高知・安芸での阪神秋季キャンプで目を引いたのが投手陣のキャッチボールだった。一球一球、間合いを取り、丁寧に投げている。
10月末、甲子園で秋季練習が始まって数日がたったころ、監督・藤川球児がキャッチボールを眺めながら「あ~、キャッチボール、丁寧にするようになったなあ」と独り言のように漏らしたのを覚えている。恐らく、自身が指導や助言を与えていたのだろう。
投手にとって、キャッチボールこそが基本であり、大切なものだ。それは昔も今も変わらない。
江夏豊はプロ1年目の1967(昭和42)年オフ、投手コーチに就いた林義一からその重要性を説かれた。大映、阪急での現役時代「理の投球」と評された理論派で、「江夏君」と君付けで優しく諭すように教えた。
きれいな回転のボールを投げるために「ボールは丸い。自分もボールに対して丸くなり、素直になることが大事だよ」と言った。そして「基本はただ一つ。キャッチボールが一番大事なんだよ」。日本経済新聞『私の履歴書』で江夏自身が紹介している。「キャッチボールは単なる準備運動や肩慣らしではない。自分の肩さえぬくもれば、それでいいんだと思ったら大間違いだよ」
江夏は<林さんが教えてくれたことは>と、キャッチボールの極意を理解して書いている。<結局、プロとは何か、ということだったのではないだろうか。基本といわれていることを大事にし、とことん掘り下げていくのがプロなのだ>。
ボールの回転を意識してキャッチボール、投球練習をするようになった江夏は制球力がついてくるのを自分でも感じた。
同じく回転を大切にする藤川もキャッチボールの重要性を説いている。時代は移れど基本は変わらない。基本を突き詰めるのがプロなのだ。
今は弾道測定分析機器などを利用しての投球指導が進む。ただし、技術向上に近道や王道はない。最新鋭の機器を利用しながら、立ち返る基本を忘れない。そんな不易流行(伝統を大切にしつつ、新しいものを取り入れる考え方)が見える。
安芸で阪神の投手たちは遠投もよく行っていた。それも40メートルほどの距離でカーブやスライダーを投げていた。これもまた江夏が球筋を見極めるために行っていた調整法だった。 =敬称略= (編集委員)