2024年、反響の大きかった記事からジャンル別にトップ10を発表。独自の視点で2024年を振り返る「ニュース」部門、第7位の記事はこちら!(集計期間は2024年1月~10月まで。初公開2024年6月15日 記事は取材時の状況) * * *
◆女医が断言「性的同意は難しくない」
「ホテルまで行ったのに、あとから『同意していなかった』と言われたら、怖くてなにもできない」
「『本当はイヤだった』かどうかなんて、なんとでも言えるんじゃないの?」
メディアにたびたび取り上げられる性加害のスキャンダルに、こうした意見が出ることはいまだに少なくない。2023年7月に刑法が改正され、これまで一般的に「レイプ」と呼ばれていた性加害の罪状が「強制性交等罪」から「不同意性交等罪」に変わり、性的行為を交わす際には「性的同意」を得ることが必須となっている。トラブル回避のため、セックスの前にアプリで言質を取る「性的同意アプリ」というサービスまで登場している。では、私たちはこの言葉をきちんと理解しているのだろうか?
「わざわざ言葉に出して『あなたは同意していますか?』と相手に聞くのは野暮では?」
そんなモヤモヤを抱えている人も少なくないはず。そこで、『女医が導く いちばんやさしいセックス』(扶桑社)を上梓した医師・富永喜代氏に、そのポイントと同意の取り方を聞くと、意外にも「なにも難しくない」との答えが返ってきた。
富永喜代(以下、富永):性的同意とは、セックスだけでなく、キス、体に触れるといった性的な行為をする際、事前にお互いが交わすべき同意のことで、英語では「Sexual Concent」と言います。
性的な行為に対して、まずはお互いの気持ちをしっかり確認し合うこと、これが性的同意の大原則です。「ノー」や「イヤ」を言えない状態であったり、社会的・経済的な立場を利用して性交渉を迫った場合などは、「同意があった」とはみなされません。また、結婚相手や交際相手であっても、性的な行為をする場合は、やはり性的同意が必要とされます。
性的同意のポイントは、次の4つと言われています。
①ノーと言える環境が整っていること(非強制性)
②社会的地位や力関係に左右されない対等な関係であること(対等性)
③いつでも「やめて」と言えること(非継続性)
④その行為が「したい」という明確で積極的な同意があること(明確性)
それぞれくわしく見ていきましょう。
◆自己主張を明確にするのが世界基準
まず、①の「ノーと言える環境が整っている」とは、自分がされて「イヤだ」と感じた行為に対して、どんなときでも拒否できる状態にあることを意味します。②の対等性とも関連することですが、身の危険などを感じてノーと言えない状況で発せられた「イエス」は、同意とみなされません。
②の「社会的地位や力関係に左右されない対等な関係」とは、二人の間に上下関係があったり、利害関係があったりした場合、そのことを意識しながら行われた性的な行為には、同意は成立しないということです。たとえば、「ここで断ったら、仕事で嫌がらせされるかも……」といった不安を相手が抱えた状態で性的な行為に及ぶことはNGとなります。ですから、特に自分が上の立場にいる場合は、十分な配慮が必要となります。
③の「いつでも『やめて』と言えること」は、①と同じように思えますが、〝いつでも〞がポイントです。たとえば「キスしたけどセックスはしたくない」ときもあるし、「昨日はセックスしたけれど、今日はイヤ」というときもあります。つまり、たとえ長年連れ添ったパートナーであっても、性的な行為を行う場合は、その都度、気持ちを確認することが求められます。
④の「明確で積極的な同意」は、キスやセックスなどをお互いが積極的に「したい」と思っているということです。「イヤよイヤよも好きのうち」の「イヤよ」は「好き」にはカウントされません。乗り気でない相手に、「そのうち盛り上がってくるはず」と勝手な思い込みで性的な行為に及ぶことはNGです。
