お笑い芸人でありながら、2022年3月から12月までの期間、青森県の津軽に移住して蟹漁を行う漁船の船員として働いたことが話題になっていたお笑いコンビ・こゝろの横荒木蟹男(よこあらき・かにお)氏。
小説『蟹工船』などの作品から過酷なイメージを持つ人も多い“蟹漁”だが、その実態はどうなっているのだろうか。横荒木氏に聞いてみた。
◆「エピソードトークがほしくて」蟹漁に参加
そもそも、なぜ蟹漁船に乗ろうと思ったのだろうか。
「昔からやりたかったとかそういうわけじゃなくて、エピソードトークのネタとして強いのはどんな話かと考えたときに、誰もやっていないことなら個性が出るんじゃないかと思ったのがきっかけです。
思い立った当初はマグロの一本釣りをやりたいと思っていたんですが、なかなか条件が合わずに断念。その後、漁業の求人が探せる『漁師.jp』というサイトで北海道から順に問い合わせて見つけた蟹漁が面白そうだと思って決めました」
深く考えずに「ノリで決めた」という横荒木氏は、想像していたより長期間働くことを後から知る。
「勢いで条件面などを何も見ずに決めたので、最短でも3月から12月までの1シーズンは働かないといけないと知ったときはちょっと焦りました。芸人としての活動もあるので3か月くらいの短期でやりたかったんですけど、まあ面白そうだしやってみるかと(笑)」
相方の山出谷ショートケーキ氏や、周りの反応は?
「相方に『10か月、蟹漁に行ってくるわ!』って伝えたら笑いながら驚いてましたね(笑)。あとは親しくしてもらっている先輩芸人のハライチ岩井さんは『どういうこと?』と困惑していたり、とろサーモン久保田さんは『リアルな経験やからおもろいな!』と面白がってくれたり、リアクションは人それぞれでしたね」
◆2泊3日「ほとんど寝れずに作業」してカニ5000杯を水揚げ
横荒木氏が乗った船は、カニクリームコロッケなどの加工品に多く用いられるベニズワイガニ漁がメイン。青森県の津軽から出港し日本海へ出ると、排他的経済水域を出ないように朝鮮半島方面へ向かいつつ、漁場が見つかれば漁を行う。1度の漁で5000杯を水揚げしていたという。
「イメージ的にマグロとか蟹の漁師って稼げると思ってたんですけど、ベニズワイガニは蟹のなかでも安価なので一か月の手取り給料が19万円というのも驚きでした。ブランド蟹なら、禁漁期間が長い代わりに月収が100万円を超えることもあるみたいです」
漁のスケジュールはどのような流れなのか。
「漁は港を出て2泊3日で帰って来るのが基本です。漁場への行き帰り時は僕ら下っ端は暇ですが、漁が始まれば蟹カゴを揚げきるまでほとんど寝ずに作業をして、漁が終われば港に帰ります。陸に上がったら寮で寝泊まりして、船員仲間と食事することも多かったです。皆さん海の男だからか、酒が強かったです(笑)」
つかの間の休息の後、すぐに次の漁に出港するというからなかなかハードだ。
「帰港の翌日に水揚げや船などのメンテナンスを行って、その次の日にまた漁に出るサイクル。悪天候で漁に出られない日とお盆以外はほぼ休みがありませんが、禁漁期間の1月と2月はシーズンオフなので一切の稼働はありません」
◆同僚の指が飛んだことも
漁の最中に悪天候になってしまうこともある。波が高いと船が尋常じゃなく揺れることに加え、疲労も蓄積されていく。怪我や事故と隣り合わせの環境なんだとか。
「蟹カゴはすべてロープでひと繋ぎになっていて、海に落としてしばらくしてから機械で巻き取るんですが、ある船員の方がバランスを崩して、巻取り中のロープに指を挟まれ、指が一本ちぎれたことがありました。
漁も佳境で疲労困憊だったこともあり、呆然としていたその人の指を、飛んできたカモメが食べてしまったときは『何が起きたんだ』と理解が追いつきませんでしたね」
◆400キロ以上の白い粉が入ったバッグを拾った
