2024年の大反響だった記事をピックアップ! すご過ぎて順位はつけられない「すごい人生」部門はこちら!(集計期間は2024年1月~10月まで。初公開2024年2月11日 記事は取材時の状況) * * *
90年代半ば、アダルト業界に彗星の如く現れ、わずか数年の活動期間のうちに高い知名度を誇ったのが、小室友里氏だ。まだセクシー女優という言葉さえなく、AV女優と呼ばれていた時代。彼女は、主要メーカーの代表的なシリーズ作品を総ナメにする高い人気にくわえ、その美貌と親しみやすいキャラクターによって、ナンバーワン女優の地位を不動のものにした。総売上枚数100万枚以上という脅威の数字がそれを物語る。
現在、小室氏は男女コミュニケーション専門家として、性的な部分も含めた男女間のコミュニケーションなどについて、アドバイスを行っている。
男女はなぜすれ違うのか。殊にそこに性が持ち込まれた場合、なぜもつれるのか。性と向き合うなかで小室氏がたどり着いた解を示してもらった。
◆事務所社長の一言に背中を押されて
「最初は3本くらい出て、普通の社会に戻っていくつもりでした」
そう微笑む小室氏の顔が印象的だ。もともとはアイドルに憧れていたと話す10代のころ。小室氏をAV出演させたのは、所属事務所の社長の一言だった。
「社長からは『これはビジネスとして考えなさい。そこで得られたお金が必ず将来あなたを救うから』と言われました。まだ小娘の年齢だった私に対して、未来への言葉をかけてくれたんです。当時AV女優になる人といえば、お金に困っているか、キャリアアップの野心があるか、どちらかに大別されたと思います。私はどちらでもなかったのですが、社長の言葉で決意しました」
小室氏の思い切りの良さと興味関心を掘り下げる力は両親も重々承知していたこと。両親からは「最後まで理解はされませんでした」と言うものの、「あなたの人生だからと深い愛情で包みこんでくれた」のだという。
◆柔道で「物事をやり通す」気概を身に着けた
「昔から、やると決めたら絶対に押し通してしまうところがあるんです。小学校1年生の頃、兄がやっていた影響で『私も柔道をやりたい』と始めました。ヤワラちゃん(谷亮子選手)が同世代なのですが、彼女が有名になるまで、柔道=男性がやるもの、という固定観念があったように思います。そんななかで柔道をやり始めましたが、小学校卒業まできっちりやり通しました。途中、初潮を迎えて道着が汚れないかハラハラしたり、掴み合いで胸がはだけるのが不安だったり、いろいろありましたが、絶対にやり通すと決めていました」
培った度胸でAV業界の荒波をも乗り切った小室氏。もっとも驚いたのは、引退するときのこんな一幕だ。
「引退を決めたとき、事務所側から『引退後、応援したいと言ってくれている人がいるんだけど、どうする?』と聞かれました。その方は芸能関係者ではないものの、資金面などでさまざまな方面の支援をしてくださっていて、顔の利く人です。おそらくはテレビタレントなどの一般芸能へ転身するには、その方の“応援”が必要だったのだろうと推測します。ただ、私はお断りしましたが」
◆男女間の「性にまつわるトラブル」がなくならない理由
AV女優としての表舞台以外にも性の提供が去就に影響する――そんな世界を目の当たりにした小室氏は、こんな感想を口にする。
「スポンサーに対して性的な快楽を提供することが当然視された世界だったのだと思います。少なくとも影響力のあるメディアに足がかりを作りたかったら、当時は自らの性を捧げることは珍しくなかったのでしょう」
男女で性についての認識をすり合わせることは難しい。現代でこそ“ハラスメント”という言葉が普及したが、それでもなおトラブルが絶えることはない。多くの男女間のトラブルについて傾聴してきた小室氏は、その原因についてこう考える。
「ジェンダーギャップを埋めるのは容易ではありません。昔から根強く存在する言葉に『嫌よ嫌よも好きのうち』というのがありますが、大抵の場合、女性の本心は『嫌よ嫌よはマジで嫌』なんです。しかしそれが理解されないまま、いわば男性が性行為をなかば強引に行う口実として用いられてきた歴史がありますよね。こうした認識のズレが性被害の根底にはあるのではないかと思っています」
◆“男女でゴールが違う”ことを認識すべき
また、社会における女性の役割もたぶんに男性側の願望と幻想にまみれている。
「日本においては長らく、『男が女を誘う』という構図がノーマルとされてきました。女性の側からみれば、男性の誘いを断ることによって恥をかかせてしまうという危険性を常にはらんでいます。それだけではなく、社会が女性に対して“誘われる美徳”を押し付け、奥ゆかしく淑女であることを求めたのは事実だと思います」
女性は“待つ”側でいることを強いられる一方、男性からの誘いを断るのは相当な勇気を要する。しかも、性行為に至ったあとも、男女には決定的な違いがあるのではないかと小室氏は指摘する。