――なんだかセックスというよりも契約みたいですね。
富永:そうした感想も正直で良いと思います。欧米のように自己主張をはっきりする文化とは異なり、イエスとノーを曖昧にした表現に慣れてきた日本人からすると、たしかに少し面食らうかもしれません。しかし、これが現在の「グローバルスタンダード」です。国際化が進むなかで、これからは海外の方との恋愛やセックスの機会も増えていくでしょうから、なおさら〝世界基準〞を知っておくべきでしょう。
◆「ちゃぶ台返しもアリ」の時代
富永:性的同意についてわかりやすく説明しているのが、セックスを「紅茶」にたとえた「Tea Consent」という動画です。この動画は、2015年にイギリスのテムズバレー警察署が「Consent is Everything(同意こそすべて)」と題したキャンペーンの一環として、制作・公開したものです。これが世界中で話題となり、さまざまな言語に翻訳されて、1億5000万回以上も視聴されています。
「あなたが紅茶を淹れたからといって、相手に飲む義務はないし、飲むかどうかは相手が決めること」
「もし飲まなかったとしても、無理に飲ませてはいけない」
「飲まなくても、腹を立ててはいけない」
「最初は欲しいと言っていても、気持ちが変わって飲まないかもしれない」
「意識のない相手に無理に紅茶を飲ませてはいけない」
この動画では、このようにわかりやすく「同意」の概念が解説されています。わずか3分足らずの動画で、YouTubeに日本語版も公開されているので、まだご覧になったことのない方は、ぜひ一度見てみてください。
この動画で一貫して語られているのは、「紅茶を飲むかどうかを決めるのは、あくまでも相手」ということです。基準は常に相手であり、あなたではありません。もしあなたが誘ったとき、相手から「いまは飲みたくない」と断られたとしても、その人に怒ってはいけません。
たとえば、こんな場合はどうでしょう?
相手が「ありがとう、いただくわ」と言ったので、あなたは砂糖やミルクを用意して、あたたかい紅茶をふるまいます。でも、急に気が変わって、相手は「やっぱりいらない」と紅茶に手をつけません。「せっかく用意したのに」とがっかりしそうなところですが、基準は常に相手とするならば、「そのとき飲みたくないのであれば、その意思を尊重すべき」となります。いわゆる〝ちゃぶ台返し〞とも言える状況も、性的同意の概念においては、受け入れるのが当たり前なのです。
そんなバカな……と思われるかもしれませんが、相手基準ということは、裏を返せば、自分基準でもあります。もし自分が相手の立場になったとき、「自分が紅茶を飲むかどうかは、あくまで自分が決めること」なのです。特に性という繊細な世界において、勝手に相手にどんどん進められてしまっては、たまったものではありませんよね。
◆面倒くさがらずスムーズな同意を
――たしかに、自分の気が変わったときに、「わかっているだろう?」とお構いなしに迫られたら恐ろしいですね。特に男性は、逆の立場を想像することが必要かもしれません。
富永:ホテルに入ってもその気にならなければ、「今日はセックスしたくない」と相手に伝えるのは、至極まっとうな行為です。「お互い大人なんだから、こうなることぐらいわかっていたでしょ」と言ってセックスになだれ込もうとするのは、完全に「アウト」です。どれだけミルクや砂糖を用意していても――どれだけ食事をごちそうしたり、ホテル代を支払っていても、したくないものはしたくない。それは、なにがあろうと覆せるものではありません。ちなみに、金品や見返りをちらつかせて性的な行為を迫るのもNGです。
また、「相手がなにも言わないから同意していると思った」という話も耳にしますが、なによりもまず同意を得る責任は「誘う側にある」という点も、性的同意の大切なポイントです。勝手に紅茶を淹れて、なにも言わない相手の口に注ぎ込んだら、相手はどう思うでしょう? 必ず「紅茶飲む?」と聞き、「うん、飲みたい」という返事があって、ティータイムは成立するのです。
