中小企業コンサルタントの不破聡と申します。大企業から中小企業まで幅広く経営支援を行った経験を活かし、「有名企業の知られざる一面」を掘り下げてお伝えしていきます。
AVメーカー、船井電機の倒産が思わぬ会社にも波紋を広げそうです。その会社とは、インターネット広告を手がけるサイバー・バズ。広告費の未払いが生じて船井電機の株式を仮差押え申請し、東京地裁から認める決定が出たと報じられていたのです。
広告費の支払いが滞っていた会社こそ、脱毛サロンのミュゼプラチナムでした。
◆22億円もの広告費を踏み倒し?
船井電機の倒産が報じられた翌日の10月25日、サイバー・バズ株は急落しました。一時前日の終値よりも16.7%安い1,050円をつけたのです。船井電機の倒産で、債権回収の目処が立たないとの見方が広がったのは明らかでした。
サイバー・バズは2024年5月8日、22億円もの売掛金が取立不能または取立遅延のおそれがあると公表していました。この金額は純資産の90%以上にも及ぶもの。2024年9月期において、同額の貸倒引当金繰入額を販管費に計上。第2四半期に20億円近い純損失を出しました。
この影響で、自己資本比率は前年の42.0%から6.2%へと急降下します。
◆ミュゼプラチナムを取得した目的は…
サイバー・バズは2023年4月からミュゼプラチナムのアフィリエイト広告の販売代理店を担当。2024年2月までの契約で、しばらく入金はされていました。しかし、2023年12月28日に支払いが遅れるとの連絡が入り、2024年2月に一時的に入金はあったものの3月以降は未払いの状態が続きます。取立不能の売掛金は2023年8月から2024年1月分。
この期間、ミュゼプラチナムの親会社だったのが船井電機。船井電機は2023年4月11日にミュゼを連結子会社化。しかし、わずか1年後の2024年3月29日にKOC・JAPANへと売却しています。KOC・JAPANは、テレビCMでも知られるクーポンサービス「Cポン」を提供している会社です。
船井電機がミュゼプラチナムを取得した目的は、美容機器を手がけてシナジー効果を高めるというもの。船井電機は2023年7月に経営戦略「ビジョン2023」を策定し、異業種事業も積極的に取り込みながら企業価値を向上させるとしていました。ミュゼプラチナムの買収はその一環と見ることができます。
なお、買収によってミュゼプラチナムの代表取締役会長に就任したのが上田智一氏でした。上田氏は船井電機の当時の代表。つまり、広告費が未払いであることは当然、船井電機も把握していたことになります。
◆仮差押え報道で株価は「1.6倍」に
東京商工リサーチによると、サイバー・バズは2024年5月2日に船井電機を債務者として株式の仮差押命令申立を行い、東京地裁から決定の発令を受けています。船井電機はミュゼプラチナムの債務を保証することを目的とした「広告取引に関する合意書」を2023年4月に取り交わしていました。
日本経済新聞は10月3日、サイバー・バズが9割超の船井電機株を差し押さえた模様だと報じました。これを受けてサイバー・バズ株は急騰。2日の終値は1060円で、3日はストップ高。4日は一時1660円をつけました。2日間で株価は1.6倍に跳ね上がったのです。
それも束の間、船井電機は破産してしまいます。負債総額は461億円。全従業員2000人を解雇し、10月25日に支払われる予定だった給与も未払いだといいます。差押えによって回収できる見込みは限りなく低くなりました。
サイバー・バズは船井電機の親会社である秀和システムやKOC・JAPANなどに対し、22億円の連帯保証債務履行を求める裁判も起こしています。2024年9月13日に東京地裁で第1回口頭弁論が開かれました。2024年3月に秀和などが主債務を保証したとしていますが、秀和は請求の棄却を求めています。
◆“ノルマを課さない”斬新なビジネスモデル
ミュゼプラチナムは、数奇な運命を辿った会社として知られています。
革新的だったのはそのビジネスモデル。ミュゼが登場する前の美容業界はエステティシャンに厳しいノルマが課されていました。しかし、ミュゼはノルマや無理な勧誘をしないという決断をします。さらに返金対応を行うという、常識破りの仕組みを導入しました。
これによってスタッフは施術に専念でき、利用者は安心して契約ができます。しかし、このモデルを成立させるためには、大量の広告を投下して利用者を集め続けなければなりません。
ミュゼは2010年ごろにトリンドル玲奈さんをメインキャラクターとし、大々的な広告キャンペーンを行って知名度を高めました。
◆「経営破綻寸前」から買収・売却のループに
ところが人気化したゆえ、トラブルも頻発します。やけどなどの苦情が相次ぐようになるのです。2015年に経営破綻寸前だとのニュースが飛び交うようになると解約件数が増加。その年の10月に任意整理の協議に入ったことを当時の運営会社社長が明らかにしました。過大な広告費が経営の誤りであったと振り返っています。
2016年1月に医療機関向けソフトウェアなどを提供するRVHがミュゼを買収しました。しかし、2020年2月に早くも売却を決めています。やはり継続的な広告投資がかかることを懸念しての譲渡の決定でした。買収したのはG.Pホールディング。この会社の筆頭株主は「たかの友梨ビューティ―クリニック」で有名な美容研究家の高野友梨氏でした。
それから3年後に船井電機へと売却され、今回の騒動となりました。
今後の行く末は、秀和システムやKOC・JAPANが、サイバー・バズが求める支払いに応じるかどうかが一つのポイントとなるでしょう。
<TEXT/不破聡>
【不破聡】
フリーライター。大企業から中小企業まで幅広く経営支援を行った経験を活かし、経済や金融に関連する記事を執筆中。得意領域は外食、ホテル、映画・ゲームなどエンターテインメント業界
AVメーカー、船井電機の倒産が思わぬ会社にも波紋を広げそうです。その会社とは、インターネット広告を手がけるサイバー・バズ。広告費の未払いが生じて船井電機の株式を仮差押え申請し、東京地裁から認める決定が出たと報じられていたのです。
広告費の支払いが滞っていた会社こそ、脱毛サロンのミュゼプラチナムでした。
◆22億円もの広告費を踏み倒し?