10か月の漁師生活の中で、珍しい“落とし物”を拾ったこともある。
「海に浮かぶ不審な漂流物を見つけたら、必ず拾って海上保安庁に連絡するのがルールなんです。人間の死体なんかも、その対象です。
ある日、何もない海域に”ウキ”が浮いてるのを先輩が見つけて、不自然なので引っ張り上げてみるとロープにぶら下がったボストンバッグが数珠つなぎ的に7個上がりました。やけに重いし、『死体でも入ってるんじゃないか?』とみんなざわついてました」
バッグに入っていたのは死体ではなかったが、別の意味で事件性を感じるものが現れた。
「まず、それぞれのバッグにGPSの発信機が付いていることが分かって、『これはただ事じゃないぞ』となりました。
確認のためにバッグを開けてみると、濡れないようにビニールに入った白い粉が詰め込まれていました。バッグ1個が60kgくらいだったので全部で420kg、覚醒剤とか麻薬ならとんでもない量です。海上保安庁にすぐに連絡して帰港しました」
港に帰ると、一目でわかる見慣れない光景がそこにはあったという。
「普段は一切いない釣り人が港に大量にいたんですよ。おそらく海上保安庁や警察の人、GPSを追いかけて受け取りに来た人が、そのままの格好だと目立つので変装していたのかもしれません。
海上保安庁の方にバッグを引き渡して終わったのでその後はわかりませんが、いつもと違う異様な雰囲気だったので、やっぱり何かしらのクスリだったんじゃないでしょうか」
◆コンプラNGの話が多すぎるのが誤算
2022年3月から12月までの期間を蟹漁師として過ごした横荒木氏。トラウマ級の過酷な経験に思えるが、後悔はないという。
「漁師の方々も皆さん本当に親切な方ばかりでした。水揚げされたばかりのベニズワイガニも贅沢に食べさせてもらったし、たくさん酒も飲ませてもらいました。今もカニを東京に送ってくれるんですよ。もう一度行けと言われたら、ちょっと迷いますけどね(笑)」
そもそもは「エピソードトークのため」に蟹漁に出た横荒木氏だが、一つ困ったことがあるという。
「先述したボストンバッグに入った白い粉の話とか、船乗り独特の性処理のネタもあるんですが、コンプライアンス的に厳しいからそのエピソードはNG、みたいな話が多すぎるんです(笑)」
◆めちゃくちゃなことを真面目にやりたい
そんな横荒木氏は、相方の山出谷ショートケーキ氏とともに、今年の10月から「地域おこし協力隊」として秋田県の東成瀬村に移住して活動している。
「知り合いの作家さんから話をもらって、これも新しい経験だからやってみようと移住を決めました。AAB秋田朝日放送で隔週のレギュラー番組をやらせてもらったり、稲作や地域の活動のお手伝いなんかをやりつつ、仕事があるときは東京に出てくる生活です。
漁業と農業、日本の一次産業めっちゃやらせてもらっていることが、自分のおもしろさに繋がったらいいなって思ってるんです」
最後に、横荒木氏の今後の展望を聞いた。
「相方は出身の岸和田市長になりたいとか言ってますけど、そこまではいかなくても『こいつらめちゃくちゃなことを真面目にやってるな』と笑ってもらえるコンビになれたらいいなと思います。
あとは、あくまで芸人なので、やっぱり賞レースで優勝もしたいです。これからどうなるかは想像もつきませんが、とにかく面白いことをやり続けたいですね」
【横荒木蟹男】
大阪府堺市出身。2015年、相方の山出谷ショートケーキとお笑いコンビ「こゝろ」を結成。
現在は秋田県東成瀬村の「地域おこし協力隊」の活動の為、東成瀬村在住。
東成瀬村での活動をVログ形式で残したyoutubeチャンネル「カニケーキ」は絶賛配信中。
<取材・文/松嶋三郎>
【松嶋三郎】
浅く広くがモットーのフリーライター。紙・web問わず、ジャンルも問わず、記事のためならインタビュー・潜入・執筆・写真撮影・撮影モデル役など、できることは何でもやるタイプ。Twitter:@matsushima36