人の心は常に変わるもの。私たちはいま、「ちゃぶ台返し」もOKの時代に生きています。
ただし、それが窮屈かと言えば、そうでもありません。いち早くセックスの価値観をアップデートし、スムーズに同意を得られるようになれば、その人は異性からも魅力的に映るからです。「性的同意なんて面倒くさい」と変わろうとしない人がいる一方で、「きちんと思いやってくれているんだな」というマナーと気持ちが伝われば、相手も安心してお付き合いできるというものです。
◆中高年男性がモテる理由の9割は「地位と権力と財力」
富永:性的同意と関連して、世間でたびたび話題になるのが、地位や権力を持った中高年による性加害です。もしもあなたが中高年、特に男性である場合、相手と「見えている世界」が大きく異なっていることは少なくありません。
たとえば、あなたが40・50代の中間管理職の男性だったとします。そしてあなたの部下には、いつもニコニコと笑顔を振りまく20代の女性Aさんがいると仮定しましょう。
Aさんが休憩中、スマートフォンを見ながら、少し口角を上げた様子を目にしたあなたが、「最近、なんだか楽しそうだね。いいことあった?」と話しかけたとします。すると彼女は「え〜そうですか〜! そんなことないですよ、彼氏もいないし」と笑いながら答えます。そこであなたが「じゃあ今度、食事に行こうか」と誘うと、Aさんも「ぜひ〜!」と頷いてくれたとします。
これを若い女性社員との職場恋愛の萌芽と見るのは、早急です。Aさんからすると、次のように考えている可能性があるからです。
「せっかく友達とLINEをしているのに、上司が話しかけてきた……。でも、イヤな顔をして機嫌を損ねたり、査定を悪くされたら面倒だから、とりあえず笑って事なきを得ておこう……」
――ノリがいいからといって、気があるとは限らないんですよね……。
富永:私は、医師が主宰する性を語るオンラインコミュニティとして日本最大級の「富永喜代の秘密の部屋」(会員数1万6000人)を運営しており、さまざまな意見や生の声に触れていますが、ここで断言しておきます。中高年の男性が若い女性にモテる理由、その9割は「地位と権力と財力」です。
ただし、私はそれが悪いことだとは決して言いません。地位や権力や財力も、立派な魅力のひとつだからです。むしろ、地位と権力と財力を築けるほど仕事にストイックな姿勢や器の大きさは、若い男性にはない色気を女性に感じさせることもあるでしょう。しかし、気をつけなければいけないのは、地位と権力と財力があるがゆえに「ノー」と言えない女性も少なくないことです。
「断ってしまったら、不利益を被るのでは?」といった深刻なものから「断ると面倒くさそう」といったシンプルな理由まで、地位や権力や財力を持った中高年にノーを言えない人はこの世には大勢います。ですから、「口ではイヤと言わないから同意している」とは限らないのです。そう考えると、性的同意の必要性が、より理解できるかと思います。
◆自然な気遣い=性的同意の基本
――性的同意の必要性は理解できましたが、実際にどうすればいいのでしょう?
富永:性的同意を交わさないとセックスしてはいけないと耳にすると、プレッシャーや面倒臭さが先立つかも知れませんが、そんなことはありません。なぜなら実際は、性的同意という新しい言葉が出てきただけで、その行為(性的同意を交わすこと)は、多くの人が昔から自然に行ってきたことでもあります。
ここで、パートナーやかつての恋人との初めてのデートの様子を思い出してみてください。
初めて食事をするときには、「今日はどんなお店に行こうか?」、「イタリアンにする? フレンチにする? それともお寿司?」、「苦手な食べ物はない?」、「お腹は空いてる?」など、逐一どうやったら相手がよろこんでくれるか、気を配っていたのではないでしょうか?
