憧れの「海外移住」。長引く不況の影響などから、日本ではなく海外での就職を選ぶ日本人も少なくない。
早期退職や定年後の移住先として人気のタイ・パタヤで起業した石井エリさん。彼女は現在、日本とタイを行き来しながら2人の子ども(3歳&0歳)を育てているが、実生活や子育てについて詳しい話を聞いてみた。
◆大学卒業後、タイでの就職を目指して移住
埼玉県でタイ人の母親と日本人の父親との間に生まれた石井さん。幼少期に両親が離婚し、父親に引き取られた後、大学卒業まで日本で育った。その後は、タイでの就職を目指した。
石井さんが日本ではなく、タイを選んだのにはどのような理由があったのだろうか。
「私が幼い頃は、まだ“人と違うこと”が悪いとされる風潮がありました。ハーフというだけで後ろ指をさされることも多く、少し辛い思いをしましたね。年齢を重ねるごとに、差別の意識は薄れていきましたが、やっぱり心の中にはモヤモヤしたものが残っていたんです。
タイ人とのハーフとして見られる一方で、“ハーフなのにタイ語を話せない”というコンプレックスがずっとありました。それを解消したくて、まずはタイ語留学を決意し、そのまま単身でタイに移住しました」
◆パタヤに見出したビジネスチャンス
1年間タイ語を学んだ後、最終的には日本とタイのどちらで就職するか迷った石井さんだが、タイ語を活かした仕事がしたいと思い、タイ資本の五つ星ホテルに就職した。語学を学んだことで、タイは就職の選択肢が日本よりも整っていると感じたという。
有名ホテルでの勤務を通じて、石井さんは次第にタイでの“起業”を考えるようになった。しかし、バンコクにはすでに多くの日本人が進出しており、競争が激しい状況だった。そのため、母親の実家に近いパタヤに目を向けることにしたという。
「パタヤは観光地でありながら、じつは多くの日本人のビジネスマンが住む街です。それにもかかわらず、日本人向けの語学学校がありませんでした。そこで、日本から赴任している人たち(駐在員)を対象にした語学学校を開こうと考えました。
タイでは、良いタイ人のパートナーさえ見つかれば比較的簡単に会社を作れます。また、起業をサポートする日系企業も多く、外国人でも安心して起業に踏み出せる仕組みがあるんです」
◆4人家族、タイでのリアルな生活費
現在、石井さんはパタヤで語学学校を経営しているが、タイでの生活費について聞いてみた。
「独身時代は月々だいたい3万5000バーツ(約15万4000円)くらいで生活していました。内訳としては、家賃が1万5000バーツ(約6万6000円)、その他の生活費が約2万バーツ(約8万8000円)という感じです。また、保険代が年間で3万バーツ(約13万2000円)かかっていました」
2021年に日本人男性と結婚し、2人の子どもを育てている石井さん。
「家族が増えると、生活費は大きく変わります。バンコクで暮らしていた頃は、家族4人で約5万バーツ(約22万円)、家賃が7万バーツ(約30万8千円)ほどでした。今は、パタヤにいるときは母親の実家暮らしなので家賃は無料で、生活費は2万5000バーツ(約11万円)程度。日本食ばかりを食べていると食費がかさむのですが、我が家は基本的に自炊です。週末はオシャレなカフェなどで外食することもあります。
ただ、昔も今も旅行が好きなので、これに追加で旅行代がかかることが多いですね。タイは地理的に飛行機で1〜2時間も移動すれば複数の国への海外旅行が楽しめるので」
◆オムツやミルクは日本と変わらない値段だけど…
子育て事情については日本と比べてどうなのか。
「タイは物価が安いというイメージがあるので、子育て費用も安く済むと思われがちですが、実際はそうでもないんです。特に、オムツやミルクは日本と値段があまり変わらないですね。
オムツは日本では1パックが1200円程度ですが、タイでは1パックが約300バーツ(約1320円)です。ミルク缶は日本では800gで2000円くらいですが、タイで400gが約300バーツ(約1320円)程度です」
とはいえ、タイでの子育てにメリットを感じているという。
「日本にいるときは、子連れでの外出は肩身が狭いと感じることが多かったです。例えば、エレベーターやタクシーで舌打ちをされたり、電車の優先席を譲ってもらえなかったり……。もちろん優しく声をかけてくださる方もいますが、全体的に冷たく感じることがありました。
