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“日本一頭が良い女子校”から「大学を四留→中退→フリーター」に…“学歴で挫折した”24歳女性の現在地

日刊SPA! 2024年12月27日 8時54分

 女子校における東大合格者数ランキングにおいて、不動の首位を誇る桜蔭学園高等学校。2024年の合格者数は2位(豊島女子学園、女子学院)に倍以上の差をつけて王座に君臨する、日本一の女子校だ。女優の菊川怜氏、実業家の経沢香保子氏、アナウンサーで気象予報士の磯貝初奈氏など、卒業生が他分野にわたって華々しい活躍をしている。
 能力を最大限生かして泳ぐ才媛がいる一方で、もがく人もいる。現在24歳、これから通信制の大学へ通うというぺろぴーさん(@peroperopi67)も桜蔭中学校・高等学校の卒業生のひとり。SNSの肩書に「桜蔭、横国四留中退、フリーター」の文字が並ぶ。2022年8月には自殺未遂をし、精神科病院の閉鎖病棟へ入院した。彼女はなぜ生きることにくじけてしまったのか。今の心境を聞いた。

◆友だちはできなかったが、勉強は抜群にできた

「小学校のときから、発達障害の気はあったと思うんです。どうしてかはわからないのですが、気がつくとみんなの輪から外れてしまって、自分だけひとりというシチュエーションが多々ありました。結局、友だちと呼べる人はできずに卒業しました」

 だが幼い頃から勉強は抜群にできた。同じ公立小学校に通う兄の学年が荒れているとみて、両親が兄に中学受験をさせると、それを見ていたぺろぴーさんは「私もやりたい」と志願した。成績は常に上位だった。

「大手中学受験塾に通っていたのですが、調子が良ければ全国順位でかなり上の方で名前が載ったりも経験しました。勉強は得意なほうだったと思います」

 一方で、苦手な作業もあった。

「文章を読むのが苦手なんです。文字が頭に入ってこないというか、文字に跳ね返されてしまうような感覚があるんです。文章を読んでいるとき、目をどこに向けていいのかわからないんですよね。受験のための短い文章を読んで設問に答えるのは、苦手ですが、何とかなります。ただ、本をまる一冊読むという行為は私には無理なんです。だから小学校の図書の時間なども、いつも読んだふりをして返却していました」

◆名門校でも「上位3分の1以内の位置はキープ」

 中学受験を経て名門・桜蔭学園中学校へ入学をしたぺろぴーさんは、並み居る強豪のなかでも馬群に埋もれることなく高い学力を維持し続けた。

「中学校のときは、上位3分の1以内の位置はキープしていたのではないでしょうか。ただ、相変わらず友だちはできなくて、それが悩みの種でした。休み時間はいつもひとりで、本を読んでいました。といっても、実際には本が読めないので、読んでいるふりなのですが。あとは勉強をしているふりをしたり、寝ているふりをすることもありました。本当はみんなと仲良くしたいのに、それが叶わないつらさはありました」

◆憧れていた同級生に思い切って話しかけたが…

 高校へ進学すると、成績は急落。ぺろぴーさんはますます追い込まれた。

「精神的に病んでしまいました。このあたりは、病んだから成績が落ちたのか、成績が落ちたから病んだのか、鶏卵だとは思うのですが。はっきり感じたのは、立つ瀬のなさです。私は昔から学校の提出物の期限を守るのが苦手で、よく注意を受けていました。高校に入学してからもそれは治らず、あるとき先生に叱られました。ちょうどそのとき、部活動のことや友人関係がうまくいかないことで精神的にいっぱいいっぱいになっていて、ダムが崩壊するように感情が込み上げてきて、呼び出された談話スペースのような場所で泣いてしまいました。『自分はどうして何もできない人間なんだろう』とみじめな気持ちになったんです」

