米農家から一転、大麻を育てる決意を胸に秘め、海を渡った男がいる。アジアで初めて大麻を合法化した国、タイの首都・バンコク。4階建てのビルが男の農場だ。その数奇な人生に迫った。
◆「大麻もお米も要領は同じ」和風農法で大麻市場に参戦
大麻取締法改正で12月からCBD規制が厳格化する日本と真逆の歩みを進めるのが、微笑みの国・タイ。
街角ではジョイントを公然とふかし、恍惚の笑みをたたえる人々の姿が目につく。日本ではありえない光景だ。
’22年6月、アジア初の大麻解禁へと舵を切ったタイでは、娯楽目的の使用が認められている。首都バンコクなどの市街地には合法的に大麻を販売するディスペンサリーが、コンビニ店に匹敵する勢いで軒を構えている。
そして、この“グリーンラッシュ”と呼ばれる大きな波に乗るべく、日本で培った農業技術を生かし、現地で大麻栽培に励む日本人がいる。
バンコク中心部から東へ約20㎞ほど離れた、ラートクラバン区。4階建ての小さなビルで大麻農家を営むのが、doscoiさん(37歳)だ。
自ら育てた大麻を日々吸い、食欲増進効果の“マンチ”でつくり上げられた巨体と、胸まで伸びたあごひげで、外見のインパクトは強い。だが、その目元はどこまでも優しい。
「ここは居住を兼ねたファーム(農場)で、ビルの2、3、4階を使って土壌栽培で大麻を育てています。成長具合に合わせて、照明は自動管理で12~18時間点灯。品種はアッパーな効きが特徴的なサティバとまったりリラックス系のインディカ、その両方を掛け合わせたハイブリッドの3種計150株を育てています」
◆水も肥料もこだわったオーガニック栽培を導入
現状の研究では、大麻には薬効成分であるカンナビノイドが100種類以上も含まれていると確認されている。中でも、精神作用に大きく働くのがTHC(テトラヒドロカンナビノール)と、CBD(カンナビジオール)だ。
「品種によってTHCとCBDの含有量は異なりますが、一般的にサティバは、高揚感といった精神活性作用や集中力を高める効果があります。インディカは身体的な鎮静作用であったり、マンチで食欲を増進させてご飯をおいしく食べたいとき、あとは睡眠障害の方が熟睡したいといったケースで使われますね。
一応、タイ当局は『THCは1%まで』という基準を設けているんですけど、厳格に規制しているわけではない。濃いものだと26%ぐらいになります」
doscoiさんのこだわりは、オーガニック栽培。肥料の原料はトウモロコシや海藻類で、水も浄水器を使っている。
「口に入れるものなので安全なほうがいいですし、オーガニックだと喉に引っかかりにくくて、後味がいい。化学肥料を使うとカルシウムなどの成分が抜けきれない可能性があって、吸ったときに肺に引っかかってむせるんです」
◆15歳で大麻と出会い、20歳で決別するも…
doscoiさんと大麻の付き合いは20年以上に及ぶ。15歳で大阪のレストランでアルバイトを始めたとき、先輩から勧められてジョイントで吸ったのが初体験だった。
「笑いが止まらなくなるし、見るもの聞こえてくるものすべてが楽しい。炊飯ジャーのお米を食べたら、味わったことがないほどおいしかった」
その後、若気の至りで違法薬物を一通り経験したが、寝つけるし食欲も湧いて人間的な営みができる大麻に耽溺するようになる。
しかし、友人が逮捕されるケースを目の当たりにして、20歳を超えたころには大麻との関係はすっぱり切れた。
大阪でバーテンダーなどをしていたdoscoiさんだったが、25歳のときに転機を迎える。友人の祖父が亡くなり、岡山県の2000㎡もの田畑が休耕地になり、譲り受けることとなったのだ。
「自然に触れたい気持ちから米作りを始めましたが、最初は失敗続き。それでも、自分の努力と自然の恵みで育ったコシヒカリを食べてみると、とてもおいしかった。イチゴの露地栽培なども手掛けて、農協に卸したりして経営は順調でした。ただ、農業に慣れてくるに従って、『大麻を育てられたらな』という思いをずっと抱えていた」
