東北沖でニタリクジラを追う捕鯨船団で銛(もり)を放つ砲手は鯨を苦しませないために一撃で仕留める「パンコロ」を狙う。明治時代から続く伝統だ。先人には戦艦大和の元砲術長から学んだ伝説の砲手もいる。
今年8月再放送されたNHKスペシャル『鯨獲(と)りの海』(初回放送2022年7月)で知った。鯨が海面に胴体を見せるのは1・5秒。銛が届く時間を差し引くと0・5秒で急所に狙いを定めなければならない。
後継者に指名した水産高校出18歳の見習い砲手が一撃に失敗し、沈みこんでいる。ベテランの砲手は見つめている。何か声をかけないのか。
「何も言うことないです」と言った。「言い出したらキリがないです。よっぽどじゃないかぎり言わないです。言うと変わるんです……。あまり気にしすぎると……。いや、もう見つけてるんです。何が悪かったかは自分で分かってる」
なるほど、銛の撃ち方は人それぞれだ。微妙で繊細な一撃に他人の助言は逆効果だと知っているのだ。ベテラン砲手は黙って寄り添っていた。
野球の投手と投手コーチに似ていると思った。投手の制球も1000分の1秒差で不正確なほど繊細である。フォームなど矯正や指導で壊れていった投手はいくらもいる。打者も同じだろう。
だから、前監督、現顧問の岡田彰布はコーチに「教えるな」と繰り返してきた。「キャンプの主役はコーチ」と練習法の工夫を促す一方で指導は禁じた。打撃も投球も感性の問題とし「教えられるもんじゃない」。まずは「見る」、変化に「気づく」、そして「気づかせる」。それがコーチだと言う。落合博満も同じことを語っていた。
ベースボールライター・高橋安幸の著書、その名も『「名コーチ」は教えない』(集英社新書)には「教えない」コーチが6人登場する。吉井理人(現ロッテ監督)は大リーグ・メッツ入りした99年当時の投手コーチ、ボブ・アポダカの言葉が新鮮だったとある。「オレはおまえのこと全然知らんから、おまえがオレに教えてくれよ。おまえのピッチングをいちばんよく知っているのはヨシイなんだから」
選手に語らせ、寄り添い、目指す場所までともに歩んでいくわけだ。
この日、安芸では秋季キャンプ最終の紅白戦が行われた。降板後の投手たちに投手コーチが寄り添っていた。 =敬称略=
(編集委員)