【君島圭介のスポーツと人間】 20年ほど前だろうか。見学に行った東京・神楽坂の帝拳ボクシングジムで、ホルヘ・リナレスの稲妻のようなミット打ちを目の当たりにして恐怖に震えたのを覚えている。
リナレスはのちの世界3階級王者。17歳で日本デビューして連勝街道を走り始めたばかりだが、すでに試合で使ったグローブに相手の折れた歯が刺さっていたという逸話も持っていた。
リナレスの階級はフェザー級。当時、WBC世界フェザー級王者であった越本隆志氏(FUKUOKA)にリナレスの凶暴なパンチを語り、「俺がリナレスと試合組まれたら夜逃げする」と話した。
私の戯言を、越本氏は「ボクサーというのはどんな相手でも試合が決まったら逃げられないんですよ」と笑い飛ばしたのを覚えている。
日本ボクシングコミッションの王座認定証には「チャンピオンたるものは何時、いかなる場所で、誰と戦っても、そのウエイトでは常に勝利者でなければならない」と心得が書き込まれている。
その精神が染みついているのだろうな、と感心したものだ。
今、どうしても越本氏に聞きたいことがあった。
バンタム級に続いてスーパーバンタム級でも4団体統一してしまった井上尚弥(大橋)が、近い将来フェザー級に上がるとウワサされている。
フェザー級の元世界王者として、井上が自分の階級まで上げてくることをどう感じているのだろうか。
できれば避けて通りたい相手なのかと思ったが、違うらしい。
「基本的にはほとんどの日本人ボクサーが井上選手とやりたいと思っているでしょう」と越本氏は答えた。
だが、「ただ、やるなら“これが俺の最終章”と腹くくってリングに上がるでしょうね」と笑った。
「チャンピオンたるものは…」の精神で、1メートル77の長身サウスポー、スピードもバランスも優れている越本氏が井上の挑戦を受けるとしたら?
越本氏は「ありえない」と笑ったが、仮想の試合予想をしつこくお願いすると「(苦しめられた肩の)ケガのない状態で調子も万全、その上で勝ちに徹したら判定まではいけると思うが、ポイントで上回るとは思えない」と切り出した。
「リーチで上回って足を使ってもすぐ捕まりますよ。井上選手から逃げ切ることはできない。どのみちどこかで打ち合いになる」
越本氏は井上がまだライトフライ級だったときから「あんなに体の強い選手を見たことがない」とボクサーとして別格であることを見抜いていた。
それから10年が経ち、4階級も上げてきた。越本氏は「凄いのは上げた階級を一番の適正階級にしてきたこと。そして、どの階級でも基本のスタイルは同じ。ゴングが鳴った瞬間から1秒でも早く強いパンチを当てるポジションを取る。相手が打ち合ってくれたらそれで決まる」と井上の強さを解説した。
越本氏の言葉を聞けば、フェザー級に上がった井上もまた恐ろしく強いのだろう。
時は過ぎ、越本氏は福岡県福津市のFUKUOKAボクシングジム会長として選手の育成とボクシングの普及に尽力。今年の新人王西軍代表も輩出するなど福岡を中心にボクシング界の発展に貢献している。現在は井上尚弥に続くホープをつくる方の立場だ。
ただ、2人のファンとして時空を超えたフェザー級の日本人対決を夢想したいと思っている。