大麻栽培への尽きない渇望を抱えるdoscoiさんに朗報となったのが、’22年のタイの大麻解禁だった。市中の店舗で堂々と販売されている様子がニュースで流れ、一大決心。タイに渡ったのが昨年2月だった。
◆農業で培った経験は大麻栽培に役立った
「タイを訪れたことはなかったけれど、世界中から集まった大麻フリークに、自分のノウハウで育てた大麻がどのように評価してもらえるか。挑戦心がみなぎりました」
日本に留学経験があったタイ人女性を通訳に物件を探し歩き、飛び込みでビルの賃貸契約を交わした。
その後、ライセンスの取得といった事務手続きや、プランターや配管などの備品を準備。2か月かかってようやく種をまけた。
農業の経験は、大麻栽培に生きている。イチゴ栽培で用いられる、よく実る優れた枝を切って新たに植えるクローンという手法を転用。
これにより、種から育てる時間が省けるとともに、優秀な株を広げられる。水まきは一日に1回で、植物に合った温度で与えるという鉄則もそのまま生きる。大麻の場合、それは25℃前後だ。
収穫した大麻を乾燥させる際は、栄養をしっかり実に落とすため、米と同じく花穂を下に向ける。培った技術を転用したうえで、試行錯誤も欠かさない。
「ココナッツを砕いたココという土が水はけが良くて、大麻に合うとわかりました。うちはオーガニックなので、どうしても生産量にムラが出てしまう。だから、収穫を上げるために挑戦が必要なんです」
◆渡航1年で大麻コンテスト最優秀賞に
こうして手塩にかけて育てられたdoscoiさんの大麻は、タイ在住の日本人だけでなく、欧米の旅行客からも大好評。
昨年11月にバンコクで行われた大麻コンテストでは、客が選んだ最優秀作品の1位に選ばれた。
「来場者から『吸ったときにむせない』『のどにつっかえない感じがイイ!』と評価してもらえました。実は、僕もそこを狙って作っているので。うれしかったです」
月の売り上げは、観光客が多く集まる乾季だと50万バーツ(約225万円)にも上る。ただ、経済成長著しいタイでは物価も高騰している。
電気代は日本より割高で毎月8万バーツ(36万円)もかかり、総経費は30万バーツに上る。
「今、タイには世界中から大麻で一攫千金を狙おうと腕利きの大麻農家が進出していて、競争も激化。そもそも供給過多で、相場も値崩れしています。そんな中で戦えているのは、いろんな人に恵まれてこそ」
長く伸びたあごひげを触りながら、doscoiさんは今日一番の笑顔を見せてそう話してくれた。
◆「自由に大麻栽培したい」同じ思いの後進支援へ
楽な稼業ではないようだが、doscoiさんを5人のスタッフがサポートする。そのうち1人は、ミャンマーの山岳民族の女性だ。
「彼女には、給与の半分を家族に仕送りできるほどの報酬を支払えています。ミャンマー出身者は、タイでは給与の安い仕事ばかり回される。大麻産業が、こうした人たちの雇用の場となっているんです」
doscoiさんは10月、日本人の栽培者やショップ店員の育成やビザ、ライセンス取得の支援を目的とした協会を立ち上げた。
大麻に関心がありながら、法規制でがんじがらめとなっている“かつての自分”のような日本人のタイ進出を応援したいという思いからだ。
「非合法の日本では、押し入れで育てたり、吸うにしてもこっそりとやらなくてはいけない。過去の自分もそんな鬱屈した思いをしてきたので、タイで大麻を仕事にして、解放的に楽しんでもらいたいんです」
法律の埒外での生き方ながら、自身の信じた道をひたむきに歩むdoscoiさん。日本で磨いた農業スキルを武器に、バンコクでの快進撃は続く。
◆医療・経済効果で解禁…再規制方針も実効性は?