 友人関係においては、こんな拒絶も経験した。

「学生が参加できる学問の国際競技があるのですが、そこで活躍する同級生がいました。私は聡明な彼女に憧れを抱き、また尊敬もしていました。ある授業の時間に近くになることがあり、思い切って話しかけてみることにしたんです。しかし彼女の態度はほとんど無視に近いもので、私のような人間と話すこともしないんだなぁと感じたことがあります」

◆桜蔭から一浪で横国は「下位だと思う」

 高卒後、ぺろぴーさんは一浪を経て横浜国立大学経済学部へ進学した。世間的には誇れる経歴だが、桜蔭の物差しでは必ずしもそうではないようだ。

「やはり桜蔭から一浪で横国というのは下位だと思います。当時はやりたいこともよくわからずにとりあえず入学しました。これまで理解してくれた母が浪人中に癌で亡くなったことも、少なからず私にとってショックでした。ちょうど入学以降、コロナ禍が続き、授業はオンラインが中心となりました。結構な量の課題が出され、多くの本を読まなければならない苦痛の日々が続きました。提出物なども満足に出せず、私が徐々に勉強についていけなくなってしまいました。単位も全然取ることができなかったんです」

 大学入学後、精神科への受診を開始したぺろぴーさんは、2年生の夏に休学した。

「これまで悩んできて、ずっと受診したいとは思っていたのですが、父から『考えすぎだ』と言われて止められていました。精神科医に相談すると、やはり私は発達障害があり、抑うつ状態だということでした。現在でも、抗うつ剤と睡眠薬が手放せません」

 一方で、奈落にいるときもぺろぴーさんは転身する方法を考えていた。

「私と同じように発達障害のある子どもを支援する立場になりたいと考えました。具体的には、精神科医になろうと思ったんです。しかしより多くの書物を読む必要があり、どうしてもそれが叶わずに断念しました」

◆市販薬250錠あまりを口に含んで…

 人間関係がうまくいかず、学校でも思うように課題をこなせない。なりたいものを見つけても、そこに至るまでのハードルが高すぎる。絶望的な閉塞感を抱え、冒頭で紹介した通り、ぺろぴーさんは自殺企図をする。

「市販薬250錠あまりを口に含んで、水で流し込みました。たぶん1日くらい昏睡していたと思います。しかし目覚めてしまって、『この方法では死ぬことができない』と思い自分で救急車を呼びました」

 搬送先の病院のICUで1日過ごし、その後、ぺろぴーさんはかかりつけの精神科へ運ばれた。当時はカルテに「奇声・興奮」などと書かれるほどの状態であり、大きな声を張り上げて何かを叫んでいたことを自身で記憶しているという。その微かな記憶のなかに、印象的な一幕があったと話す。

「鎮静剤を打たれて徐々に落ち着いてきたとき、看護師が『どうしてこんなふうになっちゃんたんだろうね』などと話をしているのが耳に入りました。おそらく私の経歴などをみたのでしょう。もうひとりの看護師が『あぁ、桜蔭から横国だからじゃない?』と納得したように言ったんです。学歴で挫折してトチ狂ったように、彼女たちにはうつったのかもしれません」

◆「特性をもつ子どもたち」が安心して学べる環境を

 精神科医になる夢を諦めたぺろぴーさんだが、現在もなお目標地点は変わっていないと話す。

「発達障害がある場合は、特性そのもののつらさに加えて、二次的な問題を引き起こしやすいと私は思っています。たとえば、提出物の期限に間に合わないことによって幾度も教師から叱責され、いじめの対象になるなどの例が想像できます。特性をもつ子どもたちが安心して学べる環境づくりができるように、私はこれから教育心理学を学び、そうした場所が提供できるように努力したいと考えているんです」

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 日本一の女子校の看板は重い。人生がうまくいかなければ、見知らぬ他者にまで道程を邪推され、好奇の目で見られる。学力がどれほど高くても生まれ持って凸凹のある人間は存在する。強者に見える人間の弱さを推察できる社会になるといい。ぺろぴーさんの挑戦はその礎にきっとなる。

<取材・文/黒島暁生>

【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki

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