「知れば知るほど面白い」といわれている競輪。その真骨頂は、選手同士の人間ドラマが絡み合うライン同士の壮絶な戦いにある。いわゆる「ライン戦」だ。ラインとは男子競輪特有のチーム戦術で、選手同士が前後に位置取りをし、援護し合って動く。そして、最終周回のゴールに向かう直線で、この団体戦は個人戦に変わる。
各選手が自分の脚質(先行、まくり、追い込みなど)を最大限に活かし、1着を目指す。先行型の選手は風を受ける負担を背負い、追い込み型の選手はその後ろにつく形でチャンスを待つ。それぞれの強みを活かすためにも、ラインという選手たちの連係は欠かせない。
◆今年4月から試行実施される「KEIRIN ADVANCE」とは
この「ライン戦」が競輪からなくなっていくのではないか……。いま、この話題が競輪ファンの間でささやかれている。
発端は、2024年8月30日、競輪関連事業を運営する公益財団法人JKAが発表した「2025年度の競輪開催における新規施策」にさかのぼる。掲げる新規施策は3つの柱で構成されている。
①男子選手による先頭固定競走(インターナショナル)レースの試行実施
②3日制2節G3の試行実施
③競輪ルーキーシリーズおよび競輪ルーキーシリーズプラスの見直し
ここで注目したいのは、先頭固定競走(インターナショナル)ルール、すなわち国際ルールで男子選手のレースを実施する試みだ。
先頭固定競走(インターナショナル)ルールは先頭員への差し込み禁止や、身体的な接触の強い動作(押圧・押し上げ、押し合いなど)の厳格な規制といった、五輪などの国際競技に準拠したルールとなっている。ルール上の制限が厳しいため、あからさまなライン戦は成立しない。
この男子選手による先頭固定競走(インターナショナル)レースには「KEIRIN ADVANCE(ケイリン アドバンス)」という愛称が名付けられている。新たなKEIRINとして「前進」していく意味が込められているという。つまり旧来の競輪から“KEIRIN”に向かう試みだ。
まず、4月19日~21日の伊東温泉競輪場から開催される予定。S級とA級選手が対象で、すべてミッドナイトで行われる。
◆KEIRIN ADVANCEを開催する理由
JKAはKEIRIN ADVANCEを試行実施する理由として、新規顧客の獲得のため、未経験者や初心者の方に対してわかりやすいレースを提供するためと説明している。
同じ先頭固定競走(インターナショナル)ルールのガールズケイリンを思い浮かべると、確かに初心者にわかりやすい。ラインという概念を理解する必要がなく、ラインに基づく予想をしなくて済む。
ライン戦で見られる「援護」「位置取り」「ブロック」といった要素がなくなる(または大幅に制限される)と、選手一人ひとりが純粋にスピードやタイミングを競うかたちになる。駆け引きの幅が狭まる分、実力や脚力の差も表面化しやすくなる。
このルールでの車券を購入するのであれば、初心者でも以下のコツを押さえておくことで、すぐにレースを楽しめるかもしれない。
・競走得点の高い選手を重視する
実力差が比較的明確に表れる場合、競走得点の高い選手が安定して好成績を収める可能性が高い。
・選手の実力が同程度なら内枠の選手を狙う
内側のスタート位置は他の選手に比べて、展開を有利に進められる可能性が高い。
・差しやマークを得意とする選手を2着候補にする
2着候補には、ゴール直前で他の選手を抜く「差し」や、先頭を走る選手の後ろにつき、風の抵抗を避けながら有利なタイミングで勝負する「マーク」を得意とする選手を選ぶ。
◆さまざまなファンの声
こうしたライン戦がない男子競輪の開催に、SNSでは、競輪ファンのさまざまな意見が見られる。
たとえば、「落車が減れば、選手の体が守られる」「初心者は競争得点順に選手を見るだけなので、車券を購入しやすくなるのでは?」といった賛成意見がある一方で展開予想に不安を抱く声や、「若い選手主体のレースになっていくと思う」と将来を占う声など、多様な反応がある。
今回の施策は「試行」であり、本格的に導入されるものではない。しかし、もし本格的に導入された場合、さまざまなメリットとデメリットが生じるだろう。
メリットは、初心者が感じる敷居は格段に下がること。ライン戦とは異なる、スピードと駆け引きを重視したレース展開による新たな魅力も生まれるはずだ。
また、海外で活躍する一流の自転車トラックレース選手の参入が容易になり、日韓対抗戦・競輪のような国際親善の機会が増える可能性もある。日本発祥の競輪はKEIRINとして、世界にますます開かれてゆくだろう。海外からの競輪ファンも増えるかもしれない。
