女優の黒柳徹子(91)が、10日放送のテレビ朝日系「有働タイムズ」(日曜後8・56)にゲスト出演し、個性について語った。
1953年にNHK放送劇団に入団。日本初のテレビ女優としても知られる黒柳だが、当初は個性をつぶすような指導法に疑問を持ったという。そんな黒柳の個性を伸ばす指導をしてくれたのが、劇作家の飯沢匡さん。「飯沢匡先生という劇作家の方が“直しちゃいけませんよ。僕たちは君のその個性が欲しいんですから、そのままでいて下さい”っておっしゃった」と、恩師からの言葉を振り返った。
61年にNHKを退局し、その後は女優の道へ。71年には、演技を学ぶためニューヨークへ留学した。帰国後、NETテレビ(現テレビ朝日)から昼のワイドショー出演依頼が。ここで黒柳は、局側に条件を示したという。「帰ってきた時に、私に“ニュースショーの司会をやって欲しい”という話があったので、“私は白いブラウスに紺のタイトスカートをはいて出るようなのはやりません”と言ったんです」というものだった。
インタビュアーのフリーアナウンサー有働由美子は、不思議そうに理由を尋ねた。すると黒柳は「だって、みんなと同じになっちゃうじゃないですか?それだったら」と笑って答えた。
当時の男女格差にも疑問を持ったという。「男の人が主役でニュースを言って、女の人が白いブラウスに紺のスカートで、隣で笑うくらいのことしかできなかったんです。そういうのは嫌だと思った。私は私なりのやり方でやりたいと思ったんです」。男女差が当たり前だった今から60年以上前の社会で、黒柳は既に女性の権利を訴え始めていた。