タイでは古来、伝統薬として大麻が活用されてきた。現代になって大麻は禁止されたが、バンコクのカオサン地区では、屋台やゲストハウスで密かに大麻が販売され、世界中から愛好家が集った。
東洋医学見直しの機運の高まりやドラッグツーリズムの経済性が注目され、’18年に医療用大麻が合法化。
’22年6月には嗜好用大麻も麻薬リストから除外され、実質的に合法となった。大麻関連の製品を扱う店舗は全土で数万に膨れ上がっている。
一方、大麻解禁に反発する声も強く、政府は娯楽使用を再び規制する方針だが、実効性のある施策を打てるかは疑問視されている。
ちなみに我が国の大麻取締法では、国外であっても日本人がみだりに所持、譲渡、栽培してはならないと定めており、大麻に厳しい法律運用が適用されている。
◆プロが愛用する大麻「三種の神器」
乾燥大麻をペーパーで巻き、紙たばこのようにして吸うのがジョイント。レゲーシンガーの伝説的な存在であるボブ・マーリーは、アルバムのジャケットに自らがジョイントを吸う姿を掲載。
音楽やカルチャーと大麻が密接に絡んでいることを示してみせた。
doscoiさん愛用のジョイント道具も見せてもらった。クラッシャーで乾燥大麻を潰し、ペーパーで巻いて、厚手のローチをフィルター代わりにして吸うという工程を踏むのだそうだ。
「僕は、1gで1本巻いて、1日に大体15本ぐらい吸います。大麻だけなら体調に悪影響は感じないですね。一般のお客さんは、1gで2~3本程度で十分です。自分で巻けなくても、店のスタッフがやってくれますから」(doscoiさん)
◆隠れ家的なバーで音と大麻に酔う……
バンコクの中でも賑やかなエリアとして知られるスクンビット。その喧騒とほどよい距離感を保つ場所に、そのバーはあった。doscoiさんが育てた大麻を買える「Cannabis Culture Club」だ。
100㎡ほどの広々とした店内はソファが贅沢に置かれ、くつろげる仕様。良質なスピーカーからは叙情的な音楽が耳に流れ込んでくる。
「音、お酒、ウィード(大麻)。それぞれ飛び切りのものを提供するのがコンセプトのバーで、僕のファームの商品を置かせてもらってます。金曜の夜にはカウンターに立ち、接客することもある。とても大切なひとときです」(doscoiさん)
◆欧米では嗜好目的でも合法が主流
タイのような大麻解禁は、世界的な潮流になっている。大麻関連で多くの書籍を著しているジャーナリスト・矢部武さんが解説する。
「現在、娯楽用大麻が合法となっているのはカナダなど6、7か国。アメリカでは半数近い24州で認められていて、大麻の消費額がアルコールを抜いたというデータもあります。また、大麻の所持・使用について、基本的に刑罰を問わない非犯罪化はEUの大半の国で進み、世界で30か国以上です。
医療大麻を認めている国はもっと多く、がん患者などの慢性的な痛みを抱える方への鎮痛剤として処方され、売り上げが伸びています」
合法化の波はビジネス面で大きなうねりとなり、グリーンラッシュとも称される。
インドの調査会社のデータによれば、’22年の世界の大麻市場の売上高は、437.2億ドル(約6兆5580億円)。これが、’30年には約10倍の4443.4億ドル(約66兆6510億円)に達すると試算されている。
◆グリーンラッシュが日本にも迫る!
