精神科クリニックが爆発的に増え、昔よりも気兼ねなく受診できるようになった。半面、異様なペースで乱立する様子はまるでコンビニエンスストアのようである。患者にとってのメリットは? 関係者の声を聞いた。
◆どこにでもあるが質は微妙なクリニックが急増
ここ数年、メンタルクリニックの数が急増している。厚生労働省の統計では年間100軒の勢いで増加。その背景には、精神障害者が’11年の約320万人から’23年に約615万人と、ほぼ倍増している状況もある。
需要と病院数が比例するのは当然であるが、まるで「コンビニ」のように短期間で分院をいくつも開院するクリニックが次々と登場しているという。
それにより良い病院が増えるならいいが、「患者の話を聞くのはほんの数分」「患者に望まれたとおりの薬や診断書を発行する」といった、従来から指摘されていた質の低い医療が深刻化しているのだ。
あるクリニックに懇願されて勤務医となった臨床歴30年以上のベテラン精神科医A氏は現状を語る。
「病状をまるで把握できないレベルの簡易的な問診票を患者に記入させ、診療時間は5分以内と制限し、1時間に8人を診察するノルマを課されました。さらに私の診断に反して、代診した医師が依存性の高い抗不安薬を勝手に処方していました。
最近の若い精神科医は、精神分析や認知行動療法など精神療法のトレーニングをほとんど受けていないし、ガイドラインにも準拠せず対症療法的に薬だけ出せばよいという考えに至ってしまう。患者は、薬が切れると具合が悪くなるので再び来院します。そうして患者を“依存”させるためリピート率は高く、クリニックはいつも混んでいました」
そんな心ない診療方針に耐えきれず、A氏はわずか3か月で辞職したという。
◆「高額なのに無資格」のカウンセラーまでいる始末
一日に50人近くの患者が来院する都内のクリニックでカウンセラーをしていたBさんも、“コンビニ化”を目の当たりにした。
「3万円台の心理検査を自費で受けさせ、発達障害であると無理やり診断を下し、高額のカウンセリングに繋げていました。しかも一部のカウンセラーは臨床心理士や公認心理師ではなく無資格でした。常勤の医師は不在で、続々と来院する患者を捌くために医師専門派遣会社から調達するのですが、すぐに診てもらえても治療方針が一貫しないのでろくな治療になっていなかったと思います」
心を扱うセンシティブな分野であるメンタルクリニックが、まるでコンビニや美容外科のように急増し、利益追求に走っているのはなぜか。診療歴30年の精神科医・原井宏明氏にその背景を聞いた。
「実は精神科は、他科に比べて圧倒的に訴訟リスクが低いんです。さらに医療機器を揃える必要もないので開業の初期費用もわずかです。あとは広告を出して患者を集めて数を捌けば、かなりいいビジネスになりますよね。精神疾患を抱える人がここ数年で増えているのは事実ですから、そこへ新しく参入して稼ぎたいと思っている若い医師にとってはうってつけと言えます」
◆開業ハードルが低くいいビジネスになる
ちなみに医師免許さえあれば、研修期間後に臨床経験を積まずとも開業できるため、20~30代の若い院長も目立つ。さらに精神科と標榜するだけで、初診料の保険点数は他科よりも高くなる。
さらに原井氏は、そうしたクリニックと患者側が利害関係に陥りがちである点も問題であると指摘する。
「通常、2年以上通院して服薬し、就労できていないなら障害者手帳を取得して障害者年金をもらうことができる。こうした疾病利得(病気にかかることで享受するメリット)を目的としている患者も少なくありません」
ただ、精神科は薬を大量に処方して稼いでいるというイメージもあるが、それは30年以上前の古い考え方であり、現在は厚労省の方針により調剤報酬も低くなった。
ゆえに昨今は「患者の数」で稼ぐことが目的化しているという。
「まとまった患者数をこなすためには医師の人数も必要になるため、担当医がコロコロ代わらざるをえない。しかし薬の処方のみを目的としている患者にとっては何の問題もない。コンビニで商品を買うだけなら店員は誰でもいいのとまったく同じ構図です」
現在、精神科のオンライン診療も可能になる動きもあるため、自宅で開業することも可能になる。コンビニ化したメンタルクリニックは、今後ますます増えていくだろう。
◆「論文のアブストラクト」「口コミレビューへの返信」は要チェック
「日本のコンビニは非常に優秀で、特に都会ではどこにでもありアクセスもよく、商品の質も安定している。メンタルクリニックも同様で、ネットで探せば都合のいい場所にあり、多くの場合予約なしでも診察を受けられ、欲しい薬をすぐ処方してもらえる。
経営者がしっかりしていれば、院長が辞めても閉院しないというメリットがあります。ただし質はそれなりか、それ以下なので長いお付き合いはおすすめできません」
本格的に治したいと思うなら、受診する側もしっかり考えて対策を練るしかないのだ。
「受診前に、Googleスカラーなどで医師の論文のアブストラクト(要約)に目を通したり、口コミのレビューに対する返信文を読んだりすると、治療方針や専門性が見えてきます。今の状況では、それくらいの手間が求められるでしょう」
こうした利益追求を最優先するクリニックがコンビニのように拡大することで、治らない患者も増えるという悪循環が生じているのだろう。
◆コンビニ化で名医すらヤブ医者になる!?
