中年男性の憩いの場だったサウナは、近年のブームで国民的なリラクゼーション施設へと昇華した。この波に乗っかろうと、産業振興の呼び水として、行政が地域ぐるみで「サウナ振興」に取り組んでいる自治体がある。熊本市だ。“火の国”熊本のアツいサウナ事情とは?
◆阿蘇山系の伏流水が極上の水風呂に!
日本最南端の政令指定都市・熊本。町のシンボルで、西南戦争で西郷隆盛の猛攻を退けた熊本城は、2016年の熊本地震で石垣が崩れ落ちた。その後の復興作業で天守閣は2021年に完全復旧し、昨年度は7年ぶりに観光客が100万人を突破。町は賑わいを取り戻している。
半導体受託生産の世界最大手・台湾積体電路製造(TSMC)の熊本第1工場が今年、熊本県菊陽町に開所し、県内での半導体バブルへの期待が高まる中、熊本市では、県内スタートアップ支援やスタートアップ企業の誘致にも力を入れている。担当している起業新産業支援課の野口信太朗課長が声を弾ませる。
「新型コロナによって浸透したリモートワークの影響で、IT系などを中心に熊本での創業を考える起業家の方が多数いらっしゃって、起業家の発掘・育成、首都圏企業の誘致に向けたセミナーを開いています。その際に、熊本の魅力としてサウナを推しているんです」
熊本市の西にそびえる活火山の阿蘇山では、日本国内の年平均降水量1700ミリを大きく超える3000ミリもの雨が降り注ぎ、マグマを冷やし、草木を潤わす。このおびただしい雨水は、10年以上の歳月をかけてミネラルや炭酸分を含んだ伏流水となって熊本市に流れ着く。市内の水道水は100%地下水だ。
この地下水を求めて、半導体企業の工場が進出し、そしてサウナーも集まってくるのだという。
「水質が良いので、半導体メーカーが多いんです。飲料水としての良質さはもちろんのこと、サウナ後に浸かる水風呂も地下水なので、まろやかで肌触りの柔らかい水質が楽しめます。誘致の際には、サウナのパッケージツアーも企画して、参加者の方に市内のサウナを楽しんでもらっています」
◆サウナー課長がツアーを企画
自身も30年来のサウナーで、「サウナ公務員」との二つ名で、X(@sarubutarou3)で情報発信している野口課長がツアーの段取りを組む。
定番として組み込んでいるのが、西の聖地とも称される「湯らっくす」(中央区本荘町)。アウフグースイベントが行われるクラシックサウナ、一筋の光だけの暗室で無の境地に達するメディテーションサウナ、大量の蒸気に包まれる大阿蘇大噴火瞑想サウナの三種を用意。水風呂は8人ほどが入れるほどの大きさで、備え付けの「MADMAX」ボタンを押すと、大量の滝が脳天を直撃し、命綱を握って耐え忍べば強烈なととのい感を味わうことができる。
また、老舗旅館の別館に昨年オープンした「湯屋水禅」(同区水前寺)も野口課長の一押し施設。熊本出身の放送作家・小山薫堂さんが「湯道百選」に選出し、和のテイストを打ち出して、木材がふんだんに張り巡らされているのが特徴。サウナストーンには、阿蘇の溶岩石を使用し、火の国の熱気を全身で受け止められる。
◆熊本地震が契機に
ツアーでは、“サ飯”もセッティングされる。「熊本のソウルフードともいえる『弐ノ弐』の餃子を食べてもらいますね。サウナ後に一杯やるのにちょうどいいつまみなんです」(野口課長)
サウナ施設が勃興している熊本。ベテランサウナーの野口課長が振り返る。
「ローカルのいいサウナもたくさんあります。いまも地元の方に人気の田迎サウナ(南区良町)は番頭がいなくて入浴料だけを置いていくほのぼのとしたシステムなんですけれど、とても清潔でサウナも居心地が良い施設。ただ、銭湯サウナがどんどんと減ってしまってきていまして……」
しぼみゆく熊本のサウナシーンだったが、機運を変えたのが熊本地震だった。
「温浴施設は軒並み損害を受けました。ただ、サウナブームの折だったこともあり、湯屋水禅のように補助金をもとにサウナを充実する施設も多く、サウナ環境が充実しました。また、市内では、プライベートサウナのカミノウラ307(中央区南坪井町)といった新施設のオープンも相次いでいて、水の良さもあいまってサウナーから注目されるようになりました。そんな流れもあって、サウナをPRした企業誘致を4年ほど前から始めたんです」(野口課長)
◆湯らっくす周辺は「熊本シリコンバレー」に
昨年に熊本市に進出したスタートアップ企業は約30社。その多くが進出の決め手の一つとしてサウナを挙げているという企業もあるとかないとか。
「ベンチャー系の起業家はサウナ好きが比較的多いんですよね。IT関連、WEB回りの仕事の方が湯らっくすの近くにオフィスを構えて、周辺の平成地区は『熊本のシリコンバレー』なんて呼んでる人もいます。福利厚生で、『湯らっくす入り放題』の企業もあるようです。また、サウナハットといったグッズ制作、プライベートサウナ経営などのサウナ関連業者さんも増えていますし、サウナが熊本を活気づけています」
未曽有の自然災害で手痛いダメージを追った熊本。しかし、自然はまた、豊潤な地下水という恵みをもたらし、火の国のサウナ振興を大きく下支えしている。
取材・文/吉田光也
◆阿蘇山系の伏流水が極上の水風呂に!