グリーンラッシュは、嗜好目的での乾燥大麻の消費だけではない。
「ヘンプと呼ばれるTHC成分の低い産業大麻は、バイオプラスチックや建築の断熱材、車のボディに活用されます。また、ヘンプから採取される油はバイオ燃料に変換されます。大麻が、今後の環境ビジネスのけん引役として注目されているのです」
一方、日本ではこうした潮流に抗うように、昨年に大麻取締法が75年ぶりに改正され、新たに使用罪が盛り込まれた。厳罰化が一段と進んだように見えるが、矢部さんは今回の法改正に一定の評価を下す。
「これまで医療大麻を認めていなかったですが、改正で大麻由来の薬品の利用が可能となり、抗てんかん薬のエピディオレックスが承認される見込み。これは大きな一歩です」
期待をのぞかせる矢部さんだが、嗜好目的での解禁は程遠いと考える。
「いまだに世間の認識は覚醒剤と同等だし、総選挙でも全く争点になっていない。以前、野党の選挙関係者と話した際、『大麻を語ると票が落ちる』と言っていました。ただ、アメリカだって医療大麻解禁から嗜好大麻の合法まで20年かかりました。日本でも議論が深まればいいのですが」
世界でグリーンラッシュが席捲する中、日本は“鎖国”を続けられるのか。
◆世界各国の大麻規制の現状
日本……×
大麻取締法の改正で、12月から認可品のTHC含有率が大幅に引き下げられる見込みで、CBDショップでは現行品が販売できなくなる事態に直面している
アメリカ合衆国……△
州ごとに規制が異なるが、大統領選ではハリス・トランプ両陣営とも推進、容認の姿勢。「郊外では、高齢の顧客向けに送迎サービスを行う店もあるほど」(矢部さん)
中国……×
「アヘン戦争のトラウマで薬物へのアレルギーが大変強く、嗜好用と医療用は禁止されています。しかし、産業用は認められ、大麻耕地の面積は世界最大です」(矢部さん)
ドイツ……○
粗悪品や闇市場の一掃を目的に、制度を大幅に改訂。4月から18歳以上の嗜好用大麻の最大50gまでの所持と使用が合法となり、3株までの栽培も可能になった
韓国……×
’18年末に、東アジアで初めて医療用大麻については合法化。昨年の大麻関連製品の総収益は700億円以上に上るとのデータもあり、成長産業として投資が進んでいる
ウルグアイ……○
麻薬組織の資金源遮断を目的に’13年に世界で初めて嗜好目的での使用を合法とした。「合法化によって、麻薬犯罪が20%減少し、闇組織の衰退につながりました」(矢部さん)
マレーシア……×
刑法犯への厳罰で知られる同国。200g以上の大麻を所持した場合、販売目的とみなされて死刑判決が下ることもあるほど厳しいが、’21年から医療大麻については認められた
【doscoiさん】
1986年生まれ、大阪市出身。15歳で大麻を経験し、その魅力に目覚める。岡山で米作を営んだ経験を糧として、タイで大麻栽培に挑んでいる
【ジャーナリスト・矢部 武さん】
1954年、埼玉県生まれ。ロサンゼルスタイムス紙記者を経てフリーに。著書に『世界大麻経済戦争』(集英社)などがある
取材・文/週刊SPA!編集部
―[[海を渡った大麻農家]の挑戦]―
◆「大麻もお米も要領は同じ」和風農法で大麻市場に参戦
大麻取締法改正で12月からCBD規制が厳格化する日本と真逆の歩みを進めるのが、微笑みの国・タイ。
街角ではジョイントを公然とふかし、恍惚の笑みをたたえる人々の姿が目につく。日本ではありえない光景だ。
’22年6月、アジア初の大麻解禁へと舵を切ったタイでは、娯楽目的の使用が認められている。首都バンコクなどの市街地には合法的に大麻を販売するディスペンサリーが、コンビニ店に匹敵する勢いで軒を構えている。
そして、この“グリーンラッシュ”と呼ばれる大きな波に乗るべく、日本で培った農業技術を生かし、現地で大麻栽培に励む日本人がいる。
バンコク中心部から東へ約20㎞ほど離れた、ラートクラバン区。4階建ての小さなビルで大麻農家を営むのが、doscoiさん(37歳)だ。
自ら育てた大麻を日々吸い、食欲増進効果の“マンチ”でつくり上げられた巨体と、胸まで伸びたあごひげで、外見のインパクトは強い。だが、その目元はどこまでも優しい。
「ここは居住を兼ねたファーム(農場)で、ビルの2、3、4階を使って土壌栽培で大麻を育てています。成長具合に合わせて、照明は自動管理で12~18時間点灯。品種はアッパーな効きが特徴的なサティバとまったりリラックス系のインディカ、その両方を掛け合わせたハイブリッドの3種計150株を育てています」
◆水も肥料もこだわったオーガニック栽培を導入