小説『蟹工船』などの作品から過酷なイメージを持つ人も多い“蟹漁”だが、その実態はどうなっているのだろうか。横荒木氏に聞いてみた。
◆「エピソードトークがほしくて」蟹漁に参加
そもそも、なぜ蟹漁船に乗ろうと思ったのだろうか。
「昔からやりたかったとかそういうわけじゃなくて、エピソードトークのネタとして強いのはどんな話かと考えたときに、誰もやっていないことなら個性が出るんじゃないかと思ったのがきっかけです。
思い立った当初はマグロの一本釣りをやりたいと思っていたんですが、なかなか条件が合わずに断念。その後、漁業の求人が探せる『漁師.jp』というサイトで北海道から順に問い合わせて見つけた蟹漁が面白そうだと思って決めました」
深く考えずに「ノリで決めた」という横荒木氏は、想像していたより長期間働くことを後から知る。
「勢いで条件面などを何も見ずに決めたので、最短でも3月から12月までの1シーズンは働かないといけないと知ったときはちょっと焦りました。芸人としての活動もあるので3か月くらいの短期でやりたかったんですけど、まあ面白そうだしやってみるかと(笑)」
相方の山出谷ショートケーキ氏や、周りの反応は?
「相方に『10か月、蟹漁に行ってくるわ!』って伝えたら笑いながら驚いてましたね(笑)。あとは親しくしてもらっている先輩芸人のハライチ岩井さんは『どういうこと?』と困惑していたり、とろサーモン久保田さんは『リアルな経験やからおもろいな!』と面白がってくれたり、リアクションは人それぞれでしたね」
◆2泊3日「ほとんど寝れずに作業」してカニ5000杯を水揚げ
横荒木氏が乗った船は、カニクリームコロッケなどの加工品に多く用いられるベニズワイガニ漁がメイン。青森県の津軽から出港し日本海へ出ると、排他的経済水域を出ないように朝鮮半島方面へ向かいつつ、漁場が見つかれば漁を行う。1度の漁で5000杯を水揚げしていたという。
「イメージ的にマグロとか蟹の漁師って稼げると思ってたんですけど、ベニズワイガニは蟹のなかでも安価なので一か月の手取り給料が19万円というのも驚きでした。ブランド蟹なら、禁漁期間が長い代わりに月収が100万円を超えることもあるみたいです」
漁のスケジュールはどのような流れなのか。
「漁は港を出て2泊3日で帰って来るのが基本です。漁場への行き帰り時は僕ら下っ端は暇ですが、漁が始まれば蟹カゴを揚げきるまでほとんど寝ずに作業をして、漁が終われば港に帰ります。陸に上がったら寮で寝泊まりして、船員仲間と食事することも多かったです。皆さん海の男だからか、酒が強かったです(笑)」
つかの間の休息の後、すぐに次の漁に出港するというからなかなかハードだ。
「帰港の翌日に水揚げや船などのメンテナンスを行って、その次の日にまた漁に出るサイクル。悪天候で漁に出られない日とお盆以外はほぼ休みがありませんが、禁漁期間の1月と2月はシーズンオフなので一切の稼働はありません」
◆同僚の指が飛んだことも
漁の最中に悪天候になってしまうこともある。波が高いと船が尋常じゃなく揺れることに加え、疲労も蓄積されていく。怪我や事故と隣り合わせの環境なんだとか。
「蟹カゴはすべてロープでひと繋ぎになっていて、海に落としてしばらくしてから機械で巻き取るんですが、ある船員の方がバランスを崩して、巻取り中のロープに指を挟まれ、指が一本ちぎれたことがありました。
漁も佳境で疲労困憊だったこともあり、呆然としていたその人の指を、飛んできたカモメが食べてしまったときは『何が起きたんだ』と理解が追いつきませんでしたね」
◆400キロ以上の白い粉が入ったバッグを拾った
10か月の漁師生活の中で、珍しい“落とし物”を拾ったこともある。