初めてからだを重ねたときには、「イヤだったら言ってね」、「大丈夫?」、「好きだよ……キミは?」など、あふれる思いを言葉にして投げかけていたはずです。セックスの際も、言葉にせずとも「(こんな風に触ったら、彼女は痛くないかな?)」「(この体位、自分は好きだけど相手も好きかな?)」など、相手の反応を観察しながら、ゆっくり慎重に進めていたことでしょう。
ときにはホテルに入ったものの、あまりに慎重になりすぎて、その日はなにもしないまま終わってしまった……という、ほろ苦い思い出もあるかもしれませんね。
「相手に嫌われたくない」、「自分の愛情をしっかり相手に伝えたい」、「少しでも自分に振り向いてもらいたい」――そんな一心で配慮に配慮を重ねていたあなたの行為、それこそが「性的同意」の概念が目指すものでもあるのです。
性的同意という言葉とともに、なにかまったく新しい義務が生まれたわけではありません。なにも特別なことはなく、愛し合う男女の間で自然に交わされてきたことなのです。
◆知ることが「やさしさ」につながる
――好きな相手に対して行う普通の気遣いでOKと言われると気が楽になります。
富永:ただ、付き合いが長くなるにつれて、自分では「相手に寄り添っているつもり」、「十分に気遣っているつもり」でも、どういうわけかパートナーとの距離が遠くなったり、セックスですれ違いが生まれることもあります。特にセックスレスは、深刻な問題です。最近の調査(「ジャパン・セックスサーベイ2024」)では、夫婦間で1か月以上セックスしていない人の割合が6割を超えたと報告されました。
もしかすると、その〝できているつもり〞の配慮や寄り添い方が、いつの間にか間違ったものやひとりよがりになっていたとしたら……。
というのも、男女のオルガズムに至るまでのメカニズムや加齢にともなう体調の変化、セックスの際に痛みを感じる「性交痛」や更年期障害、ホルモンと性欲の関係など、性にまつわる正しい知識は、まだまだ広まっているとは言えないからです。
私の主宰するオンラインコミュニティ「富永喜代の秘密の部屋」で行ったアンケートでは、男女ともに7割以上の人が性交痛や加齢によって腟が萎縮することを「知らなかった」と回答しています。「秘密の部屋」の参加者は、性に対して積極的に学ぼうとする意欲あふれる方たちです。セックスへの関心が高い人たちですら、約7割が性交痛について知らなかったわけですから、一般的には性交痛の存在はほとんど知られていないと言っても過言ではないでしょう。
自分では「よかれと思って」やっていても、それが間違った情報や思い込み、勘違いをもとにしたものであれば、かえって裏目に出てしまうことがあります。たとえば、ED治療薬のバイアグラが正しく効果を発揮するためには、空腹の状態で服用するのが基本です。しかし、「精をつけるため!」とディナーでステーキをたらふく食べた後、ED治療薬を服用したことで有効成分の吸収が悪くなり、かえって薬の効果を落としてしまう……といった残念な事例も少なくありません。
セックスに限らず、人間だれしも、そしていくつになっても「わかっていたつもり」、「知っていたつもり」は多々あります。むしろ、年齢を重ねて経験を積むほど、「自分は知っている」との思い込みや勘違いが強くなっていくものです。ですが、相手を知っているつもりでいることが、いつの間にか、相手を傷つけることになっているとしたら……。たとえば、いつまでも若いつもりで自分より立場の弱い若い女性を口説いていたら、性加害の当事者になっていた――繊細な性に関しての思い込みや勘違いは、ときに恐ろしい結果につながります。「知らないのが恥ではなく、知ろうとしないのが恥である」という言葉もあるように、いくつになっても学び続けることが大切です。
男性は女性の性について、女性は男性の性について、意外なほど知らないものです。いくつになっても正しい性の知識を得ることは、自分の性生活を充実させるだけでなく、相手を理解していたわる「やさしさ」にもつながります。
まずは、正しい性の知識とお互いについて「知る」こと。
それが、相手を傷つけることなく心を通わせて愛し合える「やさしいセックス」の第一歩です。
【富永喜代】
痛みで苦しまない人生を医学で導く「痛み改善ドクター」。愛媛県松山市にて富永ペインクリニックを開院。代表を務める「まつやま健康寿命延伸コンソーシアム」は、経済産業省「平成26年度健康寿命延伸産業創出推進事業」に採択。性の悩み専門の性交痛外来を開設し、全国から1万人以上がオンライン診断を受ける。医療×ITで人生100年時代を豊かにするデジタルドクターである。たしかな腕とユニークなキャラクターが人気を呼び、NHK『おはよう日本』、TBS『中居正広の金曜日のスマたちへ』などのテレビ番組にも出演。著書累計98万部。YouTubeチャンネル『女医 富永喜代の人には言えない痛み相談室』は登録者27万人を数える。Facebookライブは年間1000万人以上にリーチし、日本最大級のオンラインセックスコミュニティ(会員数1.6万人)『富永喜代の秘密の部屋』を主宰
◆女医が断言「性的同意は難しくない」
「ホテルまで行ったのに、あとから『同意していなかった』と言われたら、怖くてなにもできない」
「『本当はイヤだった』かどうかなんて、なんとでも言えるんじゃないの?」
メディアにたびたび取り上げられる性加害のスキャンダルに、こうした意見が出ることはいまだに少なくない。2023年7月に刑法が改正され、これまで一般的に「レイプ」と呼ばれていた性加害の罪状が「強制性交等罪」から「不同意性交等罪」に変わり、性的行為を交わす際には「性的同意」を得ることが必須となっている。トラブル回避のため、セックスの前にアプリで言質を取る「性的同意アプリ」というサービスまで登場している。では、私たちはこの言葉をきちんと理解しているのだろうか?