現状の研究では、大麻には薬効成分であるカンナビノイドが100種類以上も含まれていると確認されている。中でも、精神作用に大きく働くのがTHC(テトラヒドロカンナビノール)と、CBD(カンナビジオール)だ。
「品種によってTHCとCBDの含有量は異なりますが、一般的にサティバは、高揚感といった精神活性作用や集中力を高める効果があります。インディカは身体的な鎮静作用であったり、マンチで食欲を増進させてご飯をおいしく食べたいとき、あとは睡眠障害の方が熟睡したいといったケースで使われますね。
一応、タイ当局は『THCは1%まで』という基準を設けているんですけど、厳格に規制しているわけではない。濃いものだと26%ぐらいになります」
doscoiさんのこだわりは、オーガニック栽培。肥料の原料はトウモロコシや海藻類で、水も浄水器を使っている。
「口に入れるものなので安全なほうがいいですし、オーガニックだと喉に引っかかりにくくて、後味がいい。化学肥料を使うとカルシウムなどの成分が抜けきれない可能性があって、吸ったときに肺に引っかかってむせるんです」
◆15歳で大麻と出会い、20歳で決別するも…
doscoiさんと大麻の付き合いは20年以上に及ぶ。15歳で大阪のレストランでアルバイトを始めたとき、先輩から勧められてジョイントで吸ったのが初体験だった。
「笑いが止まらなくなるし、見るもの聞こえてくるものすべてが楽しい。炊飯ジャーのお米を食べたら、味わったことがないほどおいしかった」
その後、若気の至りで違法薬物を一通り経験したが、寝つけるし食欲も湧いて人間的な営みができる大麻に耽溺するようになる。
しかし、友人が逮捕されるケースを目の当たりにして、20歳を超えたころには大麻との関係はすっぱり切れた。
大阪でバーテンダーなどをしていたdoscoiさんだったが、25歳のときに転機を迎える。友人の祖父が亡くなり、岡山県の2000㎡もの田畑が休耕地になり、譲り受けることとなったのだ。
「自然に触れたい気持ちから米作りを始めましたが、最初は失敗続き。それでも、自分の努力と自然の恵みで育ったコシヒカリを食べてみると、とてもおいしかった。イチゴの露地栽培なども手掛けて、農協に卸したりして経営は順調でした。ただ、農業に慣れてくるに従って、『大麻を育てられたらな』という思いをずっと抱えていた」
大麻栽培への尽きない渇望を抱えるdoscoiさんに朗報となったのが、’22年のタイの大麻解禁だった。市中の店舗で堂々と販売されている様子がニュースで流れ、一大決心。タイに渡ったのが昨年2月だった。
◆農業で培った経験は大麻栽培に役立った
「タイを訪れたことはなかったけれど、世界中から集まった大麻フリークに、自分のノウハウで育てた大麻がどのように評価してもらえるか。挑戦心がみなぎりました」
日本に留学経験があったタイ人女性を通訳に物件を探し歩き、飛び込みでビルの賃貸契約を交わした。
その後、ライセンスの取得といった事務手続きや、プランターや配管などの備品を準備。2か月かかってようやく種をまけた。
農業の経験は、大麻栽培に生きている。イチゴ栽培で用いられる、よく実る優れた枝を切って新たに植えるクローンという手法を転用。
これにより、種から育てる時間が省けるとともに、優秀な株を広げられる。水まきは一日に1回で、植物に合った温度で与えるという鉄則もそのまま生きる。大麻の場合、それは25℃前後だ。
収穫した大麻を乾燥させる際は、栄養をしっかり実に落とすため、米と同じく花穂を下に向ける。培った技術を転用したうえで、試行錯誤も欠かさない。
「ココナッツを砕いたココという土が水はけが良くて、大麻に合うとわかりました。うちはオーガニックなので、どうしても生産量にムラが出てしまう。だから、収穫を上げるために挑戦が必要なんです」
◆渡航1年で大麻コンテスト最優秀賞に
こうして手塩にかけて育てられたdoscoiさんの大麻は、タイ在住の日本人だけでなく、欧米の旅行客からも大好評。
昨年11月にバンコクで行われた大麻コンテストでは、客が選んだ最優秀作品の1位に選ばれた。
「来場者から『吸ったときにむせない』『のどにつっかえない感じがイイ!』と評価してもらえました。実は、僕もそこを狙って作っているので。うれしかったです」
月の売り上げは、観光客が多く集まる乾季だと50万バーツ(約225万円)にも上る。ただ、経済成長著しいタイでは物価も高騰している。
電気代は日本より割高で毎月8万バーツ(36万円)もかかり、総経費は30万バーツに上る。
「今、タイには世界中から大麻で一攫千金を狙おうと腕利きの大麻農家が進出していて、競争も激化。そもそも供給過多で、相場も値崩れしています。そんな中で戦えているのは、いろんな人に恵まれてこそ」