「海に浮かぶ不審な漂流物を見つけたら、必ず拾って海上保安庁に連絡するのがルールなんです。人間の死体なんかも、その対象です。
ある日、何もない海域に”ウキ”が浮いてるのを先輩が見つけて、不自然なので引っ張り上げてみるとロープにぶら下がったボストンバッグが数珠つなぎ的に7個上がりました。やけに重いし、『死体でも入ってるんじゃないか?』とみんなざわついてました」
バッグに入っていたのは死体ではなかったが、別の意味で事件性を感じるものが現れた。
「まず、それぞれのバッグにGPSの発信機が付いていることが分かって、『これはただ事じゃないぞ』となりました。
確認のためにバッグを開けてみると、濡れないようにビニールに入った白い粉が詰め込まれていました。バッグ1個が60kgくらいだったので全部で420kg、覚醒剤とか麻薬ならとんでもない量です。海上保安庁にすぐに連絡して帰港しました」
港に帰ると、一目でわかる見慣れない光景がそこにはあったという。
「普段は一切いない釣り人が港に大量にいたんですよ。おそらく海上保安庁や警察の人、GPSを追いかけて受け取りに来た人が、そのままの格好だと目立つので変装していたのかもしれません。
海上保安庁の方にバッグを引き渡して終わったのでその後はわかりませんが、いつもと違う異様な雰囲気だったので、やっぱり何かしらのクスリだったんじゃないでしょうか」
◆コンプラNGの話が多すぎるのが誤算
2022年3月から12月までの期間を蟹漁師として過ごした横荒木氏。トラウマ級の過酷な経験に思えるが、後悔はないという。
「漁師の方々も皆さん本当に親切な方ばかりでした。水揚げされたばかりのベニズワイガニも贅沢に食べさせてもらったし、たくさん酒も飲ませてもらいました。今もカニを東京に送ってくれるんですよ。もう一度行けと言われたら、ちょっと迷いますけどね(笑)」
そもそもは「エピソードトークのため」に蟹漁に出た横荒木氏だが、一つ困ったことがあるという。
「先述したボストンバッグに入った白い粉の話とか、船乗り独特の性処理のネタもあるんですが、コンプライアンス的に厳しいからそのエピソードはNG、みたいな話が多すぎるんです(笑)」
◆めちゃくちゃなことを真面目にやりたい
そんな横荒木氏は、相方の山出谷ショートケーキ氏とともに、今年の10月から「地域おこし協力隊」として秋田県の東成瀬村に移住して活動している。
「知り合いの作家さんから話をもらって、これも新しい経験だからやってみようと移住を決めました。AAB秋田朝日放送で隔週のレギュラー番組をやらせてもらったり、稲作や地域の活動のお手伝いなんかをやりつつ、仕事があるときは東京に出てくる生活です。
漁業と農業、日本の一次産業めっちゃやらせてもらっていることが、自分のおもしろさに繋がったらいいなって思ってるんです」
最後に、横荒木氏の今後の展望を聞いた。
「相方は出身の岸和田市長になりたいとか言ってますけど、そこまではいかなくても『こいつらめちゃくちゃなことを真面目にやってるな』と笑ってもらえるコンビになれたらいいなと思います。
あとは、あくまで芸人なので、やっぱり賞レースで優勝もしたいです。これからどうなるかは想像もつきませんが、とにかく面白いことをやり続けたいですね」
【横荒木蟹男】
大阪府堺市出身。2015年、相方の山出谷ショートケーキとお笑いコンビ「こゝろ」を結成。
現在は秋田県東成瀬村の「地域おこし協力隊」の活動の為、東成瀬村在住。
東成瀬村での活動をVログ形式で残したyoutubeチャンネル「カニケーキ」は絶賛配信中。
<取材・文/松嶋三郎>
【松嶋三郎】
浅く広くがモットーのフリーライター。紙・web問わず、ジャンルも問わず、記事のためならインタビュー・潜入・執筆・写真撮影・撮影モデル役など、できることは何でもやるタイプ。Twitter:@matsushima36