「わざわざ言葉に出して『あなたは同意していますか?』と相手に聞くのは野暮では?」
そんなモヤモヤを抱えている人も少なくないはず。そこで、『女医が導く いちばんやさしいセックス』(扶桑社)を上梓した医師・富永喜代氏に、そのポイントと同意の取り方を聞くと、意外にも「なにも難しくない」との答えが返ってきた。
富永喜代(以下、富永):性的同意とは、セックスだけでなく、キス、体に触れるといった性的な行為をする際、事前にお互いが交わすべき同意のことで、英語では「Sexual Concent」と言います。
性的な行為に対して、まずはお互いの気持ちをしっかり確認し合うこと、これが性的同意の大原則です。「ノー」や「イヤ」を言えない状態であったり、社会的・経済的な立場を利用して性交渉を迫った場合などは、「同意があった」とはみなされません。また、結婚相手や交際相手であっても、性的な行為をする場合は、やはり性的同意が必要とされます。
性的同意のポイントは、次の4つと言われています。
①ノーと言える環境が整っていること(非強制性)
②社会的地位や力関係に左右されない対等な関係であること(対等性)
③いつでも「やめて」と言えること(非継続性)
④その行為が「したい」という明確で積極的な同意があること(明確性)
それぞれくわしく見ていきましょう。
◆自己主張を明確にするのが世界基準
まず、①の「ノーと言える環境が整っている」とは、自分がされて「イヤだ」と感じた行為に対して、どんなときでも拒否できる状態にあることを意味します。②の対等性とも関連することですが、身の危険などを感じてノーと言えない状況で発せられた「イエス」は、同意とみなされません。
②の「社会的地位や力関係に左右されない対等な関係」とは、二人の間に上下関係があったり、利害関係があったりした場合、そのことを意識しながら行われた性的な行為には、同意は成立しないということです。たとえば、「ここで断ったら、仕事で嫌がらせされるかも……」といった不安を相手が抱えた状態で性的な行為に及ぶことはNGとなります。ですから、特に自分が上の立場にいる場合は、十分な配慮が必要となります。
③の「いつでも『やめて』と言えること」は、①と同じように思えますが、〝いつでも〞がポイントです。たとえば「キスしたけどセックスはしたくない」ときもあるし、「昨日はセックスしたけれど、今日はイヤ」というときもあります。つまり、たとえ長年連れ添ったパートナーであっても、性的な行為を行う場合は、その都度、気持ちを確認することが求められます。
④の「明確で積極的な同意」は、キスやセックスなどをお互いが積極的に「したい」と思っているということです。「イヤよイヤよも好きのうち」の「イヤよ」は「好き」にはカウントされません。乗り気でない相手に、「そのうち盛り上がってくるはず」と勝手な思い込みで性的な行為に及ぶことはNGです。
――なんだかセックスというよりも契約みたいですね。
富永:そうした感想も正直で良いと思います。欧米のように自己主張をはっきりする文化とは異なり、イエスとノーを曖昧にした表現に慣れてきた日本人からすると、たしかに少し面食らうかもしれません。しかし、これが現在の「グローバルスタンダード」です。国際化が進むなかで、これからは海外の方との恋愛やセックスの機会も増えていくでしょうから、なおさら〝世界基準〞を知っておくべきでしょう。
◆「ちゃぶ台返しもアリ」の時代
