陸上自衛隊久居駐屯地の第33普通科連隊に所属する3等陸曹(3曹)だったのだ。同県松阪市内の高校を卒業した中桐は、一般曹候補生として自衛隊に入隊したとみられる。

◆ギャンブルの借金430万円が上司にバレて所属部隊から脱走

 曹は一般の軍隊における下士官に相当し、3曹は自衛隊では下から4番目だが、努力次第で幹部に昇進する道も開けている。その平均年収は360万円程度というから、20代前半の中桐にとって、経済的にもそれほど悪い条件ではなかったはずだ。
 ところが、中桐は、競艇などのギャンブルにハマり、多額の借金を抱え込むことになる。中桐の裁判では、次のような経緯が明らかになっている。

「検察側の冒頭陳述によると、ギャンブルなどでつくった約430万円の借金が上官に発覚し、中桐被告は2022年11月、無断で自衛隊の所属部隊から脱走。SNSの闇バイトを検索し、「ミツハシ」と名乗る指示役と知り合った。ミツハシは今村(磨人)被告とみられる。」(読売新聞2023年7月26日付。カッコ内は筆者引用)

 そこからの転落は瞬く間だった。2022年12月、「ミツハシ」の指示どおりに高級腕時計を売却することで、約55万円の報酬を手にしたという中桐。それは直前に永田らが広島市の時計販売買取店に押し入り、奪った130点以上の腕時計(2439万円相当)だった。
 ミツハシから、それに続く「仕事」として持ちかけられたのが、リサイクルショップを襲う実行犯たちの運転役だったのだ。自衛隊を抜け出してから、千葉県警に逮捕されるまでわずか49日間の脱走劇だったことになる。

◆「クリスマスに遊ぶマネーがないです」

 裁判では、検察側によって、中桐とミツハシが通話アプリ「テレグラム」を介して行ったやりとりも再現された。そこから、あまりにも無防備に闇バイトに足を踏みこんでいく中桐の姿が浮かびあがる。

中桐「クリスマス遊ぶマネーがないです」
ミツハシ「仕事あるから心配ないよ」
中桐「すぐありますか。仕事が中毒です」「今ばりばりほしいです」
(読売新聞2023年7月26日付から筆者が再構成)

 リサイクルショップ強盗の運転手役を持ちかけられた際のやりとりでも、犯行を前にした戸惑いや罪悪感は読みとれない。

ミツハシ「店舗の見張りと当日のドライバー。成功報酬50万円」
中桐「どこを襲うんですか」
ミツハシ「千葉の買い取り店」
中桐「お金奪って安全運転で終わるやつですかね」「安全運転で頑張ります」
(読売新聞2023年7月26日付から筆者が再構成)

◆実行犯の故郷·三重県松阪市の家族を訪れると……

 筆者が中桐の故郷を訪れた2023年末は、判決から約5か月後というタイミングだった。松阪駅からは車で1時間半ほどの距離。三重県松阪市内の中心部から奈良県境に向かって片側1車線の国道を走りだすと、やがて車線を分けるセンターラインは消え、何本もの巨大な丸太を牽引したトレーラーと道路幅ギリギリですれ違うようになる。
 
 中桐の故郷は、主要産業の一つが林業という山間部にあった。
 周辺は、急峻な山々に挟まれた渓谷である。国道から枝分かれした道を折れてさらに車で山中に進むと、ところどころに開拓された棚田や里山が現れ、集落が形成されている。

 90戸ほどが集まったNという集落で、中桐は高校時代まで過ごしている。
 前夜に愛宕町のスナックで耳にしたとおり、取材に訪れた「部外者」に対して、集落の人々の反応は冷たい。周辺取材をするなかで、中桐の親類だという女性宅を見つけて、玄関のチャイムを押したときは次のように言われた。

「ここの地域はもともと静かなところですので、(中桐が起こした事件に関しては)もうほとぼりが冷めてきているわけです。それなのに、私がまた語るということはできません。残念ですけれど、協力はできません」

 言葉遣いこそ丁重だが、その態度や筆者に向けられた視線は侮蔑に近いものだと感じた。女性が語った「ほとぼり」とは、次のような出来事を指すのだろう。
◆小さな集落がメディアスクラムによって事件に巻き込まれた

 2023年1月末、全国各地で散発していた強盗事件が、フィリピン国内で拘束された、複数の男たちの指示のもとで実行されたひと続きの事件であることが発覚。
 すると、新聞やテレビなどの大手メディアは、大量の記者を動員して、各地にいる事件の関係者のもとに取材攻勢をかけた。山と棚田に囲まれたこの集落にも大挙して記者たちが訪れ、家々のチャイムを押しては中桐について尋ねてまわったという。いわゆる「メディアスクラム」によって、この地域の人々も突如、「ルフィ事件」の渦中に巻き込まれることになったのだ。
 
 それから1年近い歳月が過ぎても、住民たちはその苦い記憶を忘れていなかった。なかでも記者たちの最大の標的になったのが、中桐の家族だった。
 
 今回、筆者が中桐の実家を訪ねると、ごく短時間だが、中桐の祖父が対応してくれた。
 日時は日曜の昼前。敷地内に蔵のある重厚な日本家屋の玄関先に現れた祖父は、チェック柄の厚手のネルシャツに、スウェットパンツ姿である。年末の穏やかな時間を切り裂いた訪問者に向けられたその顔には、不審や怒りが入り混じった感情が浮かんでいた。

◆「うちにはなんにも、なんにもありません。」と語る実行犯の祖父

――中桐海知さんの取材で伺いました。海知さんはこちらの出身ではないですか。

「うん、うん。あんたら、何十人ってタクシーで来て、それでかき回してもうて、どの家も、この家も迷惑をかけて。この組(自治会)ではもう、あるもん、なんにもない」

――たくさんのマスコミが訪れた?

「あんたら、お金儲けで(取材を)やっとるやっちゃさかい。うちの親戚もみんな弱って、みんな(メディアスクラムで)やられてしもうて。うちにはなんにも、なんにもありません。お宅が(取材で情報を)取りに来てもうても、なんにもなりませんね。お金儲けになるもん、とられるもん、なんにもない。あるのは私の命だけや。さかいに、もうお話をすることはありません」

 命以外、すべて奪われるかのような苛烈な取材合戦が繰り広げられ、そのことで家族の心は深く傷つけられたという。それは、中桐とその家族が味わうことになった強盗事件のもうひとつの断面だったと言える。

◆「親が仕事をクビになり、兄の結婚が“なし”になりました。」

 中桐本人も、安易に手を出した闇バイトによって、家族に大きな犠牲を強いたという思いはあったようだ。前述の裁判における被告人質問で、中桐は次のように語っている。

「(ミツハシに)免許証の写真を取られていたので、『実家住所がわかる』と言われ、怖いと思った。めちゃくちゃ後悔した」
「犯行後、親が仕事をクビになり、兄の結婚が〝なし〟になりました。自分勝手な行動で責任を感じています」(TBS系 NEWS DIG 2023年8月2日放送)

 軽い気持ちで無防備に闇バイトに手を染めた代償はあまりに大きかった――。

<取材・文/週刊SPA!編集部 特殊詐欺取材班>

【週刊SPA!特殊詐欺取材班】
『週刊SPA!』誌上において、特殊詐欺取材に関して、継続的にネタを追いかける精鋭。約1年をかけて、「ルフィ」関係者延べ百数十人を取材した

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