一方、タイでは“子どもは宝”という思想が根付いていて、子どもはどこに行っても本当に可愛がられます。電車では周りの人が一斉に手助けしてくれたり、レストランでは店員さんが子どもと遊んでくれることも。タイでの子育ては、毎日のように人の優しさを感じられ、親としても心に余裕を持てます。また、住み込みや日雇いのお手伝いさんを気軽に利用できる仕組みも心強いですね」
◆タイでは“子どもは宝”「気づくと“10オペ”状態になってることも(笑)」
それだけでなく、タイでは家族や実家が子育てに協力的なのも魅力だという。
「日本と比べると、タイは親族同士の距離感がとても近いですね。その家庭内だけでなく、親族全体で子どもを見守ろうという考え方。そのため、お母さんが1人で子育てをするケースはむしろ少ないと思います。
田舎では親族全員で子育てをすることが一般的で、お母さんが都会に働きに出ている間は、親族が子どもの面倒を見ることが多いんです。実際、私もパタヤの実家で子どもを育てているのですが、最初はいわゆる“ワンオペ”生活をしていたのが、気づけば周囲が協力してくれて、“10オペ”状態になっていました(笑)。田舎では親族全員が同じ家に住んでいることも多いので、自然に助け合いが生まれるんです。
また、都会の場合は、田舎から手の空いている親族を呼び寄せて“子守係”として助けてもらうケースもあります。その際にはきちんと給料を支払って、仕事としてお願いします。もしも子守を頼む人がいない場合は、お手伝いさんを雇うことが一般的で、月給で1万3000バーツ前後(約5万7000円)、日雇いなら1時間130バーツ(約570円)と、日本よりも手軽に利用できるのも良いですね」
ただし、日本と違い不便なこともあるという。
「外国人が利用する病院の医療費は高額で、風邪でも3000〜5000バーツ(約1万3000円~2万1000円)ぐらいかかって、ワクチンは自費。また、子どもの医療費も日本とは違って自費なことです。国立病院と私立病院の選択肢があり、国立病院は安価ですが、待ち時間が長く、タイ語しか通じないこともあるため、外国人には少しハードルが高いです。
我が家ではタイの民間医療保険に加入しており、1人あたり年間約3万〜5万バーツ(約13万円~22万円)で入院費をカバーしています。ただし、通常の外来費用は基本的に自己負担です。それでも、タイでは薬局で簡単に薬が購入できるため、風邪程度であれば病院に行かずに済ませることがよくあります」
◆「自由な生き方をしてほしい」
子どもをタイで育てる場合の学校などの教育事情はどうなのだろうか。
「日本人家庭の多くはインターナショナルスクールに子どもを通わせるのですが、学校の費用は学校によって異なります。パタヤの場合、幼稚園だけでも年間10万バーツから50万バーツ(約44万円~220万円)程度ですが、バンコクともなると、さらに上がります。
インターナショナルスクールに通わせる場合、最初は英語ができない子どもが多いため、家族全員でサポートします。ただし、タイでは褒め合う文化なので、自己肯定感が高まりやすいですね」
石井さん自身は、子どもにはタイと日本のどちらの国籍や文化で育ってほしいと考えているのだろうか。
「せっかく日本とタイ、両方のルーツを持って生まれたので、どちらの文化も吸収して良いとこ取りをしてほしいと思っています。我が家では自然と両方の文化に触れられるよう、親として工夫をしています。また、タイではハーフの子どもが多く、LGBTQ+先進国でもあるので、国籍や性別にとらわれない自由な生き方をしてほしいですね」
【石井エリ】
2014年にタイ移住、TLSパタヤ語学学校を経営。日本とタイの架け橋になりたい!という想いからYouTube番組「タイ駐在チャンネル」「JaPhaiチャンネル」でリポーターや日本人向けイベントでの司会、在タイ日本人向けインフルエンサーとして幅広く活動中。日本のテレビ番組「マツコ会議」や「サタデープラス」にも出演。
<取材・文・撮影/カワノアユミ>
【カワノアユミ】
東京都出身。20代を歌舞伎町で過ごす、元キャバ嬢ライター。現在はタイと日本を往復し、夜の街やタイに住む人を取材する海外短期滞在ライターとしても活動中。アジアの日本人キャバクラに潜入就職した著書『底辺キャバ嬢、アジアでナンバー1になる』(イーストプレス)が発売中。X(旧Twitter):@ayumikawano
早期退職や定年後の移住先として人気のタイ・パタヤで起業した石井エリさん。彼女は現在、日本とタイを行き来しながら2人の子ども(3歳&0歳)を育てているが、実生活や子育てについて詳しい話を聞いてみた。
◆大学卒業後、タイでの就職を目指して移住
埼玉県でタイ人の母親と日本人の父親との間に生まれた石井さん。幼少期に両親が離婚し、父親に引き取られた後、大学卒業まで日本で育った。その後は、タイでの就職を目指した。
石井さんが日本ではなく、タイを選んだのにはどのような理由があったのだろうか。
「私が幼い頃は、まだ“人と違うこと”が悪いとされる風潮がありました。ハーフというだけで後ろ指をさされることも多く、少し辛い思いをしましたね。年齢を重ねるごとに、差別の意識は薄れていきましたが、やっぱり心の中にはモヤモヤしたものが残っていたんです。
タイ人とのハーフとして見られる一方で、“ハーフなのにタイ語を話せない”というコンプレックスがずっとありました。それを解消したくて、まずはタイ語留学を決意し、そのまま単身でタイに移住しました」
◆パタヤに見出したビジネスチャンス
1年間タイ語を学んだ後、最終的には日本とタイのどちらで就職するか迷った石井さんだが、タイ語を活かした仕事がしたいと思い、タイ資本の五つ星ホテルに就職した。語学を学んだことで、タイは就職の選択肢が日本よりも整っていると感じたという。
有名ホテルでの勤務を通じて、石井さんは次第にタイでの“起業”を考えるようになった。しかし、バンコクにはすでに多くの日本人が進出しており、競争が激しい状況だった。そのため、母親の実家に近いパタヤに目を向けることにしたという。
「パタヤは観光地でありながら、じつは多くの日本人のビジネスマンが住む街です。それにもかかわらず、日本人向けの語学学校がありませんでした。そこで、日本から赴任している人たち(駐在員)を対象にした語学学校を開こうと考えました。
タイでは、良いタイ人のパートナーさえ見つかれば比較的簡単に会社を作れます。また、起業をサポートする日系企業も多く、外国人でも安心して起業に踏み出せる仕組みがあるんです」
◆4人家族、タイでのリアルな生活費
現在、石井さんはパタヤで語学学校を経営しているが、タイでの生活費について聞いてみた。
「独身時代は月々だいたい3万5000バーツ(約15万4000円)くらいで生活していました。内訳としては、家賃が1万5000バーツ(約6万6000円)、その他の生活費が約2万バーツ(約8万8000円)という感じです。また、保険代が年間で3万バーツ(約13万2000円)かかっていました」
2021年に日本人男性と結婚し、2人の子どもを育てている石井さん。
「家族が増えると、生活費は大きく変わります。バンコクで暮らしていた頃は、家族4人で約5万バーツ(約22万円)、家賃が7万バーツ(約30万8千円)ほどでした。今は、パタヤにいるときは母親の実家暮らしなので家賃は無料で、生活費は2万5000バーツ(約11万円)程度。日本食ばかりを食べていると食費がかさむのですが、我が家は基本的に自炊です。週末はオシャレなカフェなどで外食することもあります。
ただ、昔も今も旅行が好きなので、これに追加で旅行代がかかることが多いですね。タイは地理的に飛行機で1〜2時間も移動すれば複数の国への海外旅行が楽しめるので」
◆オムツやミルクは日本と変わらない値段だけど…
子育て事情については日本と比べてどうなのか。
「タイは物価が安いというイメージがあるので、子育て費用も安く済むと思われがちですが、実際はそうでもないんです。特に、オムツやミルクは日本と値段があまり変わらないですね。
オムツは日本では1パックが1200円程度ですが、タイでは1パックが約300バーツ(約1320円)です。ミルク缶は日本では800gで2000円くらいですが、タイで400gが約300バーツ(約1320円)程度です」
とはいえ、タイでの子育てにメリットを感じているという。
「日本にいるときは、子連れでの外出は肩身が狭いと感じることが多かったです。例えば、エレベーターやタクシーで舌打ちをされたり、電車の優先席を譲ってもらえなかったり……。もちろん優しく声をかけてくださる方もいますが、全体的に冷たく感じることがありました。
一方、タイでは“子どもは宝”という思想が根付いていて、子どもはどこに行っても本当に可愛がられます。電車では周りの人が一斉に手助けしてくれたり、レストランでは店員さんが子どもと遊んでくれることも。タイでの子育ては、毎日のように人の優しさを感じられ、親としても心に余裕を持てます。また、住み込みや日雇いのお手伝いさんを気軽に利用できる仕組みも心強いですね」
◆タイでは“子どもは宝”「気づくと“10オペ”状態になってることも(笑)」
それだけでなく、タイでは家族や実家が子育てに協力的なのも魅力だという。
「日本と比べると、タイは親族同士の距離感がとても近いですね。その家庭内だけでなく、親族全体で子どもを見守ろうという考え方。そのため、お母さんが1人で子育てをするケースはむしろ少ないと思います。
田舎では親族全員で子育てをすることが一般的で、お母さんが都会に働きに出ている間は、親族が子どもの面倒を見ることが多いんです。実際、私もパタヤの実家で子どもを育てているのですが、最初はいわゆる“ワンオペ”生活をしていたのが、気づけば周囲が協力してくれて、“10オペ”状態になっていました(笑)。田舎では親族全員が同じ家に住んでいることも多いので、自然に助け合いが生まれるんです。
また、都会の場合は、田舎から手の空いている親族を呼び寄せて“子守係”として助けてもらうケースもあります。その際にはきちんと給料を支払って、仕事としてお願いします。もしも子守を頼む人がいない場合は、お手伝いさんを雇うことが一般的で、月給で1万3000バーツ前後(約5万7000円)、日雇いなら1時間130バーツ(約570円)と、日本よりも手軽に利用できるのも良いですね」
ただし、日本と違い不便なこともあるという。
「外国人が利用する病院の医療費は高額で、風邪でも3000〜5000バーツ(約1万3000円~2万1000円)ぐらいかかって、ワクチンは自費。また、子どもの医療費も日本とは違って自費なことです。国立病院と私立病院の選択肢があり、国立病院は安価ですが、待ち時間が長く、タイ語しか通じないこともあるため、外国人には少しハードルが高いです。
我が家ではタイの民間医療保険に加入しており、1人あたり年間約3万〜5万バーツ(約13万円~22万円)で入院費をカバーしています。ただし、通常の外来費用は基本的に自己負担です。それでも、タイでは薬局で簡単に薬が購入できるため、風邪程度であれば病院に行かずに済ませることがよくあります」
◆「自由な生き方をしてほしい」
子どもをタイで育てる場合の学校などの教育事情はどうなのだろうか。
「日本人家庭の多くはインターナショナルスクールに子どもを通わせるのですが、学校の費用は学校によって異なります。パタヤの場合、幼稚園だけでも年間10万バーツから50万バーツ(約44万円~220万円)程度ですが、バンコクともなると、さらに上がります。
インターナショナルスクールに通わせる場合、最初は英語ができない子どもが多いため、家族全員でサポートします。ただし、タイでは褒め合う文化なので、自己肯定感が高まりやすいですね」
石井さん自身は、子どもにはタイと日本のどちらの国籍や文化で育ってほしいと考えているのだろうか。
「せっかく日本とタイ、両方のルーツを持って生まれたので、どちらの文化も吸収して良いとこ取りをしてほしいと思っています。我が家では自然と両方の文化に触れられるよう、親として工夫をしています。また、タイではハーフの子どもが多く、LGBTQ+先進国でもあるので、国籍や性別にとらわれない自由な生き方をしてほしいですね」
【石井エリ】
2014年にタイ移住、TLSパタヤ語学学校を経営。日本とタイの架け橋になりたい!という想いからYouTube番組「タイ駐在チャンネル」「JaPhaiチャンネル」でリポーターや日本人向けイベントでの司会、在タイ日本人向けインフルエンサーとして幅広く活動中。日本のテレビ番組「マツコ会議」や「サタデープラス」にも出演。
<取材・文・撮影/カワノアユミ>
【カワノアユミ】
東京都出身。20代を歌舞伎町で過ごす、元キャバ嬢ライター。現在はタイと日本を往復し、夜の街やタイに住む人を取材する海外短期滞在ライターとしても活動中。アジアの日本人キャバクラに潜入就職した著書『底辺キャバ嬢、アジアでナンバー1になる』(イーストプレス)が発売中。X(旧Twitter):@ayumikawano