富永:性的同意についてわかりやすく説明しているのが、セックスを「紅茶」にたとえた「Tea Consent」という動画です。この動画は、2015年にイギリスのテムズバレー警察署が「Consent is Everything(同意こそすべて)」と題したキャンペーンの一環として、制作・公開したものです。これが世界中で話題となり、さまざまな言語に翻訳されて、1億5000万回以上も視聴されています。
「あなたが紅茶を淹れたからといって、相手に飲む義務はないし、飲むかどうかは相手が決めること」
「もし飲まなかったとしても、無理に飲ませてはいけない」
「飲まなくても、腹を立ててはいけない」
「最初は欲しいと言っていても、気持ちが変わって飲まないかもしれない」
「意識のない相手に無理に紅茶を飲ませてはいけない」
この動画では、このようにわかりやすく「同意」の概念が解説されています。わずか3分足らずの動画で、YouTubeに日本語版も公開されているので、まだご覧になったことのない方は、ぜひ一度見てみてください。
この動画で一貫して語られているのは、「紅茶を飲むかどうかを決めるのは、あくまでも相手」ということです。基準は常に相手であり、あなたではありません。もしあなたが誘ったとき、相手から「いまは飲みたくない」と断られたとしても、その人に怒ってはいけません。
たとえば、こんな場合はどうでしょう?
相手が「ありがとう、いただくわ」と言ったので、あなたは砂糖やミルクを用意して、あたたかい紅茶をふるまいます。でも、急に気が変わって、相手は「やっぱりいらない」と紅茶に手をつけません。「せっかく用意したのに」とがっかりしそうなところですが、基準は常に相手とするならば、「そのとき飲みたくないのであれば、その意思を尊重すべき」となります。いわゆる〝ちゃぶ台返し〞とも言える状況も、性的同意の概念においては、受け入れるのが当たり前なのです。
そんなバカな……と思われるかもしれませんが、相手基準ということは、裏を返せば、自分基準でもあります。もし自分が相手の立場になったとき、「自分が紅茶を飲むかどうかは、あくまで自分が決めること」なのです。特に性という繊細な世界において、勝手に相手にどんどん進められてしまっては、たまったものではありませんよね。
◆面倒くさがらずスムーズな同意を
――たしかに、自分の気が変わったときに、「わかっているだろう?」とお構いなしに迫られたら恐ろしいですね。特に男性は、逆の立場を想像することが必要かもしれません。
富永:ホテルに入ってもその気にならなければ、「今日はセックスしたくない」と相手に伝えるのは、至極まっとうな行為です。「お互い大人なんだから、こうなることぐらいわかっていたでしょ」と言ってセックスになだれ込もうとするのは、完全に「アウト」です。どれだけミルクや砂糖を用意していても――どれだけ食事をごちそうしたり、ホテル代を支払っていても、したくないものはしたくない。それは、なにがあろうと覆せるものではありません。ちなみに、金品や見返りをちらつかせて性的な行為を迫るのもNGです。
また、「相手がなにも言わないから同意していると思った」という話も耳にしますが、なによりもまず同意を得る責任は「誘う側にある」という点も、性的同意の大切なポイントです。勝手に紅茶を淹れて、なにも言わない相手の口に注ぎ込んだら、相手はどう思うでしょう? 必ず「紅茶飲む?」と聞き、「うん、飲みたい」という返事があって、ティータイムは成立するのです。
人の心は常に変わるもの。私たちはいま、「ちゃぶ台返し」もOKの時代に生きています。