日本最南端の政令指定都市・熊本。町のシンボルで、西南戦争で西郷隆盛の猛攻を退けた熊本城は、2016年の熊本地震で石垣が崩れ落ちた。その後の復興作業で天守閣は2021年に完全復旧し、昨年度は7年ぶりに観光客が100万人を突破。町は賑わいを取り戻している。
半導体受託生産の世界最大手・台湾積体電路製造(TSMC)の熊本第1工場が今年、熊本県菊陽町に開所し、県内での半導体バブルへの期待が高まる中、熊本市では、県内スタートアップ支援やスタートアップ企業の誘致にも力を入れている。担当している起業新産業支援課の野口信太朗課長が声を弾ませる。
「新型コロナによって浸透したリモートワークの影響で、IT系などを中心に熊本での創業を考える起業家の方が多数いらっしゃって、起業家の発掘・育成、首都圏企業の誘致に向けたセミナーを開いています。その際に、熊本の魅力としてサウナを推しているんです」
熊本市の西にそびえる活火山の阿蘇山では、日本国内の年平均降水量1700ミリを大きく超える3000ミリもの雨が降り注ぎ、マグマを冷やし、草木を潤わす。このおびただしい雨水は、10年以上の歳月をかけてミネラルや炭酸分を含んだ伏流水となって熊本市に流れ着く。市内の水道水は100%地下水だ。
この地下水を求めて、半導体企業の工場が進出し、そしてサウナーも集まってくるのだという。
「水質が良いので、半導体メーカーが多いんです。飲料水としての良質さはもちろんのこと、サウナ後に浸かる水風呂も地下水なので、まろやかで肌触りの柔らかい水質が楽しめます。誘致の際には、サウナのパッケージツアーも企画して、参加者の方に市内のサウナを楽しんでもらっています」
◆サウナー課長がツアーを企画
自身も30年来のサウナーで、「サウナ公務員」との二つ名で、X(@sarubutarou3)で情報発信している野口課長がツアーの段取りを組む。
定番として組み込んでいるのが、西の聖地とも称される「湯らっくす」(中央区本荘町)。アウフグースイベントが行われるクラシックサウナ、一筋の光だけの暗室で無の境地に達するメディテーションサウナ、大量の蒸気に包まれる大阿蘇大噴火瞑想サウナの三種を用意。水風呂は8人ほどが入れるほどの大きさで、備え付けの「MADMAX」ボタンを押すと、大量の滝が脳天を直撃し、命綱を握って耐え忍べば強烈なととのい感を味わうことができる。
また、老舗旅館の別館に昨年オープンした「湯屋水禅」(同区水前寺)も野口課長の一押し施設。熊本出身の放送作家・小山薫堂さんが「湯道百選」に選出し、和のテイストを打ち出して、木材がふんだんに張り巡らされているのが特徴。サウナストーンには、阿蘇の溶岩石を使用し、火の国の熱気を全身で受け止められる。
◆熊本地震が契機に
ツアーでは、“サ飯”もセッティングされる。「熊本のソウルフードともいえる『弐ノ弐』の餃子を食べてもらいますね。サウナ後に一杯やるのにちょうどいいつまみなんです」(野口課長)
サウナ施設が勃興している熊本。ベテランサウナーの野口課長が振り返る。
「ローカルのいいサウナもたくさんあります。いまも地元の方に人気の田迎サウナ(南区良町)は番頭がいなくて入浴料だけを置いていくほのぼのとしたシステムなんですけれど、とても清潔でサウナも居心地が良い施設。ただ、銭湯サウナがどんどんと減ってしまってきていまして……」
しぼみゆく熊本のサウナシーンだったが、機運を変えたのが熊本地震だった。
「温浴施設は軒並み損害を受けました。ただ、サウナブームの折だったこともあり、湯屋水禅のように補助金をもとにサウナを充実する施設も多く、サウナ環境が充実しました。また、市内では、プライベートサウナのカミノウラ307(中央区南坪井町)といった新施設のオープンも相次いでいて、水の良さもあいまってサウナーから注目されるようになりました。そんな流れもあって、サウナをPRした企業誘致を4年ほど前から始めたんです」(野口課長)
◆湯らっくす周辺は「熊本シリコンバレー」に
昨年に熊本市に進出したスタートアップ企業は約30社。その多くが進出の決め手の一つとしてサウナを挙げているという企業もあるとかないとか。
「ベンチャー系の起業家はサウナ好きが比較的多いんですよね。IT関連、WEB回りの仕事の方が湯らっくすの近くにオフィスを構えて、周辺の平成地区は『熊本のシリコンバレー』なんて呼んでる人もいます。福利厚生で、『湯らっくす入り放題』の企業もあるようです。また、サウナハットといったグッズ制作、プライベートサウナ経営などのサウナ関連業者さんも増えていますし、サウナが熊本を活気づけています」
未曽有の自然災害で手痛いダメージを追った熊本。しかし、自然はまた、豊潤な地下水という恵みをもたらし、火の国のサウナ振興を大きく下支えしている。
取材・文/吉田光也