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「光る君へ」Wロス広がる 宣孝は豪放なまま&詮子は薬拒否 史実展開もネット悲痛「突然…退場ラッシュ」

スポニチアネックス 2024年7月28日 20時48分

 女優の吉高由里子(36)が主演を務めるNHK大河ドラマ「光る君へ」(日曜後8・00)は28日、第29話が放送され、俳優の佐々木蔵之介(56)と女優の吉田羊がそれぞれ初回(1月7日)から好演してきた藤原宣孝と藤原詮子の最期が描かれた。インターネット上には「宣孝&詮子ロス」が広がった。

 <※以下、ネタバレ有>

 「ふたりっ子」「セカンドバージン」「大恋愛~僕を忘れる君と」などの名作を生み続ける“ラブストーリーの名手”大石静氏がオリジナル脚本を手掛ける大河ドラマ63作目。千年の時を超えるベストセラー「源氏物語」を紡いだ女流作家・紫式部の波乱の生涯を描く。大石氏は2006年「功名が辻」以来2回目の大河脚本。吉高は08年「篤姫」以来2回目の大河出演、初主演となる。

 第29話は「母として」。まひろ(吉高由里子)の娘・賢子は数えの3歳に。子煩悩な藤原宣孝(佐々木蔵之介)に賢子も懐き、幸福なひと時を過ごしていた。藤原道長(柄本佑)はまひろを案じ、越前国守の再任が叶わず帰京した藤原為時(岸谷五朗)に子の指南役を頼む。藤原詮子(吉田羊)の40歳を祝う儀式が土御門殿で盛大に執り行われるが、その身体は弱り…という展開。

 長保3年(1001年)正月、天皇に屠蘇(とそ)などの薬を献じて1年の無病息災を祈る「御薬(みくすり)の儀」。宣孝は一条天皇(塩野瑛久)が飲み切れなかった薬を飲み干す名誉な役割を担った。

 その後、ききょう(ファーストサマーウイカ)が「枕草子」を手に、まひろを訪問。為時は官職を得られない。

 夜。宣孝は「わしはおまえに惚れ切ってにおるゆえ、どこにも行かぬ」。藤原賢子(永井花奈)が起きてくる。満月を眺め「この明るさでは、賢子も目が覚めてしまうわなの」。まひろと見つめ合い、笑みを浮かべた。

 「翌朝、国守を務める山城国府に出掛けた宣孝は、それきり戻ってこなかった」(語り・伊東敏恵アナウンサー)

 宣孝の正妻の使者。「山城守、藤原宣孝は、にわかな病にて4月25日に身罷りました。弔いの儀も済ませましたので、お知らせいたします」「北の方様は、豪放で快活であった殿様の姿だけを、お心にお残しいただきたいと仰せでございました。私ども、ご最期のご様子は存じませぬ」。まひろは呆然。賢子を抱き締め、涙した。

 詮子は体調を崩しながらも、道長に助言。定子の忘れ形見・敦康親王(高橋誠)は、内裏の藤壺(後宮・飛香舎の別名)にいる藤原彰子(見上愛)に託された。

 「四十の賀」の最中、詮子が倒れる。最愛の妹を失い、復讐に燃える藤原伊周(三浦翔平)は道長を呪詛していた。

 道長が看病したものの、病床の詮子は薬を拒否。息も絶え絶えになりながら、一条天皇と敦康親王のため、伊周の怨念の鎮めるべく、位を元に戻してほしいと最後の懇願。天に召された。道長は涙した。

 詮子の望み通り、伊周は復帰。一条天皇と久々の対面を果たし「枕草子」を献上した。

 「後世に『枕草子』と呼ばれるこの書物の評判は、道長を脅かすこととなる」(語り)

 ききょうの影響か、まひろは“物語”を書き始めた。

 藤原宣孝は長保3年(1001年)に病のため、亡くなっている。紫式部との結婚生活は約2年半だった。藤原詮子(吉田羊)も同年、病のため亡くなっている。

 SNS上には「史実は知っているけれども、突然すぎます、宣孝様退場」「睡眠時無呼吸症候群はフラグだったか」「最後に一目、まひろちゃんと会わせてあげたかった」「まひろ、倫子、明子、そして詮子の『母として』」「詮子様は円融帝に毒を盛ったと言われてから薬には頼ってこなかった。この瀬戸際に至っても、それは変わらない」「(前回の藤原定子に続き)退場ラッシュ」「初回から圧倒的だった吉田羊と佐々木蔵之介が…」などの声。視聴者は悲しみに暮れた。

 次回は第30話「つながる言の葉」(8月4日)が放送される。

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