ただし、それが窮屈かと言えば、そうでもありません。いち早くセックスの価値観をアップデートし、スムーズに同意を得られるようになれば、その人は異性からも魅力的に映るからです。「性的同意なんて面倒くさい」と変わろうとしない人がいる一方で、「きちんと思いやってくれているんだな」というマナーと気持ちが伝われば、相手も安心してお付き合いできるというものです。
◆中高年男性がモテる理由の9割は「地位と権力と財力」
富永:性的同意と関連して、世間でたびたび話題になるのが、地位や権力を持った中高年による性加害です。もしもあなたが中高年、特に男性である場合、相手と「見えている世界」が大きく異なっていることは少なくありません。
たとえば、あなたが40・50代の中間管理職の男性だったとします。そしてあなたの部下には、いつもニコニコと笑顔を振りまく20代の女性Aさんがいると仮定しましょう。
Aさんが休憩中、スマートフォンを見ながら、少し口角を上げた様子を目にしたあなたが、「最近、なんだか楽しそうだね。いいことあった?」と話しかけたとします。すると彼女は「え〜そうですか〜! そんなことないですよ、彼氏もいないし」と笑いながら答えます。そこであなたが「じゃあ今度、食事に行こうか」と誘うと、Aさんも「ぜひ〜!」と頷いてくれたとします。
これを若い女性社員との職場恋愛の萌芽と見るのは、早急です。Aさんからすると、次のように考えている可能性があるからです。
「せっかく友達とLINEをしているのに、上司が話しかけてきた……。でも、イヤな顔をして機嫌を損ねたり、査定を悪くされたら面倒だから、とりあえず笑って事なきを得ておこう……」
――ノリがいいからといって、気があるとは限らないんですよね……。
富永:私は、医師が主宰する性を語るオンラインコミュニティとして日本最大級の「富永喜代の秘密の部屋」(会員数1万6000人)を運営しており、さまざまな意見や生の声に触れていますが、ここで断言しておきます。中高年の男性が若い女性にモテる理由、その9割は「地位と権力と財力」です。
ただし、私はそれが悪いことだとは決して言いません。地位や権力や財力も、立派な魅力のひとつだからです。むしろ、地位と権力と財力を築けるほど仕事にストイックな姿勢や器の大きさは、若い男性にはない色気を女性に感じさせることもあるでしょう。しかし、気をつけなければいけないのは、地位と権力と財力があるがゆえに「ノー」と言えない女性も少なくないことです。
「断ってしまったら、不利益を被るのでは?」といった深刻なものから「断ると面倒くさそう」といったシンプルな理由まで、地位や権力や財力を持った中高年にノーを言えない人はこの世には大勢います。ですから、「口ではイヤと言わないから同意している」とは限らないのです。そう考えると、性的同意の必要性が、より理解できるかと思います。
◆自然な気遣い=性的同意の基本
――性的同意の必要性は理解できましたが、実際にどうすればいいのでしょう?
富永:性的同意を交わさないとセックスしてはいけないと耳にすると、プレッシャーや面倒臭さが先立つかも知れませんが、そんなことはありません。なぜなら実際は、性的同意という新しい言葉が出てきただけで、その行為(性的同意を交わすこと)は、多くの人が昔から自然に行ってきたことでもあります。
ここで、パートナーやかつての恋人との初めてのデートの様子を思い出してみてください。
初めて食事をするときには、「今日はどんなお店に行こうか?」、「イタリアンにする? フレンチにする? それともお寿司?」、「苦手な食べ物はない?」、「お腹は空いてる?」など、逐一どうやったら相手がよろこんでくれるか、気を配っていたのではないでしょうか?