「非常に乱暴な言い方をすれば、男性のゴールは射精で、女性のゴールは性行為にまつわる時間全てなのではないかと思っています。だから性行為からしばらく経って男性からの扱われ方に不満を抱くこともあるでしょう。おそらく女性が『モノ扱いされた』と感じるとき、性行為や事後の時間を含めての評価を指しているはずです。けれどもそれがわからないから、男性は『性行為に応じたじゃないか。モノ扱いなんてしてないんだ』と議論が平行線になるのではないかと考えています。同じ時間を過ごしても、ぞんざいに扱われたという印象が色濃くなれば、女性にとっては苦しみの時間に変わるのです」
◆AVは子どもにとって「刺激が強すぎる」からこそ…
これまで男性中心にしか語られてこなかった性の話題。なかでもAV業界という、徹底した男性目線の世界で生きてきた小室氏だからこその視座も持つ。
「現在、私はマンダラート(マンダラチャート)を勉強中です。これは仏教に出てくる曼荼羅様のマス目を利用して深層心理に迫るものです。AV業界から発信されるメッセージは欲望の可視化であり、人の深層心理と波長が合いやすいのではないかと近頃感じます。より重大なのは、それが性に目覚める思春期の子どもにとっては刺激が強すぎるうえに、それが正しいことなのか間違っていることなのかの判別がつかないという点です」
小室氏は、性教育に悩む親の立場への提言も積極的に行っている。幼児期からの身体接触という観点からは、たとえばこんなアプローチも大切だと小室氏は話す。
「親子であっても、触れ合いが生じればそれは性的な体験になります。自分の子どもだから許可なく身体に触れていいというわけではなく、きちんと『◯◯ちゃんに触るけど良いかな?』と同意を得たうえで触ることが大切です。というのは、親が子どもを愛しているから触れていいというメッセージは、翻って『自分も好きな子には触って良いのだ。相手も喜んでくれるのだ』という間違った認知につながる可能性が否定できないからです。他者の尊厳を大切にできる子にするためにも、子育てをしている人は、そうした声がけを意識するといいのかなと私は思っています」
ナイーブゆえに蓋をされ続けた性の諸事が、火種になるとしたらこんなに皮肉なことはない。かつて世の男性を魅了し続けた小室氏は、男女が適切に交通するために全霊で発信している。性が絡むことで特別に変わることはない。人が人を尊重して扱う。その沿線に本当の快楽はある。
<取材・文/ 黒島暁生>
【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki
90年代半ば、アダルト業界に彗星の如く現れ、わずか数年の活動期間のうちに高い知名度を誇ったのが、小室友里氏だ。まだセクシー女優という言葉さえなく、AV女優と呼ばれていた時代。彼女は、主要メーカーの代表的なシリーズ作品を総ナメにする高い人気にくわえ、その美貌と親しみやすいキャラクターによって、ナンバーワン女優の地位を不動のものにした。総売上枚数100万枚以上という脅威の数字がそれを物語る。
現在、小室氏は男女コミュニケーション専門家として、性的な部分も含めた男女間のコミュニケーションなどについて、アドバイスを行っている。
男女はなぜすれ違うのか。殊にそこに性が持ち込まれた場合、なぜもつれるのか。性と向き合うなかで小室氏がたどり着いた解を示してもらった。
◆事務所社長の一言に背中を押されて
「最初は3本くらい出て、普通の社会に戻っていくつもりでした」
そう微笑む小室氏の顔が印象的だ。もともとはアイドルに憧れていたと話す10代のころ。小室氏をAV出演させたのは、所属事務所の社長の一言だった。
「社長からは『これはビジネスとして考えなさい。そこで得られたお金が必ず将来あなたを救うから』と言われました。まだ小娘の年齢だった私に対して、未来への言葉をかけてくれたんです。当時AV女優になる人といえば、お金に困っているか、キャリアアップの野心があるか、どちらかに大別されたと思います。私はどちらでもなかったのですが、社長の言葉で決意しました」
小室氏の思い切りの良さと興味関心を掘り下げる力は両親も重々承知していたこと。両親からは「最後まで理解はされませんでした」と言うものの、「あなたの人生だからと深い愛情で包みこんでくれた」のだという。
◆柔道で「物事をやり通す」気概を身に着けた
「昔から、やると決めたら絶対に押し通してしまうところがあるんです。小学校1年生の頃、兄がやっていた影響で『私も柔道をやりたい』と始めました。ヤワラちゃん(谷亮子選手)が同世代なのですが、彼女が有名になるまで、柔道=男性がやるもの、という固定観念があったように思います。そんななかで柔道をやり始めましたが、小学校卒業まできっちりやり通しました。途中、初潮を迎えて道着が汚れないかハラハラしたり、掴み合いで胸がはだけるのが不安だったり、いろいろありましたが、絶対にやり通すと決めていました」
