DeNAの日本シリーズ制覇からちょうど1週間。土曜午後の日本列島に衝撃が走った。ロッテが佐々木朗希の今オフのポスティングによるメジャー挑戦を容認すると発表したのだ。
2019年のドラフト会議で4球団に1位指名された佐々木は、交渉権を獲得したロッテに入団。ただ当初からメジャー志向が強く、将来的なポスティング容認について毎年オフに球団と話し合いが続けられてきたという。
今月3日に23歳になったばかりのタイミングでのポスティング容認。これにはロッテファンのみならず、他球団のファンも驚かされたに違いない。
◆「25歳ルール」による弊害
メジャーリーグには「25歳ルール」というものがある。これは、25歳未満の海外選手獲得時に契約金や年俸総額が制限され、マイナー契約しか結べないというもので、23歳の佐々木にももちろん適用される。
つまり、佐々木が25歳となる2年後のオフにポスティングされれば、メジャーの球団と大型契約を結ぶことができ、多額の譲渡金がロッテの懐にも入る可能性が高かった。しかし、球団は数十億円ともいわれる譲渡金をドブに捨てる覚悟で、佐々木の意思を尊重したというわけだ。
ロッテにとっては、戦力的にも、ビジネス的にも、大きな痛手にしかならないが、それでも敢えて佐々木のポスティングを容認したということになる。
◆同じ23歳で海を渡った大谷翔平との決定的な違い
佐々木と同じく日本で5シーズンを過ごし、23歳で海を渡った大谷翔平がエンゼルスに移籍した際も、日本ハムには限られた譲渡金しか入らなかった。しかし、それを批判するファンはほとんどいなかったと記憶している。
日本ハム時代の大谷は、投手として42勝、打者としても48本塁打を放ち、16年にはチームの中心選手として日本一にも貢献。わずか5シーズンだったが、大きな爪痕を残し、球団にもファンにも背中を押されてのメジャー挑戦だった。
一方の佐々木は3年目に完全試合を達成するなど、実働4シーズンで、通算29勝をマーク。その右腕が世界レベルであることを証明してきた。ところが、個人タイトルはおろか、規定投球回数に達したことがなく、チームをリーグ優勝に導くような活躍をシーズンを通して見せることもなかった。
昨年オフには球団との契約更改が越年。交渉が長引き、いつしかダーティーなヒール役のイメージもついてしまっていた。
◆佐々木に対する批判の声が大きいワケ
ただ、ロッテも佐々木も今回のポスティング容認はルール違反でも逸脱しているわけでもない。金銭的には2年待つことが両者にとってメリットが大きいはずだが、佐々木自身もマイナー契約からスタートするという、いばらの道を選択した。
それでも佐々木に対する批判の声が大きいのは、プロ野球がメジャーリーグの草刈り場のイメージをより強くしてしまうからではないか。ただ、それは両リーグの選手層のレベル、年俸格差を考えれば仕方のないところ。それはまた別の次元の話といえるだろう。
◆サッカー界に定着した“レンタル移籍”が可能なら…
そこでポスティングに代わるメジャー移籍の考えを一つ提案してみたい。それがサッカー界で長年定着している「期限付き移籍」、「レンタル移籍」の導入である。
今回の例でいえば、ロッテとの契約を保持したまま、佐々木がメジャーのチームに移籍できるというもの。移籍金はあってもなくてもいいが、年俸を負担するのはあくまでも移籍先で、その10~20%が移籍元のチームに入る。
高卒2年目でも3年目でも、球団と選手が合意すれば、メジャーへの移籍を認めればいい。ただ、あくまでも“レンタル”という前提があるため、FA権を取得する年齢まで所属するのは移籍元だ。
年俸の一部を移籍元に還元するのはFA権を取得する年齢まででいいだろう。その年齢に達すれば完全移籍(=FA)とするのがベストか。
◆“第二の佐々木”が生まれるのも時間の問題か
現行のポスティング制度では譲渡金が“手切れ金”のように扱われ、25歳未満と25歳以上の差が大きすぎる。レンタル移籍ならその差も埋められるはずだ。
奇しくも野茂英雄が近鉄ともめた1994年オフからちょうど30年。メジャー移籍に関するルールは幾度かの変遷の歴史を辿ってきた。ポスティング制度の見直しはプロ野球のみならず、メジャーリーグを巻き込むことになるため、数年単位の議論は不可欠だろう。ただ、現行制度では“第二の佐々木”が生まれるのも時間の問題だ。
日本の球団、メジャーを夢見る選手、そして我々ファン。“三方よし”となる解決策は果たしてあるか。
文/八木遊(やぎ・ゆう)
【八木遊】
1976年、和歌山県で生まれる。地元の高校を卒業後、野茂英雄と同じ1995年に渡米。ヤンキース全盛期をアメリカで過ごした。米国で大学を卒業後、某スポーツデータ会社に就職。プロ野球、MLB、NFLの業務などに携わる。現在は、MLBを中心とした野球記事、および競馬情報サイトにて競馬記事を執筆中。