一方で、ラインがなくなると、「マークの名手」「差し脚の巧みさ」で知られる佐藤慎太郎選手のような番手で活躍するタイプは、持ち味を発揮しづらくなる。また、ラインによる援護がなくなることで若い選手が有利となり、63歳まで現役を続けた名選手・佐古雅俊さんのような長い競輪人生は難しくなるかもしれない。
これらの変化は、「競輪道」という競輪独特の倫理観の転換期を迎えていることを示している。
◆変わりゆく「競輪道」の未来は
「競輪道」とは、ルールブックには明記されていないものの、選手間で共有されている「競輪」(KEIRINではない)の理念や倫理観を指す。
先輩後輩の上下関係や、選手としての心得といった職業倫理の一環として語られるこの理念は、実際のレース展開にも反映される。競輪選手は敢闘精神を持ち、全員が1着を目指す。しかし、それだけでは語り尽くせない深みがあるのが競輪だ。
たとえば、2024年競輪グランプリ覇者の古性優作は優勝後のコメントで「本当に脇本(雄太)さんのおかげで優勝できてうれしい。今年は近畿の仲間に助けてもらいました」と語り、仲間たちとの絆に感謝した。
選手たちのレース後コメントに「ラインのおかげで勝てました」という言葉には競輪道が垣間見える。往年のファンはそれを理解しながら予想を楽しむ。この点が、競輪ならではの特徴と言えるだろう。
◆KEIRIN ADVANCEの新たなドラマに期待
そして、この競輪道は数多くのドラマ、名勝負を生み出してきた。たとえば、2024年の青森競輪G3で地元優勝を狙う北日本勢の新山響平、それに強烈な競り合いを続けた関東勢の眞杉匠。地区を代表する両者の激しい闘いに、レースが終わった今でも、競輪ファンはおかずなしでご飯が三杯は食べられるかもしれない。
ただ、時代とともにルールの整備は進み、激しい接触も制限され、ルールブックを補完する形の「競輪道」の重みも変わろうとしてきている。新たなKEIRINとして「前進」する競輪にも、私たちはまだ見ぬドラマが待っているのかもしれない。
4月から試行実施されるKEIRIN ADVANCE。まだ試行段階であり、その影響や将来については、今後の展開を見守る必要がありそうだ。
文/木村邦彦
【木村邦彦】
編集者・ライター。法政大学文学部哲学科卒業後、歴史、金融、教育、競輪など幅広い分野の専門メディアに関わり、大手競輪メディアではニュースやコラムを執筆。現在は、アルコールやギャンブル依存症の回復支援団体で広報も担当。FP2級と宅建士の資格を保有。趣味は油絵とコーヒー。
各選手が自分の脚質(先行、まくり、追い込みなど)を最大限に活かし、1着を目指す。先行型の選手は風を受ける負担を背負い、追い込み型の選手はその後ろにつく形でチャンスを待つ。それぞれの強みを活かすためにも、ラインという選手たちの連係は欠かせない。
◆今年4月から試行実施される「KEIRIN ADVANCE」とは
この「ライン戦」が競輪からなくなっていくのではないか……。いま、この話題が競輪ファンの間でささやかれている。
発端は、2024年8月30日、競輪関連事業を運営する公益財団法人JKAが発表した「2025年度の競輪開催における新規施策」にさかのぼる。掲げる新規施策は3つの柱で構成されている。
①男子選手による先頭固定競走(インターナショナル)レースの試行実施
②3日制2節G3の試行実施
③競輪ルーキーシリーズおよび競輪ルーキーシリーズプラスの見直し
ここで注目したいのは、先頭固定競走(インターナショナル)ルール、すなわち国際ルールで男子選手のレースを実施する試みだ。
先頭固定競走(インターナショナル)ルールは先頭員への差し込み禁止や、身体的な接触の強い動作(押圧・押し上げ、押し合いなど)の厳格な規制といった、五輪などの国際競技に準拠したルールとなっている。ルール上の制限が厳しいため、あからさまなライン戦は成立しない。
この男子選手による先頭固定競走(インターナショナル)レースには「KEIRIN ADVANCE(ケイリン アドバンス)」という愛称が名付けられている。新たなKEIRINとして「前進」していく意味が込められているという。つまり旧来の競輪から“KEIRIN”に向かう試みだ。
まず、4月19日~21日の伊東温泉競輪場から開催される予定。S級とA級選手が対象で、すべてミッドナイトで行われる。
◆KEIRIN ADVANCEを開催する理由
JKAはKEIRIN ADVANCEを試行実施する理由として、新規顧客の獲得のため、未経験者や初心者の方に対してわかりやすいレースを提供するためと説明している。
同じ先頭固定競走(インターナショナル)ルールのガールズケイリンを思い浮かべると、確かに初心者にわかりやすい。ラインという概念を理解する必要がなく、ラインに基づく予想をしなくて済む。