精神科のコンビニ化は、マジメに働く医師の心すら変えてしまうようだ。とある精神科を利用したEさんが、受けた対応を憤る。
「ある疾患の分野における権威で、本も出しているからと信頼してF先生を受診したのですが、とにかくひどかった。『時間がないから』と鬼の形相で言われ、ろくに話も聞いてくれず追い出されるかのように数分で診察終了。まるで狂人扱いされているようで、心底がっかりしました」
そこでF医師の言い分を聞いてみると、残念な事実が浮かび上がった。
F医師はクリニックの方針で「患者の話を聞くのは5分以内」と決められており、「数分延長しただけで院長から解雇をチラつかせて注意されるので、雑な対応にならざるを得なかった」と苦渋の色を浮かべる。
◆“真面目な医師”ほど割を食う未来も
通常なら初診では1時間以上、再診でも最低30分は患者と対話しているという精神科医のG氏は、コンビニ化したクリニックの弊害を以下のように話す。
「どんな病気であるか診断するためには最初が肝心です。特に精神障害の場合は、正常な心と区別をするための診断基準に則る必要がある。例えば明日までに多額の借金を返済しなければならないとなれば、平常心ではいられないでしょう。ところがコンビニ受診だと、その切羽詰まった様子を見て病気と診断してしまいかねない」
また原井氏も、コンビニクリニックの増加が精神科のイメージ悪化に繋がると懸念する。
「そうした事態が続くと、診療報酬も下げられかねない。そうなると真面目に診療している医師たちは、アホらしくなって辞めてしまうかもしれません」
コンビニ化したメンタルクリニックの存在は、医師の質をさらに悪化させる危険性も孕んでいる。
【精神科医・原井宏明氏】
原井クリニック院長。精神科専門医、指導医、精神科保険指定医。著書に『「不安症」でもだいじょうぶ』(さくら舎)など
取材・文/週刊SPA!編集部
◆どこにでもあるが質は微妙なクリニックが急増
ここ数年、メンタルクリニックの数が急増している。厚生労働省の統計では年間100軒の勢いで増加。その背景には、精神障害者が’11年の約320万人から’23年に約615万人と、ほぼ倍増している状況もある。
需要と病院数が比例するのは当然であるが、まるで「コンビニ」のように短期間で分院をいくつも開院するクリニックが次々と登場しているという。
それにより良い病院が増えるならいいが、「患者の話を聞くのはほんの数分」「患者に望まれたとおりの薬や診断書を発行する」といった、従来から指摘されていた質の低い医療が深刻化しているのだ。
あるクリニックに懇願されて勤務医となった臨床歴30年以上のベテラン精神科医A氏は現状を語る。
「病状をまるで把握できないレベルの簡易的な問診票を患者に記入させ、診療時間は5分以内と制限し、1時間に8人を診察するノルマを課されました。さらに私の診断に反して、代診した医師が依存性の高い抗不安薬を勝手に処方していました。
最近の若い精神科医は、精神分析や認知行動療法など精神療法のトレーニングをほとんど受けていないし、ガイドラインにも準拠せず対症療法的に薬だけ出せばよいという考えに至ってしまう。患者は、薬が切れると具合が悪くなるので再び来院します。そうして患者を“依存”させるためリピート率は高く、クリニックはいつも混んでいました」
そんな心ない診療方針に耐えきれず、A氏はわずか3か月で辞職したという。
◆「高額なのに無資格」のカウンセラーまでいる始末
一日に50人近くの患者が来院する都内のクリニックでカウンセラーをしていたBさんも、“コンビニ化”を目の当たりにした。
「3万円台の心理検査を自費で受けさせ、発達障害であると無理やり診断を下し、高額のカウンセリングに繋げていました。しかも一部のカウンセラーは臨床心理士や公認心理師ではなく無資格でした。常勤の医師は不在で、続々と来院する患者を捌くために医師専門派遣会社から調達するのですが、すぐに診てもらえても治療方針が一貫しないのでろくな治療になっていなかったと思います」
心を扱うセンシティブな分野であるメンタルクリニックが、まるでコンビニや美容外科のように急増し、利益追求に走っているのはなぜか。診療歴30年の精神科医・原井宏明氏にその背景を聞いた。
「実は精神科は、他科に比べて圧倒的に訴訟リスクが低いんです。さらに医療機器を揃える必要もないので開業の初期費用もわずかです。あとは広告を出して患者を集めて数を捌けば、かなりいいビジネスになりますよね。精神疾患を抱える人がここ数年で増えているのは事実ですから、そこへ新しく参入して稼ぎたいと思っている若い医師にとってはうってつけと言えます」
