【佐藤雅昭の芸能楽書き帳】東京・荒川区のムーブ町屋で11月17日に開催された柳亭小痴楽(35)の独演会。硬軟織り交ぜての3席。陳腐な言葉しか思い浮かばないのが歯がゆいが、とにかく素晴らしかった。
5月に二代目三笑亭夢丸に弟子入りしたばかりの三笑亭夢ひろが開口一番を務めた。「狸の札」を披露したが、前座とは思えないほど達者な高座に舌を巻いた。故郷の広島から高速バスに乗って新宿末広亭や、大阪の桂二葉の会にこまめに通っていたそうだ。楽しみな逸材だ。
続いて登場した小痴楽には「待ってました」「たっぷり」の声がかかる。ちょっぴり照れくさそうな表情を見せながら、町屋は柳亭楽輔師の地元であることや、寝坊で最初の師匠(十一代目桂文治)をしくじった失敗談などをマクラに振って「花色木綿」に入った。
別名「出来心」ともいう泥棒噺の一席。間抜けな泥棒が空き家と見紛うばかりの長屋に忍び込むが、ふんどしくらいしか盗む物がない。そんなところに家人が帰ってきてしまう。慌てた泥棒が隠れているとも知らず、これ幸いと「泥棒に金を持って行かれたから」と家賃を免除してもらおうと企む家人。家主とのやりとりがおかしくてたまらない。
高座をいったん下り、間髪置かずに姿を見せて2席目に入ろうとしたが、トイレに立つお客さんが散見されたため、「10分間休憩にしましょう」と臨機応変に対応。再開後にかけた「堪忍袋」で爆笑を誘った。
実業家にして貴族院議員、劇作家や音楽家としても才能を発揮した益田太郎冠者(ますだ・たろうかじゃ)が初代三遊亭圓左のために書き下ろした新作。互いの不満を「堪忍袋」の中に怒鳴り込んで紐(ひも)を締め、夫婦円満につなげた職人夫婦の噺で、手ぬぐいを使って堪忍袋を縫う所作も良かった。
仲入を挟んでの3席目は「井戸の茶碗」だ。屑屋さん(廃品回収業)の清兵衛が、もとは武家出身の千代田卜斎から引き取り、細川屋敷の若い武士に売った仏像の腹の中から50両という大金が出てきたのが発端。「50両を買ったわけではない」と元の持ち主に返そうとする武士と「一度売った以上、自分のものではない」と拒絶する卜斎。その間に入って難儀する清兵衛さん…。悪人が出てこない、おなじみの人情噺で、たっぷり50分ほどをかけて熱演した小痴楽にはしばし拍手も鳴り止まず、「名人!」のかけ声も飛んだ。
3年前の2月、同僚記者の取材に浅草演芸ホールの席亭・松倉由幸氏は「江戸ことばがいい。口調の良さは父親(五代目柳亭痴楽=09年に57歳で死去)の血筋でしょう。名人になる可能性が十分にあると思います」と大きな期待を寄せていたが、その言葉通りの進化を見せている。
映画にも造詣の深い小痴楽。2023年の1月、小津安二郎監督の生誕120年&没後60年に寄せて特集した新聞に登場してもらった。小津作品に「人情や長屋といった要素、そうした空間を切り取ったものが落語なので勉強になります」と答えてくれたが、映画からも吸収する姿勢が血となり肉となる。
芸術協会に所属する小痴楽だが、今や協会の垣根を越える存在。客が呼べて、実力があるから引っ張りだこだ。小津新聞で話を聞いてからまだ2年も経たないが、一回りも二回りも大きくなった気がした。“将来の名人”…いや“近い将来の名人”候補だ。