ライン戦で見られる「援護」「位置取り」「ブロック」といった要素がなくなる(または大幅に制限される)と、選手一人ひとりが純粋にスピードやタイミングを競うかたちになる。駆け引きの幅が狭まる分、実力や脚力の差も表面化しやすくなる。
このルールでの車券を購入するのであれば、初心者でも以下のコツを押さえておくことで、すぐにレースを楽しめるかもしれない。
・競走得点の高い選手を重視する
実力差が比較的明確に表れる場合、競走得点の高い選手が安定して好成績を収める可能性が高い。
・選手の実力が同程度なら内枠の選手を狙う
内側のスタート位置は他の選手に比べて、展開を有利に進められる可能性が高い。
・差しやマークを得意とする選手を2着候補にする
2着候補には、ゴール直前で他の選手を抜く「差し」や、先頭を走る選手の後ろにつき、風の抵抗を避けながら有利なタイミングで勝負する「マーク」を得意とする選手を選ぶ。
◆さまざまなファンの声
こうしたライン戦がない男子競輪の開催に、SNSでは、競輪ファンのさまざまな意見が見られる。
たとえば、「落車が減れば、選手の体が守られる」「初心者は競争得点順に選手を見るだけなので、車券を購入しやすくなるのでは?」といった賛成意見がある一方で展開予想に不安を抱く声や、「若い選手主体のレースになっていくと思う」と将来を占う声など、多様な反応がある。
今回の施策は「試行」であり、本格的に導入されるものではない。しかし、もし本格的に導入された場合、さまざまなメリットとデメリットが生じるだろう。
メリットは、初心者が感じる敷居は格段に下がること。ライン戦とは異なる、スピードと駆け引きを重視したレース展開による新たな魅力も生まれるはずだ。
また、海外で活躍する一流の自転車トラックレース選手の参入が容易になり、日韓対抗戦・競輪のような国際親善の機会が増える可能性もある。日本発祥の競輪はKEIRINとして、世界にますます開かれてゆくだろう。海外からの競輪ファンも増えるかもしれない。
一方で、ラインがなくなると、「マークの名手」「差し脚の巧みさ」で知られる佐藤慎太郎選手のような番手で活躍するタイプは、持ち味を発揮しづらくなる。また、ラインによる援護がなくなることで若い選手が有利となり、63歳まで現役を続けた名選手・佐古雅俊さんのような長い競輪人生は難しくなるかもしれない。
これらの変化は、「競輪道」という競輪独特の倫理観の転換期を迎えていることを示している。
◆変わりゆく「競輪道」の未来は
「競輪道」とは、ルールブックには明記されていないものの、選手間で共有されている「競輪」(KEIRINではない)の理念や倫理観を指す。
先輩後輩の上下関係や、選手としての心得といった職業倫理の一環として語られるこの理念は、実際のレース展開にも反映される。競輪選手は敢闘精神を持ち、全員が1着を目指す。しかし、それだけでは語り尽くせない深みがあるのが競輪だ。
たとえば、2024年競輪グランプリ覇者の古性優作は優勝後のコメントで「本当に脇本(雄太)さんのおかげで優勝できてうれしい。今年は近畿の仲間に助けてもらいました」と語り、仲間たちとの絆に感謝した。
選手たちのレース後コメントに「ラインのおかげで勝てました」という言葉には競輪道が垣間見える。往年のファンはそれを理解しながら予想を楽しむ。この点が、競輪ならではの特徴と言えるだろう。
◆KEIRIN ADVANCEの新たなドラマに期待
そして、この競輪道は数多くのドラマ、名勝負を生み出してきた。たとえば、2024年の青森競輪G3で地元優勝を狙う北日本勢の新山響平、それに強烈な競り合いを続けた関東勢の眞杉匠。地区を代表する両者の激しい闘いに、レースが終わった今でも、競輪ファンはおかずなしでご飯が三杯は食べられるかもしれない。
ただ、時代とともにルールの整備は進み、激しい接触も制限され、ルールブックを補完する形の「競輪道」の重みも変わろうとしてきている。新たなKEIRINとして「前進」する競輪にも、私たちはまだ見ぬドラマが待っているのかもしれない。
4月から試行実施されるKEIRIN ADVANCE。まだ試行段階であり、その影響や将来については、今後の展開を見守る必要がありそうだ。
文/木村邦彦
【木村邦彦】
編集者・ライター。法政大学文学部哲学科卒業後、歴史、金融、教育、競輪など幅広い分野の専門メディアに関わり、大手競輪メディアではニュースやコラムを執筆。現在は、アルコールやギャンブル依存症の回復支援団体で広報も担当。FP2級と宅建士の資格を保有。趣味は油絵とコーヒー。