Infoseek 楽天

【内田雅也の追球】歴史の“大きな”一コマ

スポニチアネックス 2024年10月4日 8時1分

 ◇セ・リーグ 阪神3―1DeNA(2024年10月3日 横浜)

 阪神監督・岡田彰布から聞いた話で印象に残っているのは「コマ」のことである。漢字で「齣」と書く。辞書には「並んだものの一区切り」の意味で、フィルムの一コマなどと使う。

 岡田は「長いタイガースの歴史に比べたら、監督なんてほんの一コマよ」と言う。前回5年間監督を務めた後に聞いた。個人よりもチーム、猛虎への愛が伝わってくる。

 五木寛之のベストセラー『大河の一滴』(幻冬舎文庫)を思う。<空から降った雨水は樹々(きぎ)の葉に注ぎ、一滴の露は森の湿った地面に落ちて吸いこまれる。そして地下の水脈は地上に出て小さな流れをつくる。やがて渓流は川となり、平野を抜けて大河に合流する。大河の水の一滴が私たちの命だ>。

 来年、創立90年を迎える老舗球団にあって、数えきれぬほどの先人が伝統を築いてきた。一滴一滴がタイガースという大河をつくってきた。岡田はこの一滴だと自覚しているわけだ。悠久(ゆうきゅう)の流れ、大河こそ永遠なのである。

 岡田の今季限りでの退任が表面化した。すでに9月29日、オーナー・杉山健博、球団社長・粟井一夫と話し合い、退任が決まった。2年契約満了による、いわば円満な形での退任である。

 来月で67歳。阪神監督として66歳11カ月は藤本定義、吉田義男、野村克也を上回り最年長だ。ベンチに座れば、勝利に向けて闘志を燃やすが、遠征の移動時には「しんどい」と漏らしていた。

 就任当初から「長くやるつもりはない」と言い、妻にも「自分の野球を伝えきりたい」と総決算の気構えでいた。

 横浜で退任が表面化するのは前回監督の2008年10月11日と同じ。前回は不眠に脱毛など憔悴(しょうすい)しきっていたが、今回は柔らかな顔でいる。肩の荷を下ろしたのだろうか。

 シーズン最終戦は雨中の試合となった。打者が死球を受けると、ベンチで立ち上がった。選手を守ろうとする姿勢は変わらない。7回表には1死からバントさせ、1点の重要性を再認識させた。

 この日、岡田は口を開かなかった。球団史上初(1リーグ時代を除く)の連覇はならなかったが、日本シリーズへの道はある。2年連続日本一へ、最後の勝負に出る。今は、移ろう時代の大きな一コマだった。 =敬称略= (編集委員)

この記事の関連ニュース