阪神監督・藤川球児は秋季キャンプについて「日本野球独自の文化」だと言った。アメリカでは温暖地での秋季リーグやウインターリーグなど実戦の場はあるが、チームとして練習する習慣はない。韓国は日本式に沖縄や九州などで秋季キャンプを張っている。
日本でもかつては11~12月にオープン戦を行っていた。1979(昭和54)年10月末~11月末、監督・長嶋茂雄が行った「地獄の伊東キャンプ」が秋季キャンプのはしりだと言われる。江川卓、中畑清、篠塚利夫(和典)ら若手中心で後のV奪回につなげた。
効果はあると思いたい。「秋に得た技術は春になっても体が覚えている」と阪神コーチ時代の一枝修平が語っていた。
マッスルメモリー(筋肉記憶)を指している。ウエートトレーニングの用語で、一度運動を行った筋肉が休憩期間をはさんでもその情報を保持している現象をいう。
ピュリツァー賞も受けたコラムニスト、ジョージ・F・ウィルは『野球術』(文春文庫)で首位打者8回のトニー・グウィン(パドレス)は<筋肉記憶に全幅の信頼を置いている>と書いた。投球前にクセなどで球種を見破るよりも「ボールを見て反応する。手や体は自然に動いてくれる」と語っている。
反応するには反復練習が必要だ。現顧問の岡田彰布が今年6月19日、甲子園で森下翔太に打撃の直接指導を行ったことがあった。「まだ2年目。今のうちにちゃんとした打ち方覚えたら長いことできる。考えながらなんて打席に立たれへんよ。0・何秒の間にまっすぐか変化球が来る。体の反応で打つしかない」
ヨギ・ベラ(ヤンキース)の名言「考えて打てだと? 考えるのと打つのを同時にできるわけがないだろう」を思った。岡田もベラも筋肉記憶の重要性を語っている。
秋に刻まれた「記憶」を来春2月のキャンプまでもたせたい。
福本豊はプロ1年目のオフ、西宮の「集勇寮」の庭の植木を相手にバットを振り込んだ。2年目の春季キャンプ、足立光宏のカーブを高知市野球場の右翼席に放り込んだ。監督・西本幸雄が「そのバッティング、誰に教えてもろたんや!?」と驚いた。福本は「ただ監督に言われた通り、素振りしていただけです」。筋肉記憶が備わっていた。
阪神はこの日、安芸も居残りの鳴尾浜も打ち上げた。 =敬称略= (編集委員)