船井電機の倒産が報じられた翌日の10月25日、サイバー・バズ株は急落しました。一時前日の終値よりも16.7%安い1,050円をつけたのです。船井電機の倒産で、債権回収の目処が立たないとの見方が広がったのは明らかでした。
サイバー・バズは2024年5月8日、22億円もの売掛金が取立不能または取立遅延のおそれがあると公表していました。この金額は純資産の90%以上にも及ぶもの。2024年9月期において、同額の貸倒引当金繰入額を販管費に計上。第2四半期に20億円近い純損失を出しました。
この影響で、自己資本比率は前年の42.0%から6.2%へと急降下します。
◆ミュゼプラチナムを取得した目的は…
サイバー・バズは2023年4月からミュゼプラチナムのアフィリエイト広告の販売代理店を担当。2024年2月までの契約で、しばらく入金はされていました。しかし、2023年12月28日に支払いが遅れるとの連絡が入り、2024年2月に一時的に入金はあったものの3月以降は未払いの状態が続きます。取立不能の売掛金は2023年8月から2024年1月分。
この期間、ミュゼプラチナムの親会社だったのが船井電機。船井電機は2023年4月11日にミュゼを連結子会社化。しかし、わずか1年後の2024年3月29日にKOC・JAPANへと売却しています。KOC・JAPANは、テレビCMでも知られるクーポンサービス「Cポン」を提供している会社です。
船井電機がミュゼプラチナムを取得した目的は、美容機器を手がけてシナジー効果を高めるというもの。船井電機は2023年7月に経営戦略「ビジョン2023」を策定し、異業種事業も積極的に取り込みながら企業価値を向上させるとしていました。ミュゼプラチナムの買収はその一環と見ることができます。
なお、買収によってミュゼプラチナムの代表取締役会長に就任したのが上田智一氏でした。上田氏は船井電機の当時の代表。つまり、広告費が未払いであることは当然、船井電機も把握していたことになります。
◆仮差押え報道で株価は「1.6倍」に
東京商工リサーチによると、サイバー・バズは2024年5月2日に船井電機を債務者として株式の仮差押命令申立を行い、東京地裁から決定の発令を受けています。船井電機はミュゼプラチナムの債務を保証することを目的とした「広告取引に関する合意書」を2023年4月に取り交わしていました。
日本経済新聞は10月3日、サイバー・バズが9割超の船井電機株を差し押さえた模様だと報じました。これを受けてサイバー・バズ株は急騰。2日の終値は1060円で、3日はストップ高。4日は一時1660円をつけました。2日間で株価は1.6倍に跳ね上がったのです。
それも束の間、船井電機は破産してしまいます。負債総額は461億円。全従業員2000人を解雇し、10月25日に支払われる予定だった給与も未払いだといいます。差押えによって回収できる見込みは限りなく低くなりました。
サイバー・バズは船井電機の親会社である秀和システムやKOC・JAPANなどに対し、22億円の連帯保証債務履行を求める裁判も起こしています。2024年9月13日に東京地裁で第1回口頭弁論が開かれました。2024年3月に秀和などが主債務を保証したとしていますが、秀和は請求の棄却を求めています。
◆“ノルマを課さない”斬新なビジネスモデル
ミュゼプラチナムは、数奇な運命を辿った会社として知られています。
革新的だったのはそのビジネスモデル。ミュゼが登場する前の美容業界はエステティシャンに厳しいノルマが課されていました。しかし、ミュゼはノルマや無理な勧誘をしないという決断をします。さらに返金対応を行うという、常識破りの仕組みを導入しました。
これによってスタッフは施術に専念でき、利用者は安心して契約ができます。しかし、このモデルを成立させるためには、大量の広告を投下して利用者を集め続けなければなりません。
ミュゼは2010年ごろにトリンドル玲奈さんをメインキャラクターとし、大々的な広告キャンペーンを行って知名度を高めました。
◆「経営破綻寸前」から買収・売却のループに
ところが人気化したゆえ、トラブルも頻発します。やけどなどの苦情が相次ぐようになるのです。2015年に経営破綻寸前だとのニュースが飛び交うようになると解約件数が増加。その年の10月に任意整理の協議に入ったことを当時の運営会社社長が明らかにしました。過大な広告費が経営の誤りであったと振り返っています。
2016年1月に医療機関向けソフトウェアなどを提供するRVHがミュゼを買収しました。しかし、2020年2月に早くも売却を決めています。やはり継続的な広告投資がかかることを懸念しての譲渡の決定でした。買収したのはG.Pホールディング。この会社の筆頭株主は「たかの友梨ビューティ―クリニック」で有名な美容研究家の高野友梨氏でした。
それから3年後に船井電機へと売却され、今回の騒動となりました。
今後の行く末は、秀和システムやKOC・JAPANが、サイバー・バズが求める支払いに応じるかどうかが一つのポイントとなるでしょう。
<TEXT/不破聡>
【不破聡】
フリーライター。大企業から中小企業まで幅広く経営支援を行った経験を活かし、経済や金融に関連する記事を執筆中。得意領域は外食、ホテル、映画・ゲームなどエンターテインメント業界