長く伸びたあごひげを触りながら、doscoiさんは今日一番の笑顔を見せてそう話してくれた。
◆「自由に大麻栽培したい」同じ思いの後進支援へ
楽な稼業ではないようだが、doscoiさんを5人のスタッフがサポートする。そのうち1人は、ミャンマーの山岳民族の女性だ。
「彼女には、給与の半分を家族に仕送りできるほどの報酬を支払えています。ミャンマー出身者は、タイでは給与の安い仕事ばかり回される。大麻産業が、こうした人たちの雇用の場となっているんです」
doscoiさんは10月、日本人の栽培者やショップ店員の育成やビザ、ライセンス取得の支援を目的とした協会を立ち上げた。
大麻に関心がありながら、法規制でがんじがらめとなっている“かつての自分”のような日本人のタイ進出を応援したいという思いからだ。
「非合法の日本では、押し入れで育てたり、吸うにしてもこっそりとやらなくてはいけない。過去の自分もそんな鬱屈した思いをしてきたので、タイで大麻を仕事にして、解放的に楽しんでもらいたいんです」
法律の埒外での生き方ながら、自身の信じた道をひたむきに歩むdoscoiさん。日本で磨いた農業スキルを武器に、バンコクでの快進撃は続く。
◆医療・経済効果で解禁…再規制方針も実効性は?
タイでは古来、伝統薬として大麻が活用されてきた。現代になって大麻は禁止されたが、バンコクのカオサン地区では、屋台やゲストハウスで密かに大麻が販売され、世界中から愛好家が集った。
東洋医学見直しの機運の高まりやドラッグツーリズムの経済性が注目され、’18年に医療用大麻が合法化。
’22年6月には嗜好用大麻も麻薬リストから除外され、実質的に合法となった。大麻関連の製品を扱う店舗は全土で数万に膨れ上がっている。
一方、大麻解禁に反発する声も強く、政府は娯楽使用を再び規制する方針だが、実効性のある施策を打てるかは疑問視されている。
ちなみに我が国の大麻取締法では、国外であっても日本人がみだりに所持、譲渡、栽培してはならないと定めており、大麻に厳しい法律運用が適用されている。
◆プロが愛用する大麻「三種の神器」
乾燥大麻をペーパーで巻き、紙たばこのようにして吸うのがジョイント。レゲーシンガーの伝説的な存在であるボブ・マーリーは、アルバムのジャケットに自らがジョイントを吸う姿を掲載。
音楽やカルチャーと大麻が密接に絡んでいることを示してみせた。
doscoiさん愛用のジョイント道具も見せてもらった。クラッシャーで乾燥大麻を潰し、ペーパーで巻いて、厚手のローチをフィルター代わりにして吸うという工程を踏むのだそうだ。
「僕は、1gで1本巻いて、1日に大体15本ぐらい吸います。大麻だけなら体調に悪影響は感じないですね。一般のお客さんは、1gで2~3本程度で十分です。自分で巻けなくても、店のスタッフがやってくれますから」(doscoiさん)
◆隠れ家的なバーで音と大麻に酔う……
バンコクの中でも賑やかなエリアとして知られるスクンビット。その喧騒とほどよい距離感を保つ場所に、そのバーはあった。doscoiさんが育てた大麻を買える「Cannabis Culture Club」だ。
100㎡ほどの広々とした店内はソファが贅沢に置かれ、くつろげる仕様。良質なスピーカーからは叙情的な音楽が耳に流れ込んでくる。
「音、お酒、ウィード(大麻)。それぞれ飛び切りのものを提供するのがコンセプトのバーで、僕のファームの商品を置かせてもらってます。金曜の夜にはカウンターに立ち、接客することもある。とても大切なひとときです」(doscoiさん)
◆欧米では嗜好目的でも合法が主流
タイのような大麻解禁は、世界的な潮流になっている。大麻関連で多くの書籍を著しているジャーナリスト・矢部武さんが解説する。
「現在、娯楽用大麻が合法となっているのはカナダなど6、7か国。アメリカでは半数近い24州で認められていて、大麻の消費額がアルコールを抜いたというデータもあります。また、大麻の所持・使用について、基本的に刑罰を問わない非犯罪化はEUの大半の国で進み、世界で30か国以上です。
医療大麻を認めている国はもっと多く、がん患者などの慢性的な痛みを抱える方への鎮痛剤として処方され、売り上げが伸びています」
合法化の波はビジネス面で大きなうねりとなり、グリーンラッシュとも称される。
インドの調査会社のデータによれば、’22年の世界の大麻市場の売上高は、437.2億ドル(約6兆5580億円)。これが、’30年には約10倍の4443.4億ドル(約66兆6510億円)に達すると試算されている。
◆グリーンラッシュが日本にも迫る!