初めてからだを重ねたときには、「イヤだったら言ってね」、「大丈夫?」、「好きだよ……キミは?」など、あふれる思いを言葉にして投げかけていたはずです。セックスの際も、言葉にせずとも「(こんな風に触ったら、彼女は痛くないかな?)」「(この体位、自分は好きだけど相手も好きかな?)」など、相手の反応を観察しながら、ゆっくり慎重に進めていたことでしょう。
ときにはホテルに入ったものの、あまりに慎重になりすぎて、その日はなにもしないまま終わってしまった……という、ほろ苦い思い出もあるかもしれませんね。
「相手に嫌われたくない」、「自分の愛情をしっかり相手に伝えたい」、「少しでも自分に振り向いてもらいたい」――そんな一心で配慮に配慮を重ねていたあなたの行為、それこそが「性的同意」の概念が目指すものでもあるのです。
性的同意という言葉とともに、なにかまったく新しい義務が生まれたわけではありません。なにも特別なことはなく、愛し合う男女の間で自然に交わされてきたことなのです。
◆知ることが「やさしさ」につながる
――好きな相手に対して行う普通の気遣いでOKと言われると気が楽になります。
富永:ただ、付き合いが長くなるにつれて、自分では「相手に寄り添っているつもり」、「十分に気遣っているつもり」でも、どういうわけかパートナーとの距離が遠くなったり、セックスですれ違いが生まれることもあります。特にセックスレスは、深刻な問題です。最近の調査(「ジャパン・セックスサーベイ2024」)では、夫婦間で1か月以上セックスしていない人の割合が6割を超えたと報告されました。
もしかすると、その〝できているつもり〞の配慮や寄り添い方が、いつの間にか間違ったものやひとりよがりになっていたとしたら……。
というのも、男女のオルガズムに至るまでのメカニズムや加齢にともなう体調の変化、セックスの際に痛みを感じる「性交痛」や更年期障害、ホルモンと性欲の関係など、性にまつわる正しい知識は、まだまだ広まっているとは言えないからです。
私の主宰するオンラインコミュニティ「富永喜代の秘密の部屋」で行ったアンケートでは、男女ともに7割以上の人が性交痛や加齢によって腟が萎縮することを「知らなかった」と回答しています。「秘密の部屋」の参加者は、性に対して積極的に学ぼうとする意欲あふれる方たちです。セックスへの関心が高い人たちですら、約7割が性交痛について知らなかったわけですから、一般的には性交痛の存在はほとんど知られていないと言っても過言ではないでしょう。
自分では「よかれと思って」やっていても、それが間違った情報や思い込み、勘違いをもとにしたものであれば、かえって裏目に出てしまうことがあります。たとえば、ED治療薬のバイアグラが正しく効果を発揮するためには、空腹の状態で服用するのが基本です。しかし、「精をつけるため!」とディナーでステーキをたらふく食べた後、ED治療薬を服用したことで有効成分の吸収が悪くなり、かえって薬の効果を落としてしまう……といった残念な事例も少なくありません。
セックスに限らず、人間だれしも、そしていくつになっても「わかっていたつもり」、「知っていたつもり」は多々あります。むしろ、年齢を重ねて経験を積むほど、「自分は知っている」との思い込みや勘違いが強くなっていくものです。ですが、相手を知っているつもりでいることが、いつの間にか、相手を傷つけることになっているとしたら……。たとえば、いつまでも若いつもりで自分より立場の弱い若い女性を口説いていたら、性加害の当事者になっていた――繊細な性に関しての思い込みや勘違いは、ときに恐ろしい結果につながります。「知らないのが恥ではなく、知ろうとしないのが恥である」という言葉もあるように、いくつになっても学び続けることが大切です。
男性は女性の性について、女性は男性の性について、意外なほど知らないものです。いくつになっても正しい性の知識を得ることは、自分の性生活を充実させるだけでなく、相手を理解していたわる「やさしさ」にもつながります。
まずは、正しい性の知識とお互いについて「知る」こと。
それが、相手を傷つけることなく心を通わせて愛し合える「やさしいセックス」の第一歩です。
【富永喜代】
痛みで苦しまない人生を医学で導く「痛み改善ドクター」。愛媛県松山市にて富永ペインクリニックを開院。代表を務める「まつやま健康寿命延伸コンソーシアム」は、経済産業省「平成26年度健康寿命延伸産業創出推進事業」に採択。性の悩み専門の性交痛外来を開設し、全国から1万人以上がオンライン診断を受ける。医療×ITで人生100年時代を豊かにするデジタルドクターである。たしかな腕とユニークなキャラクターが人気を呼び、NHK『おはよう日本』、TBS『中居正広の金曜日のスマたちへ』などのテレビ番組にも出演。著書累計98万部。YouTubeチャンネル『女医 富永喜代の人には言えない痛み相談室』は登録者27万人を数える。Facebookライブは年間1000万人以上にリーチし、日本最大級のオンラインセックスコミュニティ(会員数1.6万人)『富永喜代の秘密の部屋』を主宰