◆開業ハードルが低くいいビジネスになる
ちなみに医師免許さえあれば、研修期間後に臨床経験を積まずとも開業できるため、20~30代の若い院長も目立つ。さらに精神科と標榜するだけで、初診料の保険点数は他科よりも高くなる。
さらに原井氏は、そうしたクリニックと患者側が利害関係に陥りがちである点も問題であると指摘する。
「通常、2年以上通院して服薬し、就労できていないなら障害者手帳を取得して障害者年金をもらうことができる。こうした疾病利得(病気にかかることで享受するメリット)を目的としている患者も少なくありません」
ただ、精神科は薬を大量に処方して稼いでいるというイメージもあるが、それは30年以上前の古い考え方であり、現在は厚労省の方針により調剤報酬も低くなった。
ゆえに昨今は「患者の数」で稼ぐことが目的化しているという。
「まとまった患者数をこなすためには医師の人数も必要になるため、担当医がコロコロ代わらざるをえない。しかし薬の処方のみを目的としている患者にとっては何の問題もない。コンビニで商品を買うだけなら店員は誰でもいいのとまったく同じ構図です」
現在、精神科のオンライン診療も可能になる動きもあるため、自宅で開業することも可能になる。コンビニ化したメンタルクリニックは、今後ますます増えていくだろう。
◆「論文のアブストラクト」「口コミレビューへの返信」は要チェック
「日本のコンビニは非常に優秀で、特に都会ではどこにでもありアクセスもよく、商品の質も安定している。メンタルクリニックも同様で、ネットで探せば都合のいい場所にあり、多くの場合予約なしでも診察を受けられ、欲しい薬をすぐ処方してもらえる。
経営者がしっかりしていれば、院長が辞めても閉院しないというメリットがあります。ただし質はそれなりか、それ以下なので長いお付き合いはおすすめできません」
本格的に治したいと思うなら、受診する側もしっかり考えて対策を練るしかないのだ。
「受診前に、Googleスカラーなどで医師の論文のアブストラクト(要約)に目を通したり、口コミのレビューに対する返信文を読んだりすると、治療方針や専門性が見えてきます。今の状況では、それくらいの手間が求められるでしょう」
こうした利益追求を最優先するクリニックがコンビニのように拡大することで、治らない患者も増えるという悪循環が生じているのだろう。
◆コンビニ化で名医すらヤブ医者になる!?
精神科のコンビニ化は、マジメに働く医師の心すら変えてしまうようだ。とある精神科を利用したEさんが、受けた対応を憤る。
「ある疾患の分野における権威で、本も出しているからと信頼してF先生を受診したのですが、とにかくひどかった。『時間がないから』と鬼の形相で言われ、ろくに話も聞いてくれず追い出されるかのように数分で診察終了。まるで狂人扱いされているようで、心底がっかりしました」
そこでF医師の言い分を聞いてみると、残念な事実が浮かび上がった。
F医師はクリニックの方針で「患者の話を聞くのは5分以内」と決められており、「数分延長しただけで院長から解雇をチラつかせて注意されるので、雑な対応にならざるを得なかった」と苦渋の色を浮かべる。
◆“真面目な医師”ほど割を食う未来も
通常なら初診では1時間以上、再診でも最低30分は患者と対話しているという精神科医のG氏は、コンビニ化したクリニックの弊害を以下のように話す。
「どんな病気であるか診断するためには最初が肝心です。特に精神障害の場合は、正常な心と区別をするための診断基準に則る必要がある。例えば明日までに多額の借金を返済しなければならないとなれば、平常心ではいられないでしょう。ところがコンビニ受診だと、その切羽詰まった様子を見て病気と診断してしまいかねない」
また原井氏も、コンビニクリニックの増加が精神科のイメージ悪化に繋がると懸念する。
「そうした事態が続くと、診療報酬も下げられかねない。そうなると真面目に診療している医師たちは、アホらしくなって辞めてしまうかもしれません」
コンビニ化したメンタルクリニックの存在は、医師の質をさらに悪化させる危険性も孕んでいる。
【精神科医・原井宏明氏】
原井クリニック院長。精神科専門医、指導医、精神科保険指定医。著書に『「不安症」でもだいじょうぶ』(さくら舎)など
取材・文/週刊SPA!編集部