2019年のドラフト会議で4球団に1位指名された佐々木は、交渉権を獲得したロッテに入団。ただ当初からメジャー志向が強く、将来的なポスティング容認について毎年オフに球団と話し合いが続けられてきたという。
今月3日に23歳になったばかりのタイミングでのポスティング容認。これにはロッテファンのみならず、他球団のファンも驚かされたに違いない。
◆「25歳ルール」による弊害
メジャーリーグには「25歳ルール」というものがある。これは、25歳未満の海外選手獲得時に契約金や年俸総額が制限され、マイナー契約しか結べないというもので、23歳の佐々木にももちろん適用される。
つまり、佐々木が25歳となる2年後のオフにポスティングされれば、メジャーの球団と大型契約を結ぶことができ、多額の譲渡金がロッテの懐にも入る可能性が高かった。しかし、球団は数十億円ともいわれる譲渡金をドブに捨てる覚悟で、佐々木の意思を尊重したというわけだ。
ロッテにとっては、戦力的にも、ビジネス的にも、大きな痛手にしかならないが、それでも敢えて佐々木のポスティングを容認したということになる。
◆同じ23歳で海を渡った大谷翔平との決定的な違い
佐々木と同じく日本で5シーズンを過ごし、23歳で海を渡った大谷翔平がエンゼルスに移籍した際も、日本ハムには限られた譲渡金しか入らなかった。しかし、それを批判するファンはほとんどいなかったと記憶している。
日本ハム時代の大谷は、投手として42勝、打者としても48本塁打を放ち、16年にはチームの中心選手として日本一にも貢献。わずか5シーズンだったが、大きな爪痕を残し、球団にもファンにも背中を押されてのメジャー挑戦だった。
一方の佐々木は3年目に完全試合を達成するなど、実働4シーズンで、通算29勝をマーク。その右腕が世界レベルであることを証明してきた。ところが、個人タイトルはおろか、規定投球回数に達したことがなく、チームをリーグ優勝に導くような活躍をシーズンを通して見せることもなかった。
昨年オフには球団との契約更改が越年。交渉が長引き、いつしかダーティーなヒール役のイメージもついてしまっていた。
◆佐々木に対する批判の声が大きいワケ
ただ、ロッテも佐々木も今回のポスティング容認はルール違反でも逸脱しているわけでもない。金銭的には2年待つことが両者にとってメリットが大きいはずだが、佐々木自身もマイナー契約からスタートするという、いばらの道を選択した。
それでも佐々木に対する批判の声が大きいのは、プロ野球がメジャーリーグの草刈り場のイメージをより強くしてしまうからではないか。ただ、それは両リーグの選手層のレベル、年俸格差を考えれば仕方のないところ。それはまた別の次元の話といえるだろう。
◆サッカー界に定着した“レンタル移籍”が可能なら…
そこでポスティングに代わるメジャー移籍の考えを一つ提案してみたい。それがサッカー界で長年定着している「期限付き移籍」、「レンタル移籍」の導入である。
今回の例でいえば、ロッテとの契約を保持したまま、佐々木がメジャーのチームに移籍できるというもの。移籍金はあってもなくてもいいが、年俸を負担するのはあくまでも移籍先で、その10~20%が移籍元のチームに入る。
高卒2年目でも3年目でも、球団と選手が合意すれば、メジャーへの移籍を認めればいい。ただ、あくまでも“レンタル”という前提があるため、FA権を取得する年齢まで所属するのは移籍元だ。
年俸の一部を移籍元に還元するのはFA権を取得する年齢まででいいだろう。その年齢に達すれば完全移籍(=FA)とするのがベストか。
◆“第二の佐々木”が生まれるのも時間の問題か
現行のポスティング制度では譲渡金が“手切れ金”のように扱われ、25歳未満と25歳以上の差が大きすぎる。レンタル移籍ならその差も埋められるはずだ。
奇しくも野茂英雄が近鉄ともめた1994年オフからちょうど30年。メジャー移籍に関するルールは幾度かの変遷の歴史を辿ってきた。ポスティング制度の見直しはプロ野球のみならず、メジャーリーグを巻き込むことになるため、数年単位の議論は不可欠だろう。ただ、現行制度では“第二の佐々木”が生まれるのも時間の問題だ。
日本の球団、メジャーを夢見る選手、そして我々ファン。“三方よし”となる解決策は果たしてあるか。
文/八木遊(やぎ・ゆう)
【八木遊】
1976年、和歌山県で生まれる。地元の高校を卒業後、野茂英雄と同じ1995年に渡米。ヤンキース全盛期をアメリカで過ごした。米国で大学を卒業後、某スポーツデータ会社に就職。プロ野球、MLB、NFLの業務などに携わる。現在は、MLBを中心とした野球記事、および競馬情報サイトにて競馬記事を執筆中。