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なぜ『ドラゴンボール』のテーマパークが「サウジアラビア」に作られるのか。日本のエンタメ業界が抱える“決定的な弱点”

日刊SPA! 2025年1月15日 15時53分

―[テーマパークのB面]―

サウジアラビアに「ドラゴンボール」のテーマパークが出来る。2030年ごろまでに完成が見込まれていて、敷地面積は500,000㎡を超える。東京ディズニーランドと同じぐらいの広さだ。ドラゴンボールの各場面が再現された7つのゾーンには30を超えるアトラクションが建設される予定で、そのアトラクションのうち5つは「世界初の体験」になるという。また、中央に建設される神龍のジェットコースターは高さ70メートルを誇り、その本気度の高さがうかがえる。
◆「カリンの塔」に展望台が設置される予定

すでに発表されているイメージ図では園内の様子を見ることができるが、中華風をベースにしながらも、世界のどこともつかない作品の風景が広がっている。作中に登場する建造物も作られるらしく、イメージ図には園内全体を見渡せる「カリンの塔」が映っている。これは、原作者・鳥山明がもっとも好んだ建物で、天と地をつなぐ高い塔の上にある楕円形の建物に猫の仙人・カリンが住んでいる。テーマパークではこの位置に展望台が設置される予定だそうだ。

◆どうしてサウジアラビアなのか?

しかし、日本人として気になるのは「どうしてサウジアラビアなのか?」ということ。日本にできてほしかった、というのも、もっともな声だろう。これについては、すでにいくつかの報道があるが、それらをまとめると、

①サウジアラビアでのアニメーション・マンガ熱の高まり
②サウジアラビアの国家プロジェクトとの連動

上記の二つになる。まず一つ目だが、サウジアラビアでは近年、日本のアニメーション・マンガへの注目が高まっている。マンガプロダクションズのCEOを務めるブカーリ・イサム氏は、サウジアラビアの若者の3人に1人が日本のアニメーションを見ていることをあげる(2022年の数値)。また、首都リヤドにあるブルバード・リヤド・シティには、コスプレイヤーが無料で入場できる日があり、そこでのコスプレの8割は日本のアニメーションのコスプレなのだという(現代ビジネス「なんとコスプレも盛んに…じつはいまサウジアラビアで「日本のマンガ・アニメ」が大人気になっていた…!」)。

◆直線状の高層建築のなかに「街」を作る?

また、現在のサウジアラビアの首相であり、皇太子であるムハンマド・ビン・サルマーン氏も大のアニメーション好きで、新日家。後述するように、現在、同国で進んでいるメガプロジェクトを率いているのが同氏であり、皇太子個人の好みもそのプロジェクトに反映されているだろう。

こうしたソフトとしての日本のIP人気もさることながら、それに拍車をかけているのが、現在のサウジアラビアで進む開発である。

いま、同国の国土開発は世界的に見ても「アツい」。

例を挙げると「ザ・ライン」は、全長170キロメートル、高さ500メートル、幅200メートルの直線状の高層建築のなかに「街」をまるっと作ろうという試み。イメージ図を見ると、砂漠のど真ん中に、どデカい壁のようなものがずっと続いていて、到底「街」とは思えない。この板の中にすべての都市機能が凝縮されるという。まさに「メガプロジェクト」というのにふさわしい。

この背景には、「サウジビジョン2030」という計画がある。同国は石油に依存した産業体質だが、それは天然資源であるだけに、不安定さが付きまとう。そんな依存体質を脱し、産業の多角化を進めるのがこの計画の目標。

そして、実はこの「サウジビジョン2030」の中核を成す計画の一つが、ドラゴンボールのテーマパークが作られる予定の「キディヤ・シティ」という巨大なエンターテイメントシティの開発なのだ。この街は、サウジアラビアのエンターテイメントの首都として開発される予定で、東京23区の半分ほどの面積に、ゲーミング&eスポーツ地区や、F1世界選手権を誘致する予定のSPEED PARK F1なども入る。観光地需要の創出(加えて、労働市場の確保も)に貢献する予定である。

これらの構想を進めているのが、他ならぬ新日家のムハンマド・ビン・サルマーン氏。そして、「ドラゴンボール」×「観光産業の振興」のマッシュアップが構想されたわけだ。

◆サウジアラビアには「すべてが揃っている」

サウジアラビアがこうした計画を進めることができるのはどうしてだろうか。

テーマパークをはじめとする大規模な開発には、巨大な土地と莫大な予算、そして利権をまとめる強い権力が必要だ。サウジアラビアには、これらがすべてて揃っていると見ることができる。

巨大な未開発の砂漠は、大きな施設を作るのにもってこいだし、豊富な石油産出をバックにした成長を見込んでの投資熱の高まりによって財源は十分にある。くわえて、サルマーン皇太子は強い改革派として知られており、強力なリーダーシップを持っている。

要するに大規模開発に必要な素地が揃っていて、そこにサウジアラビア国民が好む日本のIPが結びつき、今回のパークの構想が生まれた、というわけだ。

◆「ハード」よりも「ソフト」が強いのが日本の特徴

一方、前途洋々なだけではない。先述した「ザ・ライン」の建設は資金不足などに陥っており、難航しているという報道もある。これまでにないメガプロジェクトだけに、その建設にあたって大きな障害が発生することは想像に難くない。また、建設のために先住民への立ち退きを強制するなど、国民にとって負の側面も出てきている。

同じぐらい大きなプロジェクトである「キディヤ・シティ」でも、同じような困難が現れるかもしれない。ドラゴンボールのテーマパーク単体の開発がうまく進んでも、それ以外のプロジェクトの進捗によっては、同パークの規模が縮小されることもありうるかもしれない。

最後に一つ。先ほども述べたように「どうしてこれが日本にできないのか」という声も当然ある。しかし、サウジアラビアが進めているような「ハード」の大規模な開発は、特に日本のエンターテイメント産業分野においてはあまり進んでいない。「ハード」よりも「ソフト」が強いのが日本の特徴かもしれない。

実際、日本では「国際的なテーマパーク」を自国独自の枠組みで作り上げてきたことがほとんどない。現在の日本の二大テーマパークといえる東京ディズニーランドとユニバーサルスタジオジャパンは米国由来のもので、日本ではそこにオリジナルなコンテンツを付け加えてきた。ダッフィーは日本独自のキャラクターだが、その人気は高く、アメリカのディズニーランドに逆輸入されたほどだ。

つまり、「ハード」は輸入、「ソフト」は日本で、というのが日本のテーマパークの一つの姿である。もしかしたら、サウジアラビアのドラゴンボールテーマパークが日本に逆輸入(?)されることもあるかもしれない。

<TEXT/谷頭和希>

【谷頭和希】
ライター・作家。チェーンストアやテーマパークをテーマにした原稿を数多く執筆。一見平板に見える現代の都市空間について、独自の切り口で語る。「東洋経済オンライン」などで執筆中、文芸誌などにも多く寄稿をおこなう。著書に『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』(集英社)『ブックオフから考える』(青弓社)

―[テーマパークのB面]―

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