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京都国際・小牧監督は話術も名将級!? 偉業達成にも話の“オチ”は忘れず

スポニチアネックス 2024年8月27日 8時3分

 弱小校だった京都国際(京都)を就任17年目で全国制覇に導いた小牧憲継監督(41)は、手腕はもちろん、取材対応も楽しい方だ。京都生まれの生粋の関西人らしく、質問に丁寧に答えた後にしっかりオチまで付けてくれる。中でも自虐ネタは秀逸だった。

 昨秋から公式戦での本塁打ゼロ。夏の甲子園優勝校では03年常総学院(茨城)以来21年ぶりでも、1番から9番までどこからでもつながる打線で勝ち抜いた。「低反発バットになる前から“低反発打線”とずっと言ってきたんですけど。何でバットが変わってこんなに打つようになったのか」。新基準のバットに変更後は「打てる打線というより、打ち取られにくい打線をつくろうということをテーマにやってきた」と言うが「皮肉なことに、打つことを諦めてから打ち出しました。何か僕もよく分からない現象」と笑った。

 強豪・京都成章から関大に進み、滋賀銀行に就職。自身はケガなどで夢だったプロ入りは果たせなかったが、野球、特に「人生で一番熱くしてもらった」という高校野球への情熱はくすぶっていた。銀行員1年目の06年、「軽い気持ち」で週末だけ京都国際の練習を見始め、高校の同級生で、現在も二人三脚で指導している宮村貴大部長から「早く本腰入れて手伝いに来い」と“脅されて”腹をくくった。

 「11月の末を持って(退職)ですね。12月上旬にボーナスをもらえるにも関わらず。かわいがっていただいたパートのおばちゃんに“あんたアホやろ”言われまして。“12月末まで我慢し”って言われたんですが、僕もやると決めたらやらないと気が済まないので」

 翌07年春に社会科教員として正式にコーチ就任。08年から監督となった。当初は部員の技術も練習環境もひどかったが「ヤンチャな子が多かったけど、野球は好きだった。吹っ切って野球にかけている、野球がうまくなりたい子が多かったので、そういう面ではやりやすかった」と懐かしそうに振り返った。

 強豪校らしからぬ狭いグラウンドや練習施設が話題になった同校。優勝後の記者囲みで「全国制覇を機に、学校側からご褒美で何かしてもらえないんですか?」と聞くと、食い気味に「絶対、ないです!」と断言された。報道陣は爆笑だ。韓国語の校歌を巡り、心ない声が出たことあったが、監督も選手もネガティブな雰囲気は一切なし。いい意味で感傷的になり過ぎない好チームだった。(記者コラム・山添 晴治)

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