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慶大・清原「使命」のプロ志望表明 父・和博氏と話し合いで「ぶつかりあった」が決断 育成指名には含み

スポニチアネックス 2024年9月13日 4時46分

 偉大な父の背中を追う。西武、巨人などで歴代5位の525本塁打を放った清原和博氏(57)の長男、慶大・正吾内野手(4年)が12日、10月24日のドラフト会議での指名を目指し、プロ志望届を提出した。中学、高校で野球経験がないにもかかわらず4番を担うまでに成長した右のスラッガー。最後のアピールの場となる東京六大学野球の秋季リーグ戦は、あす14日に開幕する。

 気温34度。とても9月とは思えない酷暑となった横浜市の慶大グラウンド。練習を終えた清原が、ここまで態度を保留していた進路について口を開いた。

 「昨日の夜、気持ちを込めてプロ志望届を書いた。父親である清原和博という背中を見てきた。夢のある舞台。人生で一番大きな決断をさせてもらった」

 父は通算525本塁打で球史に名を刻んだ大打者。その背中を追う。2日から公示されたプロ志望届については堀井哲也監督、そして家族と何度も話し合った。父とは「アツくなる時もあった。不安だらけで、ぶつかりあったりもした」と本音で語り合い、最後は「正吾の人生。正吾の意見を一番に尊重する」と背中を押してくれた。この日にプロ志望届を提出。指名対象選手として公示された。

 PL学園(大阪)時代に5季連続で甲子園に出場し、ドラフト1位で西武に入団したエリートの父とは対照的な球歴だ。小3からオール麻布で野球を始めるも「大きな重圧があって(野球から)目を背けたくなった」と、中学ではバレーボール部で慶応(神奈川)ではアメリカンフットボール部に所属。それでも大学では「両親を喜ばせたい」と再び白球を追うことにした。

 1メートル86、90キロの体格を生かした打撃と一塁、二塁、外野をこなす野球センスも光る。2年秋の早慶戦で代打でリーグ戦デビューし、今春は「4番・一塁」でベストナインも獲得。8月31日にエスコンフィールドで行われた日本ハム2軍と東京六大学選抜とのプロアマ交流戦では育成左腕・山本晃から左越えに特大2ランを放って自信を深めた。何より野球経験が短く伸びしろは十分。12球団OKの方針で育成指名を受け入れるかについては「監督、家族と相談したい」と含みを持たせた。

 幼少期、プロで当たり前のように本塁打を量産する父が好きだった。清原は「父親がダイヤモンドを一周する姿は本当に華があって、憧れや目標は常にあった」と語り「父親の息子で生まれてきた以上、その使命を請け負いながら生きていく」と言葉に力を込めた。憧れの巨人から指名されず、父が涙を流したドラフトから39年。運命の10・24へ、カウントダウンが始まった。 (柳内 遼平)

 ◇清原 正吾(きよはら・しょうご)2002年(平14)8月23日生まれ、東京都出身の22歳。小3から「オール麻布」で野球を始め、中学はバレーボール部、慶応高ではアメリカンフットボール部でタイトエンドとして活躍=写真<上>、提供写真。弟の勝児は慶応(神奈川)で昨夏の日本一に輝くなど2度の甲子園出場。1メートル86、90キロ。右投げ右打ち。

 ▽PL学園・清原和博の85年ドラフト会議 11月20日に都内で実施され、5季連続甲子園出場、甲子園通算13本塁打の強打者として当時最多の6球団(南海、日本ハム、中日、近鉄、西武、阪神)が競合の末に西武が交渉権を獲得。しかし、本人が入団を熱望するなど相思相愛と思われていた巨人は、早大進学を公言していた同僚の桑田真澄を単独で1位指名。その後の会見で清原は「今は何も考えたくない」と涙を浮かべた。

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