グリーンラッシュは、嗜好目的での乾燥大麻の消費だけではない。
「ヘンプと呼ばれるTHC成分の低い産業大麻は、バイオプラスチックや建築の断熱材、車のボディに活用されます。また、ヘンプから採取される油はバイオ燃料に変換されます。大麻が、今後の環境ビジネスのけん引役として注目されているのです」
一方、日本ではこうした潮流に抗うように、昨年に大麻取締法が75年ぶりに改正され、新たに使用罪が盛り込まれた。厳罰化が一段と進んだように見えるが、矢部さんは今回の法改正に一定の評価を下す。
「これまで医療大麻を認めていなかったですが、改正で大麻由来の薬品の利用が可能となり、抗てんかん薬のエピディオレックスが承認される見込み。これは大きな一歩です」
期待をのぞかせる矢部さんだが、嗜好目的での解禁は程遠いと考える。
「いまだに世間の認識は覚醒剤と同等だし、総選挙でも全く争点になっていない。以前、野党の選挙関係者と話した際、『大麻を語ると票が落ちる』と言っていました。ただ、アメリカだって医療大麻解禁から嗜好大麻の合法まで20年かかりました。日本でも議論が深まればいいのですが」
世界でグリーンラッシュが席捲する中、日本は“鎖国”を続けられるのか。
◆世界各国の大麻規制の現状
日本……×
大麻取締法の改正で、12月から認可品のTHC含有率が大幅に引き下げられる見込みで、CBDショップでは現行品が販売できなくなる事態に直面している
アメリカ合衆国……△
州ごとに規制が異なるが、大統領選ではハリス・トランプ両陣営とも推進、容認の姿勢。「郊外では、高齢の顧客向けに送迎サービスを行う店もあるほど」(矢部さん)
中国……×
「アヘン戦争のトラウマで薬物へのアレルギーが大変強く、嗜好用と医療用は禁止されています。しかし、産業用は認められ、大麻耕地の面積は世界最大です」(矢部さん)
ドイツ……○
粗悪品や闇市場の一掃を目的に、制度を大幅に改訂。4月から18歳以上の嗜好用大麻の最大50gまでの所持と使用が合法となり、3株までの栽培も可能になった
韓国……×
’18年末に、東アジアで初めて医療用大麻については合法化。昨年の大麻関連製品の総収益は700億円以上に上るとのデータもあり、成長産業として投資が進んでいる
ウルグアイ……○
麻薬組織の資金源遮断を目的に’13年に世界で初めて嗜好目的での使用を合法とした。「合法化によって、麻薬犯罪が20%減少し、闇組織の衰退につながりました」(矢部さん)
マレーシア……×
刑法犯への厳罰で知られる同国。200g以上の大麻を所持した場合、販売目的とみなされて死刑判決が下ることもあるほど厳しいが、’21年から医療大麻については認められた
【doscoiさん】
1986年生まれ、大阪市出身。15歳で大麻を経験し、その魅力に目覚める。岡山で米作を営んだ経験を糧として、タイで大麻栽培に挑んでいる
【ジャーナリスト・矢部 武さん】
1954年、埼玉県生まれ。ロサンゼルスタイムス紙記者を経てフリーに。著書に『世界大麻経済戦争』(集英社)などがある
取材・文/週刊SPA!編集部
―[[海を渡った大麻農家]の挑戦]―