培った度胸でAV業界の荒波をも乗り切った小室氏。もっとも驚いたのは、引退するときのこんな一幕だ。
「引退を決めたとき、事務所側から『引退後、応援したいと言ってくれている人がいるんだけど、どうする?』と聞かれました。その方は芸能関係者ではないものの、資金面などでさまざまな方面の支援をしてくださっていて、顔の利く人です。おそらくはテレビタレントなどの一般芸能へ転身するには、その方の“応援”が必要だったのだろうと推測します。ただ、私はお断りしましたが」
◆男女間の「性にまつわるトラブル」がなくならない理由
AV女優としての表舞台以外にも性の提供が去就に影響する――そんな世界を目の当たりにした小室氏は、こんな感想を口にする。
「スポンサーに対して性的な快楽を提供することが当然視された世界だったのだと思います。少なくとも影響力のあるメディアに足がかりを作りたかったら、当時は自らの性を捧げることは珍しくなかったのでしょう」
男女で性についての認識をすり合わせることは難しい。現代でこそ“ハラスメント”という言葉が普及したが、それでもなおトラブルが絶えることはない。多くの男女間のトラブルについて傾聴してきた小室氏は、その原因についてこう考える。
「ジェンダーギャップを埋めるのは容易ではありません。昔から根強く存在する言葉に『嫌よ嫌よも好きのうち』というのがありますが、大抵の場合、女性の本心は『嫌よ嫌よはマジで嫌』なんです。しかしそれが理解されないまま、いわば男性が性行為をなかば強引に行う口実として用いられてきた歴史がありますよね。こうした認識のズレが性被害の根底にはあるのではないかと思っています」
◆“男女でゴールが違う”ことを認識すべき
また、社会における女性の役割もたぶんに男性側の願望と幻想にまみれている。
「日本においては長らく、『男が女を誘う』という構図がノーマルとされてきました。女性の側からみれば、男性の誘いを断ることによって恥をかかせてしまうという危険性を常にはらんでいます。それだけではなく、社会が女性に対して“誘われる美徳”を押し付け、奥ゆかしく淑女であることを求めたのは事実だと思います」
女性は“待つ”側でいることを強いられる一方、男性からの誘いを断るのは相当な勇気を要する。しかも、性行為に至ったあとも、男女には決定的な違いがあるのではないかと小室氏は指摘する。
「非常に乱暴な言い方をすれば、男性のゴールは射精で、女性のゴールは性行為にまつわる時間全てなのではないかと思っています。だから性行為からしばらく経って男性からの扱われ方に不満を抱くこともあるでしょう。おそらく女性が『モノ扱いされた』と感じるとき、性行為や事後の時間を含めての評価を指しているはずです。けれどもそれがわからないから、男性は『性行為に応じたじゃないか。モノ扱いなんてしてないんだ』と議論が平行線になるのではないかと考えています。同じ時間を過ごしても、ぞんざいに扱われたという印象が色濃くなれば、女性にとっては苦しみの時間に変わるのです」
◆AVは子どもにとって「刺激が強すぎる」からこそ…
これまで男性中心にしか語られてこなかった性の話題。なかでもAV業界という、徹底した男性目線の世界で生きてきた小室氏だからこその視座も持つ。
「現在、私はマンダラート(マンダラチャート)を勉強中です。これは仏教に出てくる曼荼羅様のマス目を利用して深層心理に迫るものです。AV業界から発信されるメッセージは欲望の可視化であり、人の深層心理と波長が合いやすいのではないかと近頃感じます。より重大なのは、それが性に目覚める思春期の子どもにとっては刺激が強すぎるうえに、それが正しいことなのか間違っていることなのかの判別がつかないという点です」
小室氏は、性教育に悩む親の立場への提言も積極的に行っている。幼児期からの身体接触という観点からは、たとえばこんなアプローチも大切だと小室氏は話す。
「親子であっても、触れ合いが生じればそれは性的な体験になります。自分の子どもだから許可なく身体に触れていいというわけではなく、きちんと『◯◯ちゃんに触るけど良いかな?』と同意を得たうえで触ることが大切です。というのは、親が子どもを愛しているから触れていいというメッセージは、翻って『自分も好きな子には触って良いのだ。相手も喜んでくれるのだ』という間違った認知につながる可能性が否定できないからです。他者の尊厳を大切にできる子にするためにも、子育てをしている人は、そうした声がけを意識するといいのかなと私は思っています」
ナイーブゆえに蓋をされ続けた性の諸事が、火種になるとしたらこんなに皮肉なことはない。かつて世の男性を魅了し続けた小室氏は、男女が適切に交通するために全霊で発信している。性が絡むことで特別に変わることはない。人が人を尊重して扱う。その沿線に本当の快楽はある。
<取材・文/